剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

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逃避行

279話

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 野営地での戦いが終わったのは、アランがゼオンの召喚に成功してから一時間も経たないうちにだった。
 ……いや、この場合はよくゼオンが姿を現した状態で、それだけの時間戦闘を続けられた、と表現すべきか。
 普通に考えれば、ゼオンという人型機動兵器を前にして、それだけ長時間戦い続けるというのは難しい。
 そもそもの話、心核使いは一人で戦局を引っ繰り返すことが可能と言われることもあるが、アランが客観的にゼオンを見れば、心核使い全体で見ても間違いなく最高峰の性能を持っているはずだった。
 もっとも、少しでも長く生き残るという意味では、その選択は決して間違ってはいなかった。
 もし戦場となっていた野営地から逃げ出した場合……それもある程度纏まって逃げるといったようなことをした場合は、ゼオンのビームライフルによって一撃で死ぬ。……いや、消滅してしまう、という表現の方が正確だろう。
 しかし、野営地で戦っていた場合はアランもビームライフルを使えない。
 威力が強すぎるので、味方を巻き込んでしまうためだ。
 ゲームでは自分の攻撃が当たっても味方にダメージを与えないといったことは珍しくなかったが、この世界はゲーム染みているとはいえ、あくまでも現実だ。
 もちろん、野営地で戦っていても生き残れる訳ではない。
 実際、探索者たちは一人一人が非常に強く、それ以外でゼオンの使うフェルスは敵だけを正確に狙って攻撃していたのだから。
 それでも、戦いが終わるまである程度の時間がかかったのは、それだけガリンダミア帝国軍も精鋭だったということの証だろう。

「さて、取りあえず……問題なのは、これからどうするかだな。何で俺がいきなり心核を使えるようになったのかは分からないけど。……普通に考えれば、命の危険が間近に迫って秘められた力が覚醒したとか?」

 コックピットの中に、アランの笑い声が響く。
 自分で言っておいて何だが、あまりにもお約束的な出来事だった以上、どうしてもおかしさを感じてしまったのだ。
 とはいえ、実際に心核を使えるようになったときのことを思い出せば、その予想――もしくは妄想――も間違いではないように思えてしまうのだが。

「取りあえず、もうゼオンはいいか。……死の瞳の影響で次にまた召喚出来ないとか、そういうことはないといいんだけどな」

 呟き、アランはゼオンのコックピットから乗降ケーブルを使って地面に下りる。
 そうして外に出てみれば、周囲に広がっているのは強烈な血の臭い。
 先程まではここで、それこそ文字通りの意味で死に物狂いの戦いが行われていたのだから、そんな臭いが漂っているのは当然なのだろうが。

「うわ」

 そんな光景に、思わずアランの口からそんな言葉が漏れ……周囲の状況を見回すと、多くの者がようやく戦いが終わったということで、地面に寝転がっている。
 周辺には強い血の臭いが漂っているのだが戦いが続いたことで嗅覚が麻痺している者も多いのだろう。
 何よりも戦いを……それこそ、負けが半ば確定していた戦いを生き延びたということで、開放感に浸っている者も多い。

「そう言えば……」

 そのような仲間たちの姿を眺めていたアランだったが、先程まで自分が寝転がっていた場所……その隣にレオノーラがいたことを思い出し、そちらに視線を向ける。
 ゼオンを操縦するときは足はほとんど動かさないまま、攻撃した。
 そうである以上、レオノーラに何かあったという可能性はまずなかったのだが、それでも一応念のためにと、周囲の様子を見て……先程よりもかなり離れた場所にレオノーラの姿があり、そこで男の探索者が自分に鋭い視線を向けていることに気が付く。

「どうした?」

 そんな視線が気になったアランは、その探索者に近付いてそう尋ねたのだが……

「どうした、だと? アラン、お前何のつもりであのような真似をした?」
「あのような真似?」

 男が自分を責めているのは分かる。分かるのだが、一体何故責めているのかというのまでは分からない。

「そうだ。お前が心核を使えたおかげで、この戦いに勝ったのは事実だ。それは認めよう。だが……ゼオンに乗って、何故その場ですぐに戦い始めた? 下手をすれば……いや、下手をしなくても、レオノーラ様が巻き込まれていたかもしれないのだぞ?」

 そこまで言われ、アランはようやく男が何故怒っているのかに気が付く。
 レオノーラの横に眠っていたアランは、その場所でゼオンを召喚し、そのまま戦い始めた。
 黄金の薔薇の探索者たちにしてみれば、レオノーラのことを心配するのは当然だろう。
 とはいえ、アランも何も考えずに攻撃をしていた訳ではない。
 上半身を曲げるようなことはあったが、足を動かすといったことは全くしていなかったのだ。
 それこそ、固定砲台のように。

(いや、固定砲台なのに上半身とかを動かしていたのはおかしいかもしれないけど)

 そんな風に考えるアランだったが、ともあれそのように思ったのは間違いのない事実だ。

「足を動かさないようにして戦っていたから問題ない。……だろ?」

 話している途中でレオノーラの目が薄らと開いたことに気が付いたアランは、そう声をかける。
 とはいえ、目を覚ましたばかりのレオノーラは、いきなり何かを聞かれてもすぐに答えるといったようなことは出来ない。
 ……それでもすぐに状況を理解しようと周囲の様子を見て、雲海と黄金の薔薇の探索者たちは喜んでおり、周囲にはガリンダミア帝国軍の兵士の死体が残っているのを見れば、おおよその事情は理解出来たのだろう。

「アランが何を言ってるのかは分からないけど、眠っていて役に立たなかった私がどうこう言えるような問題じゃないでしょうね。……多分、アランの力で勝ったんでしょ?」

 そう言われれば、アランを責めていた探索者もことさらにアランを責めるような真似は出来なくなる。
 実際、人形が援軍としてやってきたおかげで不利な状況は回避出来つつあったが、それでも確実にとは言えなかったのだから。
 場合によっては、本陣に残っていた追加の戦力を送られてくる……といったようなことも、十分にあったかもしれない。
 であれば、やはり今回の一件はアランの……正確にはゼオンのおかげで勝ったというのは、間違いのない事実なのだ。

「アランなら、私のことも考えての行動だったのでしょう。であれば、それについて責める必要はないわ」
「……レオノーラ様……本当によろしいのですか?」

 レオノーラの言葉を信じられないといった様子を見せる男。
 だが、レオノーラにしてみれば、アランのことは全面的に信じている。
 その信頼が、実際にはどこから来ているのかは微妙なところではあるのだが。
 アランの前世の記憶を追体験しただけで、そこまで全面的に信じるといったことは、普通なら有り得ない。
 つまり、そこには何か別の理由があるということになるのだが……本人はそれに気が付いているのかいないのか、特に気にする様子もない。
 そしてレオノーラがそう言う以上、アランを責めていた男もそれ以上は何も言えなくなるのだった。





「はぁ、はぁ、はぁ……おのれ、何故死の瞳が使われていたというのに心核が……」

 アランとレオノーラが勝利の余韻に浸っている頃、戦場となった場所から少しでも離れようとしている男がいた。
 追撃部隊……いや、アラン以外は全員殺す殲滅部隊を率いていた、ダーズラ。
 ゼオンの放ったビームライフルと腹部拡散ビーム砲で攻撃されながらも、生き残った人物だ。
 ダーズラ以外にも生き残った者は何人かいたのだが、今ここにいるのはダーズラだけだ。
 それだけに、ゼオンから受けた攻撃は圧倒的だったということなのだろう。
 そんな状況でも心が折れずにいるのは、ダーズラにとってビッシュに今回の一件の結果を知らせる必要があったからだろう。
 何の情報を知らせることも出来ずに自分が死んでしまえば、それは自分だけではなくビッシュにも大きな不利益となる。
 特に一番重要な情報は、やはり死の瞳についてだろう。
 本来なら、死の瞳を使った空間では心核使いはその能力を発揮出来ないはずだった
 にもかかわらず、何故か……本当に何故かアランは心核を使ったのだ。
 そしてゼオンが出て来たことにより、勝負は瞬く間に決まってしまった。
 人形が出て来た時点でこちらが押し返されていたのは事実だったが、それでも本陣の戦力を使えば、まだどうにかなるはずだったのだ。
 それを思えば、やはり今回の一番の敗因はアランという規格外の存在だろう。

「死の瞳……古代魔法文明のマジックアイテムを持ってしても、心核を封じることは出来ない。これは厄介な……はぁ、はぁ」

 本来なら、今は体力の消耗を少しでも少なくするために、独り言を喋らないで進むのが最善なのだろう。
 ダーズラもそれは分かっている。分かっているのだが、それでも口に出してしまうのは、やはりアランの理不尽さゆえか。
 九分九厘とまではいかないが、それでもあのまま戦いが続いていれば自分たちの勝利だったはずなのだ。
 それだけに、理不尽さに思うところは多々あった。
 そうしてビッシュに報告をすることだけを考えて進む。
 幸いにして、アランたちの方でも戦いでかなり疲労しており、追撃を行うような余裕もなかった。

「ダーズラ様!?」

 と、不意に聞こえてきたそんな声に、ダーズラは下がっていた頭を上げる。
 視線の先にいたのは、馬に乗った騎士。
 ただし、今回の戦いに参加していた者ではない。
 もちろん、ダーズラも今回の戦いに参加した全員の顔を覚えている訳ではないが、騎士となれば幹部となる。
 それだけに、そのような相手であればダーズラもその顔を全て覚えているのは当然だった。

「お主は?」
「は。私は帝都からの伝令として来たのですが……これは一体……? 他の者たちはどうしたのです?」
「全滅だ」

 端的に告げるダーズラ。
 もう少し元気があれば、詳細な情報を教えても構わなかったのだろうが、生憎と今はそのような体力は残っていない。

「それより、私を早く帝都に……ビッシュ様の下に……」

 そう告げるダーズラに、騎士は少し迷い……やがてダーズラを乗せて帝都に向かうのだった。
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