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獣人を率いる者

337話

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 ギジュの屋敷に暗殺者が入り込んだということは、すぐに皆に知らされた。
 それは、アランの部屋でレオノーラと共に談笑――本人はそう言われれば否定するだろうが――していたクラリスも同様だった。
 いや、クラリスの場合は、ただ暗殺者が侵入してきたといった話よりも、大きなショックを受ける理由がある。
 それは、ロルフたちと共にメルリアナに入る前から護衛をしてくれていた二人の獣人の女が、殺されてしまったことだろう。
 相応に長い間一緒にいたこともあり、また同じ女だということもあってか、お互いにそれなりに気を許した間柄だったのが、いきなり死んだのだから、当然のことだった。

「そんな……私のために……」

 落ち込んだ様子を見せるクラリスを前に、アランはどう接すればいいのかを迷う。
 アランの場合、生まれてからずっと雲海の面々と共に育ってきた。
 それはつまり、最初からかなりの強さを持つ者たちと共に育ってきたということを意味している。
 それだけに、仲間が怪我をするということはそれなりにあったが、死ぬといったようなことはない。
 もちろん、探索者として活動している以上、誰の死も見たことがないという訳ではないのだが。
 雲海が他のクランと協力して遺跡に潜っているとき、他のクランの探索者が死んだということがある。
 また、旅をしている途中で盗賊に襲われ、それを迎撃したときは盗賊を殺すといったような経験も数え切れないほどにしている。
 そういう意味で、死というものに慣れていない訳ではないのだが、それでもクラリスのように親しい間柄だった相手……それこそ、命を狙われているときに必死になってきた、言ってみれば戦友と呼ぶべき相手が死んだという経験はない。
 前世を持っている分、同年代の者に比べれば人生経験は豊富だったが、それでも仲間が死んだという経験は……

(いや、あったな)

 ふと、アランは前世での友人を思い出す。
 事故で死んだ、佐伯玲二という人物の顔を。
 殺されたのと事故死では、死因には大きな差がある。
 だが、それでも親しい相手が死んだということに変わりはない。

(まぁ、同じく死んだ俺がこうしてこの世界に転生しているのを考えると、もしかしたら玲二もこの世界に転生してきたりしている可能性は否定出来ないけどな。もしくは、もっと別の異世界とか)

 何となくそんなことを考えるが、そのおかげで何とかアランはクラリスに声をかける切っ掛けを得る。

「クラリス、護衛が死んだのは残念だったかもしれないが、その護衛はお前を生かすためにここまで頑張ってきたんだ。それに、その護衛のおかげで暗殺者を捕らえるようなことも出来た。そう考えれば、今回の一件は決して無駄死にじゃない」
「アランさん……」

 クラリスはアランのその言葉に、顔を上げる。
 親しい護衛が死んだことは残念だったが、それが無駄死にではなかったということに、多少なりとも救いがあったのだろう。
 ……それでも、知っている顔が死んでしまったのが残念だったのは、間違いなかったが。

「それに、これでゴールスが手段も何も選ばないような奴だってのははっきりとしたな。こうして暗殺を企むような奴だ。向こうがそういう手段に打って出てきたのなら、こっちもまた手段を選ぶ必要はない。どうする? クラリスがその気なら、それこそ俺がゼオンの武器を召喚してもいいけど」

 アランの心核たるゼオンの武器召喚。
 それは、純粋に威力だけを見れば非常に凶悪という表現が相応しい。
 そのような武器を使えば、それこそ問答無用でゴールスを殺すといった真似も出来るだろう。
 ただし、その場合は街中にも大きな被害が出る可能性は高かったが。
 それでも今の状況を思えば、切る札があるというのは心強い。
 ……とはいえ、レオノーラも現在はアランたちに合流している以上、黄金のドラゴンに変身するという切り札があるのが。
 それこそ、街に被害が出てもいいのなら、今すぐにでもゴールスを殺すといったような真似は出来る。
 出来るのだが……アランそんな言葉に対し、クラリスは首を横に振る。

「いいえ、そんな真似はしません。向こうが暗殺といった手段を使ったからといって、こっちも同じような手段を使えば、それはゴールスと同じになりますから」

 それは別に構わないのではないか?
 そうアランは思ったが、クラリスにしてみれば自分でやるべきことはきちんと決めていると、そう思っているのだろう。
 アランが何を言っても、クラリスは自分の言葉を決して変えるとは思えない。
 そう判断し、アランはこれ以上ゴールスの暗殺を口にするのをやめる。
 代わりに、別のことを尋ねる。

「ゴールスを暗殺しないというのは、分かった。なら、これからどうする? 向こうがここまでのことをやったんだから、放っておくって訳にはいかないだろ?」
「それは……」

 アランの言葉に、クラリスは少し考える。
 今の状況のままでいるのは、不味い。
 それは分かっているが、それでもどう対応するべきなのかを迷ってしまう。
 向こうから暗殺をしようと刺客を放ってきたのだから、自分たちも同じような真似をしても構わない。
 そのように認識するのは、ある意味で当然なのだろう。
 だが……クラリスは迷う。
 元々の優しさも影響しているのだが、それでも相手がやったからといって自分も同じように暗殺をしようとするのは、どうかと思ってしまうのだろう。
 そんな様子を眺めつつ、アランは……そしてレオノーラも何も言わない。
 結局のところ、ここで重要なのはクラリスの意思が。
 もしここでアランやレオノーラが何かを言い、それでどう対応するのかを決めたとしても、それはクラリスの意思ではなく自分で決めた事になってしまう。
 だからこそ、アランもレオノーラも、クラリスがどう反応するのかを待つつもりだった。

「……」

 そのまま、アランの言葉を聞いたクラリスは、どうするべきかを考える。
 一分、二分、三分……そして十分ほどが経過したところで、やがて口を開く。

「分かりました。では、明日にでもゴールスに会いにいってみましょう」
「は?」

 クラリスの口から出て来たのは、アランにとっても完全に予想外の言葉だった。
 ゴールスに刺客を送るというのなら、分かる。
 また、ゴールスと同レベルになりたくないので、刺客は送らないと判断するのも分かる。
 だが……まさか、ここで会いにいくといった選択をするとは、思わなかったのだ。

「一応聞いておくけど、それはクラリス以外の誰かがゴールスに会いにいくって訳じゃないよな?」

 そうであって欲しい。
 そういう思いで尋ねるアランだったが、クラリスは当然といった様子で頷く。

「ええ、もちろん。私が直接行かないと、意味はないでしょう?」
「いや……意味が分かっているのか? これまで散々お前を暗殺しようとしてきたゴールスだぞ? そんなところにわざわざ自分から出向くなんて、それこそ殺して下さいと言ってるようなものだぞ」
「あら、でもアランさんと……」

 そこで、若干不承不承といった様子だったが、クラリスの視線はレオノーラに向けられる。

「レオノーラさんもいますし、他にも頼りになる護衛はいます。それを思えば、ゴールスの前に出ても特に問題はないでしょう?」
「それは……」

 護衛として頼りになると、そのように言われてしまえば、アランとしても不満を口に出したりは出来ない。
 とはいえ、不満を口に出したり出来ないのは間違いないが、だからといってゴールスに会おうなどというクラリスの言葉を認めた訳ではない。

「そもそも、ゴールスに会ってどうするつもりだ? まさか、暗殺目的で刺客を送るのを止めて下さいなんてことを言う訳じゃないよな?」

 もしクラリスがそのようなことを言ったとしても、ゴールスがそれに頷くとは思えない。
 いや、それどころかクラリスが刺客を送られるのを嫌がっていると判断して、余計に刺客を送ってきかねなかった。
 もしそんなことをクラリスがやろうとしているのなら、アランとしては絶対に認める訳にはいかない。
 だが、クラリスはアランの言葉を首を横に振って否定する。

「違います。そんなつもりではありません。ただ……私、ゴールスという人のこと知らないんですよ。いえ、話を聞いたりといったことはしてますけど、それはあくまでも人から話を聞いてるだけで、直接自分の目で見たことはないんです」
「それは……そうなのか?」

 こうしてゴールスと争っているクラリスである以上、ゴールスという人物のことはよく知ってるのではないか。
 そうアランは思っていたのだが、この様子を見る限りではどうやら違ったらしい。

「でも、そう簡単に向こうが会ってくれるかしら? 向こうはクラリスに言霊という力があるのを知ってるんでしょう? なら、そう簡単に会おうと思わなくてもおかしくないと思うけど」

 アランたちはこうして普通にクラリスと接してはいるが、それはあくまでもクラリスという人物の性格をよく知っているためだ。
 そんなクラリスの性格を知らず、ましてや何度も刺客を送っているような者にしてみれば、それこそクラリスと会うことは死を意味していると考えても、おかしくはない。
 何しろ、クラリスは声を聞かせるだけで相手を思い通りに操ることが出来るのだから。
 アランのような、何故か言霊が通用しない例外がいるとしても、ゴールスもその例外とは限らない。
 そう考えれば、やはりここでゴールスがクラリスに会うとは思えなかった。

 それこそ、もし会ってしまえばクラリスが死ねと……そこまで極端ではなくても、数年眠れとでも命じれば、その通りになるのだから。

「分かっています。ですが……ゴールスの立場を考えれば、私が会いに行ったのに会わないという訳にもいかないでしょう」

 そうクラリスは言い、頭を下げてくる。
 そんな真似をされると、アランとしてもすぐに断る訳にはいかず……結局、検討するということになるのだった。
 この件を相談するべくギジュに話に行こうと、アランとレオノーラは部屋にクラリスを残して出るが……すぐに、部屋の中から死んだ護衛の名前を口にして泣くクラリスの泣き声を聞きながら、やるせない溜息を吐くのだった。
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