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61話
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車が停まったのは、鎌谷に言わせるとちょうど緑の街と青の街の中間辺りの場所だ。
ここに来るまでも、途中で何度か止まって地面の様子を調べたりといった真似をしていたのだが、今回の調査で一番重要なのはこの場所だった。
何故なら、ここが軍隊蟻が何度も見かけられた場所だったのだから。
白夜たちも、車から降りるときは一応といった様子で周囲を警戒しながら降りたのだが……
「軍隊蟻、どこにもいねえな」
早乙女が呟き、それに他の者たち……白夜が乗っていた車だけではなく、もう一台の車に乗っていた者たちも頷く。
本来なら、ここで軍隊蟻が出てくるという話を聞いていたのだ。
……早乙女も今日すぐに軍隊蟻と戦おうとは思っていなかったが、それでも多少なりとも数を減らせるのであればと、そう思ってはいた。
だが、実際にこうしてやって来てみれば、そこには全く軍隊蟻の姿はない。
そのことに違和感を抱くのは、今回の仕事を仕切る早乙女はとしては当然だった。
「なあ、軍隊蟻が姿を見せないってことはあるのか?」
「それはありますよ」
早乙女の問いに、鎌谷は素早くそう答える。
「元々、軍隊蟻は出るかもしれないということはあっても、確実に出るということはありません。間違いなくここからそう遠くない場所に巣はある筈ですが、それでも大々的に活動しているというほどではないのです」
「その辺りの話は一応聞いてはいる。だが、それでも一匹も軍隊蟻を見ないってのは……出来れば、白夜のゴブリンが戦って、どのくらいの戦力差があるのかを確認しておきたかったんだがな」
普通のゴブリンであれば、一匹だけで軍隊蟻と戦うのは非常に厳しい。
だが、白夜の闇から生み出されるゴブリンは、普通のゴブリンではなく四本腕のゴブリンだ。
普通のゴブリンより強いのは間違いないのだから、もしかしたら軍隊蟻を相手にしてもある程度は対抗出来るのではないか。
そのように早乙女は思っていたし、実際にそうなってもおかしくはないと白夜も納得していた。
「白夜、取りあえずゴブリン出してみたらどうだ?」
トワイライトの隊員の一人がそう告げると、皆の視線は当然のように白夜に向けられる。
「ふむ、どうだ? 出したゴブリンは、場合によっては囮として軍隊蟻に殺される可能性もあるかもしれないが」
「その辺は問題ないですよ。早乙女さんも見てたでしょう? 闇の範囲外で死んでも、その死体が崩れた闇は俺の闇に戻ってきます。……まぁ、正確には闇じゃなくて魂とか、そういうのかもしれないですけど」
そんな白夜の言葉に、早乙女は一瞬微妙な表情を浮かべる。
(もしかして、魂とかそういうのが苦手なのか?)
そう思う白夜だったが、早乙女に限ってはそれはないかと判断した。
実際、早乙女の様子を見る限りは特に白夜の言葉に何か過敏に反応している様子もなく、何かを考えている。
もっとも、大変革を迎えて魔法や特殊能力を得られる者が多くなってきた以上、大変革前よりも魂の類を信じている者は多い。
モンスターの中にはアンデッドもいるのを思えば、どうしてその辺りは信じざるをえないのだろう。
そうして少しの間考えていた早乙女は、不意に白夜の方に視線を向け、口を開く。
「分かった。なら、やってみてくれ。もし何か敵――恐らく軍隊蟻が――が出てきたら、こっちもすぐに対応させて貰う」
「分かりました。では……」
そう言い、闇のゴブリンを生み出そうとし……皆の視線が自分に集まっていることに気がつき、若干照れくさそうな表情を浮かべる。
当然だろう。白夜にとって、自分の能力を使うということは、厨二病的な発言をするということに他ならないのだから。
早乙女たちには野営をしたときに何度か能力を見られているので問題はないが、白夜が能力を使ったところをはっきりと見ていない鎌谷は、話が別だった。
……もっとも、鎌谷は白夜達が緑の街に到着したときに能力を使ったのを見ているのだが。
だが、白夜はその辺に気がついていないのかどうなのか、若干戸惑った様子を見せつつ、それでもゴブリンを使った囮とする以上、このまま恥ずかしがってばかりもいられない。
ましてや、鎌谷は白夜たちの案内役――兼監視役――という扱いである以上、これから行動を共にすることが多い。
そうであるのなら、今日ここで恥ずかしがっていても仕方がないと判断して口を開く。
「我が内なる闇より、現れ出でよ!」
その言葉と共に白夜の影から闇が広がり、四本腕のゴブリンが一匹生み出される。
闇で出来たそのゴブリンは、見た目だけではとてもゴブリンとは思えない。
それは、この四本腕のゴブリンを一番多く見てき白夜ですら、そう思ってしまうのだから、他の者たちが抱く違和感はより大きいはずだった。
……普通の腕の他に、両肩からも腕が生えているのに加え、身体も普通のゴブリンよりも大きいのだから当然だろう。
「えーっと……」
そんなゴブリンを見ながら、白夜は少し迷ったように早乙女に緯線を向けた。
一瞬だけだがその視線が鎌谷の方を向いたのは、やはり今の自分の台詞に照れくさいものを感じていたからか。
「じゃあ、囮とりとして取りあえず歩かせてみせますけど……構いませんか?」
「ああ、頼む」
早乙女の言葉に、白夜は四本腕のゴブリンを動かす。
まず向かわせるのは、当然のように道を作る予定の場所から、多くの茂みが生えている方だ。
もし軍隊蟻が隠れるのであれば、このような茂みは絶好の場所で、だからこそ釣り出すという選択肢に相応しい。
そんな場所に、ゴブリンが――四本腕だが――近づいてくれば、それこそ軍隊蟻にとっては鴨が葱を背負ってくるのと同じことだ。
当然のように早乙女たちも茂みに近づいてくるゴブリンを、注意深く見守る。
茂みから軍隊蟻が出てきたら、即座に攻撃出来るように準備を整えて。
白夜もまた、ゴブリンを操りながら自分の武器の金属の棍をしっかりと持つ。
軍隊蟻は集団で襲ってくるのが一番凶悪な攻撃方法ではあるが、個体でも相応の強さを持つ。
トワイライトの隊員であれ軍隊蟻の一匹や二匹は余裕で倒せるが、それが白夜となれば話は違ってくる。
白夜は軍隊蟻と戦ったことはないので、具体的にどれだけの強さを持っているのかは知らない。
いや、知識では知っているが、実際に体験したことはないと言うべきか。
そんな白夜と鎌谷の二人は緊張しているが、早乙女を含めて他の者たちはそこまで緊張している様子を見せない。
……白夜の頭の上に乗っているノーラですら、緊張している様子を見せていなかった。
もっとも、軍隊蟻は基本的には地上を歩くモンスターだ。
一応羽根のついた軍隊蟻もいるらしいが、それはかなり珍しい。
だからこそ、もし軍隊蟻が襲ってきてもノーラは空中に飛んで逃げるという選択肢が存在するのだ。
「キアアアアアアアアアア!」
『っ!?』
ノーラのことを考えていた白夜は、不意に聞こえてきたそんな声に我に返る。
声のした方に視線を向けた白夜が見たのは、闇のゴブリンに向かって襲いかかっている何かだった。
いや、何かではない。それが軍隊蟻なのは、ここの事情を考えれば明らかだ。
こうして見ている限り、ゴブリンも自分の足に噛みついている軍隊蟻に向かって拳を振り下ろして反撃はしている。
だが、軍隊蟻の体高はゴブリンに比べて低く、拳を振るってもそれが力は完全に伝わらない。
また、軍隊蟻の甲殻そのものも相応の硬さを持っており、ゴブリンの拳はそれに対して致命的な一撃を与えることは出来なかった。
「白夜、追加のゴブリンを出して、あのゴブリンの援軍に回せ」
「分かりました」
早乙女の指示に従い、白夜は二匹目のゴブリンを出すべく行動を起こす。
軍隊蟻によって最初に出したゴブリンが襲われているという思いからか、いつもの厨二病的な言葉を発するのを躊躇することはなかった。
「我が闇の眷属よ、その姿を現し、同胞を助けよ! 大いなる闇の加護の名の下に!」
そんな白夜の言葉と共に闇が広がり、新たに四本腕のゴブリンが姿を現す。
そのゴブリンは、白夜の命令に従って即座に軍隊蟻のいる方に向かって走り出した。
すでに軍隊蟻に襲われている闇のゴブリンと同様の姿で、傍目には……それこそ生み出した白夜ですら、違いがあるようには思えない。
そんなそっくりのゴブリンは、軍隊蟻と戦っている仲間の下に向かう。
軍隊蟻の方は、最初に噛みついたゴブリンと接戦を繰り広げていた。
いや、正確には防御に徹しているので、まだやられていないというのが正しい。
軍隊蟻を牽制しながら、仲間のゴブリンがやってくるの待つ。
そうして新たに生み出された闇のゴブリンは、真っ直ぐに走っていき……
「あ、蹴った」
そう、誰かが呟く。
それこそ、サッカーでシュートを打つかのような、そんな蹴り。
だが考えてみれば、拳を下に……膝に近い場所に打ち込むよりは、足で蹴り上げた方がダメージが大きいのは確実だ。
四本腕のゴブリンは、普通のゴブリンよりも力は上だ。
そして、足と手では普通なら足の筋力の方が上なのも当然のこと。
事実、蹴り飛ばされた軍隊蟻はそのまま吹き飛び、地面に何度もバウンドしながら吹き飛んでいく。
当然そのような状況であれば、二匹のゴブリンも軍隊蟻に対して追撃をしないという選択肢はなく、揃って吹き飛んでいった軍隊蟻を追う。
だが、軍隊蟻の方も『軍隊』蟻と名が付くだけあって、戦闘を得意としている。
すぐに転んだ状態から態勢を立て直し、自分に向かって襲いかかってくる二匹のゴブリンを待ち受ける。
「キアア、キア、キアアアアアアアアアアアア!」
鋭い鳴き声を発する軍隊蟻。
それは、明らかに自分に対して攻撃をしようとする二匹のゴブリンに対する威嚇の声。
軍隊蟻と戦っている二匹のゴブリンが普通のゴブリンであれば、もしかしたら軍隊蟻の威嚇の声に抵抗出来なかったかもしれない。
だが、それはあくまでも普通のゴブリンであればの話であって、闇のゴブリンともなれば話は別だった。
六本腕の異形のゴブリンはともかく、四本腕のゴブリンは明確な己の意思というものを持たない。
それだけに、軍隊蟻の威嚇の声は全く効果がなく……二匹の闇のゴブリンは、牙を鳴らして牽制してくる軍隊蟻に向かって攻撃する。
「へぇ。白夜が生み出した闇のゴブリンって言っても、攻撃方法とかは違うんだな。その辺り、どうなってるんだ?」
トワイライトの隊員の一人が白夜に尋ねるが、そう言われても白夜が答えるのは難しい。
そもそもの話、白夜本人がまだ完全に自分の能力を使いこなせている訳ではないのだから。
「どうって言われても……うーん、やっぱり個性ってのはまだ微妙に残ってるんだと思います」
「そういうものなのか。ちょっと面白そうだな」
一見すると暢気に話しているように見えるが、実際にはいつ他の軍隊蟻が出てきてもおかしくはないので、周囲の警戒を解くようなことはしない。
そもそも軍隊蟻は基本的に一匹で行動するようなモンスターではなく、集団で相手を襲うモンスターだ。
幸いにも今はこうして一匹だけでの行動だったが、それがいつまで続くのかどうかは分からない。
こうしている今も、いつ茂みの中から別の軍隊蟻が出てくるのか分からないのだから当然だろう。
だが……結果として、二匹のゴブリンが軍隊蟻を仕留めるまで、新たな敵の姿が見えるようなことはなかった。
「おい、倒したな」
早乙女の、ちょっと驚いたような声。
そんな早乙女の隣では、鎌谷が無言で頷いていた。
鎌谷にしてみれば、まさかこのような結果になるとは思っていなかったのだろう。
何といっても、相手は軍隊蟻だ。
それこそ、緑の街の住人であれば、まともに戦って勝てるとは到底思えないだろう相手。
にも関わらず、こうして勝つことが出来たのだから、それで唖然とするなという方が無理だ。
「えっと……その、あの軍隊蟻、俺が貰ってもいいんですか?」
「うん? ……ああ、そう言えば白夜は死体を闇に取り込むことでそのモンスターを闇で生み出すことが出来るんだったな」
野宿したときのことを思い出しながら、やや説明的な言葉を口にする早乙女。
それは、隣にいる鎌谷に説明するという意味もあったのだろう。
事実、早乙女の説明を聞いた鎌谷は、驚きながら白夜に視線を向けていた。
白夜が闇からモンスターを生み出すのは、ゴブリンを生み出すのを見ていたので分かっていたが、まさか死体を取り込んでとは……と、そう思ったのだろう。
結局その場にいた全員が白夜が軍隊蟻の死体を貰うということに反対せず……白夜は、また新たに生み出せる闇のモンスターを手に入れたのだった。
ここに来るまでも、途中で何度か止まって地面の様子を調べたりといった真似をしていたのだが、今回の調査で一番重要なのはこの場所だった。
何故なら、ここが軍隊蟻が何度も見かけられた場所だったのだから。
白夜たちも、車から降りるときは一応といった様子で周囲を警戒しながら降りたのだが……
「軍隊蟻、どこにもいねえな」
早乙女が呟き、それに他の者たち……白夜が乗っていた車だけではなく、もう一台の車に乗っていた者たちも頷く。
本来なら、ここで軍隊蟻が出てくるという話を聞いていたのだ。
……早乙女も今日すぐに軍隊蟻と戦おうとは思っていなかったが、それでも多少なりとも数を減らせるのであればと、そう思ってはいた。
だが、実際にこうしてやって来てみれば、そこには全く軍隊蟻の姿はない。
そのことに違和感を抱くのは、今回の仕事を仕切る早乙女はとしては当然だった。
「なあ、軍隊蟻が姿を見せないってことはあるのか?」
「それはありますよ」
早乙女の問いに、鎌谷は素早くそう答える。
「元々、軍隊蟻は出るかもしれないということはあっても、確実に出るということはありません。間違いなくここからそう遠くない場所に巣はある筈ですが、それでも大々的に活動しているというほどではないのです」
「その辺りの話は一応聞いてはいる。だが、それでも一匹も軍隊蟻を見ないってのは……出来れば、白夜のゴブリンが戦って、どのくらいの戦力差があるのかを確認しておきたかったんだがな」
普通のゴブリンであれば、一匹だけで軍隊蟻と戦うのは非常に厳しい。
だが、白夜の闇から生み出されるゴブリンは、普通のゴブリンではなく四本腕のゴブリンだ。
普通のゴブリンより強いのは間違いないのだから、もしかしたら軍隊蟻を相手にしてもある程度は対抗出来るのではないか。
そのように早乙女は思っていたし、実際にそうなってもおかしくはないと白夜も納得していた。
「白夜、取りあえずゴブリン出してみたらどうだ?」
トワイライトの隊員の一人がそう告げると、皆の視線は当然のように白夜に向けられる。
「ふむ、どうだ? 出したゴブリンは、場合によっては囮として軍隊蟻に殺される可能性もあるかもしれないが」
「その辺は問題ないですよ。早乙女さんも見てたでしょう? 闇の範囲外で死んでも、その死体が崩れた闇は俺の闇に戻ってきます。……まぁ、正確には闇じゃなくて魂とか、そういうのかもしれないですけど」
そんな白夜の言葉に、早乙女は一瞬微妙な表情を浮かべる。
(もしかして、魂とかそういうのが苦手なのか?)
そう思う白夜だったが、早乙女に限ってはそれはないかと判断した。
実際、早乙女の様子を見る限りは特に白夜の言葉に何か過敏に反応している様子もなく、何かを考えている。
もっとも、大変革を迎えて魔法や特殊能力を得られる者が多くなってきた以上、大変革前よりも魂の類を信じている者は多い。
モンスターの中にはアンデッドもいるのを思えば、どうしてその辺りは信じざるをえないのだろう。
そうして少しの間考えていた早乙女は、不意に白夜の方に視線を向け、口を開く。
「分かった。なら、やってみてくれ。もし何か敵――恐らく軍隊蟻が――が出てきたら、こっちもすぐに対応させて貰う」
「分かりました。では……」
そう言い、闇のゴブリンを生み出そうとし……皆の視線が自分に集まっていることに気がつき、若干照れくさそうな表情を浮かべる。
当然だろう。白夜にとって、自分の能力を使うということは、厨二病的な発言をするということに他ならないのだから。
早乙女たちには野営をしたときに何度か能力を見られているので問題はないが、白夜が能力を使ったところをはっきりと見ていない鎌谷は、話が別だった。
……もっとも、鎌谷は白夜達が緑の街に到着したときに能力を使ったのを見ているのだが。
だが、白夜はその辺に気がついていないのかどうなのか、若干戸惑った様子を見せつつ、それでもゴブリンを使った囮とする以上、このまま恥ずかしがってばかりもいられない。
ましてや、鎌谷は白夜たちの案内役――兼監視役――という扱いである以上、これから行動を共にすることが多い。
そうであるのなら、今日ここで恥ずかしがっていても仕方がないと判断して口を開く。
「我が内なる闇より、現れ出でよ!」
その言葉と共に白夜の影から闇が広がり、四本腕のゴブリンが一匹生み出される。
闇で出来たそのゴブリンは、見た目だけではとてもゴブリンとは思えない。
それは、この四本腕のゴブリンを一番多く見てき白夜ですら、そう思ってしまうのだから、他の者たちが抱く違和感はより大きいはずだった。
……普通の腕の他に、両肩からも腕が生えているのに加え、身体も普通のゴブリンよりも大きいのだから当然だろう。
「えーっと……」
そんなゴブリンを見ながら、白夜は少し迷ったように早乙女に緯線を向けた。
一瞬だけだがその視線が鎌谷の方を向いたのは、やはり今の自分の台詞に照れくさいものを感じていたからか。
「じゃあ、囮とりとして取りあえず歩かせてみせますけど……構いませんか?」
「ああ、頼む」
早乙女の言葉に、白夜は四本腕のゴブリンを動かす。
まず向かわせるのは、当然のように道を作る予定の場所から、多くの茂みが生えている方だ。
もし軍隊蟻が隠れるのであれば、このような茂みは絶好の場所で、だからこそ釣り出すという選択肢に相応しい。
そんな場所に、ゴブリンが――四本腕だが――近づいてくれば、それこそ軍隊蟻にとっては鴨が葱を背負ってくるのと同じことだ。
当然のように早乙女たちも茂みに近づいてくるゴブリンを、注意深く見守る。
茂みから軍隊蟻が出てきたら、即座に攻撃出来るように準備を整えて。
白夜もまた、ゴブリンを操りながら自分の武器の金属の棍をしっかりと持つ。
軍隊蟻は集団で襲ってくるのが一番凶悪な攻撃方法ではあるが、個体でも相応の強さを持つ。
トワイライトの隊員であれ軍隊蟻の一匹や二匹は余裕で倒せるが、それが白夜となれば話は違ってくる。
白夜は軍隊蟻と戦ったことはないので、具体的にどれだけの強さを持っているのかは知らない。
いや、知識では知っているが、実際に体験したことはないと言うべきか。
そんな白夜と鎌谷の二人は緊張しているが、早乙女を含めて他の者たちはそこまで緊張している様子を見せない。
……白夜の頭の上に乗っているノーラですら、緊張している様子を見せていなかった。
もっとも、軍隊蟻は基本的には地上を歩くモンスターだ。
一応羽根のついた軍隊蟻もいるらしいが、それはかなり珍しい。
だからこそ、もし軍隊蟻が襲ってきてもノーラは空中に飛んで逃げるという選択肢が存在するのだ。
「キアアアアアアアアアア!」
『っ!?』
ノーラのことを考えていた白夜は、不意に聞こえてきたそんな声に我に返る。
声のした方に視線を向けた白夜が見たのは、闇のゴブリンに向かって襲いかかっている何かだった。
いや、何かではない。それが軍隊蟻なのは、ここの事情を考えれば明らかだ。
こうして見ている限り、ゴブリンも自分の足に噛みついている軍隊蟻に向かって拳を振り下ろして反撃はしている。
だが、軍隊蟻の体高はゴブリンに比べて低く、拳を振るってもそれが力は完全に伝わらない。
また、軍隊蟻の甲殻そのものも相応の硬さを持っており、ゴブリンの拳はそれに対して致命的な一撃を与えることは出来なかった。
「白夜、追加のゴブリンを出して、あのゴブリンの援軍に回せ」
「分かりました」
早乙女の指示に従い、白夜は二匹目のゴブリンを出すべく行動を起こす。
軍隊蟻によって最初に出したゴブリンが襲われているという思いからか、いつもの厨二病的な言葉を発するのを躊躇することはなかった。
「我が闇の眷属よ、その姿を現し、同胞を助けよ! 大いなる闇の加護の名の下に!」
そんな白夜の言葉と共に闇が広がり、新たに四本腕のゴブリンが姿を現す。
そのゴブリンは、白夜の命令に従って即座に軍隊蟻のいる方に向かって走り出した。
すでに軍隊蟻に襲われている闇のゴブリンと同様の姿で、傍目には……それこそ生み出した白夜ですら、違いがあるようには思えない。
そんなそっくりのゴブリンは、軍隊蟻と戦っている仲間の下に向かう。
軍隊蟻の方は、最初に噛みついたゴブリンと接戦を繰り広げていた。
いや、正確には防御に徹しているので、まだやられていないというのが正しい。
軍隊蟻を牽制しながら、仲間のゴブリンがやってくるの待つ。
そうして新たに生み出された闇のゴブリンは、真っ直ぐに走っていき……
「あ、蹴った」
そう、誰かが呟く。
それこそ、サッカーでシュートを打つかのような、そんな蹴り。
だが考えてみれば、拳を下に……膝に近い場所に打ち込むよりは、足で蹴り上げた方がダメージが大きいのは確実だ。
四本腕のゴブリンは、普通のゴブリンよりも力は上だ。
そして、足と手では普通なら足の筋力の方が上なのも当然のこと。
事実、蹴り飛ばされた軍隊蟻はそのまま吹き飛び、地面に何度もバウンドしながら吹き飛んでいく。
当然そのような状況であれば、二匹のゴブリンも軍隊蟻に対して追撃をしないという選択肢はなく、揃って吹き飛んでいった軍隊蟻を追う。
だが、軍隊蟻の方も『軍隊』蟻と名が付くだけあって、戦闘を得意としている。
すぐに転んだ状態から態勢を立て直し、自分に向かって襲いかかってくる二匹のゴブリンを待ち受ける。
「キアア、キア、キアアアアアアアアアアアア!」
鋭い鳴き声を発する軍隊蟻。
それは、明らかに自分に対して攻撃をしようとする二匹のゴブリンに対する威嚇の声。
軍隊蟻と戦っている二匹のゴブリンが普通のゴブリンであれば、もしかしたら軍隊蟻の威嚇の声に抵抗出来なかったかもしれない。
だが、それはあくまでも普通のゴブリンであればの話であって、闇のゴブリンともなれば話は別だった。
六本腕の異形のゴブリンはともかく、四本腕のゴブリンは明確な己の意思というものを持たない。
それだけに、軍隊蟻の威嚇の声は全く効果がなく……二匹の闇のゴブリンは、牙を鳴らして牽制してくる軍隊蟻に向かって攻撃する。
「へぇ。白夜が生み出した闇のゴブリンって言っても、攻撃方法とかは違うんだな。その辺り、どうなってるんだ?」
トワイライトの隊員の一人が白夜に尋ねるが、そう言われても白夜が答えるのは難しい。
そもそもの話、白夜本人がまだ完全に自分の能力を使いこなせている訳ではないのだから。
「どうって言われても……うーん、やっぱり個性ってのはまだ微妙に残ってるんだと思います」
「そういうものなのか。ちょっと面白そうだな」
一見すると暢気に話しているように見えるが、実際にはいつ他の軍隊蟻が出てきてもおかしくはないので、周囲の警戒を解くようなことはしない。
そもそも軍隊蟻は基本的に一匹で行動するようなモンスターではなく、集団で相手を襲うモンスターだ。
幸いにも今はこうして一匹だけでの行動だったが、それがいつまで続くのかどうかは分からない。
こうしている今も、いつ茂みの中から別の軍隊蟻が出てくるのか分からないのだから当然だろう。
だが……結果として、二匹のゴブリンが軍隊蟻を仕留めるまで、新たな敵の姿が見えるようなことはなかった。
「おい、倒したな」
早乙女の、ちょっと驚いたような声。
そんな早乙女の隣では、鎌谷が無言で頷いていた。
鎌谷にしてみれば、まさかこのような結果になるとは思っていなかったのだろう。
何といっても、相手は軍隊蟻だ。
それこそ、緑の街の住人であれば、まともに戦って勝てるとは到底思えないだろう相手。
にも関わらず、こうして勝つことが出来たのだから、それで唖然とするなという方が無理だ。
「えっと……その、あの軍隊蟻、俺が貰ってもいいんですか?」
「うん? ……ああ、そう言えば白夜は死体を闇に取り込むことでそのモンスターを闇で生み出すことが出来るんだったな」
野宿したときのことを思い出しながら、やや説明的な言葉を口にする早乙女。
それは、隣にいる鎌谷に説明するという意味もあったのだろう。
事実、早乙女の説明を聞いた鎌谷は、驚きながら白夜に視線を向けていた。
白夜が闇からモンスターを生み出すのは、ゴブリンを生み出すのを見ていたので分かっていたが、まさか死体を取り込んでとは……と、そう思ったのだろう。
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