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2:覚悟

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 寝台に横たわるエルム・ガルディア様――エルム王子は、地に呑み込まれるような深緑色の寝具に包まれておりました。

 噂通りのお美しい造形が、青ざめたお顔でもはっきりと分かります。唇は硬くガサついた紫色ですが、きっと元気な時には、花のような明るいお色なのでしょう。
 今は伏せられた金色の長い睫毛も、きっと魅惑のお目元を彩っているのだと思いました。

 目を瞑り、深呼吸をします。
 忙しなく打つ心臓を落ち着けます。

 元よりこの任務はわたしのものではありませんでした。
 教会に3名いる高官聖女大聖女に割り当てられるはずの任務だったのです。
 それがどうして中官聖女わたしなどに回ってきたのかといいますと、事は二週間ほど前に遡ります。

 教会の管轄である近隣五国にて、原因不明の瘴気が至る所で発生しました。
 瘴気の発生というのは、基本的は中々の力を持った魔の物が中枢にいることを表しており。原因根絶ともなれば、それこそ、中々の力を持った聖職者が赴き対処することとなります。

 無論、わたしも中官聖女として、そこそこ濃厚な場所へと駆り出され。高官聖女大聖女の方々は、更に濃度の濃く危険性の高い重要拠点へと足を運んだのです。報告には、浄化は極めて難航したと聞いています。いえ、といった方が正しいでしょう。

 高官聖女大聖女の方々は、未だ任務を終えてはいないのです。今も皆を救うため、懸命に戦っておられるのです。

 一方、わたしの任務はあっさりと終わってしまいました。これは別に、自分の能力をひけらかしているのではありません。

 わたしとしては、常より一層気を引き締めて取り掛かったのです。これまでの魔の物の気配と瘴気の濃さは、全く経験したことのないものでしたから。
 恥ずかしながら、震えすらも感じておりました。
 ところが、覚悟を決めたほどには手強いということはなく。
 長期戦を強いられ身をボロボロにする心づもりであったのが、長期戦だけを強いられる結果となりました。

 やっとのことで任務が終わり、教会へ戻ろうとというところで緊急要請がありました。
 それが、この任務だったのです。
 何故か満身創痍のエルム王子が力を振り絞って認めたご一筆――それが聖女レア・ルメア――わたしの名だということです。

 無論、わたしとエルム王子は、面識がありません。いえ、ないはずです。

 わたしは物覚えが特段優れているという性質たちではありませんが、極めて悪いということもないのです。ガルディアという大国の王太子ともなれば、たとえ僅かな時であっても、お会いすることがあるのなら覚えているはずなのです。

 ところが如何でしょう。
 わたしの中には、一切の記憶もありません。微かにもぎるところすらありません。

 高官聖女大聖女ともなれば、式典などに招かれ、いつの日にか顔を合わせていたということもありうるでしょうか。けれど中官聖女わたしにはそんな機会はないのです。

 しかし、今、そこに考えを巡らせても仕方がありません。
 全てはエルム王子が目を覚まされれば分かること――といえば雑な話ではありますが。
 主たるべきは、この任務が、元来わたしでは力不足であるということなのです。
 そして、エルム王子が何らかの繋がりにてわたしの名を知り、力を信じてくださったということなのです。

 であれば、たとえ教会として分不相応だという判断であったとしても、わたしは問答無用でこの方を――わたしに希望を見出してくださったこの方々を、救わねばならないのです。

 悪しきに侵される人々を救うため、今この場において、ただ一つの光として、わたしは如何なる犠牲を払っても、この場を明るく照らさねばならないのです。
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