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2章 嫉妬の炎が燃え盛る

22. 姫様、気付く

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 行きとは違い、一人きりで寛ぐ馬車の中。
 エスメはシャーロットから取り上げた腕輪を手で弄びながら鼻歌を歌っていた。
 こんなに気分が良いのは久しぶりだった。喉元の小骨がやっと取れたような心地だ。
 
(大体、一目見た時から気に入らなかったのよ)

 魔導塔を訪れた時にノアと共に出迎えに現れた、銀髪に瑠璃色の瞳を持つ聖女と似た雰囲気の美少女。
 何もかもが気に入らなかった。
 まずその美しさも気に入らない。エスメを前にしてまるで気圧される様子もなく平然としているのも気に入らない。
 不幸を味わい尽くしたかのような濁った瞳も気に入らない。
 聖女の元から逃げ出してノアの婚約者の座をエスメから奪っておいて、まるで幸福そうな様子も見せないのも気に入らない。
 そして何より。
 
(あの女に見せる、ノア様の表情。何よあれ。あんな柔らかい雰囲気のノア様、見たことないわ)

 エスメの知っているノアは、冷たい雰囲気の感情の読めない男だった。
 合理的であるかどうかを重要視し、他人との間に常に壁を作る。
 エスメが雑に扱われたことはないが、それも「魔導塔が存在している国の姫だから丁重に扱う」という意識が透けて見えた。
 そこに夢中になったのだ。絶対に自分のものにしたかった。
 なのに、あんな素性のわからない女を懐に入れるなんて。付き合いの多少長いエスメを差し置いて。
 
 腹が立ったが、ノアの意思を無視してエスメとの婚約を押し通すことは出来ない。
 ノアは国や王家を尊重してくれているが、関係はあくまで対等。
 利害関係ありきで成り立っており、著しく気分を害せば今後の関係がどうなるかはわからない。
 
 だから、ちょっとした意地悪をするくらいなら許されるだろうと思ったのだ。
 今回の置き去りは少し規模の大きい嫌がらせだが、今までの意地悪に全然堪えた様子が見えなかったのでついやってしまった。
 
(置き去りにしたときの焦った顔は見ものだったわ)

 エスメは顔が緩むのを我慢できなかった。



 ◆◆◆



 馬車が停止した。魔導塔に戻ってきたようだ。
 馬車から降り、とりあえず自室に戻ろうと歩き始めたところで呼び止められた。
 
「姫、シャルをどこに置いてきたの?」
 
 振り返ると、そこに居たのはノアとカイだった。
 ノアは無表情で、カイはいつものように軽薄な笑みを浮かべている。
 もうバレたのか。
 エスメは一瞬焦ったがすぐに開き直った。
 
「そんなに遠く離れてはないわ。すぐ戻ってこられるはずよ」
「彼女は土地勘がないからそれは難しいだろう」
「王城からここまで来て図々しく婚約を申し込んだんでしょう? その通り道からそこまで外れてないわ」
「シャルは自力で魔導塔に来たわけじゃない。……捨てられてたんだ。すぐそこの焼却炉にね」

 エスメの表情が固まる。
 自分が何か思い違いをしているのではないか、と漸く思い始めたが、山より高い矜持が焦りを表に出すことを許さなかった。
 ノアが深刻な表情で続けて言う。
 
「……シャルが危ない目に遭うようなことはないだろうね」
「……彼女、ちょっとは魔力があるんでしょう。多少怖い思いはするかもしれないけど、自分でなんとかできるんじゃないかしら」

 それを聞いたノアが間髪入れずに鋭い声でカイに指示を出す。
 
「カイ、シャルを探して。見つかったらすぐ僕に連絡を」
「承知致しました」

 カイが慇懃に礼をしてその場から掻き消える。
 エスメは思わず声を荒げた。
 
「何よ! ちょっと過保護すぎるんじゃないの! それぐらいなんとかできるわよ!」
「……シャルの魔力は、ちょっとどころじゃない。姫よりよっぽど強いよ」

 魔力まで負けているというのか。どこまでも気に入らない。
 
「じゃあ尚更過保護すぎるわよ! どんだけ彼女が大事な訳!」
 
 苛立ったエスメが叫ぶと、ノアはため息をついた。
 
「君がシャルから取り上げたその腕輪は、彼女の魔力を制御するためのものだ。彼女は魔力の制御がまるで出来ない。……常に全力を出すことしか出来ないんだ」

 ノアは続けて言う。
 
「シャルはあまり自制心が強いほうじゃない。身に危険が迫れば、……ほんのちょっとだけ悩んで、街を更地にしかねない」

 エスメは血の気が引いていくの感じた。
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