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3章 遠足ではありません

34. 騎士団長と爆破とクソ眼鏡

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 アルストル騎士団本部は、海にほど近い所に存在していた。
 堅牢そうな作りで、物々しい雰囲気が漂っている。
 
「団長の部屋は一番上なんですけど、多分今の時間は地下の大訓練場を抜けた先、団長専用の個人訓練室にいらっしゃると思います。先に行かれたお二方もそちらに向かわれているかと」

 ロバートにそう言われ、シャーロットは地下へと向かっていた。
 ちなみにそのロバートは何故か階段の前で踵を返し、異様な早足でどこかへ去っていった。
 ロバートの怪しい行動をいちいち気にしていたら始まらないので、シャーロットは大人しくノアと階段を降りる。

 地下へと続く階段を降る途中で、むわっと空気が変わるのを感じた。
 金属がぶつかる音や、かけ声や呻き声、悲鳴が聞こえてくる。
 下まで降りきると、結構広い空間が広がっていた。大勢の人間が訓練をしている。
 
 シャーロットは近くにいた騎士に声をかけ、個人訓練室の場所を聞いた。
 何故か顔を赤らめながら答えた純朴そうな騎士は、場所を教えてくれた後、緊張したように続ける。
 
「あの、応援に来た魔導師さんですよね? いつまでアルストルに滞在する予定なんですか?」
「えっと……そうですね。まだわかりませんが、しばらくは居ると思います」
「でしたら、あの、お時間のある時で良いんで僕と一緒にデェッ!?」

 言い終わる前に、ノアが突然飛び立って騎士の顔を嘴でつつき、発言が奇妙に中断される。
 
 正直面倒に思っていたシャーロットは、これ幸いと「では教えてくれてありがとうございました」と言って個人訓練室へと向かった。
 戻ってきたノアは何故かシャーロットの頭の上に乗り、満足そうに毛づくろいしている。
 
 しばらく歩いて、個人訓練室の扉を開けると、とっくに到着していたらしいヴィクターとメロディと何かを話している青年がいた。
 
 鳶色の髪に同じ色の瞳の、騎士というより司書の方が似合いそうな程に穏やかそうな風貌だ。
 先程まで訓練を行っていたのか、額に浮かぶ汗を拭っている。
 シャーロットに気付くと、ふわりと微笑みかけた。
 
「やあ、こんにちは。私はランドルフ・アンカーソン。こんな形だけどアルストル騎士団長をやってる者だ」
「シャーロットです。あの……魔導師、です。よろしくお願いします」

 何故だか自分で魔導師というのが少し面映ゆく、言い淀んでしまった。
 ランドルフは頷きながら言った。
 
「では、こんなところでは何なので、団長室でお話しましょう」



 ◆◆◆
 
 
 
 ランドルフによると魔物の発生は不規則にあちこちで発生しており、段々発生場所が街へと近づいているのだと言う。
 
「段々発生する間隔が短くなってきてですね……。このままだと我々だけで対処できなくなるのではないかと思い、応援を要請した次第です」

 そう言って疲れたように笑った。
 原作のストーリーだと邪竜発生の影響で住処を追われた魔物たちが街の方へと逃げてきている、というのがこのイベントの原因だった。
 必然的に、魔物の目撃情報はほぼ直線上に存在していた。
 不規則に発生しているとなると、やはり原作とは違う原因があるのだろう。
 
「まあ、魔導師一人で並の兵士数十人分の力がありますからね。正しい判断だと言えるでしょう。……今も近くにオークの群れが発生しているというのをロバート君からお伺いしましたが、我々もそちらに向かうのでしょうか」

 ヴィクターが何故か得意げに聞く。
 ランドルフはヴィクターの失礼な態度を気に留める様子もなく、鷹揚に頷いた。
 
「ええ。幸い今回は近くに人里もありませんし、移動速度の遅いオークの群れはそこまで脅威でもありません。今から出発しても十分被害を出さずに掃討可能でしょう。……ところで、そのロバートの姿が見当たりませんが」
「あー……。そうですね……上までは案内してくれたんですが、その後すごい速さでどこかにいってしまいました……」
「ふん。魔導師と同じ空気なんか吸いたくなかったんじゃないですか?」

 ヴィクターが気に食わないといった様子で鼻を鳴らした。
 ランドルフはそれを聞いて深い溜息をついた。
 
「……彼は、最近ルミナリアから渡ってきたばかりの新米なんです。今までまともに魔法に触れてこなかったらしく、あまり慣れていないようでして。魔法嫌いがそこまで深刻だとは思わず、あなた方の迎えを彼に任せてしまいました。申し訳ない、私の落ち度です」

 そんなわかりやすく怪しい人間とこれから行動を共にする必要があるのか。

(まあ、いいわ。なんとかして早く解決して、塔に帰ってのんびり過ごしてやるわ)

 シャーロットは決意を新たにした。
 そうして、シャーロット達を含んだ討伐隊が結成され、オークの群れ発生場所へと向かったのだが――その討伐は一瞬で片がついてしまった。

 それは一行がオークの群れを捕捉したときのことだった。
 シャーロットは急いで前に出て、部隊長の髭を生やした壮年の男――確かニコラスとか言う名前だった筈――に声をかける。

「……すみません。少し全体を止めていただいてもよろしいでしょうか」
 
 ニコラスは面倒そうにシャーロットへと視線を向けた。

「なんだ? お嬢ちゃん。今から突撃するところなのに」
「だから、ええと、突撃するのをちょっと待って欲しくて……」
「なんだってそんなこと言うんだい」
「あの、私の魔法に巻き込んでしまうと危ないので……先に攻撃させて貰えませんか」

 大雑把にしか魔法が使えないシャーロットは、味方とオークが入り混じる前に終わらせる必要があった。
 それを聞いたニコラスは馬鹿にしたように鼻で笑う。

「こんな可愛らしいお嬢ちゃんに何ができるって言うんだ? 見習いを卒業したばかりなんだろ? 先生にちょっとは戦果を上げてこいって言われてんのかもしれねえが、大人しく下がってな」

 ニコラスの言うことはそんなに間違ってない。
 サボるとノアにくどくど嫌味を言われることは間違いないからだ。
 そうやり取りしている間にもオークの群れとの距離は縮まっていく。

(まずい、そろそろ戦闘が始まっちゃうわ)

 始まる前に殺っちゃうしかない――咄嗟にそう判断し、シャーロットはワイバーンの時と同じ要領でオークの群れに魔力をぶつけた。

「えいっ」

 そして爆音が響き、煙が上がる。
 何事かと全員が足を止めた。

 煙が晴れた後には群れの居た痕跡すらなかった。

(良かった、上手くいって)

 シャーロットは胸を撫で下ろす。
 横ではニコラスが呆然と爆発跡を見つめていた。

「おい、ロバート!? 大丈夫か、しっかりしろ!」

 すぐ後ろでなにやら騒ぎが聞こえ、シャーロットが振り向くとあのロバートが地面へ倒れ込んでいた。
 どうやら卒倒してしまったらしい。
 もしかして間違えて攻撃してしまったのかもしれないと思ったシャーロットは慌ててロバートに駆け寄ったが、ちょっと焦げ臭い以外は怪我もなく無事だった。
 びっくりしただけだろうが、とりあえず念入りに治癒をかけておいた。

(ん? なにかしら、これ)

 ふと、ロバートの側に小さな光る欠片が落ちているのを見つけ、広い上げる。
 それは、小指の爪ほどの宝石のような欠片だった。
 キラキラと薄く青に輝いている。
 ロバートの落とし物だろうか。よく物を落とす男だ。
 目を覚ましたら返そうと思い、とりあえずシャーロットはそれを懐へとしまい込んだ。
 
 
 
 こうしてひとまず街の危機は去ったのだが――シャーロットは帰りの道中、何故かヴィクターにくどくど叱られる羽目になってしまった。
 
 曰く、そんなやりかた効率が悪すぎる、たまたま拓けた場所だったから良いものの、街中でどう戦うつもりだ、街ごと吹き飛ばすのか、魔王でももうちょっと丁寧に破壊する、先祖はオーガか何かか、等など。
 後半はほぼ罵倒だし、引き合いに出されたノアは全くフォローに入らず面白そうにヴィクターの説教を聞いている。
 ワイバーンのときは馬車に隠れてた癖に……と思わないでもなかったが、なまじ正論なため言い返すこともできない。
 
 段々しんなりしてきたシャーロットを見兼ねたのか、ヴィクターは最後に一言だけ言って説教を終わらせた。
 
「とにかく、その魔力の使い方をもっと考えることです。そうですね、外じゃなくて中に向けてみたらどうですか?」
「中に向ける……?」

 ヴィクターの言葉がよくわからず、オウムの様に聞き返したシャーロットをヴィクターを呆れたように見返した。
 
「ちょっとは自分で考えることです。その頭に中身があるなら、ですけどね」

 シャーロットはその時、自分が手ぶらであることに感謝した。
 なにか武器になりそうなものを持っていたら、間違いなく目の前のいけすかない眼鏡の頭を叩き割っていた自信があるからだ。
 
(嫌味っぽい言い方しかできないのかしら! あのボケ眼鏡!)

 ぷりぷり怒るシャーロットを見て、ノアはますます面白そうに鳴いたのだった。
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