居場所を奪われた転生聖女、魔王の婚約者になる

玉菜きゃべつ

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3章 遠足ではありません

33. 見習いのロバートという男

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 結局シャーロットはノアの強い希望により、折角施してもらった化粧を殆ど落とすことになってしまった。
 どちらかと言えば、シャーロットよりもメロディの方がむくれてノアに文句を言っていた。
 自信のある芸術品にケチを付けられたのが気に触ったのだろう。
 シャーロットとしてはノアに褒めてもらえなかった以上、別に落としても構わなかったのだが。

 拗ねた様子のメロディはシャーロットの化粧を落としながら言う。

「ふーんだ。今度の『赤月祭』ではもっと気合いれて磨き上げちゃうからいいも~ん」
「赤月祭? ……赤月を祝うんですか?」

 シャーロットは少し驚いて尋ねた。

 昼と夜の長さが同じになる日は必ず満月が昇る。
 春だとその満月はうっすら青く輝き、これは青月と呼ばれた。
 ルミネ教ではこの青い満月は魔の力が弱まる吉兆だとされ、敬虔な信者は「聖月」とも呼ぶ。
 春の『聖月の祝祭』は、ルミナリアでは夏の『ルミネの聖日祭』と並んで重要な行事だ。

 一方で秋に昇る薄く赤色に輝く満月はというと、青月とは逆に魔の力が強まる凶兆だとされた。
 ルミネ教の信者は、この日は一日家で静かに過ごすのが習わしだ。
 今まで忌むべきものだと教えられてきた赤月を祝うなんて。

「そうだよ~。この島――エイル島は昔から魔力持ちが生まれやすいからね~。魔力を強める赤月に対する忌避感はそこまでないから、一つの節目としてお祝いするんだよ。ちょっと変わった風習もあって、結構楽しいんだよ~!」
「変わった風習?」
「えっとね、『赤月祭』では変装して参加するのが決まりなんだよ~! 髪色を変えたり、異性の格好をしたりしてね」
「へえ、確かにちょっと変わってますね。 仮面舞踏会みたい……」

 ふと、それまで顔を羽に埋めて話を聞いていたノアが顔を上げた。

「おや、お客さんみたいだよ」

 その言葉を合図にしたかのように、部屋の扉がノックされる。
 丁度化粧落としが終わったシャーロットが「はい?」と扉を開けると、平凡な顔立ちの青年が緊張した面持ちで立っていた。

「し、失礼いたします! 私、アルストル騎士団所属、見習いのロバートと申します! ま、魔導塔からの魔導士の方々をお迎えに上がりました!」

 よく見ると、騎士団の制服に身を包んだ青年の後ろにヴィクターも立っていた。
 何故か随分機嫌が悪そうだ。
 
「あ、はい……。わかりました。少々お待ちください」

 シャーロットが振り返ると、メロディはとっくに準備を終えていたようでニコニコとこちらを見つめていた。
 ノアがバサバサと飛んでシャーロットの肩に止まり、ヴィクターに話しかける。

「といっても今日は挨拶だけなんでしょ? 本格的な討伐は明日からじゃないの?」
「いえ、近くでオークの群れが発生したとの情報が入ったのでそのまま出発しま――ヒィィィイィカラスが喋ったァァァアアアア!」

 突然ロバートが腰を抜かして床に崩れ落ちた。
 シャーロットが慌ててフォローする。

「えっと、この子は普通のカラスじゃなくて私の使い魔なんで喋ったりもします……」
「あ、そ、そうなんですね……。失礼いたしました。あんまり魔導士の方と関わったことがなくて……」

 ヴィクターが呆れたように溜息をついた。
 
「この見習い騎士、ずっとこの調子なんです。ちょっとした魔法使うだけでもピーピー騒いで……。おかげで手作業で準備する羽目になりました」

 それで機嫌が悪そうだったのか。
 ようやく落ち着いたのか、ロバートがゆっくりと起き上がった。

「すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまい……。それでは行きましょう」

 そういって歩き出すロバート。ヴィクターはやれやれといった様子で、メロディは何故か機嫌良さそうに歩き出す。

「ねね、騎士団の本部ってあっちだよね? メロディ先行ってるね!」

 そういうとメロディは突然駆け出した。
 ヴィクターが慌てたように後をついていく。

「あっ、ちょっと、待ちなさい!」

 ロバートはそれを半笑いで眺めていた。自由な魔導士に呆れたのだろうか。
 特に走って追いかけるということはしない様だ。
 シャーロットも歩いてついていこうとしたが、ロバートの倒れていた位置に何か光るものが落ちているのを見つけ、拾い上げた。

 それは、太陽と翼をモチーフにした小ぶりなブローチだった。
 ひっくり返すと、裏側には古代語で何か彫られている。

(これは……ルミネ教会の紋章?)

 ルミネ教の信者なのだろうか。
 シャーロットはそれを返そうと、小走りでロバートに駆け寄り、その肩に軽く触れた。

「あの、ロバートさん――」

 言い終わる前に、手に衝撃が走る。
 ロバートに振り払われたのだ。
 振り返った彼は、嫌悪を隠しきれていない表情をしていた。
 そして一瞬後、取り繕うように柔和な表情を浮かべる。

「すみません、ちょっと驚いてしまいました。なんでしょうか?」
「……落としていましたよ」

 それだけ言ってブローチをロバートに手渡す。
 ロバートは表情とは裏腹に、ひったくるようにしてブローチを受け取った。

「ありがとうございます。なくしたら大変でした」

 そういって再び歩き出したが、歩きながらブローチを服で擦り続けているのをシャーロットは見逃さなかった。
 まるで、汚いものに触れてしまったかのように。

 一部始終を見ていたノアが、耳元で低く囁く。

「臭うね。あのロバートとかいう男……」
「まあ……とりあえず、私たちも本部に向かいましょう」

 そういってのろのろとシャーロットは歩み始めた。
 本当に前途多難そうだ。
 どうか、何事もなくお仕事をして塔に帰れますように――。
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