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11.脱出マジック
しおりを挟む十一月最初の放課後。
いつものように空き教室に集まった私たち奇術同好会のメンバー。
だけど、今日はいつもと雰囲気が違っていた。
私——三木結菜が大迫啓太くんと一緒に教室の中心に座る中、すぐ後ろには、オレンジ頭の転校生、長谷部亮くんと新入部員の藤間保先輩が並んで座っていた。
そして一同が教室の前方を注目する中、教壇に立つ紺野真紀先輩が興奮気味に話し始める。
「皆さん、よく集まってくれました。記念すべき奇術部の始まりの日です。わずかですが、部費も貰えるようになったし、ここはいっちょ、盛大にお祝いでもしましょうか」
そうなのだ。今日から奇術同好会が奇術部に昇格したわけで、空き教室は正式な部室になったのである。
部員も増えたということで、盛り上げようとする真紀先輩だったけど、私はマネージャーとして口を挟む。
「真紀先輩。部費がもらえたからって、簡単に使っちゃだめですよ。学園祭のために置いておくべきじゃないですか?」
これには長谷部くんも賛成らしく、苦言を漏らした。
「そうだね。ここにはコップしかないなんて、ありえないし」
「それで、学園祭では何をするんですか?」
大迫くんが訊ねると、真紀先輩は真面目な顔をして告げる。
「そうだな……いっそ皆でコップの水を飲み干すか……」
「じゃあ、俺が全てのコップに細工しておきます」
そう言った長谷部くんも大真面目だった。
長谷部くんのサポートは嬉しいけど、そうじゃないよね。
なんだか嫌な予感しかしない私は、再び口を挟む。
「ちょっと! 真面目に考えようよ! コップの水を飲み干す芸で、どうなるかくらいわかってるでしょ?」
「じゃあ、何するんだよ」
真紀先輩に睨まれて、私が言葉を濁す中——今度は藤間先輩が挙手をする。
「あの、いいですか?」
「はい、そこの新入りくん」
「せっかくなら、大きな仕掛けはどうかな? 脱出マジックとか」
藤間先輩の提案に、真紀先輩は考えるそぶりを見せる。
けど、長谷部くんはあまり乗り気じゃないようだった。
「脱出系は素人が手を出すようなものじゃないぞ」
そう告げる長谷部くんを、藤間先輩はじっと見つめて告げる。
「そうかな? このメンバーならできる気がするけど」
すると、なぜか長谷部くんはすぐに態度を変えた。
「あ……ああ、そうだな。このメンバーなら出来るかもな」
「本当に? 脱出マジックとか、テレビでしか見たことないよ」
大迫くんが好奇心いっぱいに見開く中、私はやっぱり心配になってしまう。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
けど——
「大丈夫、このメンバーならやれると思うよ」
そう言った藤間先輩の目を見るなり、なんだか大丈夫な気がしてきて——私は素直に頷いた。
「……藤間先輩がそう言うなら」
「じゃあ、やってみるか!」
真紀先輩の声に、部員たちは手を叩いた。
***
そして真紀先輩は部室に巨大な水槽を搬入すると、水槽に寄りかかりながら説明した。
「はい、ここに大きな水槽があります。これで脱出のマジックをしてみましょう」
「よく、そんなサイズの水槽を調達できましたね」
人が二人くらい入りそうな巨大な水槽は、生物部から譲り受けたらしい。
いったい、何に使われている水槽かわからないけど、とにかく水槽が手に入って大迫くんは大はしゃぎだった。
「じゃ、大迫くん、がんばってください」
「はい! 頑張ります!」
真紀先輩が肩を叩くと、大迫くんは気合いを入れて敬礼した。
なんとなく藤間先輩に流されて賛成しちゃったけど、やっぱり心配だよね。
大迫くん、大丈夫かな?
「では、水槽に水を入れます」
手を縛られた大迫くんが水槽に入ったところで、真紀先輩はホースの水を水槽に投入した。
すると、みるみるうちに水槽は水でいっぱいになって、大迫くんは沈んでいった。
「ごぼぼぼ……」
「もういいぞ、脱出してくれ」
真紀先輩が水槽を叩いて合図すると、大迫くんはみじろぎを始める。
だけど——
「ごぼぼぼぼ……」
「大迫くん?」
「……でらへはい……ごぼぼ」
明らかに様子のおかしい大迫くんを見て、私は思わず叫んでいた。
「大迫くん! どうしよう、出られないのかも!」
「大迫、大丈夫か!?」
私や長谷部くんが心配して水槽を叩く傍ら、藤間先輩だけはなぜか笑いながら水槽を見ていた。
「藤間先輩……?」
「早く出てこい、大魔法使い」
「え?」
藤間先輩の呟きに私の思考が停止する中、真紀先輩がやれやれといった感じで、どこからともなくハンマーを持ってくる。
「もう、仕方ないなぁ」
そして先輩がハンマーで水槽にヒビを入れた瞬間、亀裂した部分から水が溢れ出して教室が水浸しになった。
「はぁ……はぁ……」
「大迫、大丈夫か?」
長谷部くんが背中をさすると、大迫くんは泣きそうな顔で咳き込む。
「ゴホッ……死ぬかと思った」
「脱出マジックは危険だな」
しみじみ言う真紀先輩に、私は思わず呆れた目を向ける。
賛成した私も私だけど、やっぱりやるべきではなかったよね。
それから水浸しの惨状になった教室を片付けるのに、一時間はかかった。
「——なんだか残念です」
すっかり片付いた教室で、ふいに藤間先輩が納得のいかない顔で告げる。
私が目を丸くしていると、藤間先輩はジャージに着替えた大迫くんを見据えた。
「大迫くん」
「なんですか? 藤間先輩」
「ちょっと話があるから、屋上に来てもらえるかな」
「話? なんですか?」
「とてもデリケートな話だから、屋上で話すよ」
「わかりました」
藤間先輩のただごとならぬ雰囲気を不思議に思う中、真紀先輩は手を叩いてみんなの視線を集める。
「じゃあ、今日はこれで解散ということで。みんな寄り道せずに帰れよ~」
「先輩、風紀委員みたいですね」
長谷部くんの言葉に、真紀先輩は笑ってみせる。
「ああ。俺は風紀委員だけど?」
「うそ、似合わないですね」
私が思わず本音を口にすると、真紀先輩は泣くような仕草をする。
「結菜……昔はあんなに可愛かったのに」
「はいはい」
真紀先輩の大袈裟な泣き真似に私がため息を落としていると、ふと気づいたように長谷部くんが周りを見回す。
「そういえば、大迫と藤間先輩は?」
「よくわからないけど、二人でどこかに行ったみたい」
「もしかして、もう帰ったのか?」
解散と言っておきながら、不満そうな顔をする真紀先輩に内心呆れながらも、私は部室の隅にあるカバンを見て告げる。
「二人とも、カバンは置いてあるから、まだ校内にいると思います」
「まだ知り合ったばかりなのに、もう二人で花摘みに行くくらい仲がいいのか?」
真紀先輩が驚く傍ら、長谷部くんは不敵に笑う。
「実は二人で殴りあいしてたりして」
私はまさかと思うもの、藤間先輩のただごとならぬ雰囲気を思い出して、少しだけ心配になった。
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