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56.わかり合うための喧嘩
しおりを挟む大迫啓太は、三木結菜と初めて出会った公園のベンチで、ぼんやりと遠くを眺めながら考えていた。
頭にあったのは、大昔に大魔法使いと呼ばれた青年と会話した記憶だった。
啓太と同じ顔をした青年は、啓太にいろいろなことを教えてくれたが、中には今だに理解できないものがあった。
「——ねぇ、ケイタ。愛を知っているかい?」
大魔法使いの言葉は、いつも唐突だった。仕事中に声をかけるので、たまに面倒に思えることもあったが、聞かないという選択肢はなかった。
そしてその日、啓太は暖炉の傍で繕い物をしながらも、仕方なしに口を開いた。
「いいえ。俺にはわかりません。人間じゃないからでしょうか?」
「そんなことはないよ。君は僕と同じ素材でできているんだから、人を愛することだってできるはずだ」
「……愛とは、どんなものなのでしょうか?」
「そうだな。痛いことや苦しいこともあるが、幸せな感情だと聞いたよ」
「聞いた?」
「実は僕にもよくわからないんだ」
そして記憶は変わり、大魔法使いの最期の時。
荒れた部屋に横たわる大魔法使いを、啓太は座り込んで見守っていた。
そんな啓太の顔に手を伸ばす大魔法使い。その手はいつになく優しかった。
「ケイタ……視える、視えるよ。君の未来が……だけど何も残さずに死ぬのも癪だから、呪いをあげよう。他者を傷つければ、君の大切な人が遠ざかる呪いと……花嫁でなければ君を殺せない呪いだよ。……覚えておいて。僕の言葉は楔となって、この先も君と一緒にいるからね」
大魔法使いはそれだけ告げると意識を落とした。
遠い過去の記憶。
それに縛られながら生きてきた啓太には、大魔法使いの最期の言葉を守る以外に、できることなど思い浮かばず。ただがむしゃらに〝鏡の魔女〟だけを探してきた。
だがまさか結菜に拒絶されるとは思うはずもなく——啓太は混乱していた。
そんな風に結菜や大魔法使いのことばかり考えていた啓太だが。
ふとその時、聞き覚えのある声に呼ばれた。
顔を上げると、目の前にいたのは——結菜の祖母だった。
「啓太くん、こんなところでどうしたんだい?」
「……あ、結菜のお婆ちゃん」
「なんだか暗い顔をしているけど、何かあったのかい」
「うん……ちょっと」
「もしかして、結菜と喧嘩でもしたのかい?」
「どうしてわかったの?」
「昨日は結菜も神妙な顔をしていたからね。隣に座ってもいいかい?」
「あ、はい。どうぞ」
「啓太くんはいつもいい子だね」
「そんなことはないです。俺は……」
「結菜もいい子、啓太くんもいい子だよ。けどねぇ、いい子すぎるのも問題だね。ちょっとくらいワガママでもいいんだよ?」
「俺は、ワガママです。だから結菜に……嫌われて」
「結菜は啓太くんを嫌ったりしないよ。あの子はいつも啓太くんの話ばかりするんだから」
「でも、俺は嫌われることをしてしまったから」
「結菜が嫌いだと言ったのかい?」
「結菜は優しいから、嫌いなんて言わないけど……たくさん怒っているはず……です」
「そうかい。私もねぇ、昔はお爺さんとたくさん喧嘩したよ」
「お婆ちゃんが?」
「ええ。喧嘩ばかりして、何度もダメになりそうなことはあったけど……年をとるにつれて、喧嘩をしなくなったんだよ。でもね、喧嘩をしなくなったら、それはそれで寂しいものだよ。今思えば、あれも愛情のカタチだったんだよ。全てがそうとは言えないけれど……わかり合いたいから、喧嘩をするんだね」
「……愛情のかたち」
「あんたたちも、たくさん喧嘩をして、前に進みなさい……じゃあね。私はそろそろ帰らないと、娘に叱られるから……よいしょっと」
「お婆ちゃん」
ゆるく腰を曲げた老人の背中に、啓太は慌てて声をかける。
すると、彼女はゆっくりと振り返る。
「なんだい?」
「ありがとう」
「ふふ、頑張ってね」
結菜の祖母に励まされて、啓太はこぼれんばかりの笑みを浮かべた。
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