アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第一章

4.転生者

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 ***



「それにしても長い夢よね」

 まだ陽が高い頃。お昼くらいだろうか?

 私は馬車に揺られながら、怪訝な顔で考え込む。

 外を見ればひたすら木しかないし、どう見ても田舎だった。こんな森がある田舎ってどの地方だろう。私は関東生まれの関東育ちだけど、こんな森の中なんて初めてだった。

 そして私の向かいにはスーツを着た男性が座っていた。やや四角い顔にマッシュショートの頭。なんだかもっさい青年だけど、どうやら私の召使いらしい。青年はさっきから何やら私のことをじっと見ていた。

「何よ。何見てるのよ」 

 しまった。夢だからって、あまりにもひどい言い方だっただろうか? でもずっと見つめられると気持ち悪くて仕方なかった。

 すると、青年は何かピンと来たような顔をしてニヤリと笑みを浮かべた。

従僕フットマンのゴォフです、お嬢様」

「ゴォフさんはどうして私と一緒に馬車に乗っているの?」

「私が同乗しているのは、お嬢様の世話係だからですよ……ですが、やはりそうでしたか」

 ゴォフさんはブツブツと独り言を呟いて、一人で頷いていた。

 やばい、この人変な人かもしれない。そう思っていると、ゴォフさんは淡々と告げる。

「もしやあなたは、転生者なのではありませんか?」

「は?」

 いや、この場合、「は?」としか言いようがないよね。〝テンセイシャ〟ってなんだろう。

 そういえば、異世界ものの小説にそういうジャンルがあったような気がするけど、詳しいことはよくわからなかった。なぜなら私は、現代ものしか書かない執筆者だからである。

 すると、ゴォフさんはおかしそうに笑った。

「やはりそうなんですね。これまでの言動から行動まで拝見させていただきましたが、あなたはどう見てもケイラ様ではありません」

「ケイラ?」

「あなた様のお名前です」

「私、夢の中ではケイラというの?」

「残念ながら、夢ではありませんが」

「またまたぁ、夢じゃなければなんなのよ、この状況。おかしすぎるでしょ?」
 
「ああ、目に見えても信じないタイプの人間なのですね」

「どういうことよ」

「さきほども申し上げましたが、これは夢ではありません」

「じゃあ、なんなのよ」

「あなたは小説の世界に転生した〝悪役令嬢〟なのです」

「ぶっ……ちょっと〝悪役令嬢〟とか言わないでよ! 私には今それ禁句なんだから」

 私が友達のみなみのことを思い出してめそめそしていると、ゴォフさんは勝手に続けた。

「禁句だろうが、なんだろうが、あなたは悪役令嬢なんです。その証拠に、王子様に婚約破棄されて国外追放されたでしょう? よくあるパターンですよね」

「よくあるパターンとか言われても知らないわよ。悪役令嬢なんてそもそもどういうものか知らないし」

「あなたは、あまり小説を読まないタイプの方ですか?」

「読むわよ。悪役令嬢以外は」

「……はあ」

 なぜか盛大なため息を吐くゴォフさんに、私はムッとした顔をする。悪役令嬢を読まないことがそれほど悪いことだろうか? 誰にだって好みはあるものだし、読む読まないは私の勝手である。

 それに、その悪役令嬢が私だなんて、意味がわからないんだけど。

 ゴォフさんも最初はニコニコしていたけど、そのうちなんだか諦めたような顔をして告げる。

「悪役令嬢がどうしてあなたなのでしょうか」

「それはこっちが聞きたいわよ! 悪役令嬢ってなんなのよ」

「だから、悪役令嬢とは、物語で悪役を担う存在のことですよ。あなたが王子に婚約破棄を言い渡された時、同席していた聖女がいたでしょう? あっちがヒロインなのです」

「あっちがヒロイン? 私がこの夢のヒロインじゃなくて?」

「ええ。ヒロインは別にいて、あなたは悪役の御令嬢なのです」

「じゃあ、私は主人公じゃないの?」

「主人公ですよ。ここは悪役令嬢を主人公とした物語の世界ですから」

「は?」

「つまり、主人公がメインのヒロインではなく、悪役令嬢にスポットが当たっている世界なのです」

「よくわかんないけど、この物語の主人公は私ってことでOK?」

「ええ、そうです。本来なら婚約破棄の時点で〝ざまあ〟展開があったはずなので、本当に追放されるとは思いませんでしたが」

「なるほど、私は悪役だけど主人公……そういう設定なのね。悪役令嬢を少し理解したわ」

「わかっていただけて良かったです」

「それで、あなたはどうしてそんなことを知っているの?」

「ああ、それは私も転生者だからですよ。しかもこの小説の読者でした」

「転生者とは?」

「現代日本で生まれた私は、一度死んでこの世界に転生したのです」

「現代日本? ここ、日本じゃないの?」

「見たらわかるでしょう? 日本であんな舞踏会やると思いますか?」

「だって夢だし」

「まだ夢だと思っているのですか?」

「当たり前でしょ。私は車に轢かれて……きっと意識不明の重体なんだわ」

「でしたら、夢だと思ってくださってもかまいませんが、そのうち嫌でも現実だとわかりますよ」

「なんで?」

 その時ふと、馬車が止まって、御者ぎょしゃから悲鳴があがった。

 窓の外を見ると、剣を手にした男たちが馬車を囲んでいた。その数、十数名。

 驚きに見開く中、ゴォフさんが頭を抱えた。

「やれやれ、どうやら山賊が出たみたいですね」

「山賊!? どうすればいいのよ、ゴォフさん」

従僕フットマンの僕にさんづけは入りません。頑張って逃げるしかないですね」

「逃げる!? どうやって?」

「知りませんよ」

「仕方ないわね」

「お嬢様?」

「これでも私、歌には自信があるのよ」

「歌、ですか?」

「そうよ。見てらっしゃい! 泣く子もさらに泣く私の歌声を聞くがいいわ!」

 どうせ夢なんだから、スカッとする方がいいじゃない? なんて、私は自分の手で運命を切り拓くべく、馬車を降りたのだった。

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