5 / 80
第一章
5.王子は甘く囁く
しおりを挟む「なんだこの女、自分から馬車を降りたぞ」
「ちょうどいい、可愛がってやろうぜ」
下品な笑い声とともに聞こえてきたのは、悪役の常套句だった。
けど、こっちだって悪役令嬢らしいし、同じ悪役でも格の違いを見せつけてやろうじゃないの!
なんて、息込んでいると、近くから従僕のゴォフのため息が聞こえた。
「……困ったお嬢様だ」
ゴォフも一緒に馬車を降りたらしい。
ふん、なんとでも言うがいいわ。私の身を守れるのは、私しかいないんだもの。
そして私は深く息を吸い込むと、そのまま息を吐き出したと同時に、大きな声で歌った。
すると、まるで悪魔でも現れるかのように、空が黒く分厚い雲に覆われ、稲光がまたたき、ダミ声が轟いた。
そうなのである。私の歌は天災にも匹敵するほどの下手さだった。
いや、下手なんてものじゃない。周囲を包み込むダミ声は、野鳥を空から落とし、通りすがりのクマっぽい生き物を気絶させる。
山賊たちも懸命に耳を塞いでいたけれど、私の轟音は防ぎようがなくて、みんな泣きそうな顔をしていた。
————ふっ、勝った。
私は勝利を確信していた。未だかつて私の歌を聴いて無事でいられた人はいないもの。きっと山賊たちもこれで恐れをなして逃げるに違いない。
会社の宴会では禁止されるほどの歌声を、とくと食らうがいいわ!
なんて思っていると、ふいに山賊の一人が剣を振り回し始める。
どうやら、私の声を聴いて錯乱状態に陥っているらしい。さすがにこの状況は予想外だった。
私は慌てて歌うのをやめるけど、剣を振り回す男は、正気に戻らないまま、こちらに向かってきた。
「ケイラ様!」
ゴォフの声が聞こえた。
呼ばれても、それが私の名前だとピンと来なかった。
けど、自分に危機が迫っていることは、明らかだった。
————殺される。
夢の中でもこんなことになるなんて、私はどこまでついてない人間なのだろう。
それでも運命を受け入れる以外に手立てはなくて、私はぎゅっと目を閉じる。
二度目の死を覚悟した瞬間だった。
……けど、痛みはいっこうに訪れなくて、不思議に思っていると、そのうち断末魔の叫びのようなものが聞こえた。
私は慌てて目を開く——すると、いつの間にか王子様ルックの青年が目の前にいて、山賊は地面に身を伏していた。
「え? もしかして助かったの?」
どうやら王子様ルックの青年が山賊を斬り捨てたらしい。彼の持つ剣が血に染まっていた。
私が目を白黒させる中、王子様ルックは剣を鞘に収めて、ゆっくりとこちらを振り返る。
その顔は、舞踏会で見たジンテールという王子様の顔だった。
ゾッとするほど美しい顔を持つ青年は、私を見るなり人懐っこい笑みを浮かべた。
「やはり面白い生き物だな、お前は」
「え? ぇえ?」
この場合、私はまずお礼を言わないといけないと思うんだけど、意外すぎる発言のせいで言い忘れてしまった。
けど、ジンテール王子は意に介す様子もなくて、ひたすら邪気のない笑みを浮かべていた。
「あの、面白いとは、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。歌で盗賊を懲らしめる奴は初めて見たぞ」
その王子様らしくない言葉に、私が動揺しているとジンテール王子は勝手に話を進めた。
「俺はお前みたいなやつを探していたんだ」
「……え?」
私の右手をそっと握り締め、胸元に持ち上げるジンテール王子。
見つめてくる目は真剣そのもので、私の胸がキュンと鳴った。
こんなイケメンに見つめられる人生もあるんだね。
私にも運が回ってきたのかもしれない。
なんて思っていると、ジンテールはにこやかに笑ったまま私の首にそっと触れた。
すると——。
ガシャン、と金属が擦れるような音が鳴り、首が急に重くなる。
「なに!? なんなの!?」
私が瞠目していると、ジンテール王子はうっとりした顔で告げる。
「今度は逃がさないよ」
気づくと私の首には、黒い輪っかが嵌められていた。
鉄のように硬いそれは、手でひっぱったところで、外れる様子もなく、ずっしりとした重さで肩まで響いた。
「ケイラ様!」
ゴォフが再び声を上げる中、私はジンテール王子を睨みつける。
けど、ジンテール王子はまるで珍しい昆虫を捕まえた子供のように嬉しそうな顔をしていた。
「何するのよ!」
「大丈夫、大事にしてあげるから、うちにおいで」
「はあ!?」
「ジンテール王子、これはキウイ王国に対する侵害行為とみなして侯爵家ひいては国王陛下に報告いたします」
ゴォフが必死に言ってくれたけど、ジンテール王子がひるむ様子はなかった。
「ケイラは国を追放された身分だから、国の外で何があろうと問題ないだろう?」
「しかし、仮にも侯爵家の御令嬢を——」
「罪人になった以上、侯爵家もケイラとの縁を切るみたいだよ」
「そ、そんな話は……」
「あれ? もしかして聞かされていないのかな? でも大丈夫だよ。私が可愛がってあげるから」
「なっ……」
可愛がると言われて、私は頭から火が出そうになる。この人は、私を連れて行ってどうするつもりなのだろう。
このままでは、私の貞操が危ういのでは?
でも、これだけのイケメンならむしろ喜ぶべき? いやいや、変なことされて泣き寝入りするのはごめんだし、ここはやっぱり逃げるしかない。
私は改めて大きく息を吸うと、声と一緒に吐き出すけど——。
「————」
どうしてか、喉からダミ声が出なかった。
「無駄だよ。魔法で歌を封じておいたから、その首輪を外さない限り、君はもうあの凶器のような歌は歌えないから」
「なんですって!?」
「言ったでしょう? 逃さないって。君はもう私の側から離れられないからね」
「くうう……どうすれば」
「大丈夫。悪いことはないよ。これから君をたくさん甘やかしてとろかして、幸せにしてあげるから」
なんでだろう、イケメンが嬉しい言葉を言っている気がするのに、ちっとも嬉しくないのは、この首輪のせいだろうか?
なんにせよ、私のことを捕まえようとするなんて、変人に違いない。変なことをさせられそうになったら、どうやって逃げればいいのだろう。
私が泣きそうになっていると、ジンテール王子が私に手を伸ばす。
「——触らないで!」
パチンと軽い音を立てて手を振り払うもの、ジンテール王子は笑顔を崩さなかった。
79
あなたにおすすめの小説
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる