アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第一章

5.王子は甘く囁く

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「なんだこの女、自分から馬車を降りたぞ」

「ちょうどいい、可愛がってやろうぜ」
 
 下品な笑い声とともに聞こえてきたのは、悪役の常套句じょうとうくだった。

 けど、こっちだって悪役令嬢らしいし、同じ悪役でも格の違いを見せつけてやろうじゃないの!

 なんて、息込んでいると、近くから従僕フットマンのゴォフのため息が聞こえた。

「……困ったお嬢様だ」

 ゴォフも一緒に馬車を降りたらしい。
 
 ふん、なんとでも言うがいいわ。私の身を守れるのは、私しかいないんだもの。

 そして私は深く息を吸い込むと、そのまま息を吐き出したと同時に、大きな声で歌った。

 すると、まるで悪魔でも現れるかのように、空が黒く分厚い雲に覆われ、稲光がまたたき、ダミ声が轟いた。

 そうなのである。私の歌は天災にも匹敵するほどの下手さだった。

 いや、下手なんてものじゃない。周囲を包み込むダミ声は、野鳥を空から落とし、通りすがりのクマっぽい生き物を気絶させる。

 山賊たちも懸命に耳を塞いでいたけれど、私の轟音は防ぎようがなくて、みんな泣きそうな顔をしていた。

 ————ふっ、勝った。

 私は勝利を確信していた。未だかつて私の歌を聴いて無事でいられた人はいないもの。きっと山賊たちもこれで恐れをなして逃げるに違いない。

 会社の宴会では禁止されるほどの歌声を、とくと食らうがいいわ!

 なんて思っていると、ふいに山賊の一人が剣を振り回し始める。
 
 どうやら、私の声を聴いて錯乱状態に陥っているらしい。さすがにこの状況は予想外だった。

 私は慌てて歌うのをやめるけど、剣を振り回す男は、正気に戻らないまま、こちらに向かってきた。

「ケイラ様!」

 ゴォフの声が聞こえた。
 
 呼ばれても、それが私の名前だとピンと来なかった。

 けど、自分に危機が迫っていることは、明らかだった。


 ————殺される。


 夢の中でもこんなことになるなんて、私はどこまでついてない人間なのだろう。
 
 それでも運命を受け入れる以外に手立てはなくて、私はぎゅっと目を閉じる。

 二度目の死を覚悟した瞬間だった。

 ……けど、痛みはいっこうに訪れなくて、不思議に思っていると、そのうち断末魔の叫びのようなものが聞こえた。

 私は慌てて目を開く——すると、いつの間にか王子様ルックの青年が目の前にいて、山賊は地面に身を伏していた。

「え? もしかして助かったの?」 

 どうやら王子様ルックの青年が山賊を斬り捨てたらしい。彼の持つ剣が血に染まっていた。

 私が目を白黒させる中、王子様ルックは剣を鞘に収めて、ゆっくりとこちらを振り返る。 

 その顔は、舞踏会で見たジンテールという王子様の顔だった。

 ゾッとするほど美しい顔を持つ青年は、私を見るなり人懐っこい笑みを浮かべた。

「やはり面白い生き物だな、お前は」

「え? ぇえ?」

 この場合、私はまずお礼を言わないといけないと思うんだけど、意外すぎる発言のせいで言い忘れてしまった。

 けど、ジンテール王子は意に介す様子もなくて、ひたすら邪気のない笑みを浮かべていた。

「あの、面白いとは、どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ。歌で盗賊を懲らしめる奴は初めて見たぞ」

 その王子様らしくない言葉に、私が動揺しているとジンテール王子は勝手に話を進めた。

「俺はお前みたいなやつを探していたんだ」

「……え?」

 私の右手をそっと握り締め、胸元に持ち上げるジンテール王子。

 見つめてくる目は真剣そのもので、私の胸がキュンと鳴った。

 こんなイケメンに見つめられる人生もあるんだね。

 私にも運が回ってきたのかもしれない。

 なんて思っていると、ジンテールはにこやかに笑ったまま私の首にそっと触れた。

 すると——。

 ガシャン、と金属が擦れるような音が鳴り、首が急に重くなる。

「なに!? なんなの!?」

 私が瞠目していると、ジンテール王子はうっとりした顔で告げる。

「今度は逃がさないよ」

 気づくと私の首には、黒い輪っかが嵌められていた。

 鉄のように硬いそれは、手でひっぱったところで、外れる様子もなく、ずっしりとした重さで肩まで響いた。

「ケイラ様!」

 ゴォフが再び声を上げる中、私はジンテール王子を睨みつける。

 けど、ジンテール王子はまるで珍しい昆虫を捕まえた子供のように嬉しそうな顔をしていた。

「何するのよ!」

「大丈夫、大事にしてあげるから、うちにおいで」
 
「はあ!?」

「ジンテール王子、これはキウイ王国に対する侵害行為とみなして侯爵家ひいては国王陛下に報告いたします」

 ゴォフが必死に言ってくれたけど、ジンテール王子がひるむ様子はなかった。

「ケイラは国を追放された身分だから、国の外で何があろうと問題ないだろう?」

「しかし、仮にも侯爵家の御令嬢を——」
 
「罪人になった以上、侯爵家もケイラとの縁を切るみたいだよ」

「そ、そんな話は……」

「あれ? もしかして聞かされていないのかな? でも大丈夫だよ。私が可愛がってあげるから」

「なっ……」

 可愛がると言われて、私は頭から火が出そうになる。この人は、私を連れて行ってどうするつもりなのだろう。

 このままでは、私の貞操が危ういのでは? 

 でも、これだけのイケメンならむしろ喜ぶべき? いやいや、変なことされて泣き寝入りするのはごめんだし、ここはやっぱり逃げるしかない。

 私は改めて大きく息を吸うと、声と一緒に吐き出すけど——。

「————」

 どうしてか、喉からダミ声が出なかった。

「無駄だよ。魔法で歌を封じておいたから、その首輪を外さない限り、君はもうあの凶器のような歌は歌えないから」

「なんですって!?」

「言ったでしょう? 逃さないって。君はもう私の側から離れられないからね」

「くうう……どうすれば」

「大丈夫。悪いことはないよ。これから君をたくさん甘やかしてとろかして、幸せにしてあげるから」

 なんでだろう、イケメンが嬉しい言葉を言っている気がするのに、ちっとも嬉しくないのは、この首輪のせいだろうか? 

 なんにせよ、私のことを捕まえようとするなんて、変人に違いない。変なことをさせられそうになったら、どうやって逃げればいいのだろう。

 私が泣きそうになっていると、ジンテール王子が私に手を伸ばす。 

「——触らないで!」

 パチンと軽い音を立てて手を振り払うもの、ジンテール王子は笑顔を崩さなかった。





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