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第二章
44.封印する
しおりを挟む「ジンテール殿下がずっとそばにいたことには気づいていたの。だって、聖女として覚醒した私が、なんの問題もなく生活できるのは、ジンテール殿下が結界を張ってくれているからだって聞いたわ。それって近くにいて、ずっと結界を張ってくれていたってことでしょ?」
「なるほど、これは罠だったわけか。やはりお前は面白い生き物だな」
そう言ったジンテール王子は、どこか悲しそうな顔をしていた。
「さあ、事情を説明しなさいよ。どうして私を殺そうとしたの? それで、どうして逃げたのよ」
私がビシッと指を差して告げると、ジンテール王子は不敵に笑って、空に手を振りかざした。
すると、地面にヒビが入って、魔法陣がガラスのように砕けて消える。
「なに!? どういうこと!?」
「ジンテール殿下は人間じゃなかったのですか……?」
白装束を着た一人が、私の元にやってくる。フードをとると、それはゴリラン大司教だった。
「悪いが、私にはこんな魔法陣は通用しない」
「あなたはいったい、何者なのですか?」
ゴリラン大司教が問いかけると、ジンテール王子はどこか苦しそうな顔で笑った。
「私は監視者だ。その女に力を使わせないよう、監視する役目を担っている——神の御使いだ」
「……監視者? どういうこと」
「大きすぎる力はいずれ災いを生む。ゆえに国王に進言し、聖女アコリーヌを封印させたというのに、まさか鍵を壊すとはね」
「……それって、私がアコリーヌだって、最初からわかっていたってこと?」
「……ああ」
「だから私に近づいたの? 監視者ってことは、私を監視するために?」
「ああ、そうだ」
「私を愛してるって言ったのは嘘だったの?」
「ああ、私はお前を愛してなどいない」
「兄さん! なんてことを!」
「悪いが、初めからグクイエには兄など存在しないんだ。私はその女を監視するために第一王子のふりをしていただけだ」
「な、何を言ってるんだよ……嘘でしょ……兄さん……?」
「嘘なんかじゃない。私は大聖女を監視し、抹殺するために生み出された存在なのだから」
そう言ったジンテール王子の瞳は、真っ暗な空洞のようで、なんの感情の色も見えなかった。
けど、私にはわかる。これだけ長い時間いたんだから、この人が考えていそうなこと。たとえ全てが嘘で塗り固められてたとしても、たった一つの真実があること。
「ジンテール殿下」
「どうした? 俺が怖いのか」
「歯を食いしばれ!」
「な———ガッ」
気づくと私は、拳でジンテール殿下の顔を殴っていた。
「け、ケイラ!?」
よろめいて地面に尻餅をついたジンテール王子は、殴られた左頬を押さえて私を見上げた。その顔は呆然としていて、何が起きたのかよくわかっていないような雰囲気だった。
その傍らでは、グクイエ王子がアワアワと狼狽えていて、ゴリラン大司教に至ってはなぜか爆笑していた。
「あはは、ケイラ様、豪胆すぎますよ~」
「ちょっと黙ってて、ゴリラン大司教」
「はい」
私が睨みつけると、ゴリラン大司教は震え上がって黙った。
そしてなんとも言えない空気の中、私はジンテール王子を見下ろして仁王立ちする。
「嫌われるようなことを言ったって、私は嫌いになんかならないんだからね!」
「お前……言ってることとやってることが無茶苦茶だ」
「こうでもしないと目を覚まさないでしょ? 私が知りたいのは、これまでの行動の理由なんかじゃなくて、あなたの気持ちよ」
「私の気持ちだと?」
「そうよ。あなた、本当は私のことが好きで、心配でたまらないくせに、突き放そうとするんだからっ」
「何を勘違いしているのかは知らないが、私はお前なんか好きじゃない」
「だったら、どうして殺さないのよ」
「は?」
「今までいくらでも私を殺す機会なんてあったはずよ。あなたは行方をくらましたふりをして、本当はずっと私の傍で見守ってくれていたんでしょう? それにあの時——魔王と戦っていた時も、本当は見ていたんじゃないの? でなければ、ルーが召喚なんてされないわ」
「……それは、様子を見ていただけだ」
「様子見? 本当に?」
「ああ、お前が本当にアコリーヌを継ぐ者かどうかを確かめていたんだ」
「なら、私を殺してみなさいよ」
「……言われなくても、殺してやる」
「兄さん!」
ジンテール王子は不穏な言葉を吐いた後、腰にある長剣をゆっくりと抜いた。
そして私に剣先を向けてゆっくりと近づいてきたけど——私は逃げなかった。
なんとなく、確信があった。この人は私のことが好きだって。
自意識過剰なんかじゃない。だって、今まで危機に陥った時、いつも助けてくれたのはこの人なんだから。
「……くそっ」
ジンテール王子は私の首に剣をつきつけるけど、その手は震えていた。
だから私はジンテール王子に歩み寄って——その頬にそっと右手を置いた。
「あなたは……私の力が大きな災いを生むから監視していると言ったわね?」
「……」
ジンテール王子は答えなかった。その額には汗をかいていて、無表情を装いながらも、感情が揺れているのは明らかだった。
「わかったわ。私の力がなければ、あなたは私を殺さなくて済む、そういうことよね?」
「……なんだと?」
「ゴリラン大司教」
ジンテール王子が不審そうに顔を歪める中、私はジンテール王子の剣を避けて、ゴリラン大司教に声をかける。
するとゴリラン大司教は目を丸くして「はい?」と声をひっくり返らせた。
私はにこやかに笑みを浮かべて告げる。
「ねぇ、ゴリラン大司教。私の力をもう一度封印することはできるかしら? アコリーヌから受け継いだ力を」
「ケイラ様の力……ですか?」
「ええ」
「可能ですが」
「じゃあ、今すぐ私を封印してちょうだい」
「……ケイラ様」
「そうすれば、ジンテール殿下も私を殺さなくて済むと思うし、また監視を続けてもらえるわ」
「……わかりました。私がアコリーヌ様の力を封じましょう」
「ありがとう、ゴリラン大司教」
私が笑うと、ゴリラン大司教は一瞬大きく見開いて息を飲んだ。けど、すぐにいつもの笑顔で確認する。
「本当にいいんですね? また元のひどい歌声に戻ってしまいますよ?」
「いいのよ。私は歌うことよりも、ジンテール殿下のことが好きなんだから」
「アコリーヌ様は……今も昔も素直でお変わりなく」
ふいに、ゴリラン大司教がぼそぼそと口の中で何か言ったけど、私には聞こえなかった。
そして私はゴリラン大司教に力を封印してもらい、ダミ声でしか歌えない普通のケイラに戻ったのだった。
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