アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

文字の大きさ
45 / 80
第二章

45.ハピエンを諦めない悪役令嬢

しおりを挟む

「——そんなに殺されたくなかったのか?」

 封印を施してもらったあと、ジンテール王子が嘲笑するように告げた。けど、笑っちゃうのはこっちのほう。この人は相変わらず、ちっともわかってないんだから。

「違うわよ。あなたが私を殺せないから、私が代わりに私を殺したのよ」

「どういうことだ?」

「あなたのことだから、一生かかっても私を殺すことはできないでしょう? だから力を封印することで、あなたが私を殺さなくて済むようにしたのよ。わかる? ついでに、一生監視してもらわなきゃね」

 すると、ジンテール王子は観念したように息を吐いた。

「全てはお前の手のひらの上ということか。私はとんでもない女に引っかかってしまったようだ」

「そうね。私の監視者として、私の側に一生いなさいよ」

「それはとんでもないプロポーズだな」

「それより、あなた本当は王子じゃないんでしょう? だったら、これからどうするの?」

「何も変わらない。私は王子のふりをして王宮にとどまるだけだ。その方がお前を監視するのに都合が良いからな」

「そんなこと言って、本当はタナカに仕事を任せたくないからじゃないの? あなた、責任感だけはひと一倍あるんだから」

 私がやれやれといった感じで告げると、グクイエ王子も頷いた。

「僕も、兄さんにはそのままでいて欲しいよ。僕には王子の仕事なんて無理だから」

「だが私は監視者であって、この国の王になるつもりなどないぞ」

「だったらさ、僕が仕事を覚えるまで兄さんのままでいてよ。タナカをやりこめるくらい頑張ってみせるから」

「そうか。なら、わかった。私は今のまま監視を続けよう」

「そうこなくっちゃ」

 私が両手を合わせて言うと、ジンテール王子は不思議そうに首を傾げた。

「どうしてそんなに私を王子にしたがる?」

「それは、みんなあなたのことが大好きだからよ」

「私には……わからない」

「ねぇ、ひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

「あなたの本当の名前はなんていうの?」

「……私には名前などない。ただの神の御使い、監視者だ」

「そっか。だったら、ジンテール殿下でいっか。もう馴染んでしまっているものね」

「お前は、全てが仕組まれたことだと知っても、それでも私を受け入れるのか?」

「仕組まれたこと?」

「お前が私と出会ったことだ」

「だったら、出会わせてくれた神様に感謝しなくちゃね。そういえば、ルーと出会ったことも必然だったのかしら? グクイエ殿下の矢でルーが暴れたことがきっかけで、仲良くなれたけど」

「そういえば、あれからルーの矢について調べてみたけど、犯人は見つからなかったんだよね」

 言って、グクイエ王子は肩を竦めてみせる。そういえば、ルーが負傷した矢について、グクイエ王子に調べてもらってたんだっけ?
 
 でも、犯人が見つからないってどういうことだろう。

 すると、ジンテール王子が苦笑して告げる。

「だろうな。あれは私がルーに仕掛けたものだ」

「え? ジンテール殿下が? 自作自演だったってこと? どうして?」

 私が畳み掛けて聞くと、ジンテール王子はため息混じりに答えた。

「お前の力を試すためだ」

「私の力って、歌のこと?」

「そうだ。あの頃はまだ覚醒していないことがわかったがな」

「そうだったの……でも、ルーに矢を刺すなんてひどいんじゃない?」

「ああ、ルーには悪いと思っている」

「そういうところよね」

「なんだ?」

「あなたは悪役には向いてないってことよ。だから今後は、悪役ぶったりしないでね? あ! それともう一つ、魔王討伐の時、タナカの息子を私の護衛にしたのはどうして? あなたが兎村——ラビットソンを指名したのよね?」

「勘違いするな。タナカが勝手に送り込んだだけだ」

「なるほど、タナカが送ってきた刺客だったのね」

「まあ、お前なら大丈夫だと思ったが」

「そんなこと言って、本当は心配でずっと一緒にいたんでしょう? あの時ラビットソンをやっつけたのはあなただってわかってるんだから。あなた、意外と近くにいたんじゃないの?」

「さあな」

「ああもう、ここにきてまだ素直にならないの?」

 私がジンテール王子に正面から抱きつくと、ジンテール王子は戸惑いながらも私の頭を撫でた。

「お前は……グクイエを選ぶと思っていた」

「ちょっと兄さん、人前でいちゃつくのはやめてよ」

 怒った顔をして訴えるグクイエ王子だったけど、その顔は優しかった。私はジンテール王子から離れて、グクイエ王子にかしこまって告げる。

「ごめんなさい、グクイエ殿下」

「もうとっくにわかってることだから。気にしないで——とは言わないけど……でもいつか、振り向いてもらえるよう僕も頑張るから、覚悟しておいて」

「若いですねぇ。私には真似できないことだ」

 全てを見守っていたゴリラン大司教が、ふいに自嘲して言った。その顔は複雑な色をしていて、私には何を考えているのかわからなかった。



 ***



 こうしてジンテール王子は王城に戻ってきたわけだけど、それからはなんだかジンテール王子が以前よりもぐっと近く感じられるようになって、私は幸せというものを改めて噛み締めるようになっていた。

 そしてそんなある日————。

「ケイラ様っ!」

 私の私室を豪快に開いてやってきたのは、スーツを着た従者フットマンのゴォフだった。

「うそ!? ゴォフ? あなた——魔王を倒した時にいなくなったんじゃなかったの?」

「ゴリラン大司教がわたしを再び復活させてくださいました」

「ゴリラン大司教が? あの人も不思議な人よね。アコリーヌの時代から生きていると聞くし——あなたには、色々と聞きたいことがやまほどあるのよ」

「ケイラ様は、本編からどんどん離れた存在になりますね」

「本編から離れた存在? って、この世界が小説って話? けど、夢の中くらい幸せでもいいわよね」

「まだこの世界を夢の中だと思っているのですか?」

「当たり前じゃない。でもどうせなら——この世界が悪役令嬢の世界だって言うのなら、私は悪役令嬢なんて大っ嫌いだから、その世界をぶっ壊したいじゃない?」

「あなたは今も昔もとんでもない御方だ」

「今も昔もって……ゴォフのことがよくわからないわね。この世界を悪役令嬢の世界だって言ってたけど、アコリーヌ様の封印の鍵をしているってことは、かなり昔から生きているんでしょう?」

 私が訊ねると、ゴォフは少しだけ暗い顔で笑みを浮かべた。その表情の意味を知るのは、ずっと先のことだけど——でもその時の私は、なんとなくハッピーな気持ちだったから、あまり深く考えていなかった。

「それより、ジンテール様がそろそろいらっしゃる頃じゃありませんか?」

「ええ、そうね。そろそろ仕事が始まる前に、ここに来るかもしれないわね」

 言っているそばから、私室のドアが豪快に開かれる。

「ケイラ」  

 私の監視を続けている彼は、こうやって定期的に私の元にやってきた。そして私の顔を見るなり、苦笑しながら私の額にキスを落とす。

 そしたら、私の胸がいっぱいになって、私もお返しとばかりにジンテール王子を抱きしめる。

「私はいない方が良さそうですね」

 そそくさと消えていなくなったゴォフを見て、私はくすりと笑う。そんな私をじっと見つめる大きな瞳。吸い込まれるようにして、顔を近づけていくと——顔に何かがぶつかった。アコリーヌの日記だった。

「ふぎゃっ! 何よ!」

「俺はこれから仕事なんだ。あまり煽らないでくれ」 
 
「何よ、ちょっとくらい、いいじゃない」

「お前が王子を続けろと言ったんだぞ」

「わかってるわよ。この複雑な乙女心がわからないかしら」

「二十八にもなって、乙女心だと?」

「悪かったわね。私にもようやく乙女の気持ちが芽生えたのよ——って、ちょっと待って」

 今、私のこと二十八って言ったわよね? ケイラの年齢は十八なのに……二十八って言ったら、わたしの年齢じゃない。

「あなた、どうして私の年齢を——」

「じゃあ、俺は行ってくる」

 それからジンテール王子は、颯爽と私の部屋を出て行った。

 残された私は、何がなんだかわからないまま呆然としていたけど、そんな私の頭にルーの顎が乗った。








         →三章へ続く(三月予定)
しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

処理中です...