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第二章
45.ハピエンを諦めない悪役令嬢
しおりを挟む「——そんなに殺されたくなかったのか?」
封印を施してもらったあと、ジンテール王子が嘲笑するように告げた。けど、笑っちゃうのはこっちのほう。この人は相変わらず、ちっともわかってないんだから。
「違うわよ。あなたが私を殺せないから、私が代わりに私を殺したのよ」
「どういうことだ?」
「あなたのことだから、一生かかっても私を殺すことはできないでしょう? だから力を封印することで、あなたが私を殺さなくて済むようにしたのよ。わかる? ついでに、一生監視してもらわなきゃね」
すると、ジンテール王子は観念したように息を吐いた。
「全てはお前の手のひらの上ということか。私はとんでもない女に引っかかってしまったようだ」
「そうね。私の監視者として、私の側に一生いなさいよ」
「それはとんでもないプロポーズだな」
「それより、あなた本当は王子じゃないんでしょう? だったら、これからどうするの?」
「何も変わらない。私は王子のふりをして王宮にとどまるだけだ。その方がお前を監視するのに都合が良いからな」
「そんなこと言って、本当はタナカに仕事を任せたくないからじゃないの? あなた、責任感だけはひと一倍あるんだから」
私がやれやれといった感じで告げると、グクイエ王子も頷いた。
「僕も、兄さんにはそのままでいて欲しいよ。僕には王子の仕事なんて無理だから」
「だが私は監視者であって、この国の王になるつもりなどないぞ」
「だったらさ、僕が仕事を覚えるまで兄さんのままでいてよ。タナカをやりこめるくらい頑張ってみせるから」
「そうか。なら、わかった。私は今のまま監視を続けよう」
「そうこなくっちゃ」
私が両手を合わせて言うと、ジンテール王子は不思議そうに首を傾げた。
「どうしてそんなに私を王子にしたがる?」
「それは、みんなあなたのことが大好きだからよ」
「私には……わからない」
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「あなたの本当の名前はなんていうの?」
「……私には名前などない。ただの神の御使い、監視者だ」
「そっか。だったら、ジンテール殿下でいっか。もう馴染んでしまっているものね」
「お前は、全てが仕組まれたことだと知っても、それでも私を受け入れるのか?」
「仕組まれたこと?」
「お前が私と出会ったことだ」
「だったら、出会わせてくれた神様に感謝しなくちゃね。そういえば、ルーと出会ったことも必然だったのかしら? グクイエ殿下の矢でルーが暴れたことがきっかけで、仲良くなれたけど」
「そういえば、あれからルーの矢について調べてみたけど、犯人は見つからなかったんだよね」
言って、グクイエ王子は肩を竦めてみせる。そういえば、ルーが負傷した矢について、グクイエ王子に調べてもらってたんだっけ?
でも、犯人が見つからないってどういうことだろう。
すると、ジンテール王子が苦笑して告げる。
「だろうな。あれは私がルーに仕掛けたものだ」
「え? ジンテール殿下が? 自作自演だったってこと? どうして?」
私が畳み掛けて聞くと、ジンテール王子はため息混じりに答えた。
「お前の力を試すためだ」
「私の力って、歌のこと?」
「そうだ。あの頃はまだ覚醒していないことがわかったがな」
「そうだったの……でも、ルーに矢を刺すなんてひどいんじゃない?」
「ああ、ルーには悪いと思っている」
「そういうところよね」
「なんだ?」
「あなたは悪役には向いてないってことよ。だから今後は、悪役ぶったりしないでね? あ! それともう一つ、魔王討伐の時、タナカの息子を私の護衛にしたのはどうして? あなたが兎村——ラビットソンを指名したのよね?」
「勘違いするな。タナカが勝手に送り込んだだけだ」
「なるほど、タナカが送ってきた刺客だったのね」
「まあ、お前なら大丈夫だと思ったが」
「そんなこと言って、本当は心配でずっと一緒にいたんでしょう? あの時ラビットソンをやっつけたのはあなただってわかってるんだから。あなた、意外と近くにいたんじゃないの?」
「さあな」
「ああもう、ここにきてまだ素直にならないの?」
私がジンテール王子に正面から抱きつくと、ジンテール王子は戸惑いながらも私の頭を撫でた。
「お前は……グクイエを選ぶと思っていた」
「ちょっと兄さん、人前でいちゃつくのはやめてよ」
怒った顔をして訴えるグクイエ王子だったけど、その顔は優しかった。私はジンテール王子から離れて、グクイエ王子にかしこまって告げる。
「ごめんなさい、グクイエ殿下」
「もうとっくにわかってることだから。気にしないで——とは言わないけど……でもいつか、振り向いてもらえるよう僕も頑張るから、覚悟しておいて」
「若いですねぇ。私には真似できないことだ」
全てを見守っていたゴリラン大司教が、ふいに自嘲して言った。その顔は複雑な色をしていて、私には何を考えているのかわからなかった。
***
こうしてジンテール王子は王城に戻ってきたわけだけど、それからはなんだかジンテール王子が以前よりもぐっと近く感じられるようになって、私は幸せというものを改めて噛み締めるようになっていた。
そしてそんなある日————。
「ケイラ様っ!」
私の私室を豪快に開いてやってきたのは、スーツを着た従者のゴォフだった。
「うそ!? ゴォフ? あなた——魔王を倒した時にいなくなったんじゃなかったの?」
「ゴリラン大司教が鍵を再び復活させてくださいました」
「ゴリラン大司教が? あの人も不思議な人よね。アコリーヌの時代から生きていると聞くし——あなたには、色々と聞きたいことがやまほどあるのよ」
「ケイラ様は、本編からどんどん離れた存在になりますね」
「本編から離れた存在? って、この世界が小説って話? けど、夢の中くらい幸せでもいいわよね」
「まだこの世界を夢の中だと思っているのですか?」
「当たり前じゃない。でもどうせなら——この世界が悪役令嬢の世界だって言うのなら、私は悪役令嬢なんて大っ嫌いだから、その世界をぶっ壊したいじゃない?」
「あなたは今も昔もとんでもない御方だ」
「今も昔もって……ゴォフのことがよくわからないわね。この世界を悪役令嬢の世界だって言ってたけど、アコリーヌ様の封印の鍵をしているってことは、かなり昔から生きているんでしょう?」
私が訊ねると、ゴォフは少しだけ暗い顔で笑みを浮かべた。その表情の意味を知るのは、ずっと先のことだけど——でもその時の私は、なんとなくハッピーな気持ちだったから、あまり深く考えていなかった。
「それより、ジンテール様がそろそろいらっしゃる頃じゃありませんか?」
「ええ、そうね。そろそろ仕事が始まる前に、ここに来るかもしれないわね」
言っているそばから、私室のドアが豪快に開かれる。
「ケイラ」
私の監視を続けている彼は、こうやって定期的に私の元にやってきた。そして私の顔を見るなり、苦笑しながら私の額にキスを落とす。
そしたら、私の胸がいっぱいになって、私もお返しとばかりにジンテール王子を抱きしめる。
「私はいない方が良さそうですね」
そそくさと消えていなくなったゴォフを見て、私はくすりと笑う。そんな私をじっと見つめる大きな瞳。吸い込まれるようにして、顔を近づけていくと——顔に何かがぶつかった。アコリーヌの日記だった。
「ふぎゃっ! 何よ!」
「俺はこれから仕事なんだ。あまり煽らないでくれ」
「何よ、ちょっとくらい、いいじゃない」
「お前が王子を続けろと言ったんだぞ」
「わかってるわよ。この複雑な乙女心がわからないかしら」
「二十八にもなって、乙女心だと?」
「悪かったわね。私にもようやく乙女の気持ちが芽生えたのよ——って、ちょっと待って」
今、私のこと二十八って言ったわよね? ケイラの年齢は十八なのに……二十八って言ったら、景の年齢じゃない。
「あなた、どうして私の年齢を——」
「じゃあ、俺は行ってくる」
それからジンテール王子は、颯爽と私の部屋を出て行った。
残された私は、何がなんだかわからないまま呆然としていたけど、そんな私の頭にルーの顎が乗った。
→三章へ続く(三月予定)
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