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第三章
64.思い通りにならない日々
しおりを挟むその後、私が聖女であることを告げると、村人たちは大層驚いて、これまで以上に丁重に扱われるようになった。
歌で傷を癒した私を、聖女だと信じない者はいなかった。そりゃ、あれだけの傷を治癒したんだもの。当然よね。
また、処刑されるはずだった女の子——ミナも、聖女の力を持っていると知って、村人たちは手の平を返すように扱いを変えた。
人間とは本当に単純なものである。
そんなこんなで、ようやく二人目の聖女を発見した私は、グクイエ王子やゴリランを部屋に呼ぶと、いつものようにお茶をしていた。
「どうしていきなり聖女が発現したのでしょう」
何気なく呟くゴリランに、私は思ったことを告げた。
「それはきっと、私の血を浴びた——もしくは、飲み込んだからじゃないかな?」
「それはどういうこと?」
目を瞬かせるグクイエ王子に、私は苦笑する。
「これは仮説でしかないんだけど、私の血は少女を聖女に変える力があるのだと思うの」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「だって、それまで普通の少女だったミナが、私と一緒に串刺しにされたことで聖女になったんだもの」
「串刺しとか言わないで。思い出しただけでゾッとするから」
グクイエ王子の目に、一瞬怒りの炎が宿るのが見えた。どうやらこの人は、私に何かあると周りが見えなくなるらしい。
私が寝込んでいる間、グクイエ王子が暴れたことを後から聞いた。
そんな風に私を大事に思ってくれるのは嬉しいけど、ちょっといきすぎてる気がするし……グクイエ王子はなんとなく危うい感じがした。
でも私はこうして無事だったわけだし、ゴリランが懸命に説得してグクイエ王子もなんとか怒りを収めてくれたのだった。
「ごめんね、心配かけて——それより、ミナのことだけど……聖女になったから、王宮に連れ帰った方がいいわよね?」
「そうだね。魔王の封印が再び解けた時、力になってもらうべく修行に励んでもらわないと……でも本人は本当にそれでいいのかな?」
ようやくグクイエ王子らしい言葉を聞いて私は密かに安堵しながらも、真面目な顔で告げる。
「大丈夫。今は聖女としての心構えがなくても、私に恩を感じているようだから、きっと国の力になってくれるわ」
「アコリーヌが恩を着せるなんて……最初からこれが狙いで、彼女を助けたんですか?」
「まさか! あの子が聖女になるなんて思ってなかったし、何も考えてなかったわよ。でも、利用できるものは利用しなくちゃ」
「アコリーヌも父上——国王陛下に少し似てるよね」
「それは褒め言葉としてとっておくことにするわ」
それから私は、私の血が本当に奇跡を起こすのかを検証するため、村にいる少女に血を与えることにした。
あんな風に串刺しになるのはもうごめんだから、ほんの少量の血を分け与えたんだけど——予想通り、幾人かの少女が聖女と化した。二十人に一人というところだった。
「まさか我が村から聖女が現れようとは、なんとありがたいことだろう」
私の実験の一部始終を見て、村長が泣きながらそう言ったけど、少女を処刑しようとしたことを思うと、なんて調子が良い人だと思った。
それから私は、この結果を持ち帰るべく、いったん王宮に戻ることにした。
だって、聖女を私の血で量産できるなら、もう旅をする必要もないのだから。
そして久しぶりに会った王様は少し痩せていて、どこか神経質な雰囲気をまとっていた。
「なんと、聖女の血で新たな聖女を生み出すことができると? それはまことか?」
「はい、国王陛下」
王様の執務室に通された私たちは、忙しく書類に目を通す王様に結果を報告すると、仕事の手を止めて私たちを睨みつけた。
実際は、睨みつけているわけじゃないと思うけど、眼光の鋭さから、そういう風に見えたのだった。
そして王様は私たちに褒美をとらせたいと言ったけど、私が欲しいのは褒美なんかじゃなくて、以前のような平穏な生活だったから、それを告げると——王様は少しだけ渋い顔をした。
「聖女が旅を終えたというのなら、王城で暮らしてもらう」
「どうしてですか? 私の仕事はもう終わったはずです」
「他国との交渉の際、聖女にも立ち会ってもらいたいのだ」
その唐突な注文に、グクイエ王子が口を挟む。
「父上は、外交のカードとして聖女を使うつもりですか?」
「グクイエには関係のない話だ。公務を放り出して聖女と旅をするようなうつけ者に、国のことに口を出す権利などない」
「なんですって!? 僕は魔王の復活を懸念して、聖女とともに自己の鍛錬の旅に出たというのに、そんな僕の行いを否定するのですか?」
「何が自己の鍛錬だ。勇者でもないお前が、魔王に打ち勝てるとでも思っておるのか?」
「今の僕の力をお疑いなら、この場でお見せしても良いですが?」
そう言ったグクイエ王子が、王様をきつく睨み据えた。王様に喧嘩を売るなんて、昔のグクイエ王子だったから考えられないことだけど、旅をして自信がついたのだろう。今のグクイエ王子は威信に満ちた若者だった。
「我を手にかけようというのか?」
「まさか、力をお見せすると言っただけです」
「よもや、そなたがこのような覇気を身につけるとはな」
「僕はいつまでも子供ではありません」
「だが、聖女の処遇をそなたが決める権利はない。これ以上の反論は、反逆の意があるとみなす」
「父上!」
「悪いが、忙しいのでな。この話はまた今度だ」
それから執務室を追い出された私は、グクイエ王子の処遇を盾にして、再び以前のような生活を強いられるようになった。
王城から出られない日々。
以前と違うのは、他国の使者が来た時に、私が挨拶に出るようになったこと。私を戦争の抑止力として使いたいらしい。
他国の人間は〝聖女〟という存在に半信半疑で、最初は眼中にないという感じだったけど、王様はそれを見越して魔物を用意し、私に目の前で討伐させるデモンストレーションを行った。
そうしたら、他国の使者も飛び上がるくらいビックリして、その結果を自国に報告したという。
それからはうちの国と協力関係になりたいと申し出る国が続出した反面、我が国を脅威に思った周辺国が攻めてきたりもした。
戦争にまで借り出された私は、戦争を鎮めるために歌わされた。歌いたくもない歌を強要され、身も心もすり減ってゆく日が続いた。
そんなある日のことだった。
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