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第三章
65.聖女の反乱
しおりを挟む「アコリーヌ」
春が始まった矢先、グクイエ王子が私の部屋に忍び込んできた。本当は女性の部屋に——ましてや聖女の元に現れるなんて、王様が知ったら大変なことになるのだろうけど、そんなことおかまいなしで、グクイエ王子は私の元へとやってきた。
「どうしたの? グクイエ殿下」
私の寝巻き姿を見たグクイエ王子は、一瞬だけ頬を赤らめるけど、すぐにかぶりを振って次の言葉を告げた。
「逃げよう、アコリーヌ。このままでは、君は一生国の奴隷として働かされてしまう」
「逃げるって……どこへ?」
「ゴリランが馬車を用意してくれてるから、魔王城でもどこでも」
「魔王城!?」
「あそこなら、誰も寄ってこないだろう? 父上だってそう簡単には——」
「そこまでだ、グクイエ」
グクイエ王子が最後まで言い終える前に、別の声が言葉を遮った。現れたのは、王様と無数の衛兵だった。
どうやらグクイエ王子がやりそうなことに気づいていたらしい。わらわらと現れた衛兵がグクイエ王子を取り囲んだ。
「僕をどうするつもりですか、父上?」
「お前が聖女を拐かすつもりなら、こちらも処罰するしかあるまい。皆のもの、この謀反人を捕まえろ」
「聖女をこんな場所に閉じ込めて、何を言うんですか!」
「聖女には、聖女の仕事がある。それがわからぬのか?」
「聖女が何をすべきか決めるのは、聖女自身だ。父上じゃない」
「魔王を討伐する手助けをしたくらいで、英雄気取りか? 我が子ながら情けない。こんなことをする暇があったら、勉学に励んで兄王子を補佐するべきだろう」
「僕の人生も、僕が決めるんだ」
「せいぜい、地下牢で反省するがいい」
それから王様が合図をすると、グクイエ王子を捕まえようと衛兵たちが取り囲んだ。けど、グクイエ王子は決して捕まらなくて、見事に全ての衛兵の手から逃れた。
そんな王子にしびれを切らした王様は、抜刀を許可した。
自分の子供を捕まえるためだけにだよ?
そして私がハラハラしながら見守る中、グクイエ王子も剣を抜いた。
それからは、グクイエ王子が衛兵の剣を次から次へと弾き飛ばして、あっという間に、衛兵たちを丸腰にした。
グクイエ王子の力を侮っていた王様は、心底驚いた顔をしていたけど、私はこうなることがわかっていた。
だけど、父親に剣を向けるということは、謀反を意味することだから、これ以上の戦いはやめてほしくて、私はグクイエ王子の前に出た。
「グクイエ殿下、そこまでにしてください」
「どうして止めるの? アコリーヌ」
「これ以上の行いは、グクイエ殿下の立場を悪くするだけです。ですから、この場は私に免じて——」
その時だった。一人の衛兵がグクイエ王子の背後に忍び寄り、剣で斬りつけた。グクイエ王子は私に気をとられていたこともあり、無防備な姿で剣を受け、そして倒れた。
力なく崩れるグクイエ王子を見て、私は自然と息を止める。そんな中、王様の高笑いが聞こえた。
「ははは、グクイエは詰めが甘いな。さあ、お前たち。さっさとグクイエを地下に閉じ込めろ」
「……なんですって?」
王様の心無い言葉に、私は思わず耳を疑った。仮にも自分の子供が怪我をしたというのに、心配するどころか、閉じ込めろだなんて——何を考えているのだろう。
それまで穏便に過ごしてきた私だけど、とうとう堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。
私の目の前が怒りに染まった瞬間、部屋に風が吹き荒れ、雷鳴が轟いた。
私が閉じ込められるならまだしも、大事な王子様に手をくだすなんて、天罰をくだしてやりたいと思った。
そこで初めて、グクイエ王子がどれだけ私にとって大事な存在かがわかった瞬間だった。
事故で私に剣舞の剣が刺さった時、グクイエ王子は気が気じゃなかったと言ったけど、その時の気持ちが私にも理解できた。
「国王陛下、あなたはしてはならないことをした」
私が睨みつけると、王様が息を呑んだ。そして汗を垂らしながらも、無言で私をじっと見つめた。
「たとえ私の自由を奪われても、国のためになるというのなら、喜んで私の時間を差し上げた。ですが、グクイエ殿下に危害を加えるというのなら、私はあなたを許しません」
そこまで言うと、王様は苦虫を噛み潰したような顔をして、頭を下げた。
そして膝から崩れ落ちるようにしてその場に座ると、「申し訳なかった」と一言告げた。
私が最強の聖女だということを知っているだけに、ここで私を鎮めるには謝罪しかないと思ったのだろう。
だけど、ただ謝るだけの王様にむしろガッカリした私は、ようやくこの城を去ろうと決意したのだった。
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