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第三章
66.平和な生活
しおりを挟む「本当に良かったんですか? アコリーヌ」
聖女を政治の道具としてしか見ない王様に辟易して、ゴリランの神殿に身を寄せるようになった私は、あれから毎日平穏な日々を過ごしていた。
王城ではお姫様のような生活で、確かに楽ではあったけど、洗濯や掃除、それに祈りを捧げる毎日は嫌いじゃなかった。
そして司教見習いだったゴリランも、三年で司教になり、今では神殿の管理者にまで出世していた。
ちなみに私も聖女ということで、神殿では高い地位にいるのだけど、普通の人として扱うよう、周りの人に頼んでいた。
だって、私は人間なんだもの。神様みたいに扱われたところで、全ての人を救うことは出来ないし、聖女に対しての過剰な期待を裏切りたくもないから、私は歌で人を癒すことができるただの女の子って思われるくらいでちょうどいいんだよね。
そんな風に、自分の立ち位置を決めた私は、今までよりもずっと過ごしやすい日々を送っていたのだけど——城を出てから、グクイエ王子と会うことはなかった。
風の噂によると、グクイエ王子は立派に兄王子を補佐しているらしい。ただ、笑わない王子と呼ばれているとか。
まるで私の知っているグクイエ王子じゃないみたいだけど、グクイエ王子も大人になったということだろうか。
ちょっと寂しい気もするけど、いつまでも子供じゃいられないことはなんとなくわかっていた。
いつかはこういう日が来ることを心のどこかで感じていたのかもしれない。グクイエ王子とは住む世界も違うわけだし、別々の場所で幸せでいるなら、それはそれで良いと思った。
グクイエ王子に抱いていた仄かな気持ちに蓋をして、私は心配そうな顔をするゴリランに笑顔を向けた。
今日は土曜日で、癒しの歌を披露する日だったから、私は白装束に身を包み、ゴリランも司教の衣装を纏って神殿に併設されている教会にいた。
翼を背負った女神の像と、パイプオルガンが据えられた教会は、三百人ほど収容できるホールにもなっていた。全ては私が歌うための場所だった。
「私は今の生活を素敵だと思ってるよ。だって、城にいたって何もできないし」
「そうじゃありません。グクイエ王子と離れてしまって良かったんですか?」
「なんで?」
「お好きだったんでしょう、グクイエ王子のこと」
「な、何を言い出すかと思えば!」
「本当のことでしょう?」
「私のようなただの庶民が、王子様の側にいるなんておかしいでしょう?」
「あなたはただの庶民なんかじゃない。聖女ですよ?」
「聖女という名の、兵器だと国王陛下は思っているようだけど」
私が兵器という言葉を口にすると、ゴリランは痛ましい顔をする。王様はいまだに私を呼び戻そうと躍起になっているらしい。
政治の道具として今後も利用したいのだろう。それをグクイエ王子が止めてくれていると聞いた。と言っても、ゴリランから聞いた話なんだけど。
「アコリーヌは兵器なんかじゃありません」
「ありがとう、ゴリラン。あなたがそう言ってくれるだけで十分よ。それより、そろそろ食堂に向かうわ。今日は調理の手伝いをする約束をしているし」
「あなたは……」
「みんなで冒険したのは、楽しい夢だったけど、いつまでも同じではいられないでしょう?」
「魔王を討伐するために旅をしたことも、聖女を探して国中を回ったことも、夢ではありません」
「そうね。でも今思えば楽しかったわ。みんなで旅をするのも」
「……私たちは生殺しでしたけどね」
「え?」
「アコリーヌは男心というものを学んだ方が良いかと」
「なんのこと?」
私が目を瞬かせていると、ゴリランは盛大なため息を吐いた。
そんな風に私たちは、私たちらしい生活を送るようになって、魔王のこともすっかり忘れて、平凡な道を歩んでいた最中。
まさかあの恐怖が再来するとは、誰が思っただろうか。
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