22 / 35
22.まじない師の戯れ
しおりを挟むとある寒い日のブランチタイム。
セーターにパンツスタイルで相変わらず薄着の秋斗と一緒に、ホテルのブッフェに来たのはいいとして……。
「リア」
「え? ええ?」
ブッフェの前に庭の東屋で景色を眺めていたら、秋斗がキスしようとしたので、私はそそくさとレストランに向かった。
「どうして逃げるの?」
追いかけてきた秋斗はやや不貞腐れていたけど、私は見ないようにしてホテルの通路からレストランに入る──けど、
「あれ? ブッフェのレストラン、内装変わった?」
「……確かに、いつもと全然違うね」
いつの間に改装したのだろう。
白を基調とした開放感あふれるレストランは、アンティークな調度品が並んだ、クラシカルな部屋に変わっていた。
「このレストラン、こんなに狭かったっけ? 店員さんも出て来ないし……人がいなさすぎて気味が悪いよ」
まるで別世界に迷いこんだようなその空間が少し怖くて、私は思わず秋斗の手を握った。
けど、いつもの嬉しそうな反応はなくて、秋斗も驚いた様子で周囲を見回していた。
そしてしばらく呆然と部屋を眺めていると、ようやく店員らしき人がやってくる。
「いらっしゃいませ」
黒緑の髪に切れ上がった三白眼。
まさかの南人兄さんだった。
「え? 嘘……南人兄さん?」
フリルのついたお洒落なシャツを着た兄さんは、いつもの兄さんとは雰囲気が違って見えた。
なんていうか、ミステリアスな感じ?
「なんでお前がここにいるんだ」
レストランで働いてるなんて初耳だったけど、秋斗は動じることなく兄さんに訊ねた。
すると兄さんは苦笑する。
「残念ながら、私は『みなと』という名前ではございません」
姿はともかく、その声は全くの別人だった。
世の中にそっくりな人が三人はいるって聞くけど、似すぎだよね。
けど、声で別人だとわかって、秋斗はすぐさま頭をさげた。
「……失礼しました」
「いいえ。私はあなたたちにとって〝最も心を許せる人間〟に見えているはずですので、親しい人と間違えても仕方ありません」
「最も心を許せる人? 小金先生が?」
秋斗が怪訝な顔をする中、私は不思議な気持ちでその人を見ていた。
「あの、あなたはここの店員さんなんですか?」
私が訊ねると、兄さんに似た店員さんは優しく微笑む。
確かに、そんな笑い方をする兄さんは見たことがないし、本当に別人……なのかな?
「ええ。私は店員です」
「ここはホテルのレストランですよね? 内装を変えたんですか?」
「いえ、ここはホテルのレストランではありません」
「じゃあ、なんのお店ですか?」
店員さんは私の問いに答えることなく、秋斗に問いかける。
「覚えていませんか? 王子」
「なんのことですか?」
「その昔、私はあなたの願いを叶えました」
「願い……?」
「あなたを、そのお嬢さんの近くに転生させてあげたではありませんか」
「転生……だと? まさか……『まじない師』か?」
「え? どういうこと?」
どうやら店員さんは秋斗の知り合いだったらしい。よくわからないけど、秋斗の顔色が変わった。
秋斗は少しだけ考え込むと、しばらくして再び口を開く。
「そうか……あなたはあの時の……また会えるとは思わなかった」
「偶然ではありません。私があなたを呼び寄せたのです」
「呼び寄せた?」
「私はあなたの寿命と引き換えに、あなたをそこのお嬢さんの元へ送りましたが……記憶を蘇らせた分の対価をいただいておりませんので、再びお呼びしました」
「記憶を蘇らせた分……だと?」
「ええ」
「ねぇ、秋斗……どういうこと? 記憶って……」
「聞いた通りだよ。僕たちが転生して出会えたのは、この人のおかげなんだ」
「えええ!?」
転生が意図的なものだと知らなかった私は、驚きすぎてすぐに言葉が出なかった。
けど、秋斗の様子を見たら嘘でもなさそうだし、本当……なのかな?
「信じられない……そんなこと、出来るものなの? まるで魔法みたい」
「僕もどうやって転生させてもらったのかは謎だけど、こうやって僕たちが巡り会えているってことは、嘘ではなかったみたいだ」
「嘘ではなかったみたいって……もしかして、本当かどうかもわからないのにお願いしたの?」
「あの頃は藁をもすがる思いだったから。ただ、まじない師は金品では動いてくれないから、僕の寿命で支払ったけど」
「え? 寿命? どういうこと?」
秋斗は少し言いにくそうに目を伏せて言った。
「……そのままの意味だよ。残りの寿命をこのまじない師に渡したんだ」
「極端な選択は……しないでって言ったのに」
「そんなの無理に決まってる」
「王子様まで……死ぬ必要なんてなかったのに」
偶然だと思っていた。私が王子様に再び出会えたこと。
でもすべては秋斗の命と引き換えだったなんて……そんな悲しいこと、してほしくなかった。私が最期に願ったのは、王子様の幸せだったのに。
「どうして……そんな」
「もちろん、君を愛しているから」
「そんな簡単に言うけど」
「簡単な話だよ。君が死んで、僕はいつ死んでもおかしくないくらい荒れたんだよ。そんな時、宰相のツテで、まじない師に出会ったんだ。残りの寿命を渡せば、リアに会わせてくれると言ったから、僕は喜んで命を差し出したよ」
「……秋斗」
「ただ、僕の願いの対価が足りなかったみたいだ。だからこうして呼ばれたまでだ」
秋斗はなんでもない風に笑うけど──私の心中は複雑で、言いようのない怒りを感じても、どこにぶつければいいのかわからなかった。
結局、秋斗を追い詰めたのは私なんだ。そう思うと、秋斗を叱ることもできなかった。
「秋斗から、これ以上何を奪うつもりですか?」
「そうだね、どうしよう」
私が訊ねると、店員さんは腕を組んで考えるそぶりを見せる。
相手が兄さんにそっくりなせいか、余計に腹が立った。
「まだ決まってないのなら、私が代わりに払います!」
「リア!?」
「……これ以上、秋斗から命を奪わないでください」
「ダメだ、リア。奪われるなら僕だけに……」
「わかりました。今回の対価はお嬢さんに支払っていただきましょう」
「あなたは、リアをどうするつもりだ」
今度は秋斗の表情が怒りに染まるけど、店員さんは軽く笑いながら人差し指を立てる。
「では、前世に戻って、王子様にキスをしてください」
「……へ?」
予想外の言葉に、私は今日何度目かの大口を開ける。
その理解不能な内容に動揺していると、店員さんはさらに告げた。
「キスって素敵ですよね。時代やシチュエーションによって、愛情の濃度も変わってきますし。ですから、あなたがたの過去のキスから生まれた愛情を私がいただきます」
「リア、ありがとう」
「いや、そういうことなら、秋斗の方が適任でしょ」
「リアが行ってくれるんでしょ?」
「そんなことだとは思わなかったから」
「ていうか、なんでわざわざ前世で? 今の時代じゃダメなの?」
「私がほしいのは、あなたがたのファーストキスです」
「ファースト? そんなもの、何に使うんだよ」
「新鮮な愛情は、農作物を元気にしてくれますので家庭菜園で使用させていただきます」
「家庭菜園……肥料でもまいておけよ」
「いやいや、一般的な肥料だと綺麗に育たないのですよ毒草は」
「他人の愛情で毒を育てるのか……」
「ええ。ですから、どうか新鮮な愛情を運んでくださいね」
「そもそも、前世なんて行けるものなんですか?」
「私が作ったこの『前世に戻るくん』を使えば、前世に行くことができます」
言って、店員さんは拳ほどの大きさの丸い玉を用意した。
青緑のそれをどうするのかは知らないけど、嫌な予感しかしなかった。
「『前世に戻るくん』って何で出来てるんですか?」
「企業秘密です。ですが、これを全部食べれば簡単かつ安全に前世旅行ができます」
「そんなよくわからないもの、食べるわけないじゃないですか!?」
「そうだね。内容がわからないなら、僕も賛成できないな」
「なに、体に有害なものは入ってませんから。内容の六十パーセントは砂糖です」
「砂糖で誤魔化さないといけないくらいひどい味なんですね」
「そうですね。初めての方はたいてい驚かれます」
「やっぱり僕が食べるべきなのかな」
「ダメだよ、秋斗にこれ以上辛い思いはさせられないよ。怖いけど、やっぱり私が前世に行ってくる」
「……リア」
「ちなみに『前世に戻るくん』の効き目は一時間ほどなので、ファーストキスは一時間以内にお願いします」
「わかりました。で、愛情はどうやって持ち帰るんですか?」
「愛情は勝手にこちらで採取しますので、あなたはファーストキスだけに専念してください」
「勝手にって……もしかしてあなたも一緒に行くんですか?」
「ええ、もちろんです」
「……キスを見られるのはちょっと」
「ついでに写真を撮ってもらうことはできませんか?」
「秋斗!」
店員さんがゆっくりとかぶりを振るのを見て、秋斗はわかりやすくガッカリしていた。
41
あなたにおすすめの小説
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる