君を探して

悠木全(#zen)

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4.ウル族

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 ────ぶへくしょいっ!
 
 早朝、エルドは自分のくしゃみで目を覚ました。
 ふと隣を見ると、肩を寄せて眠る美青年がいて、くしゃみはやわらかい金髪のせいだった。
 状況が把握できないエルドは彼を揺らし起こすと、老婆と出会った直後のことを訊いた。

「じゃ、俺……じゃなくって、あたしは、においの魔力にあてられたのね……」

 においの魔力──それは魔法薬から出る特有のにおいで、時間をかけて煮込んだ薬ほど、強い魔力を持っていた。
 だが魔法薬は、本体を飲まない限り、さほどの害はない。
 エルドは無知な美青年が魔法薬のことを知っていて、ちょっと驚いた。

「この森って、あのおばあちゃんが作ったのかな」

 エルドは青々とした大木を眺めた。
 寒期なのにこの森には葉のない木が一本もなかった。それどころか、イキイキとした緑葉の木が密集しているなんて普通はありえないのだ。それはこの森になんらかの魔法がかかっているという印だった。
 ということは、森から出られる保障もないということでもあった。

「もうお婆ちゃんには見つかってるよね……」

「幾度か──追っ手らしき狼が襲いかかってきましたが、特に問題はなかったです」

「そう……」

 エルドは彼の顔を見て、ふと水浴びをしていた女性のことを思い出した。だがエルドは夢だと思い、自嘲した。

「これから、どうするの?」

 エルドは立ち上がり、気分転換に伸びをする。

「森の出口を探そうと思います」

「じゃ、行こう。──えっと、あなたの名前は?」

「言ってませんでしたね。僕は……」

 その時何かの気配を察知し、二人は反射的に茂みを見た。
 茂みの間から現れた獅子。それも大物で、獅子は舌なめずりをすると、たてがみを風になびかせて、エルドたちに歩みよった。

「じゃあ、ここは僕が……」

 すでにエルドの前に出ていた美青年は、剣を手に構えた。
 牙をむきだして唸る獅子は美青年の周りを音もなく静かに歩く──
 
 葉っぱ同士がすれる音を合図に、獅子は美青年に飛びかかった。獅子の前足が美青年の頭上に振り下ろされるが、美青年はそれを剣で受けとめ、はじき返した。
 大きく跳躍する獅子。
 さらに向かってくる獅子の前で彼はじっと待ち構えると、噛みつかれる寸前で空中へ飛び、獅子をたてに両断した。
 血しぶきも飛ばぬほど綺麗に分けられた獅子は、静かな音をたてて地面に落ちた。

「お見事」

「いえ、まだまだこれからですよ」

 美青年が苦笑いをすると、エルドは野獣に囲まれていることに気づいた。
 豹や虎、鷹に囲まれながらも、エルドはその逆境を愉しむかのように笑っていた。

 獣を次々に倒したあとも、彼らは何度も何度も追っ手から攻撃を受けた。最初は獣ばかりだった追っ手も、序々にレベルがあがり、今では火を吹く竜や、雷を操る一角獣と戦っていた。
 重労働をこなした彼らは、剣を振りまわすことさえも既に苦痛になっていた。
 そしてようやく静寂が戻ったのは、新しい朝だった。

「これじゃ、キリがない」

 美青年は手で口元の汗を拭った。彼は最後の敵──蛇を刺したまま、その場にしゃがみこむ。

「確かに……ラチがあかない」

 一緒に息を弾ませるエルドは、刃がぼろぼろになった三つ目の小剣を投げ捨てた。

「すごいね、その剣。まだ使えるの?」

 エルドは蛇にささった長剣を抜くと、手にとって眺めた。剣は、おびただしい量の血を吸ったにもかかわらず、鋭い光を放っていた。

「ああそれは、以前勤めていたお屋敷のご主人から頂いたもので、強い魔法がかかっているんです」

「ふぅん」

 すでに汚れが消えている剣には、髪の乱れた踊り娘が映っていた。血と泥にまみれた衣装は何色だったのかさえわからない。
 美青年は遠くを見つめながら言った。

「お屋敷のご主人──旦那様は昔、王様に仕える騎士だったんです。この剣は旦那様が王様から賜ったものですが──そんな大切な剣を、僕は頂いてしまって……」

「その方は今、どうしているの?」

「……失踪、したんです。事故で歩けなくなった旦那様は、僕に剣を託したあと、いなくなってしまって……」

「そう。──じゃあ、あなたは、その人を探して旅をしているのね」

「………いいえ」

 美青年は静かに首を振った。

「そう……」

 その後、二人の間に、穏やかな空気が流れた。
 獣の死骸にうんざりしたエルドは、わたがしのような雲が浮いている空を見上げた。
 そしてなんとなく彼は、妹のことを考えていた。
 皆に愛された妹、ミライ。
 顔すらほとんど覚えていないが、兄は彼女をとても大切にしていた。そんな妹に対抗意識を燃やして、いじめたこともある。

 ──妹に会いたい。

 エルドは美青年と話すうち、そう思うようになっていた。
 そばにいるこの青年が、妙に懐かしい郷愁を思い出させるのだ。
 エルドは彼の頼りなげな横顔を見ながら、無意識に笑っていた。

「どうかしましたか?」

「なんでもない」

「おやおや、仲睦まじいねぇ」

 しゃがれた声を聞き、エルドの顔は凍りつく。

「本当に見所のある子たちだね。私の使い魔を全てかたづけてくれるとは……」

「どういうつもりですか!」

 とうとう自ら現れた老婆に、美青年は興奮して立ち上がった。

「言ったじゃないか、私は優秀な跡継ぎが欲しいのさ」

「自分の生き方は自分で決めるものだわ」

 エルドも言う。

「私の跡をつげば地位も名誉も手に入るんだよ。悪い話じゃないはずさ」

「あのねぇ、お婆ちゃん。地位も名誉も誰かに貰うものじゃないの。自分で掴みとるものなのよ」

「頭の固い娘だねぇ。世の中はもっと要領よく生きるものさ」

「それはあなたの理屈です。僕たちはあなたとは違います」

「……ふう。やっぱり力でわからせるしかないようだ」

 話し合いをあきらめた老婆は杖で地面を叩いた。

「偉大なる魔人よ、我に力を貸せ!」

 老婆は力いっぱい叫ぶ。
 すると、澄んでいた空は瞬く間に曇り、時折大きな雷鳴を轟かせながら黒い雲が渦巻いた。そして頭上から老婆の背中に向かって強い雷が落ちると、巨大な男が現れた。

「──ま、魔人?」

 エルドの顔がひきつった。
 老婆が呼び出したのは、ウル族と称されるモンスターだった。
 ウル族は人と同じカタチをしているが、ありとあらゆる魔法を使えるモンスターだった。モンスターの中でも最強のウル族は、別名『神の子』とも呼ばれていた。神の子とは、神から生まれたと思われるくらい強い、の意だった。
 ウル族の、上半身をむきだしにした男は、自分よりうんと小さな人間たちを見下ろしながら言った。

「婆さま、敵はどこだ?」

 男は小指で耳を掃除しながら言った。

「お前さんの目の前だよ」

「こんなちっこい奴らがか?」

「ああそうさ。この子たちに、世間の厳しさを教えてやっておくれ」

「了解した」

 男は新しいおもちゃを発見した子供みたいな顔をしてエルドたちを見た。
 そんな男の目に宿る強い殺意を感じた美青年は、その絡みつくような殺気に、ひざが震え声が出なくなる。
 美青年の目には、男が実物以上に大きく見えていた。

「お前、逃げろ」

 それは間違いなく男の声。だがエルドの声でもあった。彼はもう女の装いをしていることなど頭にはなくなっていた。彼は大物を前に、雑念を捨てる必要があったのだ。
 そんな熟練の剣士であるエルドの気迫に、美青年は背中がゾクリとした。

「あの、あなたはどうするんですか……?」

 必死でしぼりだした美青年の声は、いつになくか細かった。エルドはそんないつもと違う彼を察知していた。

「俺は戦う。──けど、お前は逃げるんだ」

「じゃあ、僕も……」

 本当は死にそうなほど恐いのに美青年は無理して笑った。
 そんな彼にエルドはきつく言う。

「だめだ」

「どうしてですか?」

「経験を積んだ俺だからわかるんだ。力の差をな」

 エルドに指摘され、美青年は言い返せなかった。その涙を浮かべた横顔に、エルドは苦笑いをしてしまう。

「別にお前が悪いわけじゃない。お前にはまだ経験が足りないんだ」

「でもあなたは……」

「大丈夫、あいつなら俺が必ずやっつけるよ。心配すんなって」

 美青年はエルドの目に嘘はないと思い、ゆっくり頷いた。そして彼はエルドに背を向けて走り出す──
 本当は彼も逃げたくはなかった。だが美青年は、自分がいることによりエルドに迷惑をかけたくなかった。
 彼は自分が足でまといになると直感したのだ。
 
 彼はエルドたちが見えなくなった所でふと立ち止まった。そしてまだ震えている手を握り締め、エルドの身を案じたのだった。
 

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