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第7話 甘くて苦い時間(叶芽)
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「——以上です。皆さん、お疲れ様でした」
初老の教授がそう締めくくると、叶芽のグループワークのメンバーたちは挨拶もそこそこに、講義室を出ていった。
叶芽もやりきった感いっぱいに伸びをして退出すると、冬真のいる別棟に向かう。隣接した校舎は、食事に移動する人がほとんどだった。叶芽はガラガラの講義室に頭をのぞかせる。すると、冬真は机で座ったまま眠っていた。
その無防備な寝顔を見て、叶芽は思わず笑顔で近づく——が、
「うーん……叶芽って柔らかい。もっと触らせて……」
冬真の寝言に衝撃を受けた叶芽は、顔を真っ赤にして冬真の肩を揺さぶった。
「おい! 変なこと言うなよ!」
「優しくするから~」
「こらあ!」
あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなった叶芽は、思わず冬真の両頬をつねる。
すると、冬真は驚いた様子で目を開けた。
「なんて夢見てるんだよ!」
「……ん? 叶芽?」
何もなかったように、ぼんやりとした顔で見上げる冬真に、叶芽は苦笑する。
問題発言を、他の生徒に聞かれなかっただけマシだろう。そう、思うことにした。
なんだかんだ、冬真に甘い叶芽なのである。
「起きろよ。この教室、別の講義で使われるから早く出ないと」
「え? 夢? さっきの夢だった?」
「夢の内容までは聞かないけど……堂々と寝すぎ」
「ああ、昨日は遅くまで発表の練習してたから」
「とりあえず移動しよう」
叶芽が疲れた顔をして講義室を出ると、冬真も慌てて追いかける。
よく晴れた並木道は相変わらず冬枯れていたが、電飾で無理やり賑やかにされていた。
叶芽は白い息を吐き出しながら、冬真に尋ねる。
「どうする? このあとランチ?」
途端に、尻尾を振る犬のように目をキラキラさせる冬真。
ようやく忙しさも落ち着いて、一緒にいることが多くなった二人だが、冬真のわかりやすさに、叶芽は苦笑するしかなかった。
しかも、両想いと知ってからの冬真は、以前のように遠慮することもなく。あからさまな態度をとった。
「ねぇ、昼間から飲むのはナシ?」
「ナシだよナシ! 下心見え見えなんだけど」
「恋人に下心持たない奴なんていないだろ?」
開き直る冬真に、叶芽は思わず周囲を確認する。
だが挙動不審な叶芽と違い、冬真の方は堂々としたものだった。
「ちょっと、外で恋人とか言うなよ」
「え? 何がダメなの?」
「お前は……なんでそんなに自由人なんだ」
「叶芽は気にしすぎだよ。あんまり気にするとハゲるよ」
「……とにかく、飲むなら夜にしよう。まずは昼めし」
「わかった」
夜なら叶芽も相手をするとわかって、冬真は笑みをこぼす。
そのわかりやすさに叶芽が苦笑していると——ふいに、叶芽の手を繋ごうとして冬真が触れた。が、叶芽は即座にその手を払いのけた。
「だから、外でイチャつくのはナシ!」
「なんでダメなんだよ」
不服そうに口を尖らせる冬真に、叶芽はため息を吐く。
「周りからどんな目で見られるかわからないんだぞ?」
「俺は見せつけたい。叶芽が俺のものだって」
「……やめてよ、恥ずかしい」
思わず冬真から顔を背ける叶芽だが、耳が熱くなるのを感じた。
冬真の甘い言葉に慣れない叶芽は、突き放すような態度をとるが、そんな叶芽を見て何を思ったのか冬真は満足げに笑っていた。
***
「それでさ、俺が思っていた以上にこのテーマが難しくて……資料がもっと必要なんだよね」
「うん」
「だから明日また資料を見直そうと思ってるんだけど、図書館で借りなおすのも面倒だし、いっそ何冊かは買おうかと思って」
「うん」
「聞いてる?」
「うん」
「冬真?」
「話は終わった?」
「お前は……」
「じゃあさ、キスしてもいい?」
「ほんとにそのことしか頭にないのな……それで成績いいんだからムカつく」
冬真のマンションでいつものように呑んでいた叶芽だが、相変わらず愚痴ばかりにもかかわらず、冬真は始終嬉しそうな顔をしていた。
わかりやすいのは良いことだが、あからさますぎて、叶芽は時々困ることもあった。
今までとは違う関係になったことで、やたら甘い雰囲気を垂れ流す冬真だが、居心地の悪い思いをするのは叶芽ばかりだった。
落ち着かない気持ちになった叶芽は、酒で誤魔化そうとグラスに口をつける——が、おかわりをしようとしたところで、グラスを冬真に取り上げられた。
「待ってよ、まだ俺は呑み足りないんだ」
「じゃあ、俺が呑ませてやるよ」
叶芽の手から奪い取った酒を口に含んだ冬真は、そのまま叶芽の口に移して……深いキスをする。ソファに押し倒す勢いで口づけられた叶芽は、やや泣きそうな顔で冬真を押し返す。その震えて力ない腕を掴んだ冬真は、ゆっくりと離れながら、ぺろりと唇を舐めた。
「夢よりもずっと甘いね」
冬真の真っ直ぐな視線が怖くなり、叶芽は思わず離れようとするが、抱きしめてくる腕はびくともしなかった。
そして何度も唇に食らいつかれた後、ようやく解放された叶芽は、大きな息を吐く。
「ちょっと冬真、盛りすぎ」
叶芽が文句を言うと、冬真は再び叶芽を抱きしめる。
冬真の抱きしめる力があまりに強くて、叶芽が抵抗すると、逃がすまいと腕に力をこめられた。
本心を告げたことを、今さら後悔しても遅かった。
今まで大人しかっただけに、冬真がこれほど欲を秘めていたとは思いもよらず。言葉で攻められる以上に、動揺することが多くなった。
そして冬真は熱に浮かされたような顔で叶芽に覆いかぶさると、静かに告げる。
「今日こそ……いいよね?」
「え、ええ⁉︎ ……いや、まだちょっと」
「ちょっと何?」
「心の準備ができてないから、無理」
「あーあ、夢の中の叶芽はあんなに可愛かったのに」
冬真の呟きに、ムッとした叶芽は冬真の下からすり抜ける。
「じゃあ、可愛い奴を探せばいいだろ」
「叶芽」
「俺、もう帰る」
「待って、叶芽」
背中から再び抱きしめられて、叶芽は動けなくなる。
本気で抵抗しても、冬真のバカヂカラからは逃げられなかった。
「離せよ」
「嫌だ」
「お前にとって都合のいい奴を探せばいいんだよ」
「泣くなよ」
「泣いてなんかない」
「ごめん、俺が焦りすぎたから」
「お前は簡単に言うけどな……お、俺は……怖いんだからな」
「ビビッてる叶芽も可愛い」
「ビビッてるって言うなよ。それに可愛い可愛い連呼しすぎなんだよ」
「本当のことだから」
「……はあ、もう冬真には負けるよ」
「じゃあさ、毎日少しずつ触れるのはどう?」
「毎日少しずつ?」
「少しずつ進むなら、怖くないだろ?」
正面に回り込んで、叶芽を見つめてくる目は穏やかだった。まるで子供をあやすように頭を撫でる冬真に、叶芽の気持ちが解されてゆく。
そのせいか、叶芽は警戒心もそこそこに、軽い口調で尋ねる。
「少しずつ……か、じゃあ、初日はどこまで?」
「首まで?」
「なんだよそれ」
叶芽が破顔すると、近くで固唾を呑む音が響いた。
「少しずつならいいかも」
冗談だと思っていた。まるで他人事のように言うと、冬真の目が光を帯びる。だが冬真の変化に、叶芽は気づかなかった。
そして冬真は、人の好い笑みを浮かべて、砕けた調子で言った。
「よし、とりあえず寝室へ行こう」
「なんで寝室なんだよ」
「雰囲気作り」
「お前は、何を言ってるんだか」
再び笑顔を見せると、冬真のほうからまたごくりという音が聞こえた。
その時の叶芽は完全に油断していた。
冬真の頭の中が叶芽でいっぱいになっていることにも気づかず、叶芽は冬真に言われるがまま寝室に向かった。
***
「はは、くすぐったい」
冬真が叶芽の首に唇を押し付けると、叶芽は無邪気に笑った。
そして、キスで口を塞がれた叶芽は、それに応えるようにして目を閉じる。
触れただけで胸が温まる──そんなキスは叶芽にとって初めてだった。
「……はあ、今日は泊まっていこうかな。なんだか眠くなってきた……って、ちょっと冬真?」
酒がよい具合にまわる中、冬真の唇は叶芽の首から鎖骨のあたりに移動した。少しだけ背筋がゾッとする。冬真の行動に、すでに何かを予感していた。
だが、叶芽は冗談めかして、冬真の頭を軽く叩いた。
「こら、首だけだろ?」
すると、冬真は一瞬動きを止めた。が、すぐにまた首筋に口づける。舌が這う感覚に、少し恐れを抱きながらも、まだ笑って許した。
「はは、だからくすぐったいって……って、おい」
薄いトレーナーのすそからするりと滑りこんできた手に、叶芽はビクリとする。
その手は叶芽の腹を這うようにしてのぼっていった。
さすがに叶芽は怖くなって、冬真の手を止めようとする。だが、叶芽の手は簡単に払われた。
とうとう怒りが沸騰した叶芽は、冬真を睨みつける。
「や、やめろって! おい」
「寝室に入るってことは、そういうことだよ」
「そういうことって——」
様子がおかしい冬真を押し退けようとすると、ものすごい力で押さえつけられた。
その本気の力にゾッとした叶芽は慌てて逃げようとするが、冬真からは逃げられなかった。
トレーナーを剥ぎ取られて焦った叶芽は、覆いかぶさる冬真に懇願する。
「ちょっと冬真、お願いだからやめ……て」
「叶芽、可愛い」
「お前はそれしか言わないのか」
「ねぇ、いいでしょ?」
「よくない! ──ひゃっ」
冬真の手が体の上で動くたび、叶芽は声をもらした。
「叶芽、愛してる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
叶芽は泣きそうな声で再び懇願する──が、今度は無視された。
冬真の息遣いが間近で聞こえてゾッとする中、叶芽は抵抗を試みるが。
(やばい、呑みすぎたせいで力が入らない)
恐怖も相まって、どうしても震えてしまう手は、冬真を止めるどころか、もはや押し返すことも出来なかった。
「嫌だったら、もっと抵抗しなよ」
冬真の言葉にカチンときた叶芽は、恐怖を追い払って、なんとか本気で冬真を殴った。だが、酒のせいで力の入らない手では、じゃれるようにしか当てられず。冬真に腕を掴み取られる。
そして冬真は叶芽の手にキスをして、そのまま下へと移動していった。
「ちょ、ほんとに、お願いだから……やめて」
今度こそ本気の懇願だった。
だが冬真はそれすら嬉しそうな様子で、叶芽を啄むことをやめなかった。
それからあっと言う間に素肌で重なりあった二人だが。心が追いついていないせいか、抵抗しか感じられず。
叶芽はそれから泣いたり、騒いだり、怒ってみたりして、冬真の目を覚まさせようとするが、どれも効かなかった。
好き勝手にされることに、動揺よりも羞恥心が勝っていた。
あまりに恥ずかしくて震える叶芽を、容赦なく愛撫する冬真。
女性との経験も少ない叶芽にとっては、驚きの連続で。
未知の感覚でも、ひたすら我慢するしかなかった。
途中からはもう頭が真っ白で、叶芽は何をされているのかもよくわからなかったが、気づけば朝を迎えていた。
初老の教授がそう締めくくると、叶芽のグループワークのメンバーたちは挨拶もそこそこに、講義室を出ていった。
叶芽もやりきった感いっぱいに伸びをして退出すると、冬真のいる別棟に向かう。隣接した校舎は、食事に移動する人がほとんどだった。叶芽はガラガラの講義室に頭をのぞかせる。すると、冬真は机で座ったまま眠っていた。
その無防備な寝顔を見て、叶芽は思わず笑顔で近づく——が、
「うーん……叶芽って柔らかい。もっと触らせて……」
冬真の寝言に衝撃を受けた叶芽は、顔を真っ赤にして冬真の肩を揺さぶった。
「おい! 変なこと言うなよ!」
「優しくするから~」
「こらあ!」
あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなった叶芽は、思わず冬真の両頬をつねる。
すると、冬真は驚いた様子で目を開けた。
「なんて夢見てるんだよ!」
「……ん? 叶芽?」
何もなかったように、ぼんやりとした顔で見上げる冬真に、叶芽は苦笑する。
問題発言を、他の生徒に聞かれなかっただけマシだろう。そう、思うことにした。
なんだかんだ、冬真に甘い叶芽なのである。
「起きろよ。この教室、別の講義で使われるから早く出ないと」
「え? 夢? さっきの夢だった?」
「夢の内容までは聞かないけど……堂々と寝すぎ」
「ああ、昨日は遅くまで発表の練習してたから」
「とりあえず移動しよう」
叶芽が疲れた顔をして講義室を出ると、冬真も慌てて追いかける。
よく晴れた並木道は相変わらず冬枯れていたが、電飾で無理やり賑やかにされていた。
叶芽は白い息を吐き出しながら、冬真に尋ねる。
「どうする? このあとランチ?」
途端に、尻尾を振る犬のように目をキラキラさせる冬真。
ようやく忙しさも落ち着いて、一緒にいることが多くなった二人だが、冬真のわかりやすさに、叶芽は苦笑するしかなかった。
しかも、両想いと知ってからの冬真は、以前のように遠慮することもなく。あからさまな態度をとった。
「ねぇ、昼間から飲むのはナシ?」
「ナシだよナシ! 下心見え見えなんだけど」
「恋人に下心持たない奴なんていないだろ?」
開き直る冬真に、叶芽は思わず周囲を確認する。
だが挙動不審な叶芽と違い、冬真の方は堂々としたものだった。
「ちょっと、外で恋人とか言うなよ」
「え? 何がダメなの?」
「お前は……なんでそんなに自由人なんだ」
「叶芽は気にしすぎだよ。あんまり気にするとハゲるよ」
「……とにかく、飲むなら夜にしよう。まずは昼めし」
「わかった」
夜なら叶芽も相手をするとわかって、冬真は笑みをこぼす。
そのわかりやすさに叶芽が苦笑していると——ふいに、叶芽の手を繋ごうとして冬真が触れた。が、叶芽は即座にその手を払いのけた。
「だから、外でイチャつくのはナシ!」
「なんでダメなんだよ」
不服そうに口を尖らせる冬真に、叶芽はため息を吐く。
「周りからどんな目で見られるかわからないんだぞ?」
「俺は見せつけたい。叶芽が俺のものだって」
「……やめてよ、恥ずかしい」
思わず冬真から顔を背ける叶芽だが、耳が熱くなるのを感じた。
冬真の甘い言葉に慣れない叶芽は、突き放すような態度をとるが、そんな叶芽を見て何を思ったのか冬真は満足げに笑っていた。
***
「それでさ、俺が思っていた以上にこのテーマが難しくて……資料がもっと必要なんだよね」
「うん」
「だから明日また資料を見直そうと思ってるんだけど、図書館で借りなおすのも面倒だし、いっそ何冊かは買おうかと思って」
「うん」
「聞いてる?」
「うん」
「冬真?」
「話は終わった?」
「お前は……」
「じゃあさ、キスしてもいい?」
「ほんとにそのことしか頭にないのな……それで成績いいんだからムカつく」
冬真のマンションでいつものように呑んでいた叶芽だが、相変わらず愚痴ばかりにもかかわらず、冬真は始終嬉しそうな顔をしていた。
わかりやすいのは良いことだが、あからさますぎて、叶芽は時々困ることもあった。
今までとは違う関係になったことで、やたら甘い雰囲気を垂れ流す冬真だが、居心地の悪い思いをするのは叶芽ばかりだった。
落ち着かない気持ちになった叶芽は、酒で誤魔化そうとグラスに口をつける——が、おかわりをしようとしたところで、グラスを冬真に取り上げられた。
「待ってよ、まだ俺は呑み足りないんだ」
「じゃあ、俺が呑ませてやるよ」
叶芽の手から奪い取った酒を口に含んだ冬真は、そのまま叶芽の口に移して……深いキスをする。ソファに押し倒す勢いで口づけられた叶芽は、やや泣きそうな顔で冬真を押し返す。その震えて力ない腕を掴んだ冬真は、ゆっくりと離れながら、ぺろりと唇を舐めた。
「夢よりもずっと甘いね」
冬真の真っ直ぐな視線が怖くなり、叶芽は思わず離れようとするが、抱きしめてくる腕はびくともしなかった。
そして何度も唇に食らいつかれた後、ようやく解放された叶芽は、大きな息を吐く。
「ちょっと冬真、盛りすぎ」
叶芽が文句を言うと、冬真は再び叶芽を抱きしめる。
冬真の抱きしめる力があまりに強くて、叶芽が抵抗すると、逃がすまいと腕に力をこめられた。
本心を告げたことを、今さら後悔しても遅かった。
今まで大人しかっただけに、冬真がこれほど欲を秘めていたとは思いもよらず。言葉で攻められる以上に、動揺することが多くなった。
そして冬真は熱に浮かされたような顔で叶芽に覆いかぶさると、静かに告げる。
「今日こそ……いいよね?」
「え、ええ⁉︎ ……いや、まだちょっと」
「ちょっと何?」
「心の準備ができてないから、無理」
「あーあ、夢の中の叶芽はあんなに可愛かったのに」
冬真の呟きに、ムッとした叶芽は冬真の下からすり抜ける。
「じゃあ、可愛い奴を探せばいいだろ」
「叶芽」
「俺、もう帰る」
「待って、叶芽」
背中から再び抱きしめられて、叶芽は動けなくなる。
本気で抵抗しても、冬真のバカヂカラからは逃げられなかった。
「離せよ」
「嫌だ」
「お前にとって都合のいい奴を探せばいいんだよ」
「泣くなよ」
「泣いてなんかない」
「ごめん、俺が焦りすぎたから」
「お前は簡単に言うけどな……お、俺は……怖いんだからな」
「ビビッてる叶芽も可愛い」
「ビビッてるって言うなよ。それに可愛い可愛い連呼しすぎなんだよ」
「本当のことだから」
「……はあ、もう冬真には負けるよ」
「じゃあさ、毎日少しずつ触れるのはどう?」
「毎日少しずつ?」
「少しずつ進むなら、怖くないだろ?」
正面に回り込んで、叶芽を見つめてくる目は穏やかだった。まるで子供をあやすように頭を撫でる冬真に、叶芽の気持ちが解されてゆく。
そのせいか、叶芽は警戒心もそこそこに、軽い口調で尋ねる。
「少しずつ……か、じゃあ、初日はどこまで?」
「首まで?」
「なんだよそれ」
叶芽が破顔すると、近くで固唾を呑む音が響いた。
「少しずつならいいかも」
冗談だと思っていた。まるで他人事のように言うと、冬真の目が光を帯びる。だが冬真の変化に、叶芽は気づかなかった。
そして冬真は、人の好い笑みを浮かべて、砕けた調子で言った。
「よし、とりあえず寝室へ行こう」
「なんで寝室なんだよ」
「雰囲気作り」
「お前は、何を言ってるんだか」
再び笑顔を見せると、冬真のほうからまたごくりという音が聞こえた。
その時の叶芽は完全に油断していた。
冬真の頭の中が叶芽でいっぱいになっていることにも気づかず、叶芽は冬真に言われるがまま寝室に向かった。
***
「はは、くすぐったい」
冬真が叶芽の首に唇を押し付けると、叶芽は無邪気に笑った。
そして、キスで口を塞がれた叶芽は、それに応えるようにして目を閉じる。
触れただけで胸が温まる──そんなキスは叶芽にとって初めてだった。
「……はあ、今日は泊まっていこうかな。なんだか眠くなってきた……って、ちょっと冬真?」
酒がよい具合にまわる中、冬真の唇は叶芽の首から鎖骨のあたりに移動した。少しだけ背筋がゾッとする。冬真の行動に、すでに何かを予感していた。
だが、叶芽は冗談めかして、冬真の頭を軽く叩いた。
「こら、首だけだろ?」
すると、冬真は一瞬動きを止めた。が、すぐにまた首筋に口づける。舌が這う感覚に、少し恐れを抱きながらも、まだ笑って許した。
「はは、だからくすぐったいって……って、おい」
薄いトレーナーのすそからするりと滑りこんできた手に、叶芽はビクリとする。
その手は叶芽の腹を這うようにしてのぼっていった。
さすがに叶芽は怖くなって、冬真の手を止めようとする。だが、叶芽の手は簡単に払われた。
とうとう怒りが沸騰した叶芽は、冬真を睨みつける。
「や、やめろって! おい」
「寝室に入るってことは、そういうことだよ」
「そういうことって——」
様子がおかしい冬真を押し退けようとすると、ものすごい力で押さえつけられた。
その本気の力にゾッとした叶芽は慌てて逃げようとするが、冬真からは逃げられなかった。
トレーナーを剥ぎ取られて焦った叶芽は、覆いかぶさる冬真に懇願する。
「ちょっと冬真、お願いだからやめ……て」
「叶芽、可愛い」
「お前はそれしか言わないのか」
「ねぇ、いいでしょ?」
「よくない! ──ひゃっ」
冬真の手が体の上で動くたび、叶芽は声をもらした。
「叶芽、愛してる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
叶芽は泣きそうな声で再び懇願する──が、今度は無視された。
冬真の息遣いが間近で聞こえてゾッとする中、叶芽は抵抗を試みるが。
(やばい、呑みすぎたせいで力が入らない)
恐怖も相まって、どうしても震えてしまう手は、冬真を止めるどころか、もはや押し返すことも出来なかった。
「嫌だったら、もっと抵抗しなよ」
冬真の言葉にカチンときた叶芽は、恐怖を追い払って、なんとか本気で冬真を殴った。だが、酒のせいで力の入らない手では、じゃれるようにしか当てられず。冬真に腕を掴み取られる。
そして冬真は叶芽の手にキスをして、そのまま下へと移動していった。
「ちょ、ほんとに、お願いだから……やめて」
今度こそ本気の懇願だった。
だが冬真はそれすら嬉しそうな様子で、叶芽を啄むことをやめなかった。
それからあっと言う間に素肌で重なりあった二人だが。心が追いついていないせいか、抵抗しか感じられず。
叶芽はそれから泣いたり、騒いだり、怒ってみたりして、冬真の目を覚まさせようとするが、どれも効かなかった。
好き勝手にされることに、動揺よりも羞恥心が勝っていた。
あまりに恥ずかしくて震える叶芽を、容赦なく愛撫する冬真。
女性との経験も少ない叶芽にとっては、驚きの連続で。
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