闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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渡る世間にクズありき

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「こちらは××村役場の者ですが、山田友信やまだ とものぶさんはご在宅でしょうか?」

 俺はゴミ収集場から漁ってきた薄っぺらい紙を見ながら、なるべく誠意のこもった声を受話器に吹きかける。
 六畳一間の汚い部屋には不釣り合いなさらりとした声が響く。
 今日も俺の声はノリに乗っていた。

『……はい。わしです』
 
 俺が訊ねると、いかにも他人と話をすることが苦手そうな老人の声が耳元から返ってくる。
 相手が孤独な老人であることは調べ済みだった。おまけに年金を受給しているだけでなく、奥さんの遺産まで手にしているというのだから、絶好のカモである。

「先日、年金をお受取りいただいた件なのですが、少々お時間よろしいですか?」

『……ああ、かまわんよ』

 無防備な老人相手に、俺は笑いを噛みしめながら罠を張った。

「実は役場の移転に伴い、年金の引き落としをする口座番号の再登録をお願いしたくお電話させていただきました」

『は? なんとな?』

「役場の場所が変わりましたので、年金をお受取りになられる口座を、もう一度登録しなおしていただけますか?」

『あー……はいはい、そういえば、役場が工事しとったなぁ。あそこはなくなるのかの?』

「そうなんです。少し離れてしまいますが、隣県との境にある××町に移転する予定でして。情報を整理するため、口座番号の再確認をさせていただくことになりました」

『なるほど、××町で工事しとるとこがあったなぁ。場所が変わると、職員さんも大変ですなぁ』 

「私はわりと自宅が近いので、そう不便でもありません」

『それで、口座の再登録じゃったか?』

「はい」

『だったら、ついでに他の銀行に変えてもよろしいですかな? 銀行の通帳を何個も持つのが面倒で、ひとつにまとめる予定だったんで、ちょうど良かった』

「かしこまりました。では後日、口座再登録の用紙をお送りいたしますので、ご記入の上、ご返送いただけますでしょうか? もし書き方がわからないようでしたら、私が伺いますが」

『そりゃ、ありがたい。もしわからんかったら、遠慮なく連絡させてもらいます』

「では、再登録用紙と一緒に直通の電話番号もお送りいたします」

『忙しいのにわざわざ電話くれてすまんのう。良かったら名前を教えてくれんか?』

「はい。私は飯田いいだと申します」

『おお、飯田さんですか。たのんます』

「では、この度はご協力ありがとうございました」

『はいはい』
 
 通話が切れるのを待ってから、俺は緊張を吐き出すように息を吐いた。
 平静を装ってはいたが、実際は額に汗がべっとりと滲んでいる。嘘をつくことには、いつまで経っても慣れないもの、それでも騙すことをやめられなかった。

 俺は役所から持ち帰った口座の登録用紙をPCに取り込んだ後、わからない程度に改造し封筒にいれた。そこには俺の偽名が入った名刺も忘れず。封筒も実際に使われているものを少し細工していた。

 これだけ手が込んでいれば、老人の二人に一人はひっかかって口座を登録した。
 実際は俺の懐に引き落とされる用紙なのだが。
 相手はもちろん、天涯孤独の身ばかりを選んでいる。相談する相手がいないというのは、好都合だった。

 詐欺を始めたきっかけは、学生時代の初犯イタズラだった。最初は受験の腹いせでしたイタズラ電話だったが、ころりと騙される老人に気分を良くし、それからは調子に乗ってエスカレートしていった。
 まともに就職したこともあったが、会社にも仕事にもなじめず、結局はこの仕事に逆戻りした。俺は間違いなくクズだった。

 そして今回も俺の仕掛けはうまく機能し、山田という老人は、すぐに口座番号を送ってきた。あとは引き落とせるだけ引き落として、雲隠れするだけだ。いくら老人とはいえ、口座の残高が減れば、異変にはすぐに気づくことだろう。だからいつでも引っ越せる準備は出来ている。

 人の好さそうな老人を騙してから一週間が経った。
 俺は鼻歌を歌いそうな勢いで銀行に向かった。
 架空の会社名義で作った口座は、いつもある程度老人から絞りとったあと、金を移動させている。今回も銀行に訴えられる前に移動させなければならない。

「もう十分金はあるし、ハワイにでも行くか」

 変わらない日常に変化を求めているのか、むしょうにどこか遠くに行きたくなり、俺は道すがらに旅行のパンフレットを流し見した後、銀行に入る。

 そしてキャッシュカードをATMに挿し入れて暗証番号を入力するが——。
 そこには、予想していた金が一円たりとも入っていなかった。

「残高が……ゼロだと?」

 俺はまさかと思い、家に帰るなりネットバンキングで入出金の確認をした。
 空っぽなのは、老人に教えた口座だけではなかった。俺が所有する全ての口座から金が消えていた。

 と、その時——俺のプライベートな携帯電話スマートフォンが見知らぬ番号を受信する。
 友人もおらず、ほとんど鳴ることのない電話が鳴った時、俺は驚きのあまり飛び上がりそうになった。

「……は、はい……」

 おそるおそる通話ボタンを押すと、電波の向こう側から快活な老人の声が響いた。

『大金をごちそうさん——それだけ言おうと思ってな。飯田くん——いや、今西和行いまにし かずゆきくん』

「ど、どうして……この番号を……」

 俺が震えて携帯を落としそうになりながら訊ねると、老人は豪快に笑った。

『わしはこれでも昔は有名なハッカーだったからなぁ。ちょっとだけ調べさせてもらった。だがお前さん、アラ稼ぎしすぎて、行動範囲が筒抜けだったぞ。捕まるのも時間の問題だな』

「……」

 ————やられた!

 そう思った時には、俺にはもう、どうすることも出来なかった。
 俺は拳で畳を強く叩きつけるが、怒りよりも情けなさで溜め息しか出ず。
 だがカモがカモになったかと思うと、妙におかしくなり——俺は気づくと、寝転がりながら爆笑していた。

『お前さん、頭でもおかしくなったのか?』

「……いや、自業自得だと思ってな」

『わしもお前さんと同じクズだからわかるが――こんなことを繰り返しても、いつかは全てを失う日が来るぞ』

「……へえ」

『お前さんはまだ若い。わしみたいになる前に、とっとと足を洗え』

「犯罪者が犯罪者に説教かよ」

『大切な物を失って、わしは懲りた。だがお前さんはまだ若いからな、いくらでも人間に戻れる』

「本当にこんなクズの俺が、まともになれると思うか?」

『わしがこの金を被害者に返してやる。……お前さん、奪った金は使わず、日雇いバイトを繋いだ金だけでひどい生活をしているんだろう? 本当は怖かったんじゃないのか?』

「……まだ使ってなかっただけだ。金なんてまた増やしてやるさ」

『もしお前さんがまた奪うなら、それを全部わしが被害者に返すからな。覚悟しておけ』

「……はは、それはそれで面白そうだ……」

『何を言うか』

「……なあ爺さん」

『なんだ?』

「……爺さん家に行ってもいいか?」

『ああ。いつでも来い。わしの武勇伝を聞かせてやろう』

「なんだそれ」

 俺は鼻で笑いながらも、ハワイ旅行のパンフレットを屑籠くずかごに捨てた。





(※実在する事件とは一切関係のない、フィフションです)
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