闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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よくある勘違い

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 私は町の外れにある橋の上から、川を見ていた。
 すごく悔しい気持ちだった。
 大切な恋人には、他に付き合っている人がいて、私は捨てられたのである。周囲には結婚を囁かれていたほど、アピールの強い彼氏だったのに、人の裏の顔ってわからないものである。
 きっと、本命のあの子と、私のことを笑っていたに違いない。
 騙されたのは私だけど、本命じゃない私の方が浮気だと言われた。
 私は悔しさを紛らわすように、一緒に行く予定だった旅行のパンフレットをその場で踏みつける。こんなことをしても、何もならないんだけど、どうしても腹の虫が収まらなかった。
 運が悪い女というレッテルを貼られると、女としてのブランドイメージに傷がついたような気がした。私のせいじゃないのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私が足元を流れる川を見ながら、それでも歯を食いしばって立ちあがろうとしていた——その時だった。

「ちょっと待ってください!」

 背中から男の人の声が聞こえた。 
 振り返ると、そこには怒った顔をするイケメンの姿があった。と言っても、私の好みの顔ではないんだけど。
 スーツを着た男の人は、さらに言った。

「死んでも何も始まりませんよ!」

「いや、死なないから」

 思わず即答した私だけど、男の人は信じてくれなかった。

「嘘ですね。あなたは今死のうとしていたはずです。でなければ、川に涙を落としたりはしないでしょ。何があったかはだいたい予想がつきますが、死んだら次の幸せも逃してしまいますよ!」

「何があったか予想がつくってどういうことですか⁉︎ ていうか、私は死にませんってば。変な誤解しないでください。それと放っておいてください」

「今にも死にそうなあなたを放っておけません! ……なぜなら——」

「なぜなら?」

 男の人は「なぜなら」を繰り返しながら、言い訳を考えているようだった。どうせなら、ちゃんと理由を考えてから話してほしいものである。面倒くさくなった私は、その場を去ろうとするけど、そんな私の道を彼が塞いだ。

「待ってください! あなた、別の場所で死ぬ気ですね?」

「いや、だから死なないってば」

「ちょっと男に三股されたくらいで、死ぬなんて勿体ないですよ!」

「三股じゃない! 二股です!」

 思わずツッコミを入れてしまい、私はしまったという顔をする。相手のペースに完全に乗せられて、くだらない話をしてしまった。思い出しただけでもムカムカして怖い顔をしていると、彼は何を思ったのか腕を組んで頷いた。

「男の本能ってやつですね。子孫を増やすためには、たくさんの遺伝子を残したくなる——その気持ちはわかります」

「ちょっと! 誰の味方なのよ」

「僕はあなたの味方です! 死ぬのだけはダメですよ」

「だから死なないって言ってるでしょ。もう、帰っていい?」

「いや、嘘ですね。あなたは別の場所で死のうとしている。だったら、僕があなたの傷を癒してあげますよ」

「は? ちょっと何言ってるのかわかんないんだけど」

「僕があなたの新しい彼氏になりますから、それで死ぬのは我慢してください」

「ちょっと待って、そもそも私はあなたのことを知らないし、私は死なないし、それにあなたは私の好みじゃないのよ」

「なら、あなたが僕を好きになれば、僕のことが新しい好みになります。それでいいじゃないですか」

「いや、だからね。私は知らない人と付き合うつもりはないのよ」

「でも、今の世の中マッチングアプリだって普通だし、お見合いだって初対面で結婚を決めるんですよ。だから、僕と結婚してください!」

「……意味わかんないんだけど」

 素性も知らない彼と話しているうち、なんだかバカバカしくなってきた私は、初めて笑った。お腹を抱えるほど笑って、笑って、笑い尽くしたあと、ポカンと口を開けて見ている彼に向かって、頭を下げた。

「ありがとうございます。あなたのおかげで吹っ切れました。あなたはきっと、私を励ましてくれたんですね。久しぶりにたくさん笑った気がします」

「だったら、もう死のうなんて思っちゃダメですよ」

「はい。死ぬつもりは最初からありませんが、そうします」

 そうして変な男の人との出会いは、幕を閉じたのだが——。
 その翌日、私が勤めているデザインの会社に、新しく赴任した営業の青年を見て、私は驚きの声をあげた。
 なんと変な男の人は、私と同じ会社だったのである。それから変な男の人と仲良くなった私は、好みのタイプが変わった。
 彼の言う通り、好きな人が好みのタイプになったのである、もちろん、誰のことかは言うまでもないだろう。
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