闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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再会するんじゃなかった

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「約束だよ。大人になっても、忘れないでね」

 その子——紗香さやかちゃんと出会ったのは、十年も前のことだった。当時の俺は女の子にしか見えない風貌だったため、友達は女の子ばかりだったが、中でも紗香ちゃんとは仲が良かった。
 そして小学一年生だった俺は、女の姿をしてよく一緒に遊んだものだが、冬に転校するその日まで、紗香ちゃんは俺のことを女だと思って疑わなかった。
 今となっては甘酸っぱい思い出だが、そんな俺も高校二年生になり、十年前に住んでいた場所に戻ることになった。運がよければ地元の高校には紗香ちゃんがいるかもしれない。だから、今度こそ俺は自分の正体を明かして告白するつもりだった。



「——一之江いちのえ由貴ゆきです。どうもよろしく」
 
 転入の挨拶はなんとも簡素なものだったが、それでも女子の反応は上々だった。なぜなら俺は紗香ちゃんといつか再会した時のために、自分磨きを頑張った。その甲斐あって、中の上くらいのイケメンにはなっていた。
 そして窓際の女子と目があった瞬間、衝撃を受けた。
 あれは間違いなく紗香ちゃんだった。
 俺は思わず彼女に微笑みかけるが、彼女は苦笑してすぐに窓を見つめた。
 俺は何かしてしまっただろうか? などと考えていると、担任が席に座るよう促してきた。偶然にも、紗香ちゃんソックリな女子の隣だった。

「あの、よろしく」

 俺が座った瞬間、さりげなく挨拶すると、彼女は気の抜けた声で「ああ、どうも」と返した。もしかしたら、すでに彼氏がいるのだろうか? などとモヤモヤしているうちに、一限目の授業が終わった。それから短い休憩が始まった時、すかさず隣の彼女に話しかけた。

「君、紗香ちゃん……だよね?」

「え……どうして私の名前を」

 やはり紗香ちゃんだった。
 俺が話しかけると、紗香ちゃんは心底驚いた顔をしていた。どうやら、俺の名前を見てもピンと来なかったようだ。そりゃそうだろう、同姓同名でも俺は男なのだから。別れた時は女の姿をしていただけに、同一人物とは思われなかったらしい。
 だが思い出話をしようにも、周囲の視線が気になったので、俺は放課後にこっそり屋上に来るようお願いした。突然のことに彼女は少し困惑していたが、それでも俺が名前を知っていることもあり、彼女も気になっているのだろう。断られることはなかった。

 それから放課後になって屋上で紗香ちゃんと向かい合った俺は、さっそく本題に入ることにした。
 秋の空は曇っていて、今にも降り出しそうな気配があった。その景色を見て、ピンときた俺はさっそく口を開いた。

「紗香ちゃんは雨が嫌いなんだよね。場所変える?」

「どうしてそんなこと、知ってるの?」

「知ってるよ……小学一年生の時、ずっと一緒にいたし」

「まさか……あなた」

 ここで奇跡の再会に潤む彼女を想像した俺の頭には、感動的なBGMが流れる。そう、この時を待っていたのだ。彼女に彼氏がいなければ、俺は彼女と新たな日々を送ることができる。その未来に胸を躍らせる俺だが——彼女はなぜかしょっぱい顔をして、俺を見ていた。

「もしかして、由貴ちゃん、男の子だったの?」

「そうなんだ。びっくりさせてごめんね」

 それから俺は楽しかった過去の思い出を語る。一緒にザリガニを獲ったことや、マンションの階段でゲームをしたこと。すらすらと喋り続ける俺に対して、彼女はやはりしょっぱい顔をしていた。
 もしかしたら、おてんばな遊びは彼女の黒歴史だったのだろうか? などと考えながら、俺はここで詰めに入った。

「君と離れても、君を忘れない日はなかった」

「……私も」

 彼女の言葉に、好感触を覚えた俺は、さらに告げる。

「もうあの時みたいな子供じゃないけど、また一緒にいよう」

 俺は目を輝かせながら、手を差し出す。その手をとってくれると信じて疑わなかった。
 そして紗香ちゃんはゆっくりと俺に歩み寄ると、俺の手を——払った。

「え? 紗香ちゃん?」

「最悪。あんなに可愛かった由貴ちゃんがこんな男に成長するなんて?」

「は?」

 俺が瞠目する中、彼女は髪をかきあげて鬱陶しそうに俺を見上げた。

「あーあ、私の初恋をどうしてくれんのよ」

「え? 初恋? だったら、俺と——」

「あなたみたいな男と一緒になるわけないでしょ? 私は可愛い女の子だったから一緒にいたのよ」

「へ?」 

 彼女の爆弾発言に俺が目を丸くする中、彼女は颯爽と屋上を降りていった。
 どうやら彼女は、女の子の俺しか愛せないようだった。
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