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地獄からやってきた
しおりを挟む我輩の名前はフロムヘル。地獄で生まれた怪物だ。獣のような体に、裂けた口からは大きな牙が突き出し、頭には七つのツノが生えている。
そして俺に会った奴は皆、悲鳴をあげて逃げていくのだ。そんな俺は人を驚かせるのが好きだった。この容姿であらゆる人間を恐怖の色に染めようではないか————ふはははははははは!
俺が今日やってきたのは遊園地だった。なんでも、ヒーローなるものがいる場所があるらしい。公園の子供に聞いた情報では、ヒーローが悪と戦う様がカッコイイと言う。そして今回、俺はそんなヒーローたちを恐怖の色に染めようとわざわざ遊園地にやってきたのだった。
そもそも遊園地とはなんなのか、よくわからないのだが。あらゆる乗り物がそこらじゅうにあることだけはわかった。同じ場所をぐるぐると回って何が楽しいのか、人間の趣味とはよくわからないものである。
俺はヒーローなるものが待つ場所を探して、歩いた。途中、子供にやたら風船をくれとせがまれたが、脅かしたら逃げていった。なぜ我輩が風船を持っていると思ったのかはわからないが、時々我輩の仲間らしき動物たちが風船を配っているのを見たので——もしかしたら遊園地とは、ヒーローと戦って負けた者が働かされる場所なのかもしれない。少し怖くなった我輩だが、ヒーローを探すうち、人で溢れかえる場所を見つけた。
律儀にも整列して座る親と子供たちの視線の先には、白い舞台があり、これから何かが始まるようだった。
その舞台を見て、我輩はピンときた。
どうやらヒーローがその権威を示すために、敵を倒すところを見せつけるのであろう。なんという愚かさ! そうまでして我輩の同類を辱めたいというのだろうか。
ヒーローのやり方の汚さに、怒りを覚えた我輩は舞台にのぼった。すると、舞台袖にいた人間の女が騒ぎ始めた。
「あれ? まだ開演までは時間がありますよ」
指摘されて、我輩は「ふむ」と舞台袖に隠れた。どうやら、ヒーローと戦える時間が決まっているらしい。
それから一時間ほど待つと、舞台袖の女がマイクを持って舞台に登場した。
「お待たせ、みんな! 今日はヒーローに会いに来てくれてありがとう! じゃあ、これからヒーローを呼ぶね☆ 赤ロン、黄ロン、青ロン!」
マイクの女が叫ぶと、舞台袖からわらわらと三色の全身タイツ男が現れた。まさか、あれがヒーローというのだろうか。我輩は信号機色の三人を見て、度肝を抜かれて動けなくなっていた。だが、ここで戦わなくては、男がすたるというものだ。
和やかに手を振る三人の元に、我輩はダッシュした。
その直後の阿鼻叫喚が、たまらなかった。大人はやや白けた目をしているように思えたが、子供たちは泣き叫び、恐怖した。さすが我輩だ。
だが、悲鳴に浸っている我輩の元に、なぜかマイクの女が怒った顔をしてやってきた。
『あなた、まだ出番じゃないのよ』
小声だが強い声で言われて、我輩はしぶしぶ舞台袖に引っ込んだ。舞台袖には他にも恐ろしい化け物が控えていた。ヒーローと戦いたい化け物は我輩だけじゃないということだ。
そしてようやく出番が来た時、颯爽と飛び出していった我輩は信号機たちをこてんぱんにやっつけてやった。
泣き叫び、帰り出す子供たち。どうやら我輩の戦いぶりに恐れをなしたようだが……そこでまたもやマイクの女がやってきた。
「あなた! ヒーローショーをなんてことしてくれるのよ! みんな帰ってるじゃない!」
マイクの女から繰り出されたパンチは、ヒーローの比ではなかった。
「どげふっ」
華麗なアッパーが決まり、我輩が殴り飛ばされたことで、拍手喝采が巻き起こった。そうか、本当のヒーローはやつだったのか。
女だからと、侮っていた我輩が馬鹿だった。
「おい、さっさとヒーローにやっつけられろよ!」
「……はい」
ブチ切れて何を言っているのかわからない女だったが、その恐ろしさは地獄の王どころではなかった。我輩は言われるがままにヒーローに倒されるふりをして、その後なぜか報酬をいただいて帰ったのだった。
なんとも人間界とは不思議な場所である。
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