闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

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マキコ先生

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「ねぇ、マキコせんせって四十二さいなの?」

 幼稚園の年長組にいるアサは、エプロン姿の先生に尋ねた。若くて綺麗だと評判のゆり組のマキコ先生だが、園長がふと漏らした言葉を園児の母親が拾ったらしい。
 実は年長組の先生が四十二才だという話を伝え聞いたアサの母が、ひどく驚いた様子でアサに詰め寄った。
 そのことを話すと、マキコは苦笑して「さあ、何才かしらね」とはぐらかす。今はお遊戯の真っ最中ということもあって、マキコは真面目に取り合わなかった。
 ちなみにアサは年齢に対する老け方などはよくわかっていないので、ただ母親の驚きを伝えたいだけだった。そしてあまり面白い反応をしないマキコに対して、ちょっとだけ不満に思ったアサはさらに昼休みにも詰め寄った。

「ねぇ、せんせい。ほんとうはなんさいなの?」

 ちょうど今日はアサのグループと一緒にお昼を食べる日なので、先生はアサのすぐ隣にいた。
 またアサの質問に、マキコは困った様子で眉尻を下げて言った。 

「先生は若くないから、あまり年齢を言いたくないな」

「わかくないと、ねんれいをいいたくないの? どうして?」

「それは、若い人が羨ましくなるからよ」

「あのね、うちのママがせんせいは、『ようかい』じゃないかって言ってたよ」

「え……」

 悪気のないアサの言葉に、マキコは眉間を寄せる。
 だがマキコの様子を見て、よくない言葉を使ったとアサは察して、「ごめんなさい」と先に告げた。

「アサちゃん、どうしてあやまるの?」

「だって、せんせいこわいかおしてるもん。だからきっと、アサがわるいこといったんだよね」

「そうじゃないの。先生、ちょっと考え事してただけだから、気にしなくていいよ」

 マキコが微笑んで見せると、アサは安心してお弁当の卵焼きを食べた。

 それから和やかな空気は続き、マキコの年齢の話などは忘れられ、何事もなく昼食の時間が過ぎようとしていた、その時だった。

 刃物を持った男が、園内に侵入した。悲鳴を聞いた時、アサは何事かと思ったが、気づくと教室の外にバラ組のユカ先生が走っているのが見えた。ユカは「不審者が園内に侵入しました!」と叫んで報告していた。

「みんな、教室から出ちゃダメよ」

 あちこちから怒涛のような悲鳴が響く中、マキコは教室を出て行った。あまりの恐怖に震えて動けない園児たちの中、アサはマキコが心配で教室の外に出てしまう。

 だが園の廊下で見たのは、艶やかな着物を着たマキコの姿だった。マキコは煙管キセルをぷかぷかとふかしながら、男と対峙していた。アサは思わず、植木に隠れて二人をじっと見つめる。
 すると、男が口を開いた。

「なんだ、こんな幼稚園に、どうしてあんたみたいな女がいるんだ?」

 男が下品な笑みを浮かべると、マキコはカラカラと笑った。

「これでもあたしは園児を預かる身なんでね。悪い輩はおしおきさせてもらうよ」

 マキコは懐から煌びやかな扇子を取り出すと、それを男に向かって振った。

「ひとふり、ふたふり、みふり……」

 マキコが扇子を振りながら数えるうち、男はふらふらと頭を回し始める。そして最後にマキコが煙管キセルの息を吹きかけると、男はその場に力なく倒れた。

「なんだぁ、だらしない男だねぇ」

「マキコせんせい」

「なっ、アサちゃん⁉︎」

 駆け寄って抱きつくアサに、マキコは思い切り動揺するが。
 震えているアサに気づいて、宥めるように頭を撫でた。
 すると、アサは着物姿のマキコを見上げて、小さな声で告げる。

「せんせいは『ようかい』なの?」

「あはは、そうとも言うね。先生は幼稚園の用心棒なのさ。けど、このことは他の子達には内緒だよ?」

 言うと同時に、マキコがいつものエプロン姿に戻る。
 アサは先生と秘密を共有できて嬉しくなり、思わず笑顔で頷いた。
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