闇鍋という名の短編集

悠木全(#zen)

文字の大きさ
74 / 88

何もなくても何かある

しおりを挟む


 高校生になってから何かと世話を焼いてくれる委員長。真面目でサラサラロングヘアが綺麗な彼女のことを密かに想っている僕は、なんとか二人っきりのデートにまでこぎつけることができた。
 誘うのは簡単だった。遊園地のパスポートを二枚ゲットしたので、一緒に来てほしいと言ったのだ。もちろん、それだけだと下心が見え見えなので、ちゃんと「僕には友達がいないので」って付け加えた。優しい彼女なら、同情してくれると思っていた。これほど自分に友達がいないことをラッキーだと思ったことはないだろう。
 もちろん、遊園地のパスポートを貰ったというのも大嘘だった。やっぱり恋愛の駆け引きといえば、アレしかないだろう。

 その名も、吊り橋効果大作戦である。

 某遊園地は絶叫系の乗り物が最悪に恐ろしいとの噂なので、あえてそこを選んだのである。だが委員長——サクラさんは遊園地の名前を聞いても全く動じなかった。まさか、あの有名な遊園地を知らないとは言わないよね?
 なんて、いろんなことを思いながらも、デート当日はあっという間にやってきた。
 よく晴れた秋の休日は、最高の絶叫マシン日和に違いない。

 僕が遊園地のエントランスで意気込んでいると、そこにサクラさんがやってくる。彼女は薄いセーターにパンツルックだった。長い髪は一つにまとめていて、それはそれでいいと思う。

満留みつるくん、待った?」

 サクラさんに名前を呼ばれて、思わずだらしない顔になる僕だけど、慌ててかぶりを振って立て直した。

「サクラさんはなんでも似合いますね」

「あはは、何言ってんの。満留みつるくんも可愛いよ」

「え、かわ……」 

 イケメン雑誌を見て研究した結果、シャツにパンツというお決まりの服装になったけど、まさか可愛いと言われるとは思わなかった。少しだけショックを受けた僕だけど、それでもダサいと言われるよりはマシだと思うことにした。

「サクラさん、最初は何に乗ります?」

 園内に入った僕は、さっそくサクラさんに乗り物のことを振った。コーヒーカップなどと言われたらどうしようと思っていると、サクラさんは近くのデカい絶叫マシンを指さした。
 その名も『天まで轟けコノヤロウ』という名の、乗り物だった。高層ビル並みに高いところまで登って落ちてくる乗り物だった。
 まさか最初にそれを選ぶとは思わず、僕は思わず口を開けて乗り物を見上げた。わざとらしいくらい凄まじい悲鳴と轟音に、僕は少しだけ……ほんのちょっとだけ、ビビった。

 そして、いざ出陣! ——してみたら、

「ぎぃいいいやああああ」

「きゃー、楽しい!」

「うおわぁああああああ」

「満留くん、おもしろーい」

 サクラさんは強かった。吊り橋効果どころか、心臓に毛が生えているんじゃないかというレベルの猛者だった。逆に僕は一度目にして吐き気をもよおし、ベンチで寝転がった。吊り橋効果を発揮するには、僕も強くなくてはいけなかったのである。そんな当たり前のことに今更気づいた僕は、なさけないやら、かなしいやらで、密かにめそめそしてしまう。すると、相変わらず世話焼きのサクラさんがジュースを買ってきてくれた。

「気分が悪い時は、炭酸とかいいよ」

「……ありがとう」

 くそっ、いつもこっちがドキドキさせられてばかりなんて、ズルくはないだろうか。僕は受け取ったジュースを飲み干すと、気合いを入れ直して、別の乗り物にチャレンジすることにした。

「サクラさん、次何乗りたい?」

「え? 大丈夫なの? 全部さっきのと同じくらい激しいよ?」

「大丈夫! サクラさんとなら、なんだって楽しいから」

「……え」

「ほら、行こう!」 

「うん!」

 僕はサクラさんの手を引いて、片っ端から絶叫系に乗った。乗って乗って乗り尽くした後、足がふらふらになったところで、お化け屋敷に入ることになった。
 今度こそ吊り橋効果を! と思いきや、サクラさんはお化け屋敷でも全く動じることはなく。淡々と前を進むサクラさんに、僕の方が恐怖で足を竦ませるばかりだった。

「サクラさぁん、置いていかないでください」

「もう、仕方ないなぁ」

 サクラさんにしがみついて歩く僕は格好が悪かった。それでも、最近のお化け屋敷はリアルすぎやしないだろうか? 古民家のような内装は本当に何が出てもおかしくなさそうだった。
 そしてそんな僕を嘲笑うかのように、次から次へと着物の女性が飛び出してきた。
 そんなこんなで、お化け屋敷をなんとかクリアした僕とサクラさんが外に出た頃には、すっかり日が暮れていた。

「そろそろ帰る?」

 吊り橋効果どころか、かっこいいところすら見せられなかった僕は、すでに意気消沈して、帰る気満々だった。
 けど、サクラさんは笑顔で言った。

「ねぇ、ちょっとだけいいかな?」

「え?」

 サクラさんに連れられてやってきたのは、遊園地の広場だった。花が植えられている広場には、カップルがたくさん集まっていて——何やら怪しい雰囲気があった。

「さ、サクラさん。ここ……」

「そろそろだよ、ほら!」

 ふいに、ドン——と、音が鳴り響く。
 花火の時間らしい。暗くなった空では、大輪の花が次から次へと咲き乱れた。
 
「綺麗だね」

 花火を見てそう言ったサクラさんの方が綺麗だった。だけど、僕にはそんなことを言う勇気もなくて、ただ「うん」とだけ答えるしかなかった。

 これが、僕の学生時代の——一番甘い記憶だった。その後、委員長は転校してしまったけど。いつかまた会おうと約束した僕たちが、大人になって再び会った時、何かが動き始めたのは、また別の話である。
しおりを挟む
感想 152

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...