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3章 異世界旅行録

5話 ダブル調査

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「その特別任務とは?」

「またもや話が早くて助かるね~。実は本部のクソジジイ達から頼まれた事が2つあるんだ」

 本部の人間をクソ呼びしている事から、表面上は笑顔だが、ストレスが溜まっている事が分かる。

 春になった事で、冬にあまりやってこなかった魔物が一気に押し寄せるようになったからだろう。

「順番に話すね~。翡翠は1年前に門を襲った強力な魔物の話は覚えてるかな?」

「はい、絶望したのも覚えてます・・・あ、そういえば」

 その魔物を退治する為に8人がザナへと赴いたと聞いたが、未だに帰ってきていない。

 いくら強力な魔物だからと言っても、戦争ではない限り、体力などの身体的な問題で戦いはそう長引かない。

「なんとなく察したと思うけど、遠征組が1年経っても一向に帰ってこないんだよね。だから探してきてくれないかな?」

「構わないんですが、あまりにも捜索範囲が大きすぎませんか?」

「ああ、大丈夫!魔力探知機借りたから!しかも、小型化に成功した最新版!高いから気をつけて使ってね!」

 渡されたのは手の平サイズの方位磁石。見た目で違う点を挙げるなら、普通なら北を指す赤い針が赤ではなく青に。更にほんのりと光っている。

 更に方位磁石には東西南北が記されておらず、subject対象とだけ記されている。

 サブジェクトの文字と、青く光る針が合わさるように動く。すると、ちょうど門の方向でピタリと合わさった。

「おお・・・!」

「それ、試作品で数が少ないから本当に壊さないようにね~」

「壊したらどうなるんです?」

「開発者が泣く」

「・・・善処します」

 ザナは危険な世界だ。必ず壊さないとは言えない。

「近くに対象がいたら、針がクルクル回るようになってるから。それと、魔力探知機には探してくる門番の魔力情報は与えておいたから」

「ありがとうございます。それで、もう1つの仕事はなんですか?」

「ん~っとね~、キャンベル騎士団が攻めてきた時は覚えてるよね?」

「はい。門を用いないリオへの侵入。恐ろしいですよね」

「翡翠にはその謎を突き止めてほしい」

 門を守り、魔物や不法入国者の侵入を防ぐ門番にとっては、門を通さない移動方法は手に負えない害悪である。

 ゲームに例えるならチート。手段がないように見えるが、元を叩けば良い話。

 ナチュレの一件以降、門を通さない不法入国はぱったりと無くなった。即ち、門を通さない侵入方法が浸透していない事を意味する。

 ならば、その方法を使ったナチュレを尋ねれば、確実に情報が手に入るはずだ。

「・・・っていう訳なんだ。頼めるかな?」

「これだけの情報と道具があれば多分なはずです。任せて下さい!!」

「翡翠ぃぃ~~!」

 主任の巨体が俺を抱き締める。余程のストレスを抱えていたのだろう。心の底から喜んでいる声がした。

「君なら受け持ってくれると思ったよ~!お礼は今度するし、任務期間もたっぷり用意するから楽しみに待っててね~!」

「く、苦しい・・・」

 制服に隠された胸筋が俺を殺しにきている。このままだと窒息すると危険を察知したところで主任は自分を解放してくれた。

「でも、俺だけでそんな重要な任務できますかね?」

「ああ、大丈夫!いつメンにも声かけてるから!」

「シャープ、モネさん、リリの3人ですか?」

「そう!リリックちゃんにはこれから説明するところ!これくらいいれば大丈夫だよね?」

 十分すぎる戦力だ。もし、敵対する者が現れたとしてもきっと切り抜けられる。

「じゃあ、これで良いかな?他に質問は?」

「任務に関係ないんですけど、主任は結局ザナ人って事で良いんですよね?」

 本名が明らかになってから数ヶ月。聞く機会が無かったので、聞けなかったが、今なら聞くことができる。

 名前が判明した主任の素性を、洗いざらい・・・!

「うん、そだよ」

「ファミリーネームが『ザナ』でしたけど、それって世界の名前と関係しているんですか?」

「ん~たまたまだよー偶々。そんな事言ったらリオの世界にだって、同じ名前の人はいるんじゃん」

 そう言われると確かにそうだ。実際、俺の孤児院の院長の名前は畑内莉央。本当に偶然の一致なのだろう。

「そうですか・・・失礼しました」

「ん、気にしないで~。名前で思い出したけど、翡翠のお父さんって門番やってた?」

「はい。でも、どうしてそれを・・・

「いやさ、本部の爺さん達が何も言わずにこれを送ってきたんだよね」

 主任が俺に渡してきたのは一冊のノート。ノートの名前の欄には森山焼太と記されていた。

「中身は見てないから分からないけど、中の紙がよれてるから確実に何かは書いてあるよ。それにしてもお父さんまで門番だったなんてビックリだよ。翡翠は知ってたの?」

「はい・・・昨日、知りました」

「あら~ナイスタイミング」

 父が残した品。俺に対してかは分からないが、貴重な遺品である。慎重に扱おう。中身は後で確認するとしよう。

「ん?なんだこのシミ・・・」

 裏表紙に、茶色のシミが派手に付着しているが、一体なんなのだろうか。

 気になるが、考えるのをやめて、入国審査の仕事に向かうことにした。
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