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3章 異世界旅行録

41話 全ての準備が完了

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「〈災害〉が接近中!〈災害〉が接近中!直ちに避難せよ!直ちに避難せよ!!」

「災害?地震か?」「バカ!魔物の方だ!」「え!?嘘でしょ何で!?」「逃げろー!!」

 避難の方も、国民は非常に混乱しているが、順調に進みつつあった。

 実に42年ぶりの避難誘導and避難だったが、道は詰まる事なく、国民はナチュレの中央へと避難に成功した。

 何故外に逃げないのか?何処から〈災害〉が来るか分からないからである。

 南と推測はされているが、それは一昨日存在が確認された場所であり、確実にいる方角ではない。

 なので、姿が見えるまでは中心部で待機だ。

 今最も重要な仕事であろう先遣隊は、既に森の外へと到着していた。4つの方角にそれぞれ2人。地味な役割ではあるものの、非常に大事かつ、戦況に大きな影響を与える役割だ。

 鼓動が早まる心臓を深呼吸で抑え、あたりを監視する先遣隊。先に察知したのは、視覚ではなく、嗅覚だった。追わず嘔吐してしまいそうになる腐敗臭と、下水道に溜まったヘドロのような匂い。

 ある方角からというわけではなく、東西南北に分かれた8人の先遣兵が感じ取った。

 普段、そんな匂いは黄金の森林の外からはしない。足元に元気よく咲く小さな花の匂いしかしない。

 明らかな異常。本当に<災害>が近づいているのだと、自覚し、絶望し、気を引き締める。

 自分達の判断1つで何もかもが変わる。自分達の報告1つで、国が存命する確率が変わる。そんな気持ちで待つ事30分。エルフにとっても、ヒューマンにとっても大した事のない時間だが、常に緊張状態の先遣隊にとっては、3日に相当する長さだった。

 いつ来るか、いつ来るか。待ち続ける先遣隊の前に<災害>は姿を露わにした。

 スライムのような、紫色のゲル状の肉体。生態系の王者であるドラゴンを模様したであろう姿。使命や決意を忘れて全てを放り出してしまいたくなるほどの汚臭、呪い、毒、ゾンビ達。

 姿を現したのは、南・・・から少しずれた南南西。視認したのは勿論、南を監視していた先遣隊。視認した瞬間、先遣隊の1人は手の平を天に向けた。

「狼煙だ!打て!」

「はい!!狼煙魔術ファルス!!」

 殺傷能力のない真っ赤な煙が、先遣兵の手の平から、天に向かって放たれる。赤い煙は上空約50mの所で破裂し、方角を城から監視していた兵士に伝える。

 煙を視認した兵士は拡声魔術ロウドスピーカーを使い、下で待機する戦士達に告げた。

「南南西!!南南西に<災害>確認!」

「了解。キャンベル騎士団!行くぞ!!聖なる大樹よ!ご照覧あれ!!」

「「「聖なる大樹よ!!我らに力を!!」」」

 総勢約100人もの騎士がシャイに続いて進軍していく。兵士達も後をついていくように、進軍。

 翡翠はキャンベル騎士団と行動を共にし、シュエリは魔術師隊と行動を共にする。

「どうやって戦います?相手はスライムですから、核を狙うのは分かるんですが」

「単純な物理攻撃では効かないので、魔術でごり押しします」

「今まで人類が戦いを挑んできた回数は?」

「滅亡した2か国が抵抗する際に2回。リオの門番が戦って1回。合計3回ですね」

「20年以上も存在してて3回しか戦闘歴がないんですか?」

「他にもあったでしょうが、記録に残っていません。もしくは、勝負にならなかったのでしょうね」

「滅亡した国の規模は?」

「人口は我々ナチュレと大差ありません。もしかしたら、うちよりも多いかもしれません」

「一気に緊張してきた・・・でも、やるしかないよね」

「ただ、相違点も存在します。滅んだ2つの国はどちらもエルフクラスの魔術師が1桁程度しかいませんでした。ですが、ナチュレが抱える魔術師は、国から出れば、英雄として崇められてもおかしくはない逸材ばかり。魔術重視の今回の戦いでは猛威を振るうと思います」

「なるほどん・・・そこにわたしも加わる事で更にさいきょーになるわけだね」

 聞き覚えのある声が右から聞こえてくる。リリだ。ここまで騒ぎになっていたら、人探しも一旦中断するのも納得がいく。

「ヒスイ!探したよ!!」

「もしかして、アンタのせいじゃないでしょうね?」

 シャープとリリさんも一緒だ。それと3人の後ろに誰かいる?ヒューマンの男性のようだが、一緒に戦ってくれる人だろうか。

「あ、この人ダイモンジさん!探してた人の1人ダヨ!!」

「ハァ!?」

 まさかの答えに思わず反射的に驚いてしまう。確かに服装をよく見てみると、黒ずんではいるが、門番の制服だ。顔も写真と一致している。顔がリンゴのように赤いのが。

 つまりは、<災害>との戦闘経験者という事だ。ここぞという時に、とんでもなく頼りになる助っ人が現れたものだ。

「他の7人は何処にいるんです?もしよければ、連れてきてほしいのですが・・・」

 情報がかなり少ない相手との戦い。しかも、負けられない戦いなので、一言でも情報は欲しいし、1人でも経験者が欲し────かったのだが・・・。

「実は・・・もうここにはいないんだ」

「え?一緒に行動してたんでしょ?大門寺さん、どういう事ですか?」

「ああ、ああああ、ああああああ!!!ごめんなさい!弱くてごめんなさい!情けなくてごめんなさい!!役に立てなくてごめんなさい!!!」

 トラウマに触れてしまった模様。しかし、今の発言で理解できた。恐らく残りの7人はもう────。

「ヒスイ、残りの7人なんだけど実は────」

 言葉を詰まらせながら、俺の前に差し出してきたのは、主任から借りた小型魔力探知機。中の針は迷子になったように、ぐるぐると回っている。近くに対象である大門寺さんがいるからだろう。

「切り方を忘れたのか?貸してみ?そんなにくるくる回ってたら気が散るでしょ?」

「違うんだよヒスイ!もう、ダイモンジさんの探知はもう切ったんだよ・・・」

 大門寺さん以外の探していた7人は既に死亡している。死亡すると、魔力は体内から消え、探知機も反応しなくなる。

 なのに、今目の前にある探知機は死人を探知してくるくると回っている。

「ま、まさか・・・・<災害>に反応してるのか?」
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