Dのカルマ

猫目化月

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第2章 鶴と思ったら亀だった

5-3 やっぱり手放すことにした

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「頭が痛いです」

 朝、カルマが眉根を寄せて訴えた。

「二日酔いだろ、馬鹿」
「何で私目が赤いんでしょう?」
「知るか。ワイン目玉にでもぶっかけたんだろ」
「わあ。それは痛そうですねぇ……」

 間の抜けた会話をしながら、街の外れへと向かう。
 街を出る、と決めた翌朝のカルマは、いつもと変わらなかった。昨夜、酒を飲んだ後のことはまったく覚えていないらしい。

 午前中、旅支度らしい旅支度も何1つない青年に呆れながら、必要最低限の武器と食料を揃え、2人は昼過ぎにアルテナ本国へと続く街道に出た。

 続いた無言の中で、デュークは昨夜の会話を思い返した。

『……ねぇ、あなたがもし女性だとして』
『はぁ?』
『おなかを痛めて産んだ子が醜い化け物だったら……どうしますか……?』

 急に何を言い出すのかと思った。

 そして、まるで自分のことを言われた気がして、心臓が飛び跳ねた。

『私、あの子が怖いのよ!』

 父親に泣きすがった母親の哀れな後ろ姿。
 いつも怯えたように我が子を見る母。

 奥底に沈めた記憶が蘇り、ざわりと逆立った神経を、涙に濡れたカルマの声が溶かした。

『ごめんなさい、ごめんなさい。あなたを不幸にしてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい』

 そう言った泣き顔と、

『だって、笑ってたら幸せが寄ってきそうな気がしませんか?』

 そう言った笑顔。

 身に余る闇を抱えて笑う姿が、似ても似つかない子供の頃の自分を思い出させた。

(笑える分、こいつの方が強いか)

 抱えている闇は同じでも、生き方は正反対だ。

(なんで掃き溜めの街こんなばしよで出会っちまったんだろうな)

 前髪を掻き上げ、天を仰ぐ。深い森を貫く街道からは、両脇を覆う背の高い木々に阻まれた狭い空が見えるのみだ。

 ふいに立ち止まったデュークに、後ろを歩いていたカルマが不思議そうに顔を上げた。

「デュークさん?」
「しっ……」

 唇に手を当てて命じると、カルマが両手で自分の口を押さえて黙り込む。

 囲まれている。

「何の用だ? 金ならねーぞ」

 声に応え、潜んでいた気配が姿を現した。

 ざっと十数人。

 統一性のない武装に、ざんばらな髪や薄汚れた顔。斧や大剣を構えた姿は見るからに街道を利用する旅人を襲う野盗の集団だ。

「その銀髪を渡してもらおうか」

 野盗の1人が口を開く。

「残念ながら、こりゃ男だぜ?」

 相手の出方を窺うため、デュークはわざと軽口を叩いた。反応はない。

(身売り目当ての人攫い……じゃないな)

 明らかにカルマ本人を狙っての犯行だ。

「かかれ」

 リーダー格とおぼしき男の号令に一斉に男達が動く。その統制の取れた動きに口笛を吹いた。

「カルマ! 俺から離れるな!」
「はいっ!」
「しがみつくなよ!」
「分かってます!」

 デュークに背を預け、カルマが自らも剣を手に敵と向かい合う。……戦力としては期待できないだろうが。

 数度敵と刃を交え、デュークは確信した。

「最近の騎士団は、財政難で野盗の真似事までするようになったのか?」
「何……!? 何を言っている!」

 明らかに狼狽した男の隙を突き、甲冑の狭間から肩の腱を狙う。

「ぐぁっ」
「貴様!!」

 悲鳴を上げた相手を蹴り飛ばすと、流れるような動きで別の1人に右を取られた。
 仲間をフォローして陣形を保つ、訓練された身のこなしは、野盗の類のそれではない。

 辛うじて根元で受けた敵方の斧の衝撃に安物の刃が耐えきれず、耳障りな音を立てて剣が折れる。
 使い物にならなくなった獲物を捨て、デュークは右手のグローブを外した。

「ちっ……仕方ねぇな……」

 意識的に感情を昂ぶらせる。それに呼応するように、右の掌が疼いた。
 生まれた時から刻まれていた痣が熱を持ち、右手を中心に痣と同じ文様が青白い光の線で虚空に描かれる。

 正円の中に描かれた複雑な紋。

 それに掌をかざすと同時に、青白い光が収束し剣を象った。

「こいつは手加減が効かないんで、あんまり使いたくないんだがな」

 その柄を握り締め、デュークは呟いた。殺すことは簡単だったが、相手が正規軍であるとしたら、あまりことを荒立てたくはない。

 デュークは魔法剣を片手に駆け出し、街道脇を固める兵士たちに向かった。正確には、その背後にある樹林に。

 異様な武器を手にした男を前に、戸惑いを見せる兵士達を尻目に、彼らの背後に並ぶ樹木を長い刀身でなぎ払う。
 それらは紙のように切断され、兵士達に襲いかかった。

「うわぁぁっ!?」

 逃げ遅れた数名が下敷きになる。打ち所が悪くなければ、死んではいないはずだ。

 研ぎ澄まされた名刀でも及ばぬほどの切れ味を見せたその光の剣に、リーダー格の男が驚愕に呻いた。

「魔法剣士!? なぜ……帝都の騎士団にしかいないはずでは……!」
「あの魔方陣は……」

 背後でカルマが呆然と呟いた。

「どうした、まだやるか? とっておきのをお見舞いしてやろうか」
「くっ……引け……! 上に報告だ!」

 デュークの挑発に、相手は冷静な判断を下した。

 生き残った野盗――の皮を被った正規軍は、やはり訓練された動きで撤退を開始し、倒木の下敷きになった仲間を回収して森の奥へと消えた。

 あとにはデュークとカルマ、2人だけが残され、街道には再び静寂が訪れた。





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