守宮の会談絵草紙

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守宮の会談絵草紙 第三話「タケノコの夜」

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ふふふ、皆様、ようこそおいでくださいました。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語をお届けするストーリーテラーでございます。

今宵は3話目、春の夜に竹林が囁く不思議な物語でございます。

100話をもって成仏せんとするわたくしの旅、さあ、ゆっくりとご覧くださいませ。




【タケノコの夜】



春の夜、朧な月が竹林を淡く照らしていた。

雲は薄く、湿った空気が竹の葉を重たく濡らす。

月光はまだらに地表を照らし、竹林に細長い影が幾重も揺れる。

どこかで、土が軋む音がした。

かすかだが、確かに。竹林の奥で、何かが蠢いている。


佐藤健一、42歳。保険会社の営業マン。

17年間、変わらぬ机で書類に埋もれて、上司の不機嫌に耐えてきた。

部下のミスは彼の責任となり、課長の失態は彼の夜を奪った。

妻の美奈子とは言葉を交わさなくなり、娘の彩花は高校生になって部屋に閉じこもる。

かつて「パパ」と笑顔で抱きついてきた子は、今や彼を避けた。

健一の背広の内ポケットには、彩花が小学生の頃に書いた「パパがんばって」のメモが、折り畳まれたまま入っている。

触れるたび、胸の奥で何かが軋む。

その夜、健一は同期の高橋の送別会にいた。

居酒屋の個室は、ビールの泡と焼き鳥の煙で濁っている。

壁に貼られた「高橋、独立おめでとう!」の寄せ書きが、妙に目につく。

高橋は笑いながら言う。

「もう上司の尻拭いともオサラバだ! 俺、自由になるぜ!」

 健一はグラスを握り、顔にありったけの笑顔を貼り付けた。

胸の中で何かがひび割れる。高橋は愚痴を共有できる唯一の存在だった。

こいつがいなくなれば、全てのしわ寄せが俺にくる。考えるだけで腹が煮えた。

何がめでたいモノか――そうして、健一は日本酒を煽り、記憶を濁らせた。

送別会が終わり、ふらつく足で駅への近道を求めた健一は、住宅街の裏手に広がる竹林の小道に踏み込んだ。

月光が竹の葉を透かし、地面にまだらな影を揺らす。

湿った風が辺りを深い静寂に包み、竹林のささやきすら飲み込んだ。

足元で、土がわずかに動いた気がした。

健一は気づかず、ネクタイを緩める。汗で湿ったシャツが肌に張り付く。

ポケットに伸ばした指先に、娘のメモが微かに触れた。

突然、竹の根に足を取られ、健一は土の上に倒れ込んだ。

仰向けのまま、月を見上げる。空は遠く、月は冷たい。

いびきが喉から漏れ、酒の重さに意識が沈む。そのとき、首元に冷たい感触があった。

土から突き出たタケノコの穂先が、ネクタイの隙間に滑り込んだ。

鋭い先端は布を押し広げ、健一の首元をのぞき込む。

健一のいびきは変わらない。タケノコは、ただそこにあった。

竹林は静かだった。

春の土は柔らかく、雨と暖かさがタケノコの成長を促す。この時期、条件が良ければ、一晩で7センチ伸びる。

水はけの良い斜面に倒れた健一の体は、まるでその成長を誘うように、土に沈み込む。

タケノコの穂先はネクタイを食い込ませ、布は首を締める。

健一の顔が赤みを帯び、呼吸が不規則になる。

酒に沈んだ意識は、圧迫に気づかない。

土の下で、微かな軋みが続く。

タケノコは伸びる。1センチ、2センチと…穂先はネクタイをさらに押し広げ、布は穏やかに喉へとくい込んだ。

健一の指が一度、土を掻いた。爪の間に土が入り、かすかな血が滲む。

呼吸が細くなり、それきり竹林には、もとの静けさが戻った。

健一は夢を見ていた。彩花が3歳の頃、娘を持ち上げて、高い高いをした。

彼女の笑い声が響き、夕陽が二人を包む。

「パパ、もっと高く!」

健一は笑いながら、大きく育てよ…と高く高く持ち上げた。

月光の下、娘のメモが地面に落ち、風もないのに揺れた。

「パパ」と書かれた文字が、月光に白く浮かんでいた。


朝、竹林を通る農夫の茂が健一を見つけた。

仰向けの男の首には、ネクタイが不自然に食い込み、顔は青紫に変色している。

茂はため息をついた。

「またかよ…」

 彼は近づき、健一の体を道の脇に引きずった。

村の道端に遺体を放置するのは見栄えが悪い。

そう思っただけだ。タケノコの穂先がネクタイに絡まり、首元に突き刺さっているのを見たが、茂は気にも留めなかった。

竹林ではよくあることだ。

タケノコが伸びて、服に引っかかる。酔っ払いが転んで死ぬ。それだけだ。

茂はネクタイを緩め、絡まったタケノコを無造作に引き抜いた。

穂先は土に埋もれ、ネクタイの締め付け痕は乱れた布に隠れる。

茂は地面に落ちた「パパ」と書かれたメモを拾い、健一のポケットに押し込んだ。

村人として、死者をそのままにしておくのは気が引けた。それだけだ。

茂は警察を呼び、黙って立ち去った。

警察が現場を調べ、検死官は「窒息死」と記録した。

緩んだネクタイと転倒の痕跡から「事故」と結論づけられた。

タケノコは誰も気にしなかった。

茂は気づいていない。彼の行動が、真相を土に埋めたことを。

その夜、村の飲み屋で茂はビールを片手に語った。

「お前ら、聞いてくれよ。今回で3度目だ! あの竹林で死体を見つけたの、俺なんだぜ!」

 村人たちは笑い、グラスを掲げる。

「茂…死体なんてつまらんもん見つけとらんで、小判でも見つけろや!」 

茂は笑い声を上げた。

「5年前も、10年前も、俺が最初に見つけたんだ。酔っ払いが竹の根で転んで死ぬんだよ。あの竹林、呪われてるんじゃねえか? ハハハ!」

5年前、若い男が竹林で死んでいた。ネクタイにタケノコが絡まり、首に食い込んでいた。

茂は遺体を道の脇に引きずり、タケノコを土に埋めた。警察は「事故」と片付けた。

10年前、老いた酔っ払いも同じだった。ネクタイにタケノコが刺さり、首に痕を残していた。

茂はまた、遺体を動かし、服を整えた。警察は「事故」と書いた。

茂は気づいていない。毎回、彼の手が真相を隠してきたことを。

タケノコが、ただの植物ではないかもしれないことを。

村人たちは茂の話を笑いものにし、ビールを飲み干した。

「茂さん、次もお前が見つけるぜ!」 誰かが冗談を飛ばす。茂はグラスを掲げ、得意げに笑った。

彼の目には、竹林の奥、月光に揺れるタケノコの影は映らない。

翌春、竹林は再び芽吹いた。

新しいタケノコが土を押し上げ、月光の下で静かに伸びる。

竹林の奥、誰も踏み入れない場所で、土が軋む。

タケノコは待つ。次の春を、次の夜を、次の誰かを。

茂は知らない。次の遺体も、彼が見つけるだろう。

そして、また、真相を埋めるだろう。笑いながら。胸を張りながら。





ふふふ、皆様、いかがでございましたでしょうか。

竹林の影に潜むタケノコの秘密、茂が埋めた真相は、月光の下で静かに息づくのでしょう。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語の幕を、そっと閉じさせていただきます。

3話目を終え、残り97話。どうぞ、次なる物語まで、ごきげんよう。





『ケツメド!!毒味役長屋絵草紙』、カクヨムにて本編完結済み。現在は外伝を連載中です。 時代劇×毒味役×人情ドラマに興味がある方、ぜひ覗いてみてください。





https://kakuyomu.jp/works/16818792437372915626




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