守宮の会談絵草紙

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守宮の会談絵草紙 第七話「鏡地獄」

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ふふふ、皆様、ようこそおいでくださいました。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語をお届けするストーリーテラーでございます。

さて、今宵は第七話「鏡地獄」。

太陽光の眩しさで覆われた山の奥、そこに横たわる男の運命は、まるで鏡のように己を映し出す残酷な真実。

眼球を這うウジ、動かぬ身体、そして気づかぬ死。

さあ、皆様、この不思議な物語の幕が開きます。

百話の物語を語り終え、成仏へと近づくこのヤモリ、

さぁ、皆様、奇妙な世の隙間への幕開けでございます。




【鏡地獄】



俺は中川 蒼。32才の営業マンだ。

24才でこの会社に入社して以来、色々なモノを売買してきた。

教育教材に痩せる薬。そして、今は太陽光パネルの営業をしている。

温暖化や土砂崩れなど、環境破壊の片棒をかついでるのは承知だ。

だが、買う人間が居るから成り立っている商売で、無理矢理押しつけているわけでは無い。

目下の相手は高齢者だ。

「アパートを建てるよりも安価で、利回りが良い。

雑草の処理に困っている、遊ばせている土地で小遣い稼ぎしませんか?」

と一声かければ、簡単にのってくる。

そうやっていくつもの山を買収しては森林を太陽光パネルに置き換えてきた。

この近辺の山林はほぼ太陽光に置き換えられ、上空から見渡す光景はまるでミラーボールのように眩しく美しい。

そんな俺が、山の奥深く、冷たい土の上に仰向けで倒れている。

身体が動かない。

首を強打した瞬間、鋭い衝撃が全身を貫き、それ以来、何も感じなくなった。

痛みも、寒さも、風のざわめきすらも。動くなと教わった記憶が脳裏をよぎる――事故の鉄則だ。

だが、動きたくても動けない。まるで身体が石に変わったかのよう。麻痺している。完全に。

意識だけが、透明な水のように澄み切って流れ続ける。思考は止まらず溢れるばかり。

昔の思い出ばかりが繰り返し頭をよぎる。

こんな状態でも、まばたきくらいはできるはずだ。

以前、金縛りにあったとき、まばたきだけが自由だった。

でも、今はそれすらできない。まぶたは重く、閉じることすら許されない。

金縛りとは違う。何か、もっと深い、もっと恐ろしいものが俺を縛っている。

何も動かない。動かせない。

だが、頭の中では考えが渦を巻く。癲癇の発作かもしれない。いや、もっと重い、脊髄の損傷か。

あるいは、脳が現実を拒絶しているだけか。わからない。わからないまま、時間が過ぎる。

何日か経った。空は灰色に閉ざされ、木々の隙間から差し込む光は弱々しい。

ふと、目に異物感。ハエだ。

黒々とした小さな影が俺の眼球に止まる。

痛みはない。眼球が触られているという感覚すらない。ただ、視界の隅で蠢くものがいる。それだけだ。

ハエは飛び去り、しばらくしてまた戻ってきた。今度は仲間を連れて。何匹ものハエが、俺の目に群がる。

ふと、思い出す。

動物や昆虫は、死体の柔らかい部分から食べる。

眼球、唇、内臓。そう、眼球は柔らかい。

生きたまま食われるなんて、耐えられない。助かった後でも、その記憶は俺を蝕むだろう。

身体を動かそうと、全力で意識を集中する。

指先一本、足のつま先、まぶたさえ動けばいい。だが、何も起こらない。ピクリともしない。

ハエが俺の目に何かを置いていく。最初は糞かと思った。

だが、違う。それは蠢いている。小さな、白い、這うもの。ウジだ。

ハエの中には卵ではなく、直接ウジを産みつける種類がいる。

ウジが俺の眼球を這う。滑るように、ぬめぬめと動く。視界が揺れ、吐き気すら感じない自分に気づく。

感覚が死んでいるからだ。だが、頭の中では恐怖が叫び続ける。

食われている。生きたまま、眼球を。

時間が溶ける。何日経ったのか、数週間か。わからない。空は変わらず灰色で、木々のざわめきは遠い。

果たして、今は夜なのだろうか、昼なのだろうか、それすら分からなくなった。

目の前を骨が運ばれていく。白い、細長い骨。誰かのものだ。

事故車の多い場所なのかもしれない。そんなことを考える。

やっと救助が駆けつけた。ほっと安堵したのもつかの間――誰も俺を助けない。

生存者の俺が先だろう、助けろ、叫びたいのに声は出ない。

罵詈雑言を心の中で吐き散らすが、誰も聞かない。誰も見ない。俺の存在は、まるでこの山の石ころと同じだ。

やがて、線香の匂いが漂ってきた。

かすかに、煙が視界を揺らす。誰かが手を合わせ、こちらを見ている。

見ず知らずの顔。知らない声――太陽光パネルの反射で空からの発見が遅れたらしい。

成仏しろ、と呟いている声もする。

なぜか、その瞬間、身体が軽くなった。

ふわりと、大地から解き放たれるように、意識が浮かぶ。

目の前に、自分の姿が見える。

白骨化した、みすぼらしい骸。眼窩は空洞で、ウジに食い尽くされた痕跡だけが残っている。


ああ、そうか。わかった。

俺は死んでいたのだ。

今、ようやく気づいた。






ふふふ、皆様、いかがでございましたでしょうか。

鏡のように輝く山で、己の生と死を見つめた男の物語。

その眼窩に宿るのは、ウジの蠢きか、それとも魂の叫びか。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語の幕を、そっと閉じさせていただきます。

百話の物語を語り終え、成仏へと近づくこの身、

七話目を終え、残りは九十三話。次なる物語で、またお会いいたしましょう。




『ケツメド!!毒味役長屋絵草紙』、カクヨムにて本編完結済み。
現在は外伝を連載中です。 時代劇×毒味役×人情ドラマに興味がある方、ぜひ覗いてみてください。



https://kakuyomu.jp/works/16818792437372915626


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