守宮の会談絵草紙

をはち

文字の大きさ
14 / 16

守宮の会談絵草紙 第十五話「竹林の記憶」

しおりを挟む




ふふふ、皆様、ようこそおいでくださいました。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語をお届けするストーリーテラーでございます。

15話目となる今宵のお話は、霧深い竹林に潜む記憶の物語。

タケノコ掘りの朝、柔らかな土の奥に隠された「何か」は、恐怖と疑念を静かに育て上げます。

果たして、袋の中身とは、そして家族の間で囁かれる真実とは。

このヤモリ、百話の物語を語り終えれば成仏の時を迎えます。

残り85話、さあ、竹林の奥へとご一緒に参りましょう。





【竹林の記憶】






霧深い五月の朝、竹林は幽玄な静寂に包まれる。

日の出前の薄闇、午前三時を告げる時刻に、私はいつものように国有林へと足を踏み入れた。

空気は凛と張りつめ、木々のざわめきすら眠っているようだ。

この地は海と湖に挟まれた湿潤な土地で、靄は歩く者をまるで水をかぶったかのように濡らす。

ゆえに、誰もがカッパをまとい、竹林の奥深くへと分け入るのだ。

そこでは、年に一度のタケノコ掘りの季節、顔見知りの者たちが暗黙の縄張りを守りながら、みずみずしいタケノコを求めて彷徨う。

生でかじれば梨のごとく甘く、切り口から滴る水はまるで命の脈動のよう。

このタケノコは、幻とも称されるほどに貴重なのだ。

十年前のあの朝、私はいつものようにクワを手に竹林を歩いていた。

生ぬるい霧が頬を濡らし、足元には柔らかな土の感触。

だが、その日はいつもと違った。

ふと視線を上げると、巨木の根元に不気味な影が横たわっていた。

工業用か何か丈夫なビニール袋に詰められた、細長く膨らんだ何か。

袋の先端からは重々しい丸いものが覗き、袋の口からは一足の靴が突き出ている。

ぶよぶよと膨らんだその中身は、まるで命を失った肉塊のようだった。

恐る恐るクワでつつくと、硬い感触とともに、袋の表面には、小さな穴が並んでいた。

落ちくぼんだ、虚ろな目のようなその穴。

私は背筋に冷たいものを感じ、父のもとへと駆け出した。

父はすでにその存在を知っていた。

「いじるな。見なかったことにしろ」と、静かだが重い声で告げた。

確かに、何かを見つけてしまったら、面倒な事態に巻き込まれるかもしれない。

私はその言葉に従い、記憶の底にその出来事を封じ込めた。

だが、翌年のタケノコの季節が訪れると、否応なくその記憶が蘇った。

私は再びその場所へ赴き、クワで袋をつついた。

年を経るごとに、それはますますぶよぶよと柔らかくなり、内部に気泡が溜まっているような異様な感触が伝わってきた。

数年後、父が脳梗塞で倒れた。命は助かったものの、左半身に麻痺が残った。

母が父に代わって私と竹林へ入るようになった。

ある日、母がその袋を見つけ、恐怖に顔を歪ませた。私は父と同じ言葉を繰り返した。

「見なかったことにしなさい。面倒になるから」

母は頷き、「それが一番だね」と呟いた。

それ以来、毎年、私たちはその場所を訪れ、袋を見下ろしながら同じ言葉を交わした。

「見なかったことにしよう」と。

だが、ある時、母がぽつりと漏らした。

「でも、まるで中身を知ってるみたいだよね、父さん…。タケノコ掘りの人たち、皆クワを持ってて…

中には危ない奴もいるんじゃない?口論になって、父さんが…何か、やっちゃったんじゃないよね…」

その言葉は、私の心に暗い疑念を植え付けた。

父が何か隠しているのではないか。

父に問う勇気はなく、疑念は母と私の間で静かに膨らんでいった。

そして今年、いつものように竹林へ向かった私と母は、まずあの場所へ足を運んだ。

だが、そこには異変が起きていた。

袋は破れ、細い竹がその中身を突き破って伸びていた。そして、露わになった中身。

それは、ボウリングの玉だった。

古びたボウリングの用具一式が、誰かに捨てられたまま放置されていたのだ。

長年、私たちを怯えさせた「それ」は、ただの廃棄物に過ぎなかった。

私と母は顔を見合わせ、思わず笑い合った。

父を疑い、恐れていた時間があまりにも滑稽だった。

その夜、私たちは父のために寿司を買い、帰路についた。

だが、笑いながらも、どこか心の奥底に冷たいものが残った。あの袋を捨てたのは誰だったのか。

そして、なぜ父は、あの時、あんなにも重い口調で「見なかったことにしろ」と言ったのか。

その答えは、竹林の霧のように、永遠に掴めないままだ。





ふふふ、皆様、いかがでございましたでしょうか。

竹林の霧が隠した真実は、意外にも滑稽な姿を現しましたが、なお消えぬ疑念は心の奥に冷たく残ります。

父の重い言葉の裏に、何が潜んでいたのか、その答えは永遠に霧の中。

このヤモリ、世の隙間を這いずり集めた物語の幕を、そっと閉じさせていただきます。

15話目を終え、残るは85話。

次なる物語も、皆様の心に静かな波紋を広げることでしょう。

では、またお会いいたしましょう。




『ケツメド!!毒味役長屋絵草紙』、カクヨムにて本編完結済み。
現在は外伝を連載中です。 時代劇×毒味役×人情ドラマに興味がある方、ぜひ覗いてみてください。



https://kakuyomu.jp/works/16818792437372915626






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...