2 / 24
第二章 妹という名の破城槌
しおりを挟む
グレイヴェリア帝国の第三皇子ヴァレンティン・オブ・グレイヴェリアを総指揮官とする帝国軍の総数は、一万五千。
大まかな内訳は騎兵五千と歩兵一万だが、ここには戦闘を支援する輜重兵も含まれている。
実戦部隊の内訳は、重騎兵二千五百、軽騎兵一千、歩兵六千、工兵五百。
これに後方待機の輜重兵五千が加わる形だ。
帝国軍は、輜重兵を野営地に残し、実戦部隊一万を以て『凸陣形』を敷いている。
凸陣形の先端、すなわち矛先となるのは、重騎兵千五百で構成された中央先陣部隊。
最も装甲が厚く、打撃力のある精鋭部隊だ。
彼らの役割は、エルバニア軍が組む凹陣形の底を突き破り、鉄壁の防御をこじ開ける「破城槌」となること。
この最重要部隊を指揮するのは、皇帝の実弟、ゴーマン・オブ・グレイヴェリア公爵。
その高貴な血筋といい爵位といい、軍の顔となる最前衛の切込隊長に相応しい人物──と言えるだろう。
中央先陣部隊のさらに前方、最前線には工兵五百が展開している。
指揮を執るのは、長い耳を持つエルフと人間の混血騎士、ランスローネ。
彼女らの任務は、戦闘開始と同時に魔法と技術でエルガ川に浮橋を架け、重騎兵の渡渉路を確保することである。
凸陣形の左右両翼、側面を固める位置には、歩兵をそれぞれ二千ずつ配置している。
エルバニア軍の両翼が、突出した中央先陣部隊を包囲しようと動いた際、それを食い止める防壁の役割を担う。
右翼歩兵隊を指揮するのは、ヴォルグ伯爵。
岩のような巨躯の持ち主で、巨大な戦鎚を軽々と振るうことから『ヴォルグ・ハンマー』の異名を持つ勇猛な老将だ。
左翼歩兵隊を指揮するのは、ゼノ男爵。
隻眼の剣士であり、一兵卒から武功のみで貴族にまで成り上がった叩き上げ。
ルスラーナほどではないが、口が悪く攻撃的な性格の持ち主である。
さらにその外側、陣形の両端には、軽騎兵を五百ずつ配置している。
機動力を活かし、遊撃や側面警戒、敵の散兵狩りなどを担う遊撃戦力だ。
右翼軽騎兵の指揮官は、アイザック卿。
爵位こそ持たないが、由緒正しい騎士の家柄出身であり、高潔で知的な騎士だ。
左翼軽騎兵の指揮官は、ロザリア女伯爵。
燃えるような赤髪の女将軍で、豪快にして男勝りな女傑である。
そして総大将ヴァレンティン皇子は、本隊として重騎兵一千、歩兵二千を率い、戦況を見極める構えだ。
本隊重騎兵一千のうち、三百騎はヴァレンティン皇子直属の親衛隊である。
選りすぐりの精鋭騎士たちであり、最終的な切り札として温存されている。
指揮するのは、ヴァレンティン皇子の腹違いの妹、ルスラーナ・オブ・グレイヴェリア皇女なのだが、彼女は中央先陣部隊のゴーマン公爵に与力されている。
切り札中の切り札を先陣に配するあたり、この戦いにおけるヴァレンティン皇子の意気込みが感じられるだろう。
黒甲冑に身を包み、毛皮付きの黒マントを風になびかせたルスラーナは、長大な斧槍を片手に、愛馬である青毛の馬を悠然と歩ませて陣中を行く。
「「「ルスラーナ! ルスラーナ! ルスラーナ!」」」
通り過ぎる彼女へ向けて、騎士や兵士たちが武器を、拳を突き上げて歓呼する。
ルスラーナは、現在二十一歳。
十五歳の初陣から戦場に立ち続けて六年、その間に立てた武勲は数知れず。
誰よりも前線に立って戦うその勇猛果敢な姿は、現場の騎士や兵士たちから絶大な人気と信頼を集めていた。
「けえぇい、下っ端どもが喧しいぞ!
おい、黙らせ──ぶぇっしゅっ……!」
ゴーマン公爵は兵たちの歓呼に苛立ち、盛大にくしゃみをする。
その立派な鷲鼻は赤く腫れ、鼻水が垂れている。
昨夜、ルスラーナのせいで寒空の下で寝ることになり、見事に風邪をひいたのだ。
(凍死してくれたらよかったのに、残念だわ……)
中央先陣部隊に到着したルスラーナは、馬上からゴーマン公爵の惨状を見て冷ややかな視線を送ると、白々しく声をかけた。
「おや、ゴーマメ叔父上、お風邪ですか?
大事ないくさで大切な先陣を仰せつかったのに、体調管理もできないとは困りますねぇ。
名ばかりの大貴族はこれだから嫌ですわ」
端で見ている騎士デュランダールは、ルスラーナの煽りにギョッとしてしまう。
「なんじゃときしゃぶっしゃっん……!」
怒鳴りつけようとしてくしゃみをしてしまうゴーマン公爵を鼻で笑うと、ルスラーナはこれ以上相手する価値なしと切り捨て、川向こうのエルバニア軍に目を向けて表情を引き締める。
「ルスラーナ殿下、あまり刺激なされるな……後ろから矢を射掛けられる事もあります故」
デュランダールが小言を言ってくるが、ルスラーナは聞いていない。
彼女の意識は、これから起こる戦いに向けられているのだ。
ルスラーナを歓呼するグレイヴェリア兵たちの声は、エルバニア王国軍の陣にも届いていた。
「ふんっ……北の鉄蝗どもめ、ルスラーナ皇女の名を連呼して意気が上がっておるな」
エルバニア軍総大将のグラハム・レノックス伯爵は、戦場を見晴るかす起伏の上に布かれた本陣で床几に座り、禿げ上がった頭を撫でながら目を細めた。
その表情は、まるで庭先でさえずる小鳥や、無邪気に遊ぶ孫たちを眺める好々爺のように穏やかだ。
「善きかな、よきかな。
若き鳥が初めて空を飛ぶ前のように、血気盛んで実に愛らしい──これから翼をもがれ、泥に塗れて死ぬとも知らずにな」
グラハムが指揮し、凹陣形を敷いて待ち受けるエルバニア王国軍は、総勢二万。
大まかな内訳は騎兵三千、歩兵一万七千だが、グレイヴェリア軍同様に輜重関連の兵も総数に含まれている。
実戦部隊の細かな内訳は、騎兵千五百、重装歩兵八千、徴募兵三千。
そして、この戦の要となる長弓兵四千。
これに輜重兵三千五百が加わる。
自国領土での防衛戦ゆえに、遠征してくる帝国軍よりも輜重の負担が軽く、その分を兵力に回せるのが強みだ。
騎兵の数と質、突破力ではグレイヴェリア軍に見劣りするが、実戦力の総数と防御力においては上回っている。
各部隊の指揮官を務めるのは、グラハムの子供たちや孫たちだ。
家族のみで一軍を編成すること──それは、グラハムの長年の夢であった。
流石に数千、数万の兵すべてを血族で埋めるのは、いくら絶倫無双のグラハムとて不可能だ。
だが、軍の中核たる指揮官を子や孫で占める──その夢は、今まさに叶ったと言えるだろう。
グレイヴェリア軍の陣から、角笛が鳴り響く。
「いよいよ始まるか──」
グラハムは床几から立ち上がり、川向こうのグレイヴェリア軍を見据える。
グレイヴェリア軍中央先陣部隊の前に展開した、工兵隊五百。
その先頭に立つ、エルフ耳の女騎士ランスローネは、右手の五指を広げて天に翳す。
「風の精霊ドゥーフ・ヴェトラ、うちに力を貸しや!」
呼応するように中空へ、半透明な裸身の乙女が舞いながら現れた。
精霊はランスローネに微笑みかけると、歌うような所作で空に溶け込んでいく。
直後、戦場の上空を吹く風の流れが、劇的に変わった。
川下から川上へ、あるいは不規則に渦巻く乱気流となり、これでは敵の弓兵も狙いを定めることが出来ないだろう。
ランスローネが腰の鞘から、鍔元に魔法石が埋め込まれた長剣『アロンダート』を抜き放つ。
「エーリカ、やったれ!」
号令と共に、女魔法術士エーリカは流れる川面に右手の人差し指を向け、指先に魔力を集中させた。
指先がカッと発光し、放たれた青白い光が川面を撫でる。
パキパキパキッ!
硬質な音が響き渡り、本来凍るはずのない流水が一瞬にして凍結し、対岸へと続く、太い氷の橋が形成された。
「よっしゃ行くでぇ!」
ランスローネがアロンダートの発光する刀身を振り下ろすと、待機していた工兵たちが一斉に動き出す。
彼らは木杭や木槌、敷板を抱えて氷の橋へと殺到した。
橋を補強し、騎兵が氷で足を滑らせぬ様にする為だ。
中央先陣部隊の指揮官ゴーマン公爵は、鞘から装飾過多な長剣を抜き放ち、背筋を伸ばして「突撃せよ!」と号令しようとしたが──
「とづぐしゃしゃしゃんっ、ぐおお……!」
くしゃみと咳が同時に爆発し、肺腑の空気をすべて吐き出した公爵は、両脇腹の猛烈な痙攣に襲われ、馬上でうずくまって呻いてしまう。
周囲の騎士たちが、何とも言えない顔で沈黙し──そして、助けを求めるように一斉にルスラーナへ視線を向けた。
「ルスラーナ殿下、お願いします……」
騎士デュランダールが縋るように言う。
「はぁ……」
ルスラーナは目を伏せて短く溜め息をつく。
だが次の瞬間、カッと双眸を見開き、キリッと表情を引き締めて顔を上げた。
右手の長大な斧槍を、天を突くように高く掲げる。
「グレイヴェリアの鉄騎たち!
南の土民共を、鉄の蹄で踏み潰してやろうぞ!
我に続けぇ!」
裂帛の気合いと共に斧槍を振り下ろし、ルスラーナは先頭を切って馬を走らせる。
「「「おおおおおおッ!!」」」
デュランダールを始めとする中央先陣部隊の重騎兵たちは、地を揺るがす雄叫びを上げて突進を開始した。
一千五百の鉄塊が、完成したばかりの氷の橋へと雪崩れ込んでいく。
凹陣形を組むエルバニア王国軍の配置は、凹の底辺である中央に重装歩兵三千と徴募兵三千。
凹の左右両翼には、長弓兵二千と重装歩兵二千をそれぞれ配置している。
グラハムの本陣は中央部隊の後方に位置し、騎兵五百と重装歩兵一千を予備兵力として手元に置いていた。
ランスローネたちグレイヴェリア軍の工兵隊が氷の橋を架け、両端側面に木杭を打ち込んで敷板を並べていく。
その作業を阻むべく、エルバニア軍両翼の長弓兵が矢を射かけた。
だが、ランスローネが召喚した風の精霊ドゥーフ・ヴェトラの起こす乱気流によって、矢弾はことごとく軌道を逸らされ、川面へと落ちていく。
「ほう、魔法で氷の橋を架け、更に風を操作して矢を逸らすか。
地味ながら堅実な運用方法だのう。
普通は、火炎や電撃とかの火力に傾倒した使い方をするもんじゃが……ヴァレンティン皇子の人となりが伺い知れるわ」
本陣に鎮座するグラハムは、敵の魔法運用を見て、総指揮官ヴァレンティン皇子の人柄を「堅実な慎重派」と分析する。
「だとすれば、次に仕掛けてくるのは小細工なし。重騎兵による一点突破じゃろうな」
グラハムが禿頭を撫でていると、伝令の騎兵が本陣へと駆け込んでくる。
グラハムの孫の一人だ。
彼は馬を飛び降りると、跪いて抱拳礼を行った。
「報告します!
我が父──もとい、我が軍右翼将軍デュラムより報告!
グレイヴェリアの先陣が突出!
先頭に立つのは、あの『チョルニボフの黒姫』です!」
「『チョルニボフの黒姫』──ルスラーナ皇女の異名じゃな。
ヴァレンティン皇子め、最初から切り札を出してきたか。
……おい、アレを持ってこい」
グラハムは従兵に短く命じる。
昨日、ゴーマン公爵を射ようとして使った、あの剛弓だ。
「挨拶代わりじゃ。
死神の姫君に、冥土への手向けをくれてやろう」
敷き詰められた敷板を、千を超す蹄鉄が踏み鳴らし、氷の橋を不気味に軋ませる。
驀進するグレイヴェリア軍重騎兵。
その先頭を走るルスラーナは、兜の可動式面頬をガシャンと下ろす。
その面頬は銀灰色の金属で『笑う骸骨』を模しており、さらに兜の両側頭部からは、雄羊のように太く捻じれた『悪魔の角』が突き出していた。
「……おい!
アレは伝説の死神チョルニボフじゃないのか!?」
「ひぃぃッ!」
「み、見るな! 目が合うぞ! 魂を刈り取られるぞぉ!」
「うわぁぁぁ! 死神だ、死神が来たぁぁ!」
エルバニア軍の兵士たちは、長大な斧槍を手に青毛の馬を駆けさせるルスラーナを見て色めき立つ。
中央部隊の徴募兵たちの中には、恐怖に耐えきれず、早くも武器を捨てて逃げ出す者がいた。
漆黒の甲冑、銀色の骸骨面、そして禍々しい巻き角。
その姿は、まさしく伝説の死神『チョルニボフ』の再来であった。
「狼狽えるな! チョルニボフなど、ただの迷信だ!」
「持ち場に戻れ! 背を見せる者は斬るぞ!」
エルバニア軍各部隊の指揮官たち──グラハムの息子娘や孫たちは、浮足立った兵たちを叱咤し、懸命に鎮めようとする。
「その通りじゃ!
たかが死神風情、我が剛弓で、逆に冥府に送ってやろうぞ!」
本陣のグラハムは、手にした身の丈ほどもある大弓に、杭のように太い矢を番える。
ギリギリギリ……と、普通の人間なら引くことすら適わぬ強弓を、老将は顔色一つ変えずに満月のごとく引き絞った。
「エーリカ、うちらの仕事は終わりや! さっさと退くで!」
ランスローネは、魔力を使い果たしてへたり込むエーリカの手を引いて、重騎兵たちを避けて後方へと退く。
その間に、ルスラーナは氷の橋を渡り切り、エルバニア軍中央部隊の陣列に向かって突き進む。
「何をしている! 早く『拒馬』を持ってこい!」
目前に迫る死神の如き黒騎に、エルバニア軍中央部隊を指揮するグラハムの長男グルテンは、焦燥に駆られつつ、徴募兵たちに向かって叫んだ。
だが、命令された徴募兵たちは大半が農民たちだ。
「チョルニボフだ……」
「魂を取られる……」
などと譫言のように呟き、恐怖に竦んで一歩も動けない。
「チッ、使えん農民どもが!」
グルテンが焦りに舌打ちしたその時、「親父ぃ、退いてろ!」と若い声が響く。
グルテンの息子たち──グラハムの孫たちが、太い丸太をX字に組んで尖らせた重たい物体──『拒馬』を数人がかりで引き摺ってきたのだ。
「でかした、息子たちよ!
さあ並べろ、隙間なく並べるのだ!」
グルテンの息子たちが、馬防柵のように拒馬を一列に並べる。
その背後で、グルテンの部下である重装歩兵の精鋭たちが長槍を構え、切っ先を揃えた槍衾を形成した。
最前列に尖った丸太の防塞、その後ろに鋼の槍の壁。
馬で突っ込めば串刺しになる、完璧な対騎兵防御が完成した──はずだった。
だが、先頭を駆ける黒衣の骸骨面騎士は、減速するどころか、さらに加速した。
「──しゃらくさいわッ!!」
兜の奥から声を響かせた瞬間、ルスラーナは馬上で長大な斧槍を軽々と振り回し、渾身の力で横薙ぎに一閃。
ズドォォォンッ!
爆発のような音が轟き、並べられた拒馬が丸太ごと砕け飛び、木片となって四散する。
「なっ、馬鹿な!? 拒馬を粉砕しただとお!?」
「ひるむな! 槍で突き殺せぇ!」
グルテンの驚愕の声をかき消すように、彼の息子の一人が叫び、重装歩兵たちが槍衾を突き出す。
しかし、勢いに乗った青毛の巨馬と、黒衣の重騎士の運動エネルギーは止められない。
ルスラーナの黒甲冑が、青毛の馬に着せられた馬鎧が数本の槍を受けて火花を散らすが、彼女は構わず斧槍を振るい、突き出された長槍の柄を次々とへし折っていく。
防御網を食い破った『チョルニボフの黒姫』が、エルバニアの陣形内へと乱入した。
「ルスラーナ殿下に続けぇ!」
「「「うおおおおおッ!!」」」
こじ開けられた突破口へ後続の、騎士デュランダールを始めとするグレイヴェリア重騎兵一千五百騎が雪崩れ込む。
エルガ川の岸辺は、一瞬にして鉄と血肉がぶつかり合う大乱戦の場と化した。
ルスラーナが振るう斧槍は、大の大人が数人がかりでようやく持ち上がるほどの、超重量かつ長大な代物だ。
槍の穂先に巨大な斧頭、その反対側に鋭い突起が取り付けられており、状況に応じて斬る、突く、引っかける、叩くといったあらゆる攻撃が可能である。
本来、斧槍はその重さと長さゆえに、地面に足をつけて戦う歩兵が、騎兵を引きずり下ろすために使う武器とされる。
だが──ルスラーナは違う。
彼女が振るうのは、通常の数倍の大きさを誇る特注品。
それをあろうことか馬上で、しかも片手だけで、まるで指揮棒のように軽々と振るってみせるのだ。
並外れた膂力と、遠心力が乗った長大な斧槍の威力は、超が付くほど絶大。
ブォンッ!
と風を切る音がしたかと思えば、次の瞬間にはグシャリと嫌な音が響く。
斧槍の一振りで、重装歩兵の鎧ごともろともに、エルバニア兵は確実に一人、もしくは数人まとめて屠られていく。
逃げ惑う徴募兵たちの中で、数人だけ、場違いなほど華やかな装備に身を包んだ若者たちがいた。
中心にいるのは、金髪の美少年剣士。
その周りを、僧侶風の麗しい少女、魔術師風の玲瓏な少女、猫耳の可憐な武闘家少女が取り囲んでいる。
いわゆる『冒険者のハーレムパーティー』だ。
冒険者──国家間の枠組みを越え、大陸全土を活動範囲とする彼らの生業は、街の溝浚いから魔王退治まで多岐に渡る。
冒険者は、依頼仕事の斡旋組織『冒険者組合』に属している。
この戦場に紛れ込んでいたのも、エルバニア軍が冒険者組合に出した『侵略者撃退』の高額報酬依頼に釣られた、一攫千金を夢見る若き冒険者たちであった。
「みんな下がっていろ!
あいつはこの俺、勇者候補のアルドが倒す!」
「きゃーっ、アルド様かっこいい!」
「気をつけてくださいまし!」
「やっちゃえ、アルド様!」
美少年アルドは美少女たちにウィンクを送ると、自信満々に剣を抜き、ルスラーナの前に立ちはだかった。
「よう死神! 俺の聖剣イクスギャリンの錆に──」
アルドが格好よく決め台詞を言おうとした、その瞬間。
グシャアッ!!
ルスラーナの青毛の馬が、減速することなくアルドを正面から撥ね飛ばし、鉄の蹄で踏み砕いて通過した。
「──え?」
美少女たちが黄色い声を上げる暇もなかった。
彼女たちの目の前には、ただ赤黒い染みと化した『元・美少年』が地面にへばりついているだけ。
(……ん? 今、何か轢いたかしら?
まあいいわ、少し段差があっただけね)
ルスラーナは気にも留めず駆け抜ける。
呆然とする美少女たちは、殺戮の喧騒に巻き込まれ、無慈悲な血と泥濘の中に埋もれていった……。
「馬鹿な!?
Sランク冒険者パーティー『暁の明星』が、一瞬で!?
魔獣狩りの英雄として、エルバニアでも有名な奴らなのだぞ!」
グルテンは眼球が飛び出さんばかりに見開き、愕然とする。
グルテンが父グラハムに提案し、グラハムが国王に上奏して承認を得た、大金を叩いて雇った切り札の一つが、路傍の石ころのように蹴散らされた事実が信じられないのだ。
巨漢のエルバニア兵の首を、ついでとばかりに刎ね飛ばしたルスラーナは、グルテンの声を聞いて彼に向き直った。
グレイヴェリアにも、冒険者組合の支部はある。
戦争に明け暮れる支配者層が省みない被支配者層にとって、冒険者はなくてはならないもの。
だが、グレイヴェリアの冒険者組合には、国同士の戦争には加担しないという暗黙の不文律がある。
(……帝国の冒険者なら、国同士の戦には関わらないというルールを弁えているものだけど。
南の冒険者は、金になれば領分も忘れるのかしら?
──なら、死んで当然ね)
ルスラーナは、不文律を犯した愚か者たちへの軽蔑を込め、鼻を鳴らす。
「おい、そこのゴリラ顔。
神聖な戦に、部外者の冒険者を混ぜてたのか?
貴様らエルバニアは、我らグレイヴェリアを鉄蝗などと呼んでいるらしいが、ルールも守れぬ貴様らこそが『破戒の蛮族』だな!」
ルスラーナは青毛の馬を駆って肉薄し、逃げようとするグルテンを威圧するように、馬上で斧槍を高く振り被る。
「相応の報いを受けさせてやる──そこを動くなよ、首が切りにくいから!」
厳つい顔をしたグルテンを一撃で屠ろうとした時、一本の太矢が空気を裂いてルスラーナに迫った。
ルスラーナは斧槍を回転させて叩き落とす。
(この弓の威力──彼奴か!)
太矢が射掛けられた方を、エルバニア軍本陣が布かれた起伏を、骸骨面頬越しに睨みつける。
立派な甲冑を着て毛皮のマントを羽織った禿頭の偉丈夫──グラハム・レノックス伯爵が大弓を構えて立っていた。
大まかな内訳は騎兵五千と歩兵一万だが、ここには戦闘を支援する輜重兵も含まれている。
実戦部隊の内訳は、重騎兵二千五百、軽騎兵一千、歩兵六千、工兵五百。
これに後方待機の輜重兵五千が加わる形だ。
帝国軍は、輜重兵を野営地に残し、実戦部隊一万を以て『凸陣形』を敷いている。
凸陣形の先端、すなわち矛先となるのは、重騎兵千五百で構成された中央先陣部隊。
最も装甲が厚く、打撃力のある精鋭部隊だ。
彼らの役割は、エルバニア軍が組む凹陣形の底を突き破り、鉄壁の防御をこじ開ける「破城槌」となること。
この最重要部隊を指揮するのは、皇帝の実弟、ゴーマン・オブ・グレイヴェリア公爵。
その高貴な血筋といい爵位といい、軍の顔となる最前衛の切込隊長に相応しい人物──と言えるだろう。
中央先陣部隊のさらに前方、最前線には工兵五百が展開している。
指揮を執るのは、長い耳を持つエルフと人間の混血騎士、ランスローネ。
彼女らの任務は、戦闘開始と同時に魔法と技術でエルガ川に浮橋を架け、重騎兵の渡渉路を確保することである。
凸陣形の左右両翼、側面を固める位置には、歩兵をそれぞれ二千ずつ配置している。
エルバニア軍の両翼が、突出した中央先陣部隊を包囲しようと動いた際、それを食い止める防壁の役割を担う。
右翼歩兵隊を指揮するのは、ヴォルグ伯爵。
岩のような巨躯の持ち主で、巨大な戦鎚を軽々と振るうことから『ヴォルグ・ハンマー』の異名を持つ勇猛な老将だ。
左翼歩兵隊を指揮するのは、ゼノ男爵。
隻眼の剣士であり、一兵卒から武功のみで貴族にまで成り上がった叩き上げ。
ルスラーナほどではないが、口が悪く攻撃的な性格の持ち主である。
さらにその外側、陣形の両端には、軽騎兵を五百ずつ配置している。
機動力を活かし、遊撃や側面警戒、敵の散兵狩りなどを担う遊撃戦力だ。
右翼軽騎兵の指揮官は、アイザック卿。
爵位こそ持たないが、由緒正しい騎士の家柄出身であり、高潔で知的な騎士だ。
左翼軽騎兵の指揮官は、ロザリア女伯爵。
燃えるような赤髪の女将軍で、豪快にして男勝りな女傑である。
そして総大将ヴァレンティン皇子は、本隊として重騎兵一千、歩兵二千を率い、戦況を見極める構えだ。
本隊重騎兵一千のうち、三百騎はヴァレンティン皇子直属の親衛隊である。
選りすぐりの精鋭騎士たちであり、最終的な切り札として温存されている。
指揮するのは、ヴァレンティン皇子の腹違いの妹、ルスラーナ・オブ・グレイヴェリア皇女なのだが、彼女は中央先陣部隊のゴーマン公爵に与力されている。
切り札中の切り札を先陣に配するあたり、この戦いにおけるヴァレンティン皇子の意気込みが感じられるだろう。
黒甲冑に身を包み、毛皮付きの黒マントを風になびかせたルスラーナは、長大な斧槍を片手に、愛馬である青毛の馬を悠然と歩ませて陣中を行く。
「「「ルスラーナ! ルスラーナ! ルスラーナ!」」」
通り過ぎる彼女へ向けて、騎士や兵士たちが武器を、拳を突き上げて歓呼する。
ルスラーナは、現在二十一歳。
十五歳の初陣から戦場に立ち続けて六年、その間に立てた武勲は数知れず。
誰よりも前線に立って戦うその勇猛果敢な姿は、現場の騎士や兵士たちから絶大な人気と信頼を集めていた。
「けえぇい、下っ端どもが喧しいぞ!
おい、黙らせ──ぶぇっしゅっ……!」
ゴーマン公爵は兵たちの歓呼に苛立ち、盛大にくしゃみをする。
その立派な鷲鼻は赤く腫れ、鼻水が垂れている。
昨夜、ルスラーナのせいで寒空の下で寝ることになり、見事に風邪をひいたのだ。
(凍死してくれたらよかったのに、残念だわ……)
中央先陣部隊に到着したルスラーナは、馬上からゴーマン公爵の惨状を見て冷ややかな視線を送ると、白々しく声をかけた。
「おや、ゴーマメ叔父上、お風邪ですか?
大事ないくさで大切な先陣を仰せつかったのに、体調管理もできないとは困りますねぇ。
名ばかりの大貴族はこれだから嫌ですわ」
端で見ている騎士デュランダールは、ルスラーナの煽りにギョッとしてしまう。
「なんじゃときしゃぶっしゃっん……!」
怒鳴りつけようとしてくしゃみをしてしまうゴーマン公爵を鼻で笑うと、ルスラーナはこれ以上相手する価値なしと切り捨て、川向こうのエルバニア軍に目を向けて表情を引き締める。
「ルスラーナ殿下、あまり刺激なされるな……後ろから矢を射掛けられる事もあります故」
デュランダールが小言を言ってくるが、ルスラーナは聞いていない。
彼女の意識は、これから起こる戦いに向けられているのだ。
ルスラーナを歓呼するグレイヴェリア兵たちの声は、エルバニア王国軍の陣にも届いていた。
「ふんっ……北の鉄蝗どもめ、ルスラーナ皇女の名を連呼して意気が上がっておるな」
エルバニア軍総大将のグラハム・レノックス伯爵は、戦場を見晴るかす起伏の上に布かれた本陣で床几に座り、禿げ上がった頭を撫でながら目を細めた。
その表情は、まるで庭先でさえずる小鳥や、無邪気に遊ぶ孫たちを眺める好々爺のように穏やかだ。
「善きかな、よきかな。
若き鳥が初めて空を飛ぶ前のように、血気盛んで実に愛らしい──これから翼をもがれ、泥に塗れて死ぬとも知らずにな」
グラハムが指揮し、凹陣形を敷いて待ち受けるエルバニア王国軍は、総勢二万。
大まかな内訳は騎兵三千、歩兵一万七千だが、グレイヴェリア軍同様に輜重関連の兵も総数に含まれている。
実戦部隊の細かな内訳は、騎兵千五百、重装歩兵八千、徴募兵三千。
そして、この戦の要となる長弓兵四千。
これに輜重兵三千五百が加わる。
自国領土での防衛戦ゆえに、遠征してくる帝国軍よりも輜重の負担が軽く、その分を兵力に回せるのが強みだ。
騎兵の数と質、突破力ではグレイヴェリア軍に見劣りするが、実戦力の総数と防御力においては上回っている。
各部隊の指揮官を務めるのは、グラハムの子供たちや孫たちだ。
家族のみで一軍を編成すること──それは、グラハムの長年の夢であった。
流石に数千、数万の兵すべてを血族で埋めるのは、いくら絶倫無双のグラハムとて不可能だ。
だが、軍の中核たる指揮官を子や孫で占める──その夢は、今まさに叶ったと言えるだろう。
グレイヴェリア軍の陣から、角笛が鳴り響く。
「いよいよ始まるか──」
グラハムは床几から立ち上がり、川向こうのグレイヴェリア軍を見据える。
グレイヴェリア軍中央先陣部隊の前に展開した、工兵隊五百。
その先頭に立つ、エルフ耳の女騎士ランスローネは、右手の五指を広げて天に翳す。
「風の精霊ドゥーフ・ヴェトラ、うちに力を貸しや!」
呼応するように中空へ、半透明な裸身の乙女が舞いながら現れた。
精霊はランスローネに微笑みかけると、歌うような所作で空に溶け込んでいく。
直後、戦場の上空を吹く風の流れが、劇的に変わった。
川下から川上へ、あるいは不規則に渦巻く乱気流となり、これでは敵の弓兵も狙いを定めることが出来ないだろう。
ランスローネが腰の鞘から、鍔元に魔法石が埋め込まれた長剣『アロンダート』を抜き放つ。
「エーリカ、やったれ!」
号令と共に、女魔法術士エーリカは流れる川面に右手の人差し指を向け、指先に魔力を集中させた。
指先がカッと発光し、放たれた青白い光が川面を撫でる。
パキパキパキッ!
硬質な音が響き渡り、本来凍るはずのない流水が一瞬にして凍結し、対岸へと続く、太い氷の橋が形成された。
「よっしゃ行くでぇ!」
ランスローネがアロンダートの発光する刀身を振り下ろすと、待機していた工兵たちが一斉に動き出す。
彼らは木杭や木槌、敷板を抱えて氷の橋へと殺到した。
橋を補強し、騎兵が氷で足を滑らせぬ様にする為だ。
中央先陣部隊の指揮官ゴーマン公爵は、鞘から装飾過多な長剣を抜き放ち、背筋を伸ばして「突撃せよ!」と号令しようとしたが──
「とづぐしゃしゃしゃんっ、ぐおお……!」
くしゃみと咳が同時に爆発し、肺腑の空気をすべて吐き出した公爵は、両脇腹の猛烈な痙攣に襲われ、馬上でうずくまって呻いてしまう。
周囲の騎士たちが、何とも言えない顔で沈黙し──そして、助けを求めるように一斉にルスラーナへ視線を向けた。
「ルスラーナ殿下、お願いします……」
騎士デュランダールが縋るように言う。
「はぁ……」
ルスラーナは目を伏せて短く溜め息をつく。
だが次の瞬間、カッと双眸を見開き、キリッと表情を引き締めて顔を上げた。
右手の長大な斧槍を、天を突くように高く掲げる。
「グレイヴェリアの鉄騎たち!
南の土民共を、鉄の蹄で踏み潰してやろうぞ!
我に続けぇ!」
裂帛の気合いと共に斧槍を振り下ろし、ルスラーナは先頭を切って馬を走らせる。
「「「おおおおおおッ!!」」」
デュランダールを始めとする中央先陣部隊の重騎兵たちは、地を揺るがす雄叫びを上げて突進を開始した。
一千五百の鉄塊が、完成したばかりの氷の橋へと雪崩れ込んでいく。
凹陣形を組むエルバニア王国軍の配置は、凹の底辺である中央に重装歩兵三千と徴募兵三千。
凹の左右両翼には、長弓兵二千と重装歩兵二千をそれぞれ配置している。
グラハムの本陣は中央部隊の後方に位置し、騎兵五百と重装歩兵一千を予備兵力として手元に置いていた。
ランスローネたちグレイヴェリア軍の工兵隊が氷の橋を架け、両端側面に木杭を打ち込んで敷板を並べていく。
その作業を阻むべく、エルバニア軍両翼の長弓兵が矢を射かけた。
だが、ランスローネが召喚した風の精霊ドゥーフ・ヴェトラの起こす乱気流によって、矢弾はことごとく軌道を逸らされ、川面へと落ちていく。
「ほう、魔法で氷の橋を架け、更に風を操作して矢を逸らすか。
地味ながら堅実な運用方法だのう。
普通は、火炎や電撃とかの火力に傾倒した使い方をするもんじゃが……ヴァレンティン皇子の人となりが伺い知れるわ」
本陣に鎮座するグラハムは、敵の魔法運用を見て、総指揮官ヴァレンティン皇子の人柄を「堅実な慎重派」と分析する。
「だとすれば、次に仕掛けてくるのは小細工なし。重騎兵による一点突破じゃろうな」
グラハムが禿頭を撫でていると、伝令の騎兵が本陣へと駆け込んでくる。
グラハムの孫の一人だ。
彼は馬を飛び降りると、跪いて抱拳礼を行った。
「報告します!
我が父──もとい、我が軍右翼将軍デュラムより報告!
グレイヴェリアの先陣が突出!
先頭に立つのは、あの『チョルニボフの黒姫』です!」
「『チョルニボフの黒姫』──ルスラーナ皇女の異名じゃな。
ヴァレンティン皇子め、最初から切り札を出してきたか。
……おい、アレを持ってこい」
グラハムは従兵に短く命じる。
昨日、ゴーマン公爵を射ようとして使った、あの剛弓だ。
「挨拶代わりじゃ。
死神の姫君に、冥土への手向けをくれてやろう」
敷き詰められた敷板を、千を超す蹄鉄が踏み鳴らし、氷の橋を不気味に軋ませる。
驀進するグレイヴェリア軍重騎兵。
その先頭を走るルスラーナは、兜の可動式面頬をガシャンと下ろす。
その面頬は銀灰色の金属で『笑う骸骨』を模しており、さらに兜の両側頭部からは、雄羊のように太く捻じれた『悪魔の角』が突き出していた。
「……おい!
アレは伝説の死神チョルニボフじゃないのか!?」
「ひぃぃッ!」
「み、見るな! 目が合うぞ! 魂を刈り取られるぞぉ!」
「うわぁぁぁ! 死神だ、死神が来たぁぁ!」
エルバニア軍の兵士たちは、長大な斧槍を手に青毛の馬を駆けさせるルスラーナを見て色めき立つ。
中央部隊の徴募兵たちの中には、恐怖に耐えきれず、早くも武器を捨てて逃げ出す者がいた。
漆黒の甲冑、銀色の骸骨面、そして禍々しい巻き角。
その姿は、まさしく伝説の死神『チョルニボフ』の再来であった。
「狼狽えるな! チョルニボフなど、ただの迷信だ!」
「持ち場に戻れ! 背を見せる者は斬るぞ!」
エルバニア軍各部隊の指揮官たち──グラハムの息子娘や孫たちは、浮足立った兵たちを叱咤し、懸命に鎮めようとする。
「その通りじゃ!
たかが死神風情、我が剛弓で、逆に冥府に送ってやろうぞ!」
本陣のグラハムは、手にした身の丈ほどもある大弓に、杭のように太い矢を番える。
ギリギリギリ……と、普通の人間なら引くことすら適わぬ強弓を、老将は顔色一つ変えずに満月のごとく引き絞った。
「エーリカ、うちらの仕事は終わりや! さっさと退くで!」
ランスローネは、魔力を使い果たしてへたり込むエーリカの手を引いて、重騎兵たちを避けて後方へと退く。
その間に、ルスラーナは氷の橋を渡り切り、エルバニア軍中央部隊の陣列に向かって突き進む。
「何をしている! 早く『拒馬』を持ってこい!」
目前に迫る死神の如き黒騎に、エルバニア軍中央部隊を指揮するグラハムの長男グルテンは、焦燥に駆られつつ、徴募兵たちに向かって叫んだ。
だが、命令された徴募兵たちは大半が農民たちだ。
「チョルニボフだ……」
「魂を取られる……」
などと譫言のように呟き、恐怖に竦んで一歩も動けない。
「チッ、使えん農民どもが!」
グルテンが焦りに舌打ちしたその時、「親父ぃ、退いてろ!」と若い声が響く。
グルテンの息子たち──グラハムの孫たちが、太い丸太をX字に組んで尖らせた重たい物体──『拒馬』を数人がかりで引き摺ってきたのだ。
「でかした、息子たちよ!
さあ並べろ、隙間なく並べるのだ!」
グルテンの息子たちが、馬防柵のように拒馬を一列に並べる。
その背後で、グルテンの部下である重装歩兵の精鋭たちが長槍を構え、切っ先を揃えた槍衾を形成した。
最前列に尖った丸太の防塞、その後ろに鋼の槍の壁。
馬で突っ込めば串刺しになる、完璧な対騎兵防御が完成した──はずだった。
だが、先頭を駆ける黒衣の骸骨面騎士は、減速するどころか、さらに加速した。
「──しゃらくさいわッ!!」
兜の奥から声を響かせた瞬間、ルスラーナは馬上で長大な斧槍を軽々と振り回し、渾身の力で横薙ぎに一閃。
ズドォォォンッ!
爆発のような音が轟き、並べられた拒馬が丸太ごと砕け飛び、木片となって四散する。
「なっ、馬鹿な!? 拒馬を粉砕しただとお!?」
「ひるむな! 槍で突き殺せぇ!」
グルテンの驚愕の声をかき消すように、彼の息子の一人が叫び、重装歩兵たちが槍衾を突き出す。
しかし、勢いに乗った青毛の巨馬と、黒衣の重騎士の運動エネルギーは止められない。
ルスラーナの黒甲冑が、青毛の馬に着せられた馬鎧が数本の槍を受けて火花を散らすが、彼女は構わず斧槍を振るい、突き出された長槍の柄を次々とへし折っていく。
防御網を食い破った『チョルニボフの黒姫』が、エルバニアの陣形内へと乱入した。
「ルスラーナ殿下に続けぇ!」
「「「うおおおおおッ!!」」」
こじ開けられた突破口へ後続の、騎士デュランダールを始めとするグレイヴェリア重騎兵一千五百騎が雪崩れ込む。
エルガ川の岸辺は、一瞬にして鉄と血肉がぶつかり合う大乱戦の場と化した。
ルスラーナが振るう斧槍は、大の大人が数人がかりでようやく持ち上がるほどの、超重量かつ長大な代物だ。
槍の穂先に巨大な斧頭、その反対側に鋭い突起が取り付けられており、状況に応じて斬る、突く、引っかける、叩くといったあらゆる攻撃が可能である。
本来、斧槍はその重さと長さゆえに、地面に足をつけて戦う歩兵が、騎兵を引きずり下ろすために使う武器とされる。
だが──ルスラーナは違う。
彼女が振るうのは、通常の数倍の大きさを誇る特注品。
それをあろうことか馬上で、しかも片手だけで、まるで指揮棒のように軽々と振るってみせるのだ。
並外れた膂力と、遠心力が乗った長大な斧槍の威力は、超が付くほど絶大。
ブォンッ!
と風を切る音がしたかと思えば、次の瞬間にはグシャリと嫌な音が響く。
斧槍の一振りで、重装歩兵の鎧ごともろともに、エルバニア兵は確実に一人、もしくは数人まとめて屠られていく。
逃げ惑う徴募兵たちの中で、数人だけ、場違いなほど華やかな装備に身を包んだ若者たちがいた。
中心にいるのは、金髪の美少年剣士。
その周りを、僧侶風の麗しい少女、魔術師風の玲瓏な少女、猫耳の可憐な武闘家少女が取り囲んでいる。
いわゆる『冒険者のハーレムパーティー』だ。
冒険者──国家間の枠組みを越え、大陸全土を活動範囲とする彼らの生業は、街の溝浚いから魔王退治まで多岐に渡る。
冒険者は、依頼仕事の斡旋組織『冒険者組合』に属している。
この戦場に紛れ込んでいたのも、エルバニア軍が冒険者組合に出した『侵略者撃退』の高額報酬依頼に釣られた、一攫千金を夢見る若き冒険者たちであった。
「みんな下がっていろ!
あいつはこの俺、勇者候補のアルドが倒す!」
「きゃーっ、アルド様かっこいい!」
「気をつけてくださいまし!」
「やっちゃえ、アルド様!」
美少年アルドは美少女たちにウィンクを送ると、自信満々に剣を抜き、ルスラーナの前に立ちはだかった。
「よう死神! 俺の聖剣イクスギャリンの錆に──」
アルドが格好よく決め台詞を言おうとした、その瞬間。
グシャアッ!!
ルスラーナの青毛の馬が、減速することなくアルドを正面から撥ね飛ばし、鉄の蹄で踏み砕いて通過した。
「──え?」
美少女たちが黄色い声を上げる暇もなかった。
彼女たちの目の前には、ただ赤黒い染みと化した『元・美少年』が地面にへばりついているだけ。
(……ん? 今、何か轢いたかしら?
まあいいわ、少し段差があっただけね)
ルスラーナは気にも留めず駆け抜ける。
呆然とする美少女たちは、殺戮の喧騒に巻き込まれ、無慈悲な血と泥濘の中に埋もれていった……。
「馬鹿な!?
Sランク冒険者パーティー『暁の明星』が、一瞬で!?
魔獣狩りの英雄として、エルバニアでも有名な奴らなのだぞ!」
グルテンは眼球が飛び出さんばかりに見開き、愕然とする。
グルテンが父グラハムに提案し、グラハムが国王に上奏して承認を得た、大金を叩いて雇った切り札の一つが、路傍の石ころのように蹴散らされた事実が信じられないのだ。
巨漢のエルバニア兵の首を、ついでとばかりに刎ね飛ばしたルスラーナは、グルテンの声を聞いて彼に向き直った。
グレイヴェリアにも、冒険者組合の支部はある。
戦争に明け暮れる支配者層が省みない被支配者層にとって、冒険者はなくてはならないもの。
だが、グレイヴェリアの冒険者組合には、国同士の戦争には加担しないという暗黙の不文律がある。
(……帝国の冒険者なら、国同士の戦には関わらないというルールを弁えているものだけど。
南の冒険者は、金になれば領分も忘れるのかしら?
──なら、死んで当然ね)
ルスラーナは、不文律を犯した愚か者たちへの軽蔑を込め、鼻を鳴らす。
「おい、そこのゴリラ顔。
神聖な戦に、部外者の冒険者を混ぜてたのか?
貴様らエルバニアは、我らグレイヴェリアを鉄蝗などと呼んでいるらしいが、ルールも守れぬ貴様らこそが『破戒の蛮族』だな!」
ルスラーナは青毛の馬を駆って肉薄し、逃げようとするグルテンを威圧するように、馬上で斧槍を高く振り被る。
「相応の報いを受けさせてやる──そこを動くなよ、首が切りにくいから!」
厳つい顔をしたグルテンを一撃で屠ろうとした時、一本の太矢が空気を裂いてルスラーナに迫った。
ルスラーナは斧槍を回転させて叩き落とす。
(この弓の威力──彼奴か!)
太矢が射掛けられた方を、エルバニア軍本陣が布かれた起伏を、骸骨面頬越しに睨みつける。
立派な甲冑を着て毛皮のマントを羽織った禿頭の偉丈夫──グラハム・レノックス伯爵が大弓を構えて立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
転生騎士団長の歩き方
Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】
たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。
【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。
【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?
※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。
転生調理令嬢は諦めることを知らない!
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる