アルディアからの景色

沼田桃弥

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第8章:(苺視点)

8-1:苺、買われる?

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 翌朝、苺は乾いた服を着た。ストラスがしきりにドレスを着るように言ってきたが、丁重に断った。


「あの……、本当に旧魔王城にある扉の前までで結構なので。ストラス様のお手を煩わせる訳には参りません」
「良いではないか。苺も私のことを好いてくれているのが分かったのだから。最後まで付き添うのは紳士の務めだ」
「はぁ……。分かりました。でも、そんな畏まった装いで行かれなくても」


 ストラスは鼻で笑うと、苺の額に軽くキスをした。そして、玄関へ行くと、栗毛の馬が一頭いた。ストラスは馬に跨ると、苺を自分の前に座らせた。


「では、行くぞ」
「よ、よろしくお願いします」


 ストラスは苺を乗せ、旧魔王城へ向かった。風を切って走る馬から見る景色はなんだか新鮮だった。それよりも、苺は背中に感じるストラスの温もりに緊張し、鼓動が早くなった。
 昨日、迷った小川に架かる石橋を通り過ぎ、真っ直ぐ続く道を進んでいる時、苺はある事に気付き、ハッとした。


「あっ! 甘果の実を持ち帰らないと! あの、あの崖の上に実ってる甘果の実を収穫させてく――」
「甘果なら鞄の中に入っているだろう?」
「いえ、苺は鞄の中に入れた記憶はございません」
「ほら、旧魔王城が見えてきたぞ」
「へっ? えっ? でも、甘果が無いと……」


 苺は鞄の中身を調べようと思ったが、そもそもストラスが鞄を肩に掛けているため、調べることすら出来なかった。
 旧魔王城の鉄門をくぐり抜け、ストラスは適当な場所で馬を止め、苺を馬から降ろした。ストラスは馬留めに馬を留めると、苺の手を取り、一緒に旧魔王城の地下へ進んだ。


「あの、そんな早足で行かれなくても……」
「なんだ、苺は抱き上げて欲しいのか?」
「いや、そういう事ではなくて! それと、鞄は自分で持ちますし、中身を見せてください」


 苺はストラスの手を引っ張り、足を止めさせた。ストラスは呆れた顔をし、鞄を苺に手渡した。苺は受け取ると、鞄の重さに驚いた。苺は鞄を地面に置き、中身を調べた。そこには、甘果の実が沢山入っていた。


「な、なんでこんなにも」
「甘果の実がご所望だったんだろう? 屋敷に実っていたものを入れておいた」
「あ、ありがとう……ございます」


 苺が呆然としていると、ストラスは再び鞄を肩に掛け、苺を立ち上がらせた。


「重い荷物を持つのは私の役目だ。なんなら苺を抱き上げる事も出来るぞ?」
「や、やめてください。苺は自分で歩けます」


 ストラスの冗談に苺は頬を膨らませた。それを見て、ストラスは小さく笑った。二人は扉の前につくと、扉を開け、中へ入った。一瞬、眩しい光に包まれ、目を瞑ったが、目を開けてみると、昨日通った通行所前だった。
 通行証を見せ、荷物検査を終えると、門をくぐり抜け、茶屋へ向かった。
 苺はいつもの光景を見て、ホッとした気分になった。一日しか経っていないのに、ここに帰ってくると、なんだか安心感があった。
 茶屋の暖簾をくぐると、女将が泣きそうな顔で苺に飛びつき、抱き締めた。


「苺、大丈夫かい! 心配したんだからね。無事で良かったわ。ごめんなさいね」
「すぐ帰ってくる事が出来ず、申し訳ありませんでした」
「ストラス様もわざわざ手紙をくださり、そして、苺をここまで連れてきてくださって……ありがとうございます」


 女将はストラスに深々と頭を下げた。苺も今一度、ストラスに感謝の意を示した。
 苺はストラスから鞄を受け取ると、両手で抱えて、台所へ行き、甘果を棚にしまった。そして、お茶を淹れ、ストラスの元へ戻った。


「ストラス様、お茶がはいり――」
「ストラス様、いくらなんでもそれは困ります!」


 苺が台所から出てきて、ストラスに声を掛けようとした時、女将が声を荒らげ、袋をストラスに突き返していた。その袋からは金貨が溢れるように床に落ちていった。


「だから、苺を買い取ると言っているんだ」
「ですから、何度もお伝えしましたが、出来ません! お引取りください!」
「――ど、どういう事?」


 苺は混乱し、お盆に乗せたお茶を誤って床に落とし、湯のみを派手に割った。その音に気付き、女将はハッとし、襟を正し、咳払いをした。
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