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2巻
2-2
しおりを挟む「君を抱くのは二週間ぶりだったのに……仕事だなんてツイてない」
そう言って冬季は、寝室のクローゼットを開ける。そして着ていたシャツを脱ぎ、スーツへ着替え始めた。
彼の身体は相変わらずスタイルがよかった。しかし彼の下半身は、服の上からでもわかるくらい反応している。
「先にトイレに行った方がいいかもよ」
「侑依が抜いてくれたら、そんなことしなくていいんだが?」
ネクタイを結ぶ彼を見つめていた侑依は、おもむろにベッドから下りた。
彼の前に立つと、冬季のベルトを引っ張る。
「……ベッドに座って冬季さん」
一瞬驚いた顔をした彼は、すぐにフッと笑って素直にベッドに座った。
「久しぶりだな、侑依にしてもらうの」
「仕事行かなきゃいけないんでしょ?」
侑依は床に膝をつき彼のベルトを外す。
どこか嬉しそうな彼を見上げて、躊躇いながらもスラックスのボタンを外した。
「しばらくしてないから、期待しないでね」
「ああ」
我ながら、どうしてコレをする気になったのか不思議に思う。冬季にしかしたことはないが、最初はすごく抵抗があった。
でも、彼がこのまま仕事に行くのは、いろいろと障りがあるから仕方がないのだ。
そう自分を納得させて、侑依はゆっくりスラックスのジッパーを下げる。すると、先ほどよりさらに興奮した彼のモノが目に飛び込んできた。
下着をずらしただけで飛び出てくるそれを、侑依はそっと指先で撫でる。もう片方の手でティッシュを取って準備していると掠れた声で名を呼ばれた。
「侑依」
行為を促すように、彼の大きな手が侑依の頬を撫でる。
侑依は唇を開き、彼の先端を軽く食む。それから舌で側面を撫でながら、口腔へ迎え入れた。
「……っ」
小さく漏れた吐息。口の中で冬季のモノが質量を増した気がした。
侑依は、歯を立てないように気を付けながら緩やかに唇を動かす。硬度が増すとともに、はっきりと感じ入っている冬季の息遣いを感じる。
侑依は舌と唇で彼のモノを愛撫しつつ、冬季の足の付け根を撫でた。
彼は片方の手で侑依の頬を撫で、もう一方の手を髪の中に入れてくる。
「上手く、なったな」
そんなことを、色っぽい声で言われて嬉しくなる。
初めて彼のを口でした時は、かなりたどたどしかったと思う。けれど彼は、気持ちいいと言ってくれた。見ているだけで興奮すると。
侑依は、もっと彼に気持ちよくなってもらいたくなった。だから、本やネットで調べて、少しずつ舌の動きを大胆にしていき、今に至る。
上手くなったかどうか自分ではわからないが、彼がそう言うのならよかったと思う。
裏筋を舐め上げ、先端を吸ってもう一度唇の中に迎え入れると、冬季の腹筋が締まったのがわかった。
見上げると、気持ちよさそうな表情の冬季がいた。
目を閉じ、少しだけ呼吸が速くなり、侑依の頭を引き寄せてくる。
……侑依の唇で感じる冬季を見るのは、かなりの眼福。
眉を寄せた彼は、「はっ」と息を吐き、侑依の髪に指を絡めた。
「もう、イク……っ」
切羽詰まったような冬季と目が合う。その表情を見ただけで、侑依の下腹部が疼いた。
彼と繋がりたいという強い欲望が、侑依の中で渦巻き始める。けれど、それは叶わないのだと思うと、つい彼のモノに少しだけ歯を立ててしまった。
「侑依っ」
それが刺激になったようで、髪を掴む彼の手に力が入る。
侑依は冬季のモノから唇を離し、ティッシュを被せて指で擦った。
「……っ」
低く呻いた彼は自身を解放し、欲を吐き出した。
はぁ、と色っぽく息を吐きながら冬季が髪を掻き上げる。
「……歯を、立てるな」
そう言って見つめてくる視線に、侑依の中がキュッと疼く。
そして、自分でも濡れてきたのがわかった。
「まだ、硬い」
彼のモノに触れ、上下に扱く。
「イッたばかりだからな……」
触れたからか、冬季自身が再び芯を持ち始める。それを見て、侑依の方が堪らなくなった。
ベッドサイドの棚から避妊具を取り出し、無言でショーツを脱ぎ捨て彼の身体に乗り上げる。
「ちょっ……侑依……っ!」
冬季のモノを手で支えながら避妊具を被せ、自分の中に入れていく。
彼は唇を微かに開き、小さく声を上げた。
「仕事だと、言った……っ」
眉を寄せ快感に耐える顔が、侑依の目に映る。それが酷く官能的で、侑依の中が無意識に締まる。
お腹の奥でぐっと質量を増していく冬季に、彼も感じているのだと伝わってきた。
「だって、私が……堪らなくなっちゃった、から」
はぁ、と熱い息を吐いた彼が、腕時計を見た。
グッと眉を寄せた後、冬季が侑依の身体を強く抱きしめてくる。
「この……魔女が……」
そう言うなり、髪を強く引っ張られ噛みつくようなキスをされた。そのまま、ベッドへ押し倒される。
「着替え確定じゃないかっ」
彼は侑依の腰を両手で掴み、激しく身体を揺さぶり始めた。
「ごめんなさ……っあ!」
「ったく、君は……っ」
まだ少し時間があると言った彼に、本当はもっともっと愛して欲しいと口に出せない思いを抱いた。
悪いと思いながらも、自分にしか見せない余裕のない冬季に、幸せな気持ちでいっぱいになる。
気持ちよくて、イキそうで。
短い時間の中、侑依は冬季と濃厚に愛し合うのだった。
2
「引っ越しは済んだのか?」
月曜日。出勤した侑依が事務所の机にバッグを置いたところで、坂峰優大が声をかけてくる。
侑依の勤める坂峰製作所は、小さな町工場ながら高い技術力を武器に、国内外の幅広い企業と取引のある会社だった。
優大はその社長の息子である。
彼は侑依より早く出勤しており、出勤簿に判を押していた。
優大とは、入社当時こそいろいろ対立もしたが、今では気心の知れたよき友人、よき同僚といった関係を築いている。
侑依の離婚理由を知っている彼には、なんだかんだと心配や迷惑をかけているので、頭が上がらない。
口の悪いところもあるが、優大は大人で口が堅く、名前の通り優しい人だった。
バカみたいな理由で離婚した侑依を責めることはないが、チクチクと正論を言ってくるところにも、実は感謝していた。
「おかげ様で。まだ全部は片付いてないけどね」
「まぁ、引っ越しも三回目となると、いらないものが無くなってて早いだろうしな」
思わず言葉を詰まらせる侑依に、優大がフッと笑った。
「引っ越し好きだな、お前」
さらにグッとなり、侑依は彼を軽く睨んだ。
「事実だろ」
「……そうね、そうだわ」
引っ越しが好きなわけではないが、回数だけなら確かに引っ越し魔とそう変わらないだろう。
「でもね、引っ越しはこれで最後だから。もう大丈夫」
「そうか」
優大はそれだけ言うと、笑って侑依の頭をポンポンと叩いた。
「いろいろ整理できてよかったな。ちゃんと幸せになれよ、侑依」
彼には、ずっと心配をかけていたと思う。結婚する時も、離婚する時も。
最初は反発し合って仲良くなかった彼が、まさかこんなにも自分にとって大きな存在になるとは思わなかった。
男だけど親友のような、そんな相手だと思っている。
さりげなく人を気遣える彼は、きっといろいろなタイミングを見計らって見守ったり、話しかけたりしてくれていたのだろう。
本当に彼には頭が上がらない、と侑依は心が温かくなるのを感じた。
「今度こそ、ちゃんと幸せになる。……いつもありがとう、優大」
「はいはい」
優大はそうおざなりな返事をして、席を立った。
「もう、何、その言い方」
「お前に説教垂れるのは、もう御免だからな」
彼はそう言って、侑依の頭を再度ポンポンと叩き、事務所を出て行った。
その背を見送り、侑依はパソコンを起動させる。
そして思い出すのは今朝のこと。
土曜日に仕事で呼び出された冬季は、日曜日も仕事だった。夜遅くに帰ってきた彼は、疲れていたのかベッドに入るなり撃沈。
相変わらず忙しい人だと思いながら、侑依も彼の隣で眠った。
そして今朝。目覚めた侑依の目の前に、珍しくまだ眠っている彼がいた。
ああ、また冬季と一緒に住み始めたのだ、と深い感慨とともに彼の寝顔を見つめていると、冬季が目を覚ました。
まどろみの中、侑依を見てほんの少し微笑んだ彼の髪に、自然と手を伸ばす。
そうすると冬季はじっとこちらを見つめたまま口を開いた。
『朝の習慣が復活するのか?』
その言葉にドキッとする。
結婚していた時、侑依は朝一番に彼の髪に触れていた。
彼の髪は癖がなく、手櫛で整えるだけで綺麗にまとまる。それを羨ましく思いながら、毎日冬季の髪の毛を手で梳いていたのだ。
それをすると髪をセットしやすいようで、彼の方から今日はしないのかと聞いてくるようになった。
それからずっと、侑依は朝起きて最初に冬季の髪の毛を手で梳くのを日課としていたのだ。
侑依の手に自分の手を添えた冬季が、目を細めて『続けてくれ』と言った。
その表情がなんとも言えず優しく色っぽくて、侑依はドキドキしながら彼の髪の毛を梳いた。
好きな人と暮らす日常が戻ってきたのを実感した。
毎朝、彼の髪の毛に触れるという特別なコミュニケーションは、侑依だけのものだ。
何気ないこの時間が、胸がくすぐったくなるほど幸せなのだと知った。
なんで顔を赤くしているのかと聞かれて、素直にドキドキするからだと伝えたら、朝から濃厚なキスをされて大変だったが。
「はぁ……」
これからはまた、あの朝を彼と迎えられるのだ。
そう思うと、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。この幸せのために、自分はもう迷ってはいけないと心から思った。
大好きな冬季と、もう一度ともに歩く。
侑依は彼との未来に思いを馳せ、胸がいっぱいになるのを感じるのだった。
* * *
仕事を終えマンションに帰ると、侑依の携帯に冬季から帰りが遅くなると連絡が入っていた。
「冬季さん、やっぱり忙しいんだなぁ……」
復縁を約束してからは、時々彼のマンションに泊まるようになっていたが、夕飯を一緒に取れたのは数えるほどしかない。
「前に一緒に住んでいた時も、最初は寂しかったっけ」
――彼と一緒に住み始めたのは、入籍する少し前のこと。
引っ越した日は、熱い夜を過ごした。なのに、その翌日から帰りが遅くなり、ほとんどイチャイチャできなくなった。
もともと忙しい人だと知っていたけれど、同じ家にいて顔を見られないのはやっぱり寂しい。
侑依も女なので、好きな人には傍にいて欲しいとか、もっとラブラブしたいとか思っていたので、すれ違いの日々にシュンとした記憶がある。
しかし、彼の仕事が一段落すると、一緒に婚姻届を提出しに行き、甘い日々がしばらく続いた。
「あれは、冬季さんの事務所が新婚だからって、配慮してくれたのかも……」
今も変わらず冬季の帰りは遅いが、侑依が起きている時間には帰ってくるし、夜も普通に身体の関係を求められたりする。
それこそ、お互い夢中になりすぎて、翌日眠気を引きずって仕事をする羽目になるくらい。
「まぁ、でも、不思議と不安はなかったりするんだよね……」
意地を張ったせいで回り道をしたが、こうしてまた一緒に暮らしている。
だからなのか、寂しいのは寂しいが、不安を感じるほどではなかった。
今思えば、可愛くないことをたくさんしてしまったな、と反省するばかり。
もともと意地っ張りな性格だけど、あんなにも彼に意地を張ってしまったのは、もしかすると寂しさや不安の裏返しだったのかもしれない。
そんなことを考えながら、侑依は一人分の夕食を作り始めた。
手早くキノコたっぷりのクリームソースを作り、買ってきたニョッキをゆでる。
サラダはカップに入った出来合いのものを買ってきた。
簡単な夕食を済ませて、お風呂に入ることにする。
一人だと湯を張るのがもったいなく思えて、シャワーで軽く済ませた。髪の毛をタオルドライで乾かしつつ、リビングのソファーでボーッとする。
手持無沙汰で、侑依はテレビのスイッチを入れた。
久しぶりに見る大画面テレビの迫力に、目がチカチカする。
「……優大も大画面のテレビを買ったって言ってたし、男の人は大きい方が好きなのか?」
侑依は、アパートから持ち込んだ小さいサイズのテレビがちょうどいいと思った。
適当にチャンネルを回しながら、しばらく大画面の映像を眺める。しかし、最近ほとんどテレビを見ていなかったせいか、何を見ても面白く感じない。
侑依はため息をついて、テレビを消した。そして、まだ濡れている髪の毛を乾かすために、ソファーから立ち上がる。
洗面台へ行ってから、自分のドライヤーを持ってくるのを忘れたと気付いた。引き返そうと思って、ふと広い鏡台の一角にドライヤーが置いてあるのが目に入る。
「これ、結婚した時に買った冬季さんのだ……お店で値段見たら意外と高くてびっくりしたっけ……でも風が心地よかったんだよねぇ……」
綺麗に片付けてあるドライヤーをじっと見て、少し考える。
そして侑依は、おもむろに冬季のドライヤーを手に取りスイッチを入れた。
「わ、やっぱり違う。凄くいい感じ」
風の当たりが柔らかいのに、きちんと乾くのがいい。侑依が持ってきたドライヤーは特売で買った安ものだ。髪さえ乾けばいいや、とリーズナブルなものを揃えたのだが。
「やっぱりお金をかけると、違うんだなぁ……」
しみじみとつぶやきながら、侑依は目を閉じて髪の毛を乾かす。
「お金をかければいいってもんじゃないだろう」
その時、後ろから声をかけられて、びっくりして目を開く。
振り返ると、スーツを着た冬季が洗面所の入り口に立っていた。彼は無言で、侑依に近づくとその手からドライヤーを奪う。
「乾かしてあげるよ」
「だ、大丈夫だから」
「君は、髪を乾かすのが下手だ」
ムッと、眉を寄せる侑依に構わず、冬季は温風を調節し侑依の髪を乾かし始める。
確かに彼は、侑依より髪の毛を乾かすのが上手だった。
初めて髪を乾かしてもらった時は、あまりの気持ちよさにうっとりしたものだ。
なのに、こういうことを異性にされたことがなかった侑依は、照れ臭さからつい生来の意地っ張りが顔を出し、もう絶対しないで、などと言ってしまった。
「今日はどうだった?」
「一日のこと?」
冬季に聞き返すと、鏡越しに頷くのが見えて、今日のことを思い返す。
「特に何もなかったよ?」
「坂峰が何か言ってこなかったか?」
ああ、と思って侑依は笑う。
「なんか、優大にはいつも心配かけてるみたい」
「……そうか。例えば?」
「うーん、まぁ、いろいろよ」
侑依がそう言って微笑むと、冬季がムッとした顔を向けてくる。
「相変わらず、坂峰と仲がいいな」
凄く表情が変わるとかではないけれど、侑依には彼が不機嫌になったのがわかった。
そんな冬季に、侑依はどこかホッとしたような、嬉しいような気持ちになる。
ああこの人は、私のことが本当に好きなんだ、と実感できるからだ。
冬季の気持ちを確かめようとして優大の名前を出したわけではなかったけれど、侑依は自然と微笑んでいた。
「仲いいよ。だって一緒に仕事をする仲間だしね。最初は衝突もしたけど、今はいろいろとわかり合える親友みたいなものだから」
「ああ、そう」
「またそんな素っ気ない返事……そっちこそ、千鶴さんと仲がいいじゃない。あんなに美人なのに、なんで彼女とくっつかなかったの?」
千鶴というのは、冬季が働く比嘉法律事務所でパラリーガルをしている女性だ。
「大崎さんは同僚だろう」
硬い声で反論されたので、侑依も少し声を低くして言い返す。
「私だって同じだよ。優大は同僚だし、一度もそんなこと考えたことない」
侑依の髪に触れ、乾いたのを確かめると冬季はドライヤーのスイッチを切った。それを適当に洗面台に置くと、侑依の身体を自分の方へと向けさせる。
「本当に?」
冬季は侑依を腕の中に閉じ込めるように、両手を洗面台について身体を近づけてくる。
応援ありがとうございます!
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