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2巻
2-3
しおりを挟む「もう、近いよ……そっちが勝手にそう思ってるだけでしょ?」
軽く冬季の肩を押すがびくともしない。離れる気はないということだろう。
「僕も、大崎さんと付き合おうとは一度も考えたことがない」
「じゃあ、それでいいじゃない。それとも、なんでもないのに嫉妬するほど、私のことが好きなわけ?」
侑依が冗談めかしてそう言うと、冬季はいたって真面目な顔で頷いた。
「ああ、そうだ。君のことが好きだから、坂峰の存在は目の上の瘤だね」
そのストレートすぎる言葉に、侑依は言葉が出なくなってしまう。
お互いに同じ気持ちだから、こうしてまた一緒に暮らし始めた。
だから、こんなことで動じる必要はないし、顔を赤くすることもない。
でも、侑依の心臓は苦しいくらいに高鳴り、顔が熱くなってくる。
冬季はいつもこうしてまっすぐに気持ちを伝えてきた。
こちらが冗談みたいに言っても、彼はそうじゃなくて……
真面目で硬い人。ストレートな物言いをするから誤解されることもあるけど、本当は優しくて思いやりのある人だ。
こんな素敵な人がモテないはずがない。きっと彼は、その整った容姿だけでなく、内面が素晴らしいからこそ、こんなにも人を惹きつけてしまうのだろう。
「私だって……冬季さんの周りにいる女の人は、いつだって目の上の瘤。でも、冬季さんが私だけを見てくれているって、ちゃんとわかってるから」
侑依は冬季の肩にそっと手を添えて、唇に触れるだけのキスをする。
そのまま彼の首に手を回し、抱きしめた。
「大好きよ、冬季さん。優大は友達で同僚。冬季さん以外に、私がこうする人はいないから」
彼が息を詰めたのがわかった。そして回した腕から、彼の体温が上がっていくのがわかる。
「本当に君は、いつも狡い」
冬季は強く抱きしめ返した後、少し身体を離して侑依を洗面台に押し付ける。
瞬きをして彼を見ると、彼の目は欲情の色を湛え、はっきりと侑依が欲しいと言っていた。
「僕は君に溺れ切ってるから、どんなことがあっても結局は許してしまうし、いつだって欲しくて堪らなくなる」
冬季は侑依の唇を親指で開かせ、最初から濃厚なキスを仕掛けてきた。
あっという間に舌を絡め取られ、強く吸われる。濡れた水音が耳に届き、侑依の欲望が引き出された。
「んっ……んふ」
脇腹を撫でていた彼の手が、寝間着の下から入り込み素肌を撫でる。それだけで身体が震え、腰の辺りが疼いてしまう。
下衣にも手が滑り込んできて、ショーツの中を探られた。
「……っあ!」
自ら唇を離し、侑依は声を出してしまう。
「濡れるのが早いな、侑依」
クスッと笑った彼を軽く睨んで、ベルトの下に軽く触れる。
「そっちこそ……っん!」
冬季の前もすでに大きく反応していた。彼は指で侑依の隙間を撫でながら、敏感な尖った部分を摘まんでくる。
「もう入れても支障なさそうだ」
「支障って……ゴム、ないでしょ?」
もう、と思うのはこういう時。
彼の言葉はストレートで、事務的で、だからこそムッとする。なのに、いつも冬季の言葉に感じてしまう侑依は、Mなのかもと思ってしまう。
せっかくシャワーしたのに、と次第に大きくなる水音に息を詰める。これはもうショーツを替えないといけない、と思うくらい布地が濡れていた。
「ゴムは、ないな」
そう言って冬季が侑依に、啄むようなキスをする。
「君の中に何もつけずに入れるのが、恐ろしく気持ちがいいと離婚してわかった」
彼は侑依の首筋にもキスをした。同時に、熱く蕩けた隙間に指を一本入れてくる。
思わず腰を揺らすと、耳元で彼が笑った。
「僕を待っているようだな、侑依」
「あ……だって、そんな風に触るから……っ」
首に回した手が滑り落ち、彼のスーツの襟を掴む。
冬季とは、行為の際はいつも避妊していた。
侑依は彼と結婚した時、どうして避妊するのかと聞いたことがある。そうしたら、『まだ出会って短いから、もう少し二人でいたい』と言われた。
「まだ二人がいいんじゃないの?」
「もう、二人でも三人でもいいかと思って」
それは、これからの夫婦としての未来を考えているということだろうか。
「いいの?」
「君は今日、危険日だろう? 早く入れさせてくれ」
そう言って彼は、侑依の寝間着の下を脱がせた。
すっかり濡れてしまったショーツも一緒に下げる。少し足を浮かせて脱がせるのを手伝うと、そのまま腰を引き寄せられた。
彼がベルトを外し、スラックスの前を開く。
下着をずらすと反応しきった彼のモノが出てきた。
その大きさを見て、無意識に息を呑む。
冬季は位置を調整すると、一気に侑依の中へ自身を押し入れてきた。
「あっ……ぅ」
急な圧迫感に、息を詰める。
けれどすぐに馴染むのがわかっているので、侑依はゆっくりと息を吐き出した。
「悪い、いきなりすぎたか?」
「……っん、だいじょう、ぶ」
彼を見上げると、とても気持ちよさそうな顔をしていた。
侑依を見る目が凄くセクシーで、何かを耐えるように眉を寄せるのが堪らなく腰にくる。
無意識に腰を揺らす侑依に、彼は吐息とともに微笑み、さらに身体を押し付けてきた。
「君の中、温かくて、狭くて……気持ちいい」
その言葉に身体の奥がキュッとなるのを感じた。
彼は小さく息を吐き出し、ゆっくりと律動を始める。
「これだと、すぐにイキそうだ……」
微かに笑って、彼は少しずつ動きを速くしていく。
「私も……冬季さん、帰ってこないから……ちょっと、寂しかった……」
心の中も、身体の中も、もっと冬季でいっぱいにしてほしい。
もう二度と、あんな馬鹿なことを考えないように、侑依の全てを愛して欲しかった。
「悪かった。でも、寂しかったのは僕も同じだ」
冬季は侑依を抱き上げ、洗面台に座らせる。
「あっ!」
彼のモノが抜けそうになったと思ったら、一気に最奥まで突き入れられた。
たちまち指先まで痺れるような快感が駆け巡る。
彼が動くたびに、洗面所に濡れた音が響く。
服の上から胸を揉み上げていた彼は、焦れた様子で寝間着をたくし上げ直接肌に触れてくる。
「好きだ、侑依、愛してる」
そう言ってキスをしてくる。深いキスを受け入れながら、彼の大きなモノで身体の内側をいっぱいにされて、本当に堪らない。
でももっと満たして欲しいと思うのは、きっと侑依が欲張りだからだ。
「……っとうごいて」
もっと侑依に、冬季の熱を打ち付けてほしい。
後から思い出して凄く恥ずかしくなるだろうけれど、今はただ彼から与えられる快感に酔いしれていたかった。
彼を引き寄せるように、腰に足を絡ませる。
冬季との結合がより深くなって、侑依は快感に身体を震わせながら喘ぎ声を上げた。
「言われなくても……っ」
彼はより動きを激しくし、侑依の中を愛する。
洗面台の鏡に背中がつくほど強く彼に覆いかぶさられた時、これ以上ないほど嬉しくて気持ちよかった。
再び冬季と一緒に住み始めてのセックス。
明日の仕事に響くと頭で思いながらも、侑依は彼の広い背中に手を回すのだった。
3
侑依が冬季と暮らし始めてそろそろ一ヶ月という頃。
いつも通り朝食の席についたところで、いきなり冬季から旅行に行こうと言われた。
「は?」
思わず聞き返すと、彼は首を傾げつつ同じ言葉を口にする。
「旅行に行かないか、侑依」
こういう時、淡々と同じ内容を繰り返すところは相変わらずだ。
「なんでまた、急に?」
「まとまった休みが取れそうなんだ。二泊三日と言わず、三泊してもいいな。近場なら海外に行ってもいい」
冬季が朝食の卵焼きをテーブルに置き、侑依の前の席につく。
今日は彼が朝食を作ってくれたのだ。
薄切りの雑穀パンと焼いた厚切りハムが一枚、そして卵焼きとミニサラダ。
いつも彼は、パンの時も卵をスクランブルエッグではなく、卵焼きにする。
その理由は、ホテルのようなスクランブルエッグにできないから、ということらしい。
「そうなんだ……でも、急じゃない? そんなにまとまった休みが取れるなんて」
卵焼きに箸を入れながら尋ねる。
「ちょうど、大きな仕事が一つ落ち着いたからな。仕事が一段落したら、まとまった休みを取るように言われているから」
「そうなのね、知らなかった」
「以前は、君とそういう話をあまりしなかったからね。話す時間もなかったし。でもこれからは、もっと自分のことを話すようにするよ」
そう言って静かにコーヒーを飲む彼を、新鮮な気持ちで見つめる。
確かに、以前一緒に住んでいた時は、彼と会社や仕事の話をほとんどしたことがなかった。弁護士という仕事柄、彼に話せないことが多いのはわかっている。
それでも、互いの休みや会社の諸事情については、もっと知っているべきだった。
結婚して半年も一緒に暮らしていたのに、お互いにまだ知らないことがたくさんある。
それを残念に思った。
「……うん。坂峰製作所ではね、納期が近い時以外だったら、自由に有休を取っていいの。夏休みとは別に、三日から四日くらいの連休を、年に二回取るように社長から言われてるんだ」
「そうか」
パンを頬張ると、冬季が笑いながら侑依の口元に手を伸ばし、パンくずを払ってくれる。
「もっと早く、いろいろ話していたらよかったな」
「そうね……もっと、話していたらよかったのに、しなかったね」
それどころか、短い結婚生活のほぼ半分を、ほとんど会話もなく過ごしていた。
本当に、なんてもったいないことをしたのだろう。
「これからは、もっとこうやって、いろんなことを話していきたいね。……さすがに、結婚も離婚も早すぎたし」
侑依が俯くと、冬季は伸ばした手で侑依の顎を持ち上げ、綺麗に微笑んだ。
「離婚は早すぎたが、結婚は早すぎたとは思わない」
そうして彼は、侑依の頬を一度撫でてから手を離す。
「今でも僕は、結婚はお互いにとっていいタイミングだったと思っている。好きな相手が傍にいるのは最高だと、侑依も思っていただろう?」
侑依は冬季の言葉に胸が熱くなった。
そうだ。確かにあの時、侑依もそう思った。
冬季がずっと傍にいる、ずっと一緒にいてくれる――
それが本当に幸せで嬉しくて、毎日結婚指輪を眺めて暮らした。
「そうね、そうだった」
再び自分の指に戻された結婚指輪を見て、侑依は微笑む。
「どこに行きたいか考えておいてくれ。新婚旅行では行けなかったから、海外に行くのもいいと思っている」
「海外かぁ……行ったことない」
「そうだったな」
新婚旅行の行き先について相談し合った時、外国へ行ったことがないと話したことがあった。
でも結局、新婚旅行は急遽決めた北海道となり、しかも大雪で身動きが取れなくなるという経験をした。
あれはあれで、とてもいい思い出だ。
思い出すと今でも顔が熱くなるほど、冬季と濃密に抱き合った時間だった。
「僕はどこでもいいんだが、温泉もいいな、と思ってる。君も行きたいところがあったら言ってくれ」
「温泉か……いいね。今はペンションでも温泉の付いているところがあるし……少しいい旅館だったら内風呂も付いてると思うし、いいかも」
すでに行くのが決まったみたいに話している。
こんなに幸せで本当にいいのかなと思うところはある。
けれど、せっかく再び冬季と一緒に暮らし始めたのだから、少しくらい恋人らしいことをしてもいいだろう。
侑依は目の前の冬季に向かって微笑んだ。
「なんかもう、がぜん行く気になってきた……楽しみ!」
「当然、僕は旅行に行くつもりだ。きっと君より、僕の方が楽しみにしていると思う」
冬季はこうして、侑依の気分をよくしてくれる言葉を口にする。
生来の意地っ張りが顔を出し、素直に気持ちを口にするのを躊躇ってしまうが、自分だって本当に凄く楽しみにしているのだ。いつだって上手く言えないのは自分の方。
だけど……
「うん、楽しみ」
侑依はそれだけ答える。抑えようとしても、どうにも顔が火照ってくる。
大好きな人が、侑依と一緒に旅行をするのが楽しみだと言ってくれた。
その言葉に、心臓が高鳴るのを止められなかった。
* * *
冬季から旅行に行こうと言われたものの、なかなか行き先が決めきれなかった。
あれからすでに四日ほど経つが、未だにまったく思いつかない。
海外にはとても惹かれるけど、侑依はそもそもパスポートを持っていなかった。そのため、申請するところから始めなければならない。
彼のまとまった休みが近々だとすると、間に合わない可能性がある。
それに何より、どこに行きたいか考えれば考えるほど、場所が絞れなくなってしまった。
「はぁ」
事務仕事の合間にため息をつく。危うく、数字の打ち込みを間違えそうになった。
まだ昼休みには早いが、気分転換をしようと給湯室へ向かった。
もう少ししたら社長の大輔が銀行から帰ってくる。
それに合わせて、コーヒーメーカーにコーヒーをセットした。
一緒に、お昼に飲む従業員用のお茶も確認する。しかし、給湯室に置いてあるやかんの中身は、空だった。
「あら……奥さんお茶沸かしてなかったんだ……って、今日は私だ。もう、上の空で仕事してたの、バレバレっていうか……」
大輔の妻も事務員として坂峰製作所で働いている。
いつもは、侑依か奥さんかのどちらかが、コーヒーを淹れたり、お茶を沸かしたりしているのだが、今日は奥さんも大輔と一緒に銀行へ行っていたのをすっかり忘れていた。
外出する時に「お願いね」と、頼まれていたのを思い出し、侑依はもう何度目かわからないため息をつく。
急いでやかんに水を入れ火にかける。それから茶葉を用意して……と、給湯室と事務室を無駄にウロウロしてしまった。
なんとか昼休みに間に合って、従業員の休憩室へお茶の入ったやかんを持って行く。
まだちょっと熱いかもしれないけど、勘弁してほしいと侑依は心の中で手を合わせた。
気持ちを切り替えて仕事に没頭していると、すっかりお昼を過ぎてしまった。
「侑依ちゃん、ご飯食べたのかい?」
銀行から帰ってきた大輔がのんびり聞いてきた。
「遅くなってごめんなさいね。銀行回りの後、出荷先の社長と会っていたから、思ったより時間かかっちゃって。午前中、ありがとうね」
大輔の妻からもねぎらわれて、いえいえ、と首を横に振る。
「大丈夫です。私もちょっと、考えごとしてて仕事が遅れちゃって。ご飯は今から」
「そうか。美味しいパンがあるんだけど、よかったら食べるかい?」
大輔がパンの入っている袋を差し出してくる。それを見て、侑依は笑みを浮かべた。
「いいんですか? 嬉しい、お腹減ってたんです!」
「それはよかった。ゆっくり食べておいで」
大輔と奥さんの二人は、事務所の奥にある来客用のソファーへ行き、何やら話をするようだった。
侑依はそれを見送った後、従業員の休憩室へ移動する。
空いている席に座り、大輔が買ってきてくれたパンを広げた。
いつもは朝のうちに、出前のお弁当を頼むのだが、今日はそれも忘れてしまったから正直とても助かった。
ありがたくカレーパンにかぶりつくと、作業着を着た優大が同じパンの袋を持って休憩室に入って来た。
「あれ、お前もメシまだだったの?」
「うん、ちょっと午前中ぼーっとしちゃってて……ごめん、やかんのお茶熱いかもしれない」
「まぁ、ちょっと熱いくらい、いいんじゃないか? 飲めるんだし」
そう言って、優大も空いた席に座り、袋の中からカレーパンを取り出しかぶりついた。
優大の言葉に、ちょっとだけ救われる。
「パン、同じもの買ってきてくれたのかな?」
「好みを全て知ってるわけじゃないし、無難なやつを買ってきたんじゃないか? でも、ここのパン、どれも美味いよな」
「そうだね」
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