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04.魔法と気闘
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朝起きると、キリーナに着替えさせられた。
制服ってやつだ。この世界にもあるんだろう。
服は麻袋に穴を空けただけのような、ゴワゴワの服。なんとも立派。
着替えた後に集められた場所は、砂利が敷き詰められた長方形の広場。周囲は森に囲まれている。
「組ごとに並べ!」と壮年の男性が怒鳴っている。
それぞれの小屋の集団が縦に並び始めるのを見て、俺たちも縦に並んだ。
セミラはなぜか、俺の後ろにぴったりくっつくように立つ。顔を見ると、目を細めている。
「気にしないで」と言われたので「気分が悪くなったら教えてね」とだけ言っておいた。
横を見ると、他の組は3人1組になっている。
俺たちの組は端数らしい。
さらに奥を見ると、体格の大きい集団がいた。
後で聞いた話だと、あれは10歳の集まりらしい。カグンは10歳で訓練所に入ったと言っていたので、あちらの組に入ったのだろう。
校長の話はなかった。無理やり宣誓文を読み上げさせられただけだ。
宣誓文の内容は『戦士として、死ぬまでバガンの民のために尽くします』というような意味だった。
宣誓式を終えた後、セミラの目がおかしいことに気が付いた。
昨日の夜は赤かったのに、今は灰色になっている。
「セミラ、それ大丈夫?」
顔を無理やり見ようとしたら、腕を掴まれた。
万力のように腕が締め付けられる。
「痛い! セミラ痛い! もげる!」
俺が叫ぶと手を放してくれた。腕には、強く握られた跡が残っている。
(握力つっよ!)
そんなに強く握っているようには見えなかった。
セミラ君には優しくしよう。二重の意味で、そう決めた。
一部始終を見ていたのか、キリーナがすぐにやってきた。
「大丈夫ですか?」とセミラに状態を聞き、何かを思い出したように上を見た。
空を仰ぎ、細く息を吐いた後、俺たちを見下ろす。
「ハイヤーン、この目は大丈夫です。問題ありません」
「目は見えるんですか?」
「ええ、セミラの目は、少し光に弱いだけです」
セミラの頭を撫でながら、疲れたようにそう言った。
セミラから手を離すと、キリーナの目には少し力が入っていた。
「これから勉強を教えます。私についてきなさい」
そう言れて俺たちは、昨日初めて会った部屋に案内される。
「あなたたちにはこれから毎日、文字を書いてもらいます」
キリーナはおちょこのようなものを取り出し、俺たちの前に置く。
カンナで削ったような薄い木の板と、羽ペンを渡された。紙はない。
おちょこにインクを垂らした。それに羽ペンを付けることで文字を書くようだ。
「これからカウン文字と、魔法文字を教えます。文字が扱えなくては戦士になれません。戦士になるためには、必ず覚えなさい」
キリーナはそう言って国語の授業を開始した。
まずは我らが母国、カウン文字。これは表意文字だった。漢字みたく1,2文字で意味が伝わる文字。覚えるのに苦労するやつ。
魔法文字は、アルファベットみたいな文字だった。音がそのまま字になっている文字で、文字自体は覚えやすい。
いきなり2言語の授業である。
キリーナが文字を書くから、真似して書いて覚えていく。
ついでに文字も読み上げながら書く。
隣の部屋からも、同じようなことをしている声が聞こえた。
俺は小さいころからウンマーさんに文字を習ってた。それに両方の文字の感触も、なんとなく英語と日本語みたいで触りやすかった。
でもセミラは違ったらしい。何度もキリーナに書き直しを命じられている。
しかしセミラは灰色の目を細めながら、勉強を続ける。
ひたむきに勉強する姿勢には、どこか必死さを感じた。
(ここを追い出されたら、行く当てがないんだもんな……)
助けてあげようという気持ちが、より一層強くなった。
====
午後は広場に出て運動をする。
広場にはすでに、他の組が出てきていた。
「あの四隅に立っている石柱の外を走りなさい」
キリーナは、砂利が敷いてある広場の隅を指さした。
指の先を見ると、4つの石柱が広場の隅に立っているのが見える。
「ハイヤーンは10周走りなさい。セミラは気闘が使えるでしょう。あなたは30周走りなさい」
え、セミラ気闘が使えるの?
気闘は、体内にある気力と呼ばれる力を使って、身体能力を高くする技術である。
体内にある気力を消費することで、大人を子供が打ち負かすこともできるようになる。
気力は消費中に肌が白くなる特徴があるから、急に体が白くなった人やモンスターには近づくなと、カグンから教わっていた。
気力や魔力は、人によって保有できる量に差がある。多く持てる人は常人の何倍も保有している。
一度に消費できる量はその人の技量による。
単に持っている量が多いから強いという訳ではないけれど、量は多く持っていたほうが利点が多いので、増やすことを推奨されていた。
気力も魔力も増やす方法はいくつかあるけれど、共通している増やし方として、若いうちに気力・魔力をたくさん消費する方法がある。
使ったら使った分だけ多くなるらしい。ようは筋肉だ。見えない筋肉。
だから、気闘が使えるセミラは、気力を消費して走るようにって指示されたんだ。
セミラは「はい!」と元気よく返事をして、走り始めた。
体を動かすのが好きみたいだ。もともと色白な体が、気闘を使うことによってさらに白くなっている。
わずかに浮かんでいた血管も白く塗られた。陶磁器で作った人形のようになっている。
砂利道の中、裸足で走ること10周。
足が血まみれになりながら、なんとか走り終わった。
息はあまり上がっていない。ただ足が痛いだけ。
痛む足でキリーナのもとに向かった。
「終わりました」
「お疲れ様です。足を見せなさい」
(うっわ、エグイ!)
足の裏が血と汚れでグチャグチャになっていた。まだ血が流れている。
目をそらして、セミラを探した。
いた、セミラはまだ走っている。
1度キリーナと話しているところを見たから、もう30周走り切ったはずだ。なのにまだ走ってる。
キリーナは俺の足に手をかざして呪文を唱えると、足が光に包まれる。
ヒスト村で見たことがある。これは治癒の魔法だ。光が消えた後、足からは傷がなくなっていた。
「キリーナさん、これって意味があるんですか?」
「あります。痛みに耐えていれば、気力を感じることができるようになります。痛みが大事です」
うわー、嫌なコツを聞いた。
「セミラ! 来なさい!」
キリーナに呼ばれて、セミラがやってくる。
「水浴びをします。ついてきなさい」
向かった先は、森の中だった。
しばらく進むと、ローマの水道橋のようなものが見えてくる。
水道橋からは水が流れ落ちていて、下は浅いプールになっていた。
すでに何組かの子供たちがいて、みんな麻袋のような服で体を洗っている。
「体は毎日きれいな水で洗いなさい、身につけるものも、よく洗いなさい」
キリーナはプールを指差し「服を抜いで、服で体を擦りなさい」と命令する。
俺は言われたとおりに服を脱ぐ、
しかし、セミラは服を脱がなかった。逃げるように後ずさりする。
「セミラ」
キリーナは怒鳴らなかった。
ただ、じっとセミラを見ている。
セミラは意を決したように、服を脱いだ。
股の間に何もなかった。女の子だった。
(ごめん)
心の中で謝る。
しかし、それより気になったことがある。
セミラには白い尻尾が生えていた。馬の尾のような、細長い尻尾。
プールの中に、尻尾の生えている子はいない。
5年間生きてきたが、尻尾の生えている人がいるなんて聞いたことがない。
(……うん、触れちゃだめだ。不味い気がする)
見た目は子供、頭脳は大人のハイヤーン。
前世と合わせて20年生きてるんだ、流石にこのくらいの分別はある。
でも気になる。尻尾をチラチラ見ていると、セミラはプールに素早く入り込んだ。
脱いだ服で、必死に体をこすっている。
「ハイヤーン」
キリーナはしゃがんで、俺と目線を合わせる。
「あの子は良い子です。ですが弱い子です。どうか家族として接してあげてください」
お願いするような口調だった。
きっとこれは命令じゃないんだろう。
別に人間じゃないからってどうこうする気はなかったけどね、はい、優しくします。
「はい!」
返事をすると、キリーナは満足げに頷いた。
俺もプールに入って体を洗い始める。服は固く、体の垢はよく落ちた。
「この後は自由時間です。日が暮れる前に小屋に戻りなさい!」
キリーナはそう言って、来た道を戻っていった。
体を洗い終わったとき、セミラはもういなかった。
先に入ってた組の子たちもいなくなり、気が付いたらプールには俺1人だけだった。
みんな体洗うの早すぎない? もっとゆっくり洗おうぜ。
プールで軽く泳ぎながらそう思った。
ついでに筋トレもする。体は資本だ。木の枝につかまって懸垂を、木に足をかけて腕立てを。
足は明日も使うだろうし。上半身をメインに鍛えた。
そして気付いた。今なら魔法の練習ができるな。
思い立ったが吉日!!
いつやるの? いまでしょう!
俺は水に手を向けた。
(今度は失敗しない。水をお湯にするだけ。魔力は少なめ)
プールの水が温かくなる。水道橋から落ちてくる水が冷たい。
びっくりするほど、魔力の消費は少なかった。
岩を吹き飛ばした時の、千分の一くらい。
指先の魔力を、ちょっと使ったくらいの感覚である。
試しに、近くの石の温度を上げてみる。
水ほどではないが、じんわりと温度が上がる。
今度は木の温度を上げてみる。
まったく温度が上がらない。
(何が違うんだろう、同じ固体なのに)
不思議に思って、魔力をもっと送る。
水の百倍ほどの魔力を流したところで、木が爆発した。
結果、すっ飛んできたキリーナに引きずられるようにして小屋に戻された。
セミラが横にいるっていうのに、日が暮れるまで叱られた。
寝るときになって「大丈夫?」とセミラに聞かれた。心配してくれたみたいだ。
「大丈夫。明日もよろしく」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
なんとなく、セミラとは仲良くできそうな気がした。
====
翌日、国語の授業が終わった後、キリーナに呼ばれた。
セミラは俺を置いて広場に向かった。走るのが楽しみみたいだ。
「あなたの秘術、あれをどう思いますか?」
どうとは、どういう意味だろうか。
「あれは、温度を変える魔法です」
「いえ、あれは温度を"維持"するのが目的の魔法です。それを使える訓練生は、皆そうしていました。あなたはなぜ、熱を加えることに拘るのですか?」
それは知らない。
ウンマーさんは温度を変える魔法だと言っていた。人によって目的が違うんだろう。
「ん-、温度が上がれば、凍えずに済むからです。それに私はあの魔法で大きな岩を吹き飛ばしたことがあります。そのせいでここに連れてこられました。あれでモンスターを倒すこともできるはずです」
「あなたはモンスターと戦ったことがあるんですか?」
俺5歳だぜ? あるわけがない。
だけど、カグンからモンスターの話はよく聞いた。
雲より大きな怪鳥、大重鳥
尻尾の生えた怪力の巨人、白人喰巨人
魔法を使う犬、雪狼
戦士は、主に剣や弓を武器にしてこれらと戦う。
当然、亡くなった戦士達の話も聞いた。
突風に吹き飛ばされた。
大きな足に踏みつぶされた。
体を氷漬けにされた。
剣や弓よりも、魔法を使った方が安全に戦えると思っている。
「戦ったことはありません。ですが戦いにも使えると思っています。そのために練習しています」
キリーナは顔を下に向け、しばらく黙った。
「……そう、なら付いてきなさい」
キリーナが向かった先は屋上だった。
屋上に着くと足元を指さしながら指示を出す。
「ハイヤーン、ここの空気を温めなさい」
「はい!」
言われた通りに空気を温める。ほとんど魔力を使わずに温度が上がっていく。
「では次に、私を温めてみなさい」
いやいや! 何を言い出すんだ!
「危ないです」
「大丈夫です。私の全身を温めなさい」
人を温めたらどうなるか、お肉に火を通したことがある人ならわかるだろう。
キリーナだって分かっているはずだ。なのに命令する。
(……知りませんよ)
呪文を唱えて、ゆっくりゆっくりと魔力を送る。
しかし、キリーナの体温は全く上がらない。
「不思議でしょう」
「なんで温まらないんですか?」
「魔力や気力の量です。これが上回っている相手には、直接魔法は作用しません。相手が持っている魔力と気力に抵抗されるんです」
「生き物は全て、魔力と気力を持っています。強い生き物ほど大量にです。人よりモンスターの方が強いんです。つまり、モンスターにその魔法は効かないんですよ」
この魔法で直接、モンスターを倒せないってことだ。
「それでも、その魔法でモンスターと戦いますか?」
キリーナは試すようにこちらを見る。
目を合わせながら、しゃがみ込む。目線を合わせてきた。
キリーナが、何かを望んでいると思った。
「はい!」
決心はせず、声が出た。
「よろしい! わかりました!」
キリーナはパンっ!と膝を叩いて立ち上がる。
「あなたの魔力が、モンスターを超えればいいのです。これから厳しくしますよ!」
キリーナは笑顔でそう言った。
====
1か月後、俺はキリーナに言われたことを繰り返していた。
朝起きて、自分の毛皮を外に干す。
一通り筋トレした後、遠くの空へと秘術を使う。
とにかく魔力を使うようにした。これが一番いいらしい。
魔法の授業も始まった。
風を作る魔法、水を生成する魔法、火を起こす魔法。
傷を治す魔法、毒を消す魔法、物を宙に持ち上げる魔法。様々な魔法の呪文を習った。
キリーナから、それぞれの呪文には意識しなくてはならない項目があると教わった。
風を作る魔法の場合は、"起点"と"終点"の位置、風の"流れる場所"と"速さ"を決めなければならない。
起点を決めずに風を作ると、体の中から風が出てくること場合もあるという。その場合は、体が破裂する。
秘術と言われている呪文は、その項目が分からないから秘術だと言われている。
これが伝わっている一族は、なんとなくの感覚で秘術が使えるらしい。
俺もそうだ。仮に教えてと言われても、言葉では言い表せられない。
また、稀に項目を理解していても失敗する、その呪文に適性のない人もいるらしい。
その場合はアベコベな魔法が発動するらしく、たいてい悲惨な結果になるらしい。
適性者が少ない魔法は有名なので、それらは避けなさいと教えられた。
1か月も経つと、徐々に魔力が増えていくのが実感できた。
セミラも魔法が使えるようになったので、朝練に参加するようになった。
最近は、口を開けずに呪文を詠唱できるようになったので、秘術を聞かれる心配もない。
ただひたすらに魔力を増やした。
====
走っていたら急に体が吹っ飛んだ。
足を見ると、わずかに白くなっている。
"タラララッタラー! ハイヤーンは気闘を使えるようになった"
そんな音は出なかった。
走っている最中に、足の中で泥の塊のようなものを感じたんだ、邪魔だから燃えろと念じたら吹っ飛んだ。
やったぜ、なんでもセミラを除いて最年少らしい。キリーナにめっちゃ褒められた。
で、原因を聞かれた。何をしていたか。思い当たるのは筋トレ。
訓練所のご飯は量が多い。お肉がたっぷり出る。
で、俺は個人的に筋トレをしている。筋肉が付くのは当然で……
この体が優秀なのか、今は逆立ちしながら腕立てもできる。
筋トレ内容をキリーナに話すと、さっそくほかの組でも取り入れたらしい。
皆ジョギング後に筋トレをするようになった。
====
その日はやけに寒かった。
"保温"の秘術を使っていても、それを超えて寒さが伝わってきた。
外から雪が吹き込んでくる。
たまらず毛皮を抱き込んで身を縮めると、セミラが俺の毛皮の中に入り込んできた。
入り込んで、何かごそごそしている。
「セミラ、何してるの?」
寒いし2人で寝た方が効率いいかも、でもセミラは女だしなー。そんなことを思っていたら、すごい力で抱き着かれた。
セミラの体は氷のように冷たかった。
あまりの寒さに身が縮む。でもそれ以上に恐ろしいことがある。
セミラの握力だ。俺の上腕はセミラに掴まれている。
彼女がその気になれば、俺の腕はねじ切れる。
ギリギリと腕が鳴っている。ひぃぃいいいい。
恐怖で体がガタガタ震え始めた。セミラの体もガタガタしている。
しばらくすると体が温まったのか、セミラの震えが止まった。
そして、呟くように「ごめん」と言われた。
「ベツニイイヨ……」と言うと、セミラは頭を俺の顎に押し付けてくる。
(いたいーぐりぐりするのやめてー)
腕の締め付けは弱まった。代わりに、ボサボサの髪の毛を押し付けられる。
でっかい猫みたいだ。甘えられている気がする。いや、セミラは猫じゃないけど。
猫じゃないなら何だろう。うーん、そもそも猫って表現が悪い。セミラには尻尾も生えてるし、やめた方がいい気がする。
セミラを見下ろしていると、なんだか大きな妹に思えてきた。
妹か、うん、俺達は家族だって言われたしな。セミラは妹だ。俺が兄だ。うん、そうだ。
俺の体の震えは止まった。
村に捨てられたって、どういう気持ちなんだろう。
心細い? しんどい? その程度で済むわけがない。
セミラの背中に手を回す。セミラは俺の腕の中に納まった。
2人で抱き合っていると温かく、凍えることなく眠りについた。
====
誰かが腕の中から出て行った。
うっすら目を開けると、セミラが大股開いて仁王立ちをしていた。
「早く起きなさい! 魔法の練習するわよ!」
「……うん」
「先に行くわよ!」
セミラが急に喋るようになった。どうしたんだろう。
授業中もセミラはやたらと元気で、キリーナから何があったか質問された。
抱き合って寝たらああなりました。とは言えず、
「さぁ?」と言っておいた。 ……これは嘘じゃない。腕は切られない。
キリーナは訝しがっていたが、何も追及はしてこなかった。
午後、広場に出ようとしたらキリーナに止められた。
「今日から、演習場で戦闘の訓練をします。2人とも魔法と気闘が使えるようになったからです。半年も経たずに組の全員が使えるようになったのは、あなたたちが初めてですよ」
キリーナは自慢げに教えてくれた。
セミラの表情に変化はない。
でも、服から尻尾が出てきて、左右にパサパサ揺れはじめた。
制服ってやつだ。この世界にもあるんだろう。
服は麻袋に穴を空けただけのような、ゴワゴワの服。なんとも立派。
着替えた後に集められた場所は、砂利が敷き詰められた長方形の広場。周囲は森に囲まれている。
「組ごとに並べ!」と壮年の男性が怒鳴っている。
それぞれの小屋の集団が縦に並び始めるのを見て、俺たちも縦に並んだ。
セミラはなぜか、俺の後ろにぴったりくっつくように立つ。顔を見ると、目を細めている。
「気にしないで」と言われたので「気分が悪くなったら教えてね」とだけ言っておいた。
横を見ると、他の組は3人1組になっている。
俺たちの組は端数らしい。
さらに奥を見ると、体格の大きい集団がいた。
後で聞いた話だと、あれは10歳の集まりらしい。カグンは10歳で訓練所に入ったと言っていたので、あちらの組に入ったのだろう。
校長の話はなかった。無理やり宣誓文を読み上げさせられただけだ。
宣誓文の内容は『戦士として、死ぬまでバガンの民のために尽くします』というような意味だった。
宣誓式を終えた後、セミラの目がおかしいことに気が付いた。
昨日の夜は赤かったのに、今は灰色になっている。
「セミラ、それ大丈夫?」
顔を無理やり見ようとしたら、腕を掴まれた。
万力のように腕が締め付けられる。
「痛い! セミラ痛い! もげる!」
俺が叫ぶと手を放してくれた。腕には、強く握られた跡が残っている。
(握力つっよ!)
そんなに強く握っているようには見えなかった。
セミラ君には優しくしよう。二重の意味で、そう決めた。
一部始終を見ていたのか、キリーナがすぐにやってきた。
「大丈夫ですか?」とセミラに状態を聞き、何かを思い出したように上を見た。
空を仰ぎ、細く息を吐いた後、俺たちを見下ろす。
「ハイヤーン、この目は大丈夫です。問題ありません」
「目は見えるんですか?」
「ええ、セミラの目は、少し光に弱いだけです」
セミラの頭を撫でながら、疲れたようにそう言った。
セミラから手を離すと、キリーナの目には少し力が入っていた。
「これから勉強を教えます。私についてきなさい」
そう言れて俺たちは、昨日初めて会った部屋に案内される。
「あなたたちにはこれから毎日、文字を書いてもらいます」
キリーナはおちょこのようなものを取り出し、俺たちの前に置く。
カンナで削ったような薄い木の板と、羽ペンを渡された。紙はない。
おちょこにインクを垂らした。それに羽ペンを付けることで文字を書くようだ。
「これからカウン文字と、魔法文字を教えます。文字が扱えなくては戦士になれません。戦士になるためには、必ず覚えなさい」
キリーナはそう言って国語の授業を開始した。
まずは我らが母国、カウン文字。これは表意文字だった。漢字みたく1,2文字で意味が伝わる文字。覚えるのに苦労するやつ。
魔法文字は、アルファベットみたいな文字だった。音がそのまま字になっている文字で、文字自体は覚えやすい。
いきなり2言語の授業である。
キリーナが文字を書くから、真似して書いて覚えていく。
ついでに文字も読み上げながら書く。
隣の部屋からも、同じようなことをしている声が聞こえた。
俺は小さいころからウンマーさんに文字を習ってた。それに両方の文字の感触も、なんとなく英語と日本語みたいで触りやすかった。
でもセミラは違ったらしい。何度もキリーナに書き直しを命じられている。
しかしセミラは灰色の目を細めながら、勉強を続ける。
ひたむきに勉強する姿勢には、どこか必死さを感じた。
(ここを追い出されたら、行く当てがないんだもんな……)
助けてあげようという気持ちが、より一層強くなった。
====
午後は広場に出て運動をする。
広場にはすでに、他の組が出てきていた。
「あの四隅に立っている石柱の外を走りなさい」
キリーナは、砂利が敷いてある広場の隅を指さした。
指の先を見ると、4つの石柱が広場の隅に立っているのが見える。
「ハイヤーンは10周走りなさい。セミラは気闘が使えるでしょう。あなたは30周走りなさい」
え、セミラ気闘が使えるの?
気闘は、体内にある気力と呼ばれる力を使って、身体能力を高くする技術である。
体内にある気力を消費することで、大人を子供が打ち負かすこともできるようになる。
気力は消費中に肌が白くなる特徴があるから、急に体が白くなった人やモンスターには近づくなと、カグンから教わっていた。
気力や魔力は、人によって保有できる量に差がある。多く持てる人は常人の何倍も保有している。
一度に消費できる量はその人の技量による。
単に持っている量が多いから強いという訳ではないけれど、量は多く持っていたほうが利点が多いので、増やすことを推奨されていた。
気力も魔力も増やす方法はいくつかあるけれど、共通している増やし方として、若いうちに気力・魔力をたくさん消費する方法がある。
使ったら使った分だけ多くなるらしい。ようは筋肉だ。見えない筋肉。
だから、気闘が使えるセミラは、気力を消費して走るようにって指示されたんだ。
セミラは「はい!」と元気よく返事をして、走り始めた。
体を動かすのが好きみたいだ。もともと色白な体が、気闘を使うことによってさらに白くなっている。
わずかに浮かんでいた血管も白く塗られた。陶磁器で作った人形のようになっている。
砂利道の中、裸足で走ること10周。
足が血まみれになりながら、なんとか走り終わった。
息はあまり上がっていない。ただ足が痛いだけ。
痛む足でキリーナのもとに向かった。
「終わりました」
「お疲れ様です。足を見せなさい」
(うっわ、エグイ!)
足の裏が血と汚れでグチャグチャになっていた。まだ血が流れている。
目をそらして、セミラを探した。
いた、セミラはまだ走っている。
1度キリーナと話しているところを見たから、もう30周走り切ったはずだ。なのにまだ走ってる。
キリーナは俺の足に手をかざして呪文を唱えると、足が光に包まれる。
ヒスト村で見たことがある。これは治癒の魔法だ。光が消えた後、足からは傷がなくなっていた。
「キリーナさん、これって意味があるんですか?」
「あります。痛みに耐えていれば、気力を感じることができるようになります。痛みが大事です」
うわー、嫌なコツを聞いた。
「セミラ! 来なさい!」
キリーナに呼ばれて、セミラがやってくる。
「水浴びをします。ついてきなさい」
向かった先は、森の中だった。
しばらく進むと、ローマの水道橋のようなものが見えてくる。
水道橋からは水が流れ落ちていて、下は浅いプールになっていた。
すでに何組かの子供たちがいて、みんな麻袋のような服で体を洗っている。
「体は毎日きれいな水で洗いなさい、身につけるものも、よく洗いなさい」
キリーナはプールを指差し「服を抜いで、服で体を擦りなさい」と命令する。
俺は言われたとおりに服を脱ぐ、
しかし、セミラは服を脱がなかった。逃げるように後ずさりする。
「セミラ」
キリーナは怒鳴らなかった。
ただ、じっとセミラを見ている。
セミラは意を決したように、服を脱いだ。
股の間に何もなかった。女の子だった。
(ごめん)
心の中で謝る。
しかし、それより気になったことがある。
セミラには白い尻尾が生えていた。馬の尾のような、細長い尻尾。
プールの中に、尻尾の生えている子はいない。
5年間生きてきたが、尻尾の生えている人がいるなんて聞いたことがない。
(……うん、触れちゃだめだ。不味い気がする)
見た目は子供、頭脳は大人のハイヤーン。
前世と合わせて20年生きてるんだ、流石にこのくらいの分別はある。
でも気になる。尻尾をチラチラ見ていると、セミラはプールに素早く入り込んだ。
脱いだ服で、必死に体をこすっている。
「ハイヤーン」
キリーナはしゃがんで、俺と目線を合わせる。
「あの子は良い子です。ですが弱い子です。どうか家族として接してあげてください」
お願いするような口調だった。
きっとこれは命令じゃないんだろう。
別に人間じゃないからってどうこうする気はなかったけどね、はい、優しくします。
「はい!」
返事をすると、キリーナは満足げに頷いた。
俺もプールに入って体を洗い始める。服は固く、体の垢はよく落ちた。
「この後は自由時間です。日が暮れる前に小屋に戻りなさい!」
キリーナはそう言って、来た道を戻っていった。
体を洗い終わったとき、セミラはもういなかった。
先に入ってた組の子たちもいなくなり、気が付いたらプールには俺1人だけだった。
みんな体洗うの早すぎない? もっとゆっくり洗おうぜ。
プールで軽く泳ぎながらそう思った。
ついでに筋トレもする。体は資本だ。木の枝につかまって懸垂を、木に足をかけて腕立てを。
足は明日も使うだろうし。上半身をメインに鍛えた。
そして気付いた。今なら魔法の練習ができるな。
思い立ったが吉日!!
いつやるの? いまでしょう!
俺は水に手を向けた。
(今度は失敗しない。水をお湯にするだけ。魔力は少なめ)
プールの水が温かくなる。水道橋から落ちてくる水が冷たい。
びっくりするほど、魔力の消費は少なかった。
岩を吹き飛ばした時の、千分の一くらい。
指先の魔力を、ちょっと使ったくらいの感覚である。
試しに、近くの石の温度を上げてみる。
水ほどではないが、じんわりと温度が上がる。
今度は木の温度を上げてみる。
まったく温度が上がらない。
(何が違うんだろう、同じ固体なのに)
不思議に思って、魔力をもっと送る。
水の百倍ほどの魔力を流したところで、木が爆発した。
結果、すっ飛んできたキリーナに引きずられるようにして小屋に戻された。
セミラが横にいるっていうのに、日が暮れるまで叱られた。
寝るときになって「大丈夫?」とセミラに聞かれた。心配してくれたみたいだ。
「大丈夫。明日もよろしく」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
なんとなく、セミラとは仲良くできそうな気がした。
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翌日、国語の授業が終わった後、キリーナに呼ばれた。
セミラは俺を置いて広場に向かった。走るのが楽しみみたいだ。
「あなたの秘術、あれをどう思いますか?」
どうとは、どういう意味だろうか。
「あれは、温度を変える魔法です」
「いえ、あれは温度を"維持"するのが目的の魔法です。それを使える訓練生は、皆そうしていました。あなたはなぜ、熱を加えることに拘るのですか?」
それは知らない。
ウンマーさんは温度を変える魔法だと言っていた。人によって目的が違うんだろう。
「ん-、温度が上がれば、凍えずに済むからです。それに私はあの魔法で大きな岩を吹き飛ばしたことがあります。そのせいでここに連れてこられました。あれでモンスターを倒すこともできるはずです」
「あなたはモンスターと戦ったことがあるんですか?」
俺5歳だぜ? あるわけがない。
だけど、カグンからモンスターの話はよく聞いた。
雲より大きな怪鳥、大重鳥
尻尾の生えた怪力の巨人、白人喰巨人
魔法を使う犬、雪狼
戦士は、主に剣や弓を武器にしてこれらと戦う。
当然、亡くなった戦士達の話も聞いた。
突風に吹き飛ばされた。
大きな足に踏みつぶされた。
体を氷漬けにされた。
剣や弓よりも、魔法を使った方が安全に戦えると思っている。
「戦ったことはありません。ですが戦いにも使えると思っています。そのために練習しています」
キリーナは顔を下に向け、しばらく黙った。
「……そう、なら付いてきなさい」
キリーナが向かった先は屋上だった。
屋上に着くと足元を指さしながら指示を出す。
「ハイヤーン、ここの空気を温めなさい」
「はい!」
言われた通りに空気を温める。ほとんど魔力を使わずに温度が上がっていく。
「では次に、私を温めてみなさい」
いやいや! 何を言い出すんだ!
「危ないです」
「大丈夫です。私の全身を温めなさい」
人を温めたらどうなるか、お肉に火を通したことがある人ならわかるだろう。
キリーナだって分かっているはずだ。なのに命令する。
(……知りませんよ)
呪文を唱えて、ゆっくりゆっくりと魔力を送る。
しかし、キリーナの体温は全く上がらない。
「不思議でしょう」
「なんで温まらないんですか?」
「魔力や気力の量です。これが上回っている相手には、直接魔法は作用しません。相手が持っている魔力と気力に抵抗されるんです」
「生き物は全て、魔力と気力を持っています。強い生き物ほど大量にです。人よりモンスターの方が強いんです。つまり、モンスターにその魔法は効かないんですよ」
この魔法で直接、モンスターを倒せないってことだ。
「それでも、その魔法でモンスターと戦いますか?」
キリーナは試すようにこちらを見る。
目を合わせながら、しゃがみ込む。目線を合わせてきた。
キリーナが、何かを望んでいると思った。
「はい!」
決心はせず、声が出た。
「よろしい! わかりました!」
キリーナはパンっ!と膝を叩いて立ち上がる。
「あなたの魔力が、モンスターを超えればいいのです。これから厳しくしますよ!」
キリーナは笑顔でそう言った。
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1か月後、俺はキリーナに言われたことを繰り返していた。
朝起きて、自分の毛皮を外に干す。
一通り筋トレした後、遠くの空へと秘術を使う。
とにかく魔力を使うようにした。これが一番いいらしい。
魔法の授業も始まった。
風を作る魔法、水を生成する魔法、火を起こす魔法。
傷を治す魔法、毒を消す魔法、物を宙に持ち上げる魔法。様々な魔法の呪文を習った。
キリーナから、それぞれの呪文には意識しなくてはならない項目があると教わった。
風を作る魔法の場合は、"起点"と"終点"の位置、風の"流れる場所"と"速さ"を決めなければならない。
起点を決めずに風を作ると、体の中から風が出てくること場合もあるという。その場合は、体が破裂する。
秘術と言われている呪文は、その項目が分からないから秘術だと言われている。
これが伝わっている一族は、なんとなくの感覚で秘術が使えるらしい。
俺もそうだ。仮に教えてと言われても、言葉では言い表せられない。
また、稀に項目を理解していても失敗する、その呪文に適性のない人もいるらしい。
その場合はアベコベな魔法が発動するらしく、たいてい悲惨な結果になるらしい。
適性者が少ない魔法は有名なので、それらは避けなさいと教えられた。
1か月も経つと、徐々に魔力が増えていくのが実感できた。
セミラも魔法が使えるようになったので、朝練に参加するようになった。
最近は、口を開けずに呪文を詠唱できるようになったので、秘術を聞かれる心配もない。
ただひたすらに魔力を増やした。
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走っていたら急に体が吹っ飛んだ。
足を見ると、わずかに白くなっている。
"タラララッタラー! ハイヤーンは気闘を使えるようになった"
そんな音は出なかった。
走っている最中に、足の中で泥の塊のようなものを感じたんだ、邪魔だから燃えろと念じたら吹っ飛んだ。
やったぜ、なんでもセミラを除いて最年少らしい。キリーナにめっちゃ褒められた。
で、原因を聞かれた。何をしていたか。思い当たるのは筋トレ。
訓練所のご飯は量が多い。お肉がたっぷり出る。
で、俺は個人的に筋トレをしている。筋肉が付くのは当然で……
この体が優秀なのか、今は逆立ちしながら腕立てもできる。
筋トレ内容をキリーナに話すと、さっそくほかの組でも取り入れたらしい。
皆ジョギング後に筋トレをするようになった。
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その日はやけに寒かった。
"保温"の秘術を使っていても、それを超えて寒さが伝わってきた。
外から雪が吹き込んでくる。
たまらず毛皮を抱き込んで身を縮めると、セミラが俺の毛皮の中に入り込んできた。
入り込んで、何かごそごそしている。
「セミラ、何してるの?」
寒いし2人で寝た方が効率いいかも、でもセミラは女だしなー。そんなことを思っていたら、すごい力で抱き着かれた。
セミラの体は氷のように冷たかった。
あまりの寒さに身が縮む。でもそれ以上に恐ろしいことがある。
セミラの握力だ。俺の上腕はセミラに掴まれている。
彼女がその気になれば、俺の腕はねじ切れる。
ギリギリと腕が鳴っている。ひぃぃいいいい。
恐怖で体がガタガタ震え始めた。セミラの体もガタガタしている。
しばらくすると体が温まったのか、セミラの震えが止まった。
そして、呟くように「ごめん」と言われた。
「ベツニイイヨ……」と言うと、セミラは頭を俺の顎に押し付けてくる。
(いたいーぐりぐりするのやめてー)
腕の締め付けは弱まった。代わりに、ボサボサの髪の毛を押し付けられる。
でっかい猫みたいだ。甘えられている気がする。いや、セミラは猫じゃないけど。
猫じゃないなら何だろう。うーん、そもそも猫って表現が悪い。セミラには尻尾も生えてるし、やめた方がいい気がする。
セミラを見下ろしていると、なんだか大きな妹に思えてきた。
妹か、うん、俺達は家族だって言われたしな。セミラは妹だ。俺が兄だ。うん、そうだ。
俺の体の震えは止まった。
村に捨てられたって、どういう気持ちなんだろう。
心細い? しんどい? その程度で済むわけがない。
セミラの背中に手を回す。セミラは俺の腕の中に納まった。
2人で抱き合っていると温かく、凍えることなく眠りについた。
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誰かが腕の中から出て行った。
うっすら目を開けると、セミラが大股開いて仁王立ちをしていた。
「早く起きなさい! 魔法の練習するわよ!」
「……うん」
「先に行くわよ!」
セミラが急に喋るようになった。どうしたんだろう。
授業中もセミラはやたらと元気で、キリーナから何があったか質問された。
抱き合って寝たらああなりました。とは言えず、
「さぁ?」と言っておいた。 ……これは嘘じゃない。腕は切られない。
キリーナは訝しがっていたが、何も追及はしてこなかった。
午後、広場に出ようとしたらキリーナに止められた。
「今日から、演習場で戦闘の訓練をします。2人とも魔法と気闘が使えるようになったからです。半年も経たずに組の全員が使えるようになったのは、あなたたちが初めてですよ」
キリーナは自慢げに教えてくれた。
セミラの表情に変化はない。
でも、服から尻尾が出てきて、左右にパサパサ揺れはじめた。
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