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第二章 当主編

第七話 闇評定と穴山信君

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 同年、十月六日、深夜、浜松城の一室にて敵味方の間者に覚られぬように、旧武田義信家臣の飯富虎昌、長坂昌国、曽根虎盛と旧長野家臣、疋田文五郎、猿彦、犬彦、雉彦、旧原美濃家臣、諏訪作座衛門すわさくざえもん、旧朝倉家臣、真柄源吾郎まがらげんごろう、旧浅井家臣、磯野左兵衛いそのさへいを集め、闇評定を行った。

 すでに信頼できる小姓、石田三成、(佐吉)に命じて、家臣達に酒、肴を振るまい命じた。

「これからの山本家の行く末、方針等、何でも良い! 今の山本家に必要な事、足りぬ事を身分の上下関係なく申すが良い!」

 すると、新山本家筆頭家老、飯富富昌は、ハラハラと涙を流し、漢泣きしながら、

「山本家の仕えた亡き御屋形様(武田信玄)はろうがい労咳(結核)に犯されて、そう遠くない内にみまかわれる(死ぬ)と分かっていたでござる! だが、織田、徳川討伐をお止め出来なかった」

 俺もその事は、御屋形様の顔に死相が時々浮かんでいたので、気づいていたが、逃げていたのであった。

 すると、猿彦から、とんでもない発言が飛び出した。

「その御屋形様の死期に気づいたのでしょう穴山信君が織田信長に内通しておる。武田の織田討伐が失敗に終わり、行動を移し申した。儂が突き止めてござる! 穴山を始末した方が、武田家、山本家の為に行うべきでござらぬか?」

 俺は穴山がどのような内通をしようとしているのか? 興味があり、猿彦に聞こうとした時、雉彦は、面白い情報を提示した。

「穴山は、己の領地の金山から取れた黄金二千枚を内通する対価として、織田信長に海で商船を使い渡そうとしています。このまま、それを許しますか? 殿」

 俺は笑いを抑えながら、

「黄金二千枚は、織田信長に渡すくらいならば、山本家の軍資金にした方が良い。疋田文五郎!  家臣の剣豪達の実践の船戦として襲撃し、黄金を奪って参れ! 無論、猿彦、敵味方問わず、工作し、山本家の仕業と思われぬ様にな……」

 すると、曽根虎盛と長坂昌国がそれぞれ発言した。

 まず、曽根虎盛が、意地の悪い笑みを浮かべ、

「織田信長は、結果を残した者は、昇進し、失敗した者には冷酷にございます。そこで、我らに内通する者を黄金を使い買収致しましょうぞ」

 すると、長坂昌国も、似たような笑みを浮かべ、

「相模の北条氏攻は、余り間者を重要に思っておらぬ様子、納得する様な褒美を与えぬ事で有名でござる。こちらの方にも黄金を……」

 犬彦も、不敵な笑みを浮かべ、

「風魔とは、何度も刃を交わしましたが、味方となれば、山本家の大きな力となるでしょうな」
 
 頼もしい家臣達を持った事に、嬉しく思い、生真面目な、諏訪作座衛門にも、誉める事を忘れなかった。

「諏訪作座衛門!  浜松に移した硝石作りは、順調だと聞いておる! 硝石はいくらあっても困らぬ! 励め!」

「御意! かしこまりました。某に万事お任せあれ!」




 十月十日、早朝、遠江の近海で、海賊に扮した山本家臣達が怪しい商船を見つけ襲った。

 海賊だと思い襲われそうになった商船の船長は、

「儂達の船は、武田家、駿河を治める穴山様の積み荷が積んである! この船を襲おうとするのは、穴山様に弓引く事ぞ!」 

 船長の話を聞き、徴収した商船に間近に近寄らせ、間者なら飛び乗れる距離になると、海賊に扮した疋田文五郎達、山本家の鉄砲隊の精鋭三十人が火打銃を使わず、太刀を持って斬り込み、無言で皆殺しにし、積んである黄金二千枚と他の積み荷を根こそぎ奪う事に成功したのである。

 浜松城の山本勘蔵の私室に、疋田文五郎と猿彦が報告に来た。

「文五郎にございます。穴山の黄金二千枚、確かに奪い、浜松城の金蔵に運び入れました。他の積み荷に関しては一部を除き、襲撃に参加した家臣に褒美として渡しました。後、面白き密書を猿彦が見つけました」

 猿彦は興奮を隠しきれずに、

「殿! 穴山信君の織田信長に宛てた密書を見つけ申した!」

「何と書いておる?」

「はっ! 美濃、岩村城に冬に一万五千人の軍勢で攻め込むとの事にございます。また、三河の徳川信康も五千人、織田信長が自ら二万人の軍勢を率いて長篠を合戦場に選び、武田を待ち受けるとの事にございます。如何致しますか?」

 猿彦も、さっきの勢いを失い困惑した。

「文五郎は如何に考える? 兵法者としての意見を聞きたい」

「御意! 儂の考えでは剣術でいう後の先という戦術にございましょうな」

「つまり、此方が動き、手薄になった方を攻撃すると? 厄介な……」

「ですが、岩村城は堅牢な山城でなおかつ、武田の猛牛と恐れられている名将、秋山信友殿が守りを固めている。並ば本命は、徳川の援軍に織田信長が大軍でくる長篠でございましょうな」

「ふむ、その策で間違いあるまい。幸い、山本家には新たな特異な軍勢の結成に間に合っている。だが、その前に穴山信君を屈服させようぞ。確か? 犬彦は他人の文字や印を真似る事が出来たな?」

「はっ! この猿彦が犬彦に発破をかけ作らせましょうぞ!」

「その後、猿彦、お主が穴山を脅して参れ! 良いな! 文五郎もご苦労だった」





 十月十六日、深夜、駿河するが江尻えしり城の穴山信君の寝所にて、側室と閨を共にし、行為を終えて寝ていた穴山は、急に寝苦しくなり、眼を覚ますと、猿の面を被った黒装束の間者が、己を見上げて、見覚えのある密書を突き付けられた。

「穴山殿。武田を裏切り、織田に黄金二千枚を貢物として渡し、保身を計るとは、それでも、武田親族衆筆頭か! 恥を知れ! もし、悪行が暴かれたくなければ、儂に従属せよ! まず、従属の証として、溜め込んでいる残りの黄金を差し出せ!」

 怯えながら、

「命だけはお助けを、これを……」
 
 渡されたのは金蔵の鍵である。

 猿彦は、鍵を奪うと襖に投げた。

 穴山は、襖の向こうに他にも仲間がいる事を知り、絶望した。

 その朝、江尻城の金蔵から、溜め込んだ黄金五千枚が奪われた。

 無論、奪ったのは、山本家の者達で、皆、面を被っていた。

 だが、穴山信君は、黄金を奪われた以上に、何時でも江尻城は落とせると示された事である。

 こうして、武田に謀反を起こそうとした穴山信君は黄金を失い、後から来た武田勝頼様の軍勢に捕まり、残りの財産も没収され、死罪となった。
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