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第一話(未来を変える為に負うリスク)

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長い期間登校拒否状態だった俺がやっと高校へ通い、復帰してから三日目の朝。
深紅たんが同じ屋根の下で住んでいることが幼馴染の日向にバレてしまったのは、遅すぎたのか早すぎたかと問われればもちろん後者の方だった。
いつものように俺と深紅たんが仲良く同じベッドで寝ているところをとうとう目撃されてしまったのである。
「ももも、もしかして掴としんちゃんは一緒に住んでっ……ど、同棲しているのでしょうか?」
何故に言葉の最後の方だけが敬語になったのかと、朝起きたばかりで寝ぼけている俺に態々ツッコミをする元気などない。
二日目辺りから何となくそうなんじゃないかと思っていたが、深紅たんって一度眠ったら中々起きないのな。
今もベッドの上で一人気持ち良さそうに布団に包まっている姿は何とも可愛らしかった。
「ああ、眠い……そうだよ……だから何だってんだ。何か文句でもあんのかよ」
「べ、別に文句とかないけど……掴がしんちゃんに手とか出さないか心配なだけ」
「心配すんな。手ならいつも出してるよ」
「心配するわっ!掴君、日向お姉ちゃんと約束しようか。これからはしんちゃんに変なことしちゃ駄目だからね」
「はぁ?お姉ちゃん?そんなん何処にいんの?俺の目の前には高校の制服着てる小学生しか見当たらないんだけど」
俺の悪口が相当お気に召さなかったようで、日向は自分を苛める掴君を懲らしめる為の必須道具スマホ(お父様召喚機)を制服のポケットから取り出したのだった。
「ふふふふふ。掴君、そんなこと言っても良いのかな?ぱぱにお願いして強面のお兄さん達に来て貰っちゃうよ」
強面のお兄さん=簗嶋組の若頭である。
日向のことを「お嬢」と呼ぶ、門松という男に違いない。
俺は死という運命から逃れる為、全力の本気で簗嶋組のお嬢に土下座した。
「すいやせんでした、お嬢!どうかこの私めの失礼をお許し下せぇ!」
今まで何回日向に土下座をしてきただろうか。やり過ぎて覚えてねぇ。
若頭の門松には中学時代に日向を泣かしちまって一度本気で殺されかけたときがあったな。日本刀握って追い回されて、流石の俺も死を覚悟したぜ。
確かその辺りだったか、俺が日向へペコペコ土下座して謝るようになったのは。
「約束するって。深紅たんに変なことしなきゃ良いんだろ」
「わかれば宜しい」
「けどさ、変なことって例えば何だ?」
この二日ちょいで深紅たんにしてきた事をあげれば切りがない気がするが。
頭撫でたり、一緒の布団で寝たりとか。ちょっとした恋人気分を満喫出来て最近の俺はかなり幸せ者だったな。俗に言うリア充という奴等の仲間入りを果たせたのかもしれない。
一応説明しておくが、リア充=リアルが充実している奴等のことである。
「変なことと言えばあれだよ……え、えっちなこととか……ですよ」
「ううむ、それはまだしてないかもな」
とても残念なことにな。
えっちなことと聞いて一つ深紅たんとご一緒してみたいことを思いついたので、折角だから日向君に発表してみることにした。
「一緒にお風呂は変なことに入りますか?」
「う~ん……水着着てればそこまで問題はないような、あるような?」
水着と聞いて俺が最初に思い浮かんだ水着は、もちろんスクール水着だ。
深紅たんみたいな子には絶対に似合うんだろうな、スク水。
どうしてすぐに思いつかなかったのか不思議なくらいだ。
「日向の小学生の時のスク水貸してくれよ。それ深紅たんに着せるから」
「まさかとは思うけど、今日一緒にお風呂に入る~とか言い出すんじゃないでしょうね?」
「まさしくそのつもりだったが、何か問題でも?」
「問題あるでしょ。しんちゃんにお風呂で何して貰うつもりよ?」
「体を洗って貰おうかと考えている。あと、目の保養」
俺は真顔でそんなことを口にしていた。この話を深紅たん本人が聞いていたらどう思うだろうな。眠ってて良かった。
「掴の変態。幼女趣味」
「俺は幼女趣味な訳じゃないぞ。ただ純粋に深紅たんのことが好き何だ」
「でも好きだからって、何しても良いってことにはならないでしょ?」
「深紅たんは俺の作ったアンドロイドだぞ。何でも言うことを聞いてくれる素直な良い子だ」
「それは掴が勝手に設定したしんちゃんの話でしょ」
「お前が信じられないのもわかる。けどな、この前深紅たんが話したのは全部本当のことで未来の俺が深紅たんを作ったのも、俺と日向が将来結婚することも、どっちも嘘でも冗談でもない。事実を口にしてたんだよ」
「いきなり未来とかアンドロイドとか言われても……ひな、そういうのよく解らないし……」
「深紅も心は主と同じ。奥方には信じて貰いたい」
いつの間に眠りから覚めたのか、深紅たんが俺と日向の話に途中参加。
可愛らしいアンドロイドの寝癖っていて所々跳ねている髪が俺のハートを見事に撃ち抜いた。
ああ、直したい。直してあげたい。
「……しんちゃん」
「深紅は未来の主と奥方のことが好き。だからこの時代の奥方とも仲良くしたい。駄目?」
「ううん、駄目じゃないよ。掴の言うことはまだ信じられないところが沢山あるけど、ひなはしんちゃんの言うことだったら何でも信じるよ。だってしんちゃんは掴と違ってひなを困らせる意地悪な嘘をつくような悪い子には見えないもん」
おいおい、酷いな。俺の言うことはそんなに信じられないのかよ。
まあ、良いや。今俺の注目すべきところは他にある。
それはこの可愛らしい金髪少女の寝癖で跳ねまくっている短髪だ。
「し、深紅たん……その君の寝癖、俺に直させてくれないか?」
「主はちょっと黙ってて」
何か深紅たんがとても冷たい感じがするのだが、これは俺の気のせいか?
それを確かめようとして、髪の毛に手を伸ばし触ろうとしたら、
「や!」
滅茶苦茶嫌がられて、気持ち悪がれる。
俺は毎週見ている萌えアニメを一話見逃した時のような強いショックを受けた。
……もう立ち直れる気がしない。
「深紅たんに嫌われた」
「何か掴、少し可哀想かも。しんちゃん、慰めてあげてくれないかな?」
「奥方がそう言うなら」
俺が部屋の隅っこで一人落ち込んでいると、後ろからやって来てくれたのはクシを手に握った深紅たんだった。
「主、深紅のぼさぼさの髪直したいんでしょ。良いよ」
「深紅たん大好き!」
「その台詞、未来の主もよく言ってた」
自分の膝に深紅たんを座らせて、受け取ったクシを使い、目の前にある可愛らしい寝癖った髪を優しく直し始める。
「掴、すごく嬉しそう。しんちゃんのこと大好き何だって見てるだけでわかるなぁ。顔がニヤついてるもん」
「主、痛い。下手くそ」
くっ、髪がクシに引っ掛かって上手く梳かせない

「……すまん。後少し我慢してな」
女の子の髪を梳かすことは意外にも難しく、俺はその後も深紅たんに何度か痛みを与えてしまうことに。
「……うう、頭が痛い。主はやっぱり下手くそ」
「ごめんて。毎日深紅たんの髪の毛で練習したら上手くなるかもよ」
「や。痛いの嫌い。もう主には触らせない」
「そんな冷たいこと言うなよ~。深紅た~ん」
「主じゃなくて奥方が良い。次からは奥方にお願いする」
「おのれ、ひなっちめ。俺の深紅たんを横取りしやがったな。許さん、許さんぞ」
「掴がしんちゃんに痛いことするからいけないんでしよ~。勝手にひなのせいにしないで」
深紅たんの俺に対する好感度がまたまた下がった様子。
真に残念なことだが、これからの俺が深紅たんの可愛らしい金髪に触らせて貰える日は永遠に来なそうだ。
こんな結果になるのなら髪の毛梳かしてみたい何て言い出すんじゃなかったなぁ。

「わぁ~、すご~い。本当にすぐ学校に着いちゃった」
朝っぱらから三人で長々と話をしていたらいつの間にか学校に向かう時間が過ぎていて、このままではホームルームに間に合わないと慌て始めた日向へ救いの手を差し伸べたのはもちろん俺ではなく、万能アンドロイド深紅たんだった。
「これで、信じられるだろ。深紅たんが普通の人間と違うんだって」
このテレポーテーションがあれば、もっとギリギリまで寝ていられるだろう。
態々、学校まで歩いて行く必要がないのだからな。
「言ったでしょ。ひなはしんちゃんの言うことは信じるって」
「俺のことは信じないんだもんな。ひなっちさん、サイテー」
「だってしんちゃんは掴みたいにひなのこと苛めたりしないもん」
仲の良い姉妹のように深紅たんに抱きつく日向は本当に嬉しそうで、何だか、いつもコイツを困らせている俺が性格の悪い苛めっ子のように思えてくる。
これからはほんの少しだけ優しく接してやった方が良いのだろうか。
「主は奥方に対する優しさが全くと言って足りていない。これからはあまり奥方を悲しませたり困らせたりする行為は控えた方がよいと思われる」
「しんちゃん……ひなのこと心配してくれてありがとう。嬉しいな」
「くぅ……深紅たんと仲良くなりおって……羨ましい」
「深紅、奥方のこと苛める主きらーい」
二度と日向を苛めないことを深紅たんに誓った俺だった。

「深紅たん、今日は時間を経過させなくて大丈夫だからな」
「おお。主、まさか勉強に目覚めた?」
「目覚めねぇよ。昨日の日向が何となく時間の経過が可笑しいことに気付いている様子だったからな。それで使用を控えた方が良いと考えたまでだ」
「了解した。今日は六時間みっちりと授業を受ける」
そして始まった勉強と言う名の生き地獄は俺(世界最強の馬鹿)を予想以上に苦しめる結果となった。
反対に深紅たんはと言えば、一時限目の音楽の授業で歌姫と呼べるような歌唱力と美貌で俺を含めたクラスの奴等全員を魅了。
続いて二時間目の英語ではまるで本当の外国人のような素晴らしい発音で英語をぺらぺらと喋り、教師や皆を驚かせていた。
「次、出席番号十五番、輝来」
続いて三時限目。俺が数学教師に名指しされ黒板に数式の答えを書く使命を任されていたのだが、答えが解らずに暫くの間ぴたっと固まっているとチョークを持った右手が俺の意思とは関係なく勝手に動き出し、これまた勝手に数式の答えを導き出したのだった。
「……せ、正解だ」
何故に馬鹿なお前がこの問題をと、教師はかなりビックリしているご様子で。
もちろん俺の右手を遠隔操作したのは深紅たん。
こんなことも出来たのか。すげぇ……。
「はぁ……こんなの描ける訳ねぇだろ」
そして昼前、四時限目の美術の授業ではブルータスとかいう男の石膏デッサンを描くことになったのだが、これがまたかなり難しく俺は開始から五分後、早くも描くことを諦めていた。
「出来た」
隣から聞こえた声に深紅たんのスケッチブックに視線を向けて見れば、そこにはすでに影まで完璧に描かれたブルータスの姿が。
改めて思う。このアンドロイドに不可能という文字は無いのだろうと。
「……だ、だるい~」
「主、お昼」
午前中の四時間分の授業を終えた俺は疲れきってもうへとへとだ。まだ残り二時間もあるとか考えたくもねぇ~。
腹はもちろん減ってはいたが、愛しの深紅たんに声をかけられようが、今の俺には机に倒した上半身を起こそうと考える気力はゼロだった。
「深紅たん、食べさせて」
「や」
「そんなこと言わずにさ」
「や」
「頼むよ~」
「や」
「どうしても?」
「や」
「一生のお願い!」
「や」
二人のこんなやりとりが暫く続いて、俺はとうとう心が折れた。
近頃の深紅たんはあまり俺のお願いを素直に聞いてくれなくなったな~。
もしかして反抗期か。 反抗期なのか?お父さん淋しいぜ。

「……あるじ。主」
深紅たんが俺を呼ぶ声が聞こえて夢から覚める。
もう五時限目の授業が始まるのかと体を起こしてみれば、教室の中をオレンジ色の光が照らしていて今が放課後だということに気付いた。
「あれ、授業は?」
「とっくに終わった。主は口からよだれを垂らしてずっとお昼から眠っていた」
「よく教師に起こされなかったな」
「主の存在感を薄く設定しておいた。彼等に主の姿を捉えることは出来ない」
「やはり、深紅たんのおかげか。ありがとうな」
「良い。起こすのが面倒だっただけ」
「そうっすか……何か、腹減ったな」
「お昼も食べていない主に関しては当然だと思われる。奥方が迎えに来る前に食べてしまっては?」
「そうだな。それじゃ」
深紅たんの提案に頷いた後、俺は彼女へ弁当箱を差し出した。
「食べさせて」
「や」
そうだ。深紅たんが絶対に俺の誘いを断れない方法が一つだけあるじゃないか。
日向のことを大切に思うこの子はこの言葉には抗えまい。
「良いのかなぁ。食べさせてくれないなら、このお弁当無駄になっちゃうよ。俺は深紅たんがお願い聞いてくれないと絶対に食べないって決めてるし、日向が悲しむ顔が目に浮かぶぜ」
「むむ、主、深紅を脅す気?」
「ふっ、ふっ、ふ。すまんな深紅たん。俺は何気に性格の悪い男なのだよ」
「知っている。主はたまにすごく卑怯で意地悪」
「さて、どうするんだい、深紅たん」
「わかった」
やっとわかってくれたか。
姑息な手段を使ってみて正解だったようだな。
俺が「あ~ん」と口を開け、食べさせて貰おうとスタンバイしていると、深紅たんは弁当箱を開けて、
「主が食べないなら深紅が食べる」
そう言って自分の口へサンドイッチをくわえたのだった。
この展開は予想してなかったな。
今回の件で何気に深紅たんが恥ずかしがり屋だということに気付けたよ。
周りに俺と恋人同士だと思われるのが嫌だった訳ね。

「はあ……ようやく休みかよ」
暫くの間家の中でぐうたらしていた俺から言わせて貰えば六日も連続で学校に通うとか拷問としか感じない訳で、すっかりと疲れきったこの体には相当なストレスが溜まっていた。
何かをしてこのストレスを解消したいなとぼんやりTV画面を眺めていると、一つのCMが俺の興味を誘導する。
「カラオケかぁ~。たまには良いかもな」
俺の「カラオケ」という言葉を聞いた深紅たんがビクッと体を震わせる。未来で何か苦い経験でもしたのかね。
「なぁ深紅たん。今日休みだしさ、二人でカラオケにでも行かないか?」
「…………やだ」
「え?」
「主一人で行って来て」
いつものように中々釣れないことを口にする深紅たん。
一人でカラオケに行ったって面白くも何ともないのだが。
「もしかしてカラオケ嫌い?」
「未来の主のせいで嫌いになった」
おいおい、未来の俺何てことしてくれてんだよ。過去の俺が深紅たんの可愛らしい歌声を楽しむチャンスを台無しにしやがって。
俺がぶつけようのない怒りを必死で抑えようとしていると、そこへ学校に通う日でもないのに日向がやって来た。
「あ、掴がちゃんと起きてる。珍しい~」
「おい、こら。勝手に入って来て最初の台詞がそれか?ノックくらいしろ。今日は何しに来た?」
「掴がまだ寝てると思ったからひなが起こしに来てあげたの」
「けっ。悲しいことに朝早く起きることに慣れちまったんだよ。毎日のつまらん学校生活のせいでな」
日向の奴が「二人で何の話してたの?」とか言い出しやがったのでカラオケのことを素直に話すと、日向も「行きたい」と俺の提案に賛成。
多数決だったら二対一で深紅たんの「反対意見」に勝っていた。
「決まりだな。深紅たん、観念して一緒について来なさい」
「やだ。行かない~」
「駄目だ。お前の可愛い声ご主人様に聴かせろや~」
「や~だ~」
「え~、何で?しんちゃんも一緒に行こうよ~」
両手を引っ張って無理矢理に連れ出そうとする俺に抵抗していた深紅たんも、日向のお願いには断ることが出来ず観念したのか逆らうのを止めた。
「う~、主の馬鹿。手が痛い」
綱引きでもやっているかのような引っ張りあいだったからな。
流石はアンドロイドと言ったところか、ああでもしなければ力負けしそうだったし、つい本気出しちまったよ。
「ごめんて。つうかさ、どうしてそんなに嫌だったんだよ。理由を教えてくれ」
「未来の主は深紅にばっかり歌わせて自分はほとんど歌わない」
深紅たんはこうも言った。
未来の俺は深紅たんに自分の好きなアニソンばかりを歌わせているばかりで、それを聴いているだけで満足していたと。
「掴、サイテーだ。女の子にばっかり場を盛り上げさせて。ごめんね、しんちゃん。今日はひながいっぱい歌うから、未来の掴のことは許してあげてね」
その言葉通り、カラオケ店に入って最初にマイクを持って歌い出したのは日向だった。
俺はしばらくの間、注文したポテトとドリンクバーに夢中になっていたのだが、深紅たんはというと、受付で借りてきたマラカスとタンバリンを両手にシャカシャカと鳴らして気持ち良さそうに歌っている日向を盛り上げていた。
一曲歌い終わると、
「しんちゃんも一緒に歌お!」
そう言って日向がデュエット曲を選曲し、深紅たんの手を引いてソファーから立ち上がらせる。
あれだけ歌うことを嫌がっていた割りに誘いを断わることはなく、もう一本のマイクを持って二人で仲良く歌い始めた。
俺はそんな二人の歌声をポテトとジュースを両手に飲んだり食べたり、途中ピザやパフェ、プリン何かも追加注文したりしながら、とにかく楽しく聴いていたのだった。
「次、主の番」
二人のデュエットが終わって深紅たんから俺に差し出されるマイク。
しかし、俺は、
「いや、俺はまだ良い。ピザ食べ終わってからにするわ。深紅たん、アニソン歌って」
そう言って、未来の俺と同じように深紅たんにアニソンを歌わせようとしていた。
やっぱりというか、何というか、俺と未来の俺は同一人物のようだ。
「むぅ。やっぱり主、歌おうとしない」
「いやいや、ちゃんと歌うよ。これ食べ終わったらね」
そうして、仕方なくと始まった深紅たんのソロ。
やはり流石と言うべきか、俺の作ったアンドロイドちゃんは歌唱力も十分にある。
音楽の授業でその腕前はすでに知ってはいたが、改めて聴くとやっぱプロ並み。
いや、プロをも超越する歌声だ。
日向がマラカスを振って応援している中、俺はというとピザを食べ終わって次は何を注文しようかとメニューに目を通していた。
品揃え豊富な食べ物に悩んだ結果、
「すいませーん、カレーとスパゲッティ。後、ケーキセット追加で」
そう店員に注文した後、皆の空になったコップを手に取って、ドリンクを注ぎに部屋を出た。
ふふ、ちょっと日向に悪戯してやるか。
「飲み物持って来たぞ~」
深紅たんにはオレンジジュース。日向には三つの飲み物をミックスして作ってきた俺特製ジュースを手渡した。
味はどうなっているのかって?
ふ。そんなもん味見などしていないからわからん。
「ありがと。う……な、何これ?変な味がするぅ~」
「メロンとリンゴ、そしてオレンジジュースをミックスして作った俺特製ジュースさ。有難く飲むと良い」
「ひなはこれいらないかな。後は掴が飲んでよ」
「すまんな。俺はカレーとスパゲッティを食すのに忙しいんだ。そんな不味そうなもんは飲めん。ひなっち、そんな変な物飲まそうとして俺を殺す気なのか?」
「それ、作って持ってきた本人が言う台詞じゃないよね」
久々の日向弄りを深紅たんが見過ごすことはなかった。
日向の持つジュースの入ったコップを受け取ると、
「主、奥方困ってる。これは作ってきた主が責任を持って飲み干すべき」
「……へ、深紅たん……や、やめろ……ご主人様に一体何をするつもりだ?ひっ、いやぁああああああっ!!」
「口開けて」
俺のところへやって来て無理矢理にジュース(激マズ)を飲ませようとするのだった。
「うげぇ……まじぃ……こんなもん飲み物何て認められないな」
「主、そういうの奥方に飲ませようとするの良くない」
「ちょっとした出来心だったんだ……すまん」
その後深紅たんにマイクを手渡されるが、俺は食い過ぎによって上手く歌うことが出来なかった。
「げぷ……苦しくて歌いずれぇ……深紅たんパス」
「やっぱり主は歌わない」
「しゃあないだろ。食い過ぎで苦しくて歌い辛いんだ」
「わかった。主の体内の状態を一時間前に戻す」
「……へ?」
深紅たんが何をしたのかは全く解らなかったが、俺の膨れていた腹は魔法でも使ったかのように凹んで元の大きさに戻っていた。
「これで歌える筈」
「またまたすげぇ能力だな。何かまた腹が減ってきたぞ」
「当然。主が一度消化した食べ物も食べる前の状態に復元した」
テーブルの上には俺が全部食い尽くした筈の料理がオールコンプリートされていた。
こりゃ良い。一度に二回も食べる喜びを味わえるとはな。
「よっしゃ。じゃあさっそく食べようぜ~」
「主は歌う。今度は深紅と奥方が食べる番」
「でもしんちゃん、これ、一度掴が消化した食べ物だよね?汚くないの?」
「おい、日向。お前結構酷いこと言ってるの自分でわかってるか?」
「問題ない。料理は全て主が手をつける前の状態に戻してある。十分食べられるレベル」
「そっかー。じゃあ大丈夫だね」
「大丈夫」
「ほら、掴。早く歌ってひな達を楽しませて」
日向め、にこにこしやがって。
ケーキやプリンを食べながら俺の歌を楽しむつもりだな。
「はい、しんちゃん口開けて。あーん」
深紅たんにケーキを食べさせるとか何と羨ましいことを。
その役目俺に代われ。
「主、深紅早く歌聴きたい」
「はいはい只今~」
俺が選曲したのはもちろん大好きなアニソンだ。
女の歌手の歌だが男である俺にこの女声を出すことが出来るだろうか。
ええい、迷うのも面倒だ。やってやる。コイツ等女共を楽しませてやるのが今の俺の仕事何だからな。
「あははは。掴が女の子みたいな声出してる。おネェみたい」
「主、面白い。もっと歌って」
アニソンの弱点は男の歌手があまりいないことだな。
女の歌手ばかりで男が歌うには少し厳しい。高い声を維持しようとしても途中で元の低い声に戻っちまう。こんな時だけは高い声の男が羨ましいぜ。
「はぁ、はぁ……もう良いだろ。深紅たん、俺に暫しの安らぎを。お前の可愛い声をご主人様に聴かせてくれ」 
「や。主まだ二十二曲しか歌ってない。もっと歌って」
「日向、パス」
「ひなはまだパフェ食べてるから、掴まだ歌ってて良いよ」
もう歌う曲も元気もねぇよ。
二十二曲もぶっ続けで歌ってんだぞ。少しは休ませろ。息が持たねぇ……。
結局二人が代わってくれることはなく、俺はそれから八曲続けて歌い、合計三十曲のアニソンを熱唱したのだった。
「主、すごい」
「もう無理……どっちか代わって。歌わないならもう帰ろうぜ」
「そだね。結構な良い時間になってきたみたいだし、そろそろ帰る?」
時間を確認すれば今は十六時。来店時間が十一時くらいだったから、五時間くらいは此処にいたということになる。フリータイムでそれだけ出来れば十分な感じだな。
「いつもすまないな、ひなっち君。お代の方は任せた」
「うん。わかった。どうせ掴はお金持ってないもんね。良いですよ。ひなが払いますよ~」
「奥方、お代なら深紅がどうにかする」
「え?大丈夫だよ、しんちゃん。ひないっぱいバイトしてるからお金払えるよ」
「平気。お金ならいくらでもある」
そう言って深紅たんは両手一杯の一万円札を何処からか出現させて日向に渡そうとしていた。俺はそれに一番に反応して、そのお金を手に取ってみた。
「お~!すげぇ~!!」
見た目は本物と何も変わらない。最初は偽札何じゃないかと思ったが、これはちゃんと真ん中の透かしもある。
俺は思った。深紅たんさえいれば働かずとも一生ニートとしてやっていけると。
「しんちゃんの気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ。ひなが自分のお金で払っておくからそのお金は全部しまって」
「おい、良いのか日向。それ使えばいいじゃん」
「ううん、大丈夫。何だかずるいことするみたいでお店の人に悪い気がして」
ほんと、この子は真面目だねぇ。俺だったら容赦なく使ってるだろうな。
だってただで歌い放題ってことだぜ。宝くじにでも当たったことにしとけば気持ちも楽になるだろうよ。
「そうかい」
「奥方、その点は気にしなくて平気」
「え、何で?」
「これ全部、主が未来で稼いだお金だから」
……え、それ全部俺の金だったの?
つうか未来の俺すげぇ!めっちゃ金持ちじゃねぇか!

































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