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第一話(未来を変える為に負うリスク)
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「掴のお金?」
「そう。これは未来の主から深紅へ手渡されたお小遣い。だから気にする必要はない」
「そうなんだ。それなら今日は掴にご馳走になろうかな」
「ちょっと待て。俺はまだ良いとは言ってないぞ」
「主、これは未来の主が深紅にくれたお小遣い」
未来の俺は何て太っ腹なのだろう。普通自分の作ったアンドロイドにそんな大金を渡したりするか?見た感じざっと一億円くらいはあった気がするが。
……まあ、良いか。今日のカラオケ代は未来の俺にごちになるとしよう。
「はぁ……今日は何だか疲れたな」
また明日から六日続けて学校に行くとか考えたくもないわ。こんな時は熱めの風呂に入ってリラックスするに限るぜ。
背中を流してくれる可愛い子がいたらもっと良いんだけどなぁ。
ちょこんと座布団に座ってテレビを眺めている深紅たんに視線を送ってみた。
「深紅たん、俺から君にプレゼントがあるのだが、受け取ってもらえるだろうか?」
「主が深紅に?」
俺が深紅たんに差し出したのは日向に無理言って持ってきて貰った紙袋。
その中に入っているのは彼女に来てもらうつもりの、
「主、これは?」
日向が小学生の頃着ていたスクール水着。
小柄な深紅たんならこれを着れる筈だ。
「スク水だ。これを着て一緒にお風呂に入ろう」
「どうやら主の幼女趣味は過去も未来も変わらないらしい。この水着なら未来の主に飽きる程着せられた」
「それじゃ、良いんだね」
「恥ずいから、嫌」
そうですか。
何となく断わられる予想はしていたが、すごく残念だ。
……このスク水どうすっかな。
その日の夜。俺は悪夢を見た。
一体どんな内容だったのかと説明するとしたら、簡単に短めな言葉で片付いてしまうのだが、あまり口にはしたくない程の残酷な結末だった。
ずばり言ってしまうと、大好きな深紅たんが俺の目の前で殺されるという内容だ。
……しかもただ殺された訳ではない。
命を絶たれた後に、頭、手足、胴体と、全てをばらばらに切断され完全に人としての形を奪われたのだ。
その悪夢から目覚めてすぐに俺は深紅たんの名を大声で叫んでいた。
「深紅たんっ!!」
冷や汗がすごい……あれが正夢にでもならないようにと心から思う。
「主、深紅なら隣にいる」
「…………し、深紅」
その可愛らしい姿を見つけるなり、ばっと被っていた布団を捲って深紅たんの身体がちゃんと繋がっているかの確認作業に入った。
目で見てしっかりと全身を触って、すぐ隣で眠っていたアンドロイドさんが幻や幽霊的な何かでないことを早急に確かめたかったのだ。
うん。どうやら大丈夫のようだ。このお方はいつもの可憐で無表情の俺の嫁、深紅たん様で間違いない。
「主のえっち。深紅の胸触った」
「ああ、すまん。夢を見てな……深紅たんの姿がちゃんと此処にあるのか確かめたかったんだよ」
「夢……えっちな?」
「いや違う。深紅たんが死んでしまう悪夢だ。まったくも~、心配させんなよな。無事で良かったよ」
「心配してくれた?」
きょとんと俺の顔を見つめる深紅たんへ、
「当たり前だろ。俺は深紅たんのこと大切な家族だって思ってるんだからな」
そんな照れ臭い台詞を口にして頭を撫でた。
「ほら、日向の奴が来る前にさっさと起きようぜ」
二度寝する気分になれなかったのは今回が初めてだ。
もう一度眠ったらまた同じ夢を見てしまう。そんな気がして。
(……何だこりゃ)
正直にそう思った。
学校に着いて隣の深紅たんの席の方へ視線を向けて見れば、机の上に置いてあったのはハートのシールの貼ってあるあからさまなラブレター。
何処の馬の骨とも知らん野郎が俺の娘、深紅たんに恋をしているのである。
破り捨てて証拠隠滅しようと考えた俺の手からそのラブレターが奪われたのはそれからすぐのことだった。
「主、これは?」
「深紅たん様の机に置いてあった物であります」
ハートのシールを外してラブレターを開封する。そこから出てきたのは見たこともない文字で書かれた謎の手紙だった。
これ、何よ?日本語でも英語でもない不思議な文字だ。
きっと頭のイカれた中二病な野郎が書いた悪戯に違いない。
「深紅たんこれ読めんの?」
深紅たんは無言でこくんと頷いた後、俺にこう言った。
「屋上に行って来る」
「は?屋上?もう授業始まりますけど」
手紙を書いた奴はこんな早朝から深紅たんを呼び出して「好きです」と告白でもするつもりなのか?
断わられた時のことを考えろよ。一日ずっとブルーになるぞ。
「すぐ戻る」
「ちょっと待った。俺も行くよ」
「主は来なくて良い。此処にいて」
それだけ言うと深紅たんはお得意のテレポーテーションで教室から姿を消した。
能力を使うのは別に構わないのだが、次からは人目のつかないところでお願いしたいものだな。
クラスメイト共がすげぇ驚いてるぞ。手品みたいだってさ。
(……さて、屋上って言ってたよな)
深紅たんに告白しようとする野郎の面が気になって、こっそりと後をつけてみることにした。俺のアンドロイドちゃんに手を出そうとしやがったらぶん殴ってでも止めてやるぜ。
深紅たん共々一時限目をサボるつもりで教室を飛び出した。
「あれ……誰だ、あの子?」
深紅たんと向かい合って話をしているのは野郎ではなかった。
相手は緑色の髪にサイドポニーの少女で、左目が長い前髪によって隠れている。
何処か雰囲気が深紅たんと似ている気がするのは俺の気のせいであって欲しい。
「人間、だよな……」
二人の会話内容を盗み聞いてみる。
「来夢姉、深紅を追って来たの?」
「ありがとね、深紅。大人しくあたしに破壊されに来てくれて」
「破壊されに来たつもりはない。深紅は来夢姉を正気に戻す為に此処にいる」
「へぇ。出来るの?戦闘型でもないマスターの愛玩専用だったアンタにそんなことが」
来夢と呼ばれた少女が右手に突如出現させたのは拳銃のような得物。
そんな物騒な物出して何するつもりだよ?
「止めろ!深紅たんに何するつもりだ!」
深紅たんの身の危険を感じて、自然と体が動いていた。
「主」
「あら、マスターもいたのね。ちょうど良いわ。アンタがどれだけ無力かその体にしっかりと感じさせてあげる」
来夢が銃口を深紅たんから俺へ向ける。
撃ち殺されると思った瞬間、深紅たんが俺の前に立ち銃弾をもろに受けて右腕が吹っ飛んだ。
「深紅たん……右腕……」
「大丈夫。主、早く逃げて」
……いや、俺には何が大丈夫なのかわからない。
出血も酷いし、腕一本失くして可哀想とか、そういうレベルの話じゃなくなってきたぞ。
このままじゃ俺達、アイツに殺されちまうんじゃないか?
「不味い血ね。こんな腕いらないわ」
来夢が深紅たんの地面に転がっていた片腕を拾って、血をぺろっと一舐め。不味いと言って投げ捨てた。
「その体じゃ抵抗することも難しいでしょ。諦めて死になさい」
「そうでもない。深紅はまだ諦めてない」
「痛いんでしょ。あたし達アンドロイドにだってちゃんと人間と同じく痛覚がある。意識を保っていられるだけすごいわ」
瀕死の状態の弱っている深紅たんに容赦無く向けられる銃口。
止めろ。これ以上ダメージを負ったら本当に死んじまう。
「主?」
「今度は俺が深紅たんを守る番だよな。俺のせいで大怪我させちまって……本当にごめん」
敵アンドロイドの向ける銃口から深紅たんの体を自分の体で隠すように抱きしめる。
「撃つなら俺を撃て。深紅たんはこれ以上傷付けさせない」
「そう。ソイツを庇うと言うならあたしはマスターでも容赦しない。痛みを味わう覚悟はあるのかしら?」
「主退いて。このままじゃ二人共殺られる」
「でも、その体でどうするって言うんだ」
「大丈夫。主が時間を作ってくれたおかげで再生の準備が完了した。見てて」
いつの間にか深紅たんの転がっていた片腕が何処かに消失していて見当たらない。
気付けば完全に遮断された筈の腕が元の状態へ戻っていた。
「アンタを殺すには完全にその不死身の身体を消滅させない限り無理っぽいわね。そう簡単に再生されちゃいくらダメージを与えても切りが無いもの」
「なら、どうするつもり?」
「そうねぇ。棺桶にでも閉じ込めて焼却炉で焼いてあげるわよ。生きたまま死体みたいにね。泣いても出してあげないわ」
「何か来夢姉じゃないみたい。深紅の知っている来夢姉はいつも優しく接してくれた。そんな意地悪なこと言ったりしない」
そうなのか。俺にはまったく解らない情報だが、妹の深紅たんが言うのだからそうなのだろう。
「嫌いになったのよ。理由何かそれで十分でしょ。アンタはあたし達アンドロイドをこの世から消そうと考えているのよね。そんな奴を野放しにはしておけないでしょ」
「主を救うには他に方法がない」
「なら、あたし達はどうなっても良いと言うのね。わかった。やっぱりアンタは殺す。これ以上マスターの勉強の邪魔はさせないから」
来夢が銃をしまって次に出現させたのは日本刀だ。またまた物騒な物を取り出しやがる。
「主、離れてて」
「一人で大丈夫か。また怪我負わされたりしないだろうな」
「さっき負傷したのは主がいきなり飛び出して来たせい。いくら深紅でも対応出来ない場面もある。体を盾にしていなければ確実に撃ち殺されていた」
「つまり、俺が役立たずだった。ということだな」
「そう」
はっきりと言ってくれるな。俺だって深紅たんの身を案じて飛び出して来てやったんだぞ。
少しは褒めてくれ。
「死ぬ覚悟は出来た?行くわよ」
「深紅はそう簡単に殺されたりしない」
はっきりと言っておこう。
それからの二人の戦闘風景は凡人である俺にはまるで早送りでもしているかの如く速く、全くと言って良い程視認することが出来なかった。
風を切る音が何度も聞こえて来るということは深紅たんはきっと無事で、あの物騒な日本刀を簡単に回避しているんだろうなぁ。
俺の作ったアンドロイドすげぇ。
「ちょこまかと躱すばかりじゃ、いつか殺されるだけよ」
「ただ回避している訳ではない。現在来夢姉を傷付けずにこの戦闘に勝利する方法を検索している真っ最中」
「残念だけど、その検索結果に該当する答えはないわ」
二人のアンドロイドが特撮物や少年漫画のバトル物に勝るとも劣らない戦闘を繰り広げている間、俺は何をして良いのかわからず屋上で一人呆然と立ち尽くしていた。
手を貸そうにも、役に立たない自分の非力さを呪っていたら、敵に吹っ飛ばされたのか、深紅たんが俺の後方にある屋上の入り口へ激しい音を立ててぶつかったのだった。
「深紅たん!」
「……平気」
慌てて駆け寄って行ったら驚いたことに今度は深紅たんの両手首がスパッと綺麗に斬り落とされていた。
きっとあの日本刀でばっさりとやられたのだろうな。何とも痛々しい。
「いや、全然平気じゃないだろ!手首がねぇ!」
「大丈夫。これくらいの軽傷なら三十秒もあれば元通り。ほら」
すげぇ。切断された筈なのに爪とか髪と同じで新しい手が生えるみたいに元通りじゃねぇか。
「軽傷ならそのぶん回復も早い。反対にさっきの腕一本は重症と言えるレベル。破損が激しいぶん少しだけ時間が掛かった」
アンドロイドには軽傷と言えても人間だったら手首無くしただけで死んじまうくらいの重傷になるだろうな。
深紅たんだって痛みを感じている筈なのにいつもの無表情を全くと言って崩していない。
いいや、それか必死に痛みを堪えているのかもしれないな。俺を心配させないようにと、この子なら平気でやりそうだ。
「随分と余裕ねぇ。いつまでそんなところに転がっているの?」
何とグロテスクな奴だ。
深紅たんと同じように高速世界から戻って来た来夢の日本刀には血がびっしりとついている。片手にはさっき斬り裂いたばかりの深紅たんの手首が握られていた。
奴はそれを口に運び、美味そうにかじり始める。
「やっぱり何度口にしても不味いわ。今思うと殺したての人間の肉が一番美味ね」
何か、過去に人間を殺したことがあるような言い方だな。
つうか不味いならかじるな。気持ちが悪い。そんな光景を見せられているこっちが不快だわ。
来夢はゲームのデータのように跡形もなく消失した手首を確認した後、またしても懲りずに深紅たんへ日本刀を向ける。
奴の殺気を感じた俺は咄嗟に、屋上に置いてあった鉄パイプを投げ渡したのだった。
「深紅たん、これ使え!」
それをキャッチした深紅たんは鉄パイプで日本刀による一撃を防ぐことに成功。
何か、今日始めて役に立てた気がするよ。ほんと、大した助けにはなってないかもしれないけど。
「ふふ。さて、次は何処を斬り裂いてあげようかしら?深紅、何処が良いの?自分でちゃんとお姉ちゃんに言いなさい。首?お腹?胸?それとも目?目をくり抜いてやったらその無表情も少しは崩れるのかしら?」
そんな普通の人ならそれだけで恐怖してしまいそうな言葉を掛けられても俺の深紅たんは少しも怖気付く様子は無く、真剣にじっと姉の瞳を見つめていた。
「深紅痛いの嫌い。だから、何処もやだ」
「あたしはアンタの泣き叫ぶ姿がみたいのよ。教えてくれない?いつも無口で無表情のアンタは何をすれば命乞いをするのかしら?」
「おい!もうそこら辺で止めておけよ!これ以上の言葉攻めは深紅たんが可哀想だ。俺にはお前の姿が妹を苛める嫌な姉にしか見えねぇぞ!」
我慢の限界だと俺は深紅たん救出の為、意を決してもう一本の鉄パイプを握って来夢に襲い掛かった。
死を覚悟して挑んで行ったのはいいが、戦闘経験皆無の俺が深紅たんでも苦戦するような相手に一撃入れられる筈もなく、やたらと長い刀でグサっと脇腹あたりを刺され、今日一番の勇気ある行動は無駄に終わったのだった。
「あ、主……」
深紅たんの心配する声(多分)が聞こえてきたが、俺にはそれを気にする余裕などすでになく、気を抜いたら仏の世界にすぐにでも逝ってしまいそうだった。
洒落にならねぇくらい痛い。慣れないことはするもんじゃなかったと若干の後悔を抱きながら、体を倒した。
「余計なことするからよ。そこでじっとしていなさい。あたしが貴方の大好きな深紅を殺すまで生と死の世を彷徨うのね」
俺から視線をそらしてまた深紅たんのところへ行こうとする来夢の足首をそうはさせるかと、朦朧する意識の中がしっと掴んだ。
どうせ死んじまうのなら、もう少しだけ抗ってみよう。あの子の役に立ちたい。そう思っての行動だった。
熱意が伝わったのか、来夢は倒れている俺にまた一度振り向いて、
「そう。そんなに早く死にたいの?わかった。望み通りにしてあげる。もしかしたら貴方が死ぬようなことになればあの子の泣き顔が見れるかもしれないしね。試させてもらうわ」
そんなことを言って俺の握っていた鉄パイプを奪い取る。きっとそれで、頭でも殴って殺すつもりだろう。
死を覚悟して目を瞑った。大体皆こういう場面に陥った時はそうする筈だ。
どうしてだろうな。目を閉じても与えられる痛みなど開いていたって同じで痛みが和らぐとかそんなことは絶対にないのに……。
きっと気持ちの問題とか、そのくらいのしょうもない理由に違いない。
(俺がどうにか二~三発は殴打されても耐えてみせる。だから深紅たん、今のうちに逃げろ。姉を殺せないというのならお前に残された道はその一つしかない)
さよなら世界。それと日向、最後まで迷惑かけて悪かった。次この世界に誕生する機会が与えられるのなら、その時は真っ当な人間になれるよう努力するわ。
俺がいくつかの遺言のような言葉を頭の中で思い浮かべていると、誰かが重傷で死に損ないの体をぎゅっと抱きしめてくれた。
人に抱きしめられるとか初めての経験かもな……いつ魂が抜けてもおかしくない肉体だが、その時が来るまでこの何ともいえない温もりを最後まで感じていたい。
「……主。死んじゃ駄目。すぐに傷を負った体を治癒させる。だからもう少しだけ持ち堪えて」
意識がはっきりとしていないせいか、俺の体を小さめな体で抱きしめて一生懸命に話しかけてくれているのが深紅たんだと気付いたのはその声を聞いてから少し後のことだった。
何かを強めに叩くような鈍い音が何度も聞こえる。
誰かが深紅たんの体を何かで叩いているのか?視界がぼやけていてよく見えない。
(……あれ、何か痛みが和らいできたような……)
「もう大丈夫。傷口は塞いだ」
どうやら深紅たんが俺の傷付いた体を完全に治してくれたようで、すっかりと状態が回復した。
おかげさまで、さっきまでほとんど見えていなかった視界もよく見える。
「深紅たん……お前」
元気を取り戻してさっそく目にした光景は深紅たんが頭から血を垂れ流し、大怪我を負わされながらも俺の体を必死で守る健気な姿だった。
「主、ごめん……深紅もう無理……」
そう言って俺のすぐ隣に力なくバタンと倒れた。
「お前、深紅たんに何をした?」
「何って、ずっとアンタを庇ってたのよ。その子はあたしに背中や頭を何度もパイプで殴られようが瀕死の状態だったアンタの治癒を止めようとしなかった。馬鹿よね。あたし達アンドロイドだって無敵って訳じゃない。そりゃ、頭をこんなんで何発も殴られたら正常ではいられないわ」
「深紅たん起きろ!死ぬんじゃねぇ!お前が死んだら俺は明日から猛勉強を始めるぞ!絶対に天才になってやる!それでも良いのか!」
目を瞑って横たわる深紅たんへ必死に声をかけた。
「それは困る」
思いが通じたのか体をすくっと起こして俺を安心させる。酷い怪我を負っているにも関わらず、何でもなさそうに立ち上がる。深紅たんの体は不死身に近いのかもしれない。
普通の人間は鉄パイプで頭を殴られたら高い確率で死ぬからな。
「主に勉強はさせない」
「ああ。俺もやる気何かねぇよ」
「ほんとタフな子ね。目障りだわ」
復活を喜んでもいられずに敵の次なる仕掛けが迫る。
深紅たんの立つ真下からたくさんの鎖が飛び出して、それが体を拘束し完全に動きを封じた。
「おい、それで深紅たんをどうするつもりだ?」
「どうするって、さっきから言ってるでしょ。殺すのよ。ねぇ、どうして抵抗しないの?アンタならこんな鎖何かに簡単に縛られたりしない筈でしょ」
「来夢姉をどう正気に戻すか考えていたら、反応に遅れた」
「チェックメイトね。呆気なかったわ。やっぱり姉の姿を利用して正解だった。鍵中深紅が家族思いなアンドロイドだという情報はどうやらガセではなかったらしい」
「……やっぱりそうだった。深紅の予想は当たっていた」
目の前にいる来夢が自分は偽物だとはっきりと解る言葉を口にした。
それじゃ、本当のコイツの正体は?
「お前は簗嶋掴が作り出した最高傑作だ。ズルでもせねば私は一分、いや、一秒も持たずに存在を消されていただろうな」
確かにそうだ。
深紅たんは今まで豊富な能力を使って、俺をその度に驚かせてきた。
正直、こんなに苦戦している方が可笑しい。
「でも、どうして?来夢姉は確かに心を支配されていた筈」
「彼女なら自力で洗脳を解いて逃げ出したよ。四季内来夢によって我々の味方アンドロイドが何万体も破壊された。こちら側としてはお前一体を破壊しても足りないくらいだ。
さて、お喋りはここら辺で仕舞いとしよう。
これからお前の体を斬り裂いて棺桶に詰める。跡形もなく焼殺してやるよ」
「止めろ!俺が科学者になれば済む話何だろ!なってやるから深紅たんを解放しろ!」
「口約束では我々は納得しない。鍵中深紅がそれに了承するとも思えない。どうせ貴様が未来で製作するアンドロイドだ。此処で私に殺されようが未来で会えるであろう」
敵アンドロイドが深紅たんの腕を切断しようと日本刀を振り下げようとしたその時、奴は自分の肩を叩く何者かの存在に気付いて後ろを振り向いた。
そこに立っていたのはもう一人の四季内来夢。多分だが本物の方だ。
「ねぇアンタ。あたしの深紅に何しようとしてるの?」
「き、貴様っ!どうしー」
返した言葉の途中で彼女が握る日本刀によって逆に体を斬り殺された。しかも腕、足、頭、胴体と全てをバラバラにされて。
敵アンドロイドが戦闘不能になって、深紅たんを縛っていた鎖は跡形も無く消え去り体が拘束から解放された。
「深紅ぅ~っ!!」
がばっと飛びついてきた来夢(本物)にそのまま押し倒される深紅たんは何も抵抗することなくされるがままになっていた。
「来夢姉、本物?」
「本物よ、アイツは偽物。深紅可哀想。こんなに酷い怪我負わされて。治療してあげるから目を閉じて」
そう言われて深紅たんは素直に目を閉じる。
来夢がどう治療行為をするのかと気になって見ていたら、姉妹で唇と唇をくっつけあってキスをしていた。
これがアイツの治療方なのか?羨ましい。俺も深紅たんとキスがしてみたい。
「はい。これで完全に治ったわ」
「来夢姉、助かった」
「良いのよ。姉として当然のことをしただけだから。それにしても許せないわね。あたしの姿を使う何て」
「ほんとだよな。本物のお前が深紅たんに優しくて安心したよ」
「あら、貴方もしかしてマスター?若いわね。四十代のマスターと比べ物にならないくらい若いわ」
そんなに連呼されなくても自分が若いことくらいわかってるさ。
まだ十七歳の高校生何だからな。若くて当たり前だ。
でもまあ、コイツ等アンドロイドからしたら十代の若い俺よりある程度歳を取った俺の方が親しみやすいのかもしれないが。
「マスター、あんた深紅が可愛いからって我慢出来ずに襲ったりしてないでしょうね?大切な妹に手を出したらあたし許さないわよ」
「大丈夫だ。深紅たんが可愛いことは知ってる。だが、現時点では襲ってはいない。本当だ」
「あら、わかってるじゃない。まさか若いマスターとも話が合う何て思わなかったわ。ほんと若ってマスターと趣味が同じなのね」
深紅たんに手を出していないのは本当だ。
それに最近は日向のことをイジリ過ぎて毛嫌いされている感もあるし、最初に会った時よりもお願いを素直に聞いてくれなくなった気がする。
一緒のベッドで毎日眠っていることは言わないでおこう。何かそんなこと言ったらマジで殺されそうな気がする。
というか、その「若」ってのはもしかしなくても俺のことかな?
「だってマスターって感じしないし」
だそうだ。
来夢の奴、ご主人様に対する敬いの心が無さ過ぎだろ。
少しは深紅たんを見習ったらどうだ。一緒に眠ってくれるとか、とりあえず俺にご奉仕的な何かをだな……まあ良いや。
俺には深紅たんがいれば十分、それだけで幸せだから。
「そう。これは未来の主から深紅へ手渡されたお小遣い。だから気にする必要はない」
「そうなんだ。それなら今日は掴にご馳走になろうかな」
「ちょっと待て。俺はまだ良いとは言ってないぞ」
「主、これは未来の主が深紅にくれたお小遣い」
未来の俺は何て太っ腹なのだろう。普通自分の作ったアンドロイドにそんな大金を渡したりするか?見た感じざっと一億円くらいはあった気がするが。
……まあ、良いか。今日のカラオケ代は未来の俺にごちになるとしよう。
「はぁ……今日は何だか疲れたな」
また明日から六日続けて学校に行くとか考えたくもないわ。こんな時は熱めの風呂に入ってリラックスするに限るぜ。
背中を流してくれる可愛い子がいたらもっと良いんだけどなぁ。
ちょこんと座布団に座ってテレビを眺めている深紅たんに視線を送ってみた。
「深紅たん、俺から君にプレゼントがあるのだが、受け取ってもらえるだろうか?」
「主が深紅に?」
俺が深紅たんに差し出したのは日向に無理言って持ってきて貰った紙袋。
その中に入っているのは彼女に来てもらうつもりの、
「主、これは?」
日向が小学生の頃着ていたスクール水着。
小柄な深紅たんならこれを着れる筈だ。
「スク水だ。これを着て一緒にお風呂に入ろう」
「どうやら主の幼女趣味は過去も未来も変わらないらしい。この水着なら未来の主に飽きる程着せられた」
「それじゃ、良いんだね」
「恥ずいから、嫌」
そうですか。
何となく断わられる予想はしていたが、すごく残念だ。
……このスク水どうすっかな。
その日の夜。俺は悪夢を見た。
一体どんな内容だったのかと説明するとしたら、簡単に短めな言葉で片付いてしまうのだが、あまり口にはしたくない程の残酷な結末だった。
ずばり言ってしまうと、大好きな深紅たんが俺の目の前で殺されるという内容だ。
……しかもただ殺された訳ではない。
命を絶たれた後に、頭、手足、胴体と、全てをばらばらに切断され完全に人としての形を奪われたのだ。
その悪夢から目覚めてすぐに俺は深紅たんの名を大声で叫んでいた。
「深紅たんっ!!」
冷や汗がすごい……あれが正夢にでもならないようにと心から思う。
「主、深紅なら隣にいる」
「…………し、深紅」
その可愛らしい姿を見つけるなり、ばっと被っていた布団を捲って深紅たんの身体がちゃんと繋がっているかの確認作業に入った。
目で見てしっかりと全身を触って、すぐ隣で眠っていたアンドロイドさんが幻や幽霊的な何かでないことを早急に確かめたかったのだ。
うん。どうやら大丈夫のようだ。このお方はいつもの可憐で無表情の俺の嫁、深紅たん様で間違いない。
「主のえっち。深紅の胸触った」
「ああ、すまん。夢を見てな……深紅たんの姿がちゃんと此処にあるのか確かめたかったんだよ」
「夢……えっちな?」
「いや違う。深紅たんが死んでしまう悪夢だ。まったくも~、心配させんなよな。無事で良かったよ」
「心配してくれた?」
きょとんと俺の顔を見つめる深紅たんへ、
「当たり前だろ。俺は深紅たんのこと大切な家族だって思ってるんだからな」
そんな照れ臭い台詞を口にして頭を撫でた。
「ほら、日向の奴が来る前にさっさと起きようぜ」
二度寝する気分になれなかったのは今回が初めてだ。
もう一度眠ったらまた同じ夢を見てしまう。そんな気がして。
(……何だこりゃ)
正直にそう思った。
学校に着いて隣の深紅たんの席の方へ視線を向けて見れば、机の上に置いてあったのはハートのシールの貼ってあるあからさまなラブレター。
何処の馬の骨とも知らん野郎が俺の娘、深紅たんに恋をしているのである。
破り捨てて証拠隠滅しようと考えた俺の手からそのラブレターが奪われたのはそれからすぐのことだった。
「主、これは?」
「深紅たん様の机に置いてあった物であります」
ハートのシールを外してラブレターを開封する。そこから出てきたのは見たこともない文字で書かれた謎の手紙だった。
これ、何よ?日本語でも英語でもない不思議な文字だ。
きっと頭のイカれた中二病な野郎が書いた悪戯に違いない。
「深紅たんこれ読めんの?」
深紅たんは無言でこくんと頷いた後、俺にこう言った。
「屋上に行って来る」
「は?屋上?もう授業始まりますけど」
手紙を書いた奴はこんな早朝から深紅たんを呼び出して「好きです」と告白でもするつもりなのか?
断わられた時のことを考えろよ。一日ずっとブルーになるぞ。
「すぐ戻る」
「ちょっと待った。俺も行くよ」
「主は来なくて良い。此処にいて」
それだけ言うと深紅たんはお得意のテレポーテーションで教室から姿を消した。
能力を使うのは別に構わないのだが、次からは人目のつかないところでお願いしたいものだな。
クラスメイト共がすげぇ驚いてるぞ。手品みたいだってさ。
(……さて、屋上って言ってたよな)
深紅たんに告白しようとする野郎の面が気になって、こっそりと後をつけてみることにした。俺のアンドロイドちゃんに手を出そうとしやがったらぶん殴ってでも止めてやるぜ。
深紅たん共々一時限目をサボるつもりで教室を飛び出した。
「あれ……誰だ、あの子?」
深紅たんと向かい合って話をしているのは野郎ではなかった。
相手は緑色の髪にサイドポニーの少女で、左目が長い前髪によって隠れている。
何処か雰囲気が深紅たんと似ている気がするのは俺の気のせいであって欲しい。
「人間、だよな……」
二人の会話内容を盗み聞いてみる。
「来夢姉、深紅を追って来たの?」
「ありがとね、深紅。大人しくあたしに破壊されに来てくれて」
「破壊されに来たつもりはない。深紅は来夢姉を正気に戻す為に此処にいる」
「へぇ。出来るの?戦闘型でもないマスターの愛玩専用だったアンタにそんなことが」
来夢と呼ばれた少女が右手に突如出現させたのは拳銃のような得物。
そんな物騒な物出して何するつもりだよ?
「止めろ!深紅たんに何するつもりだ!」
深紅たんの身の危険を感じて、自然と体が動いていた。
「主」
「あら、マスターもいたのね。ちょうど良いわ。アンタがどれだけ無力かその体にしっかりと感じさせてあげる」
来夢が銃口を深紅たんから俺へ向ける。
撃ち殺されると思った瞬間、深紅たんが俺の前に立ち銃弾をもろに受けて右腕が吹っ飛んだ。
「深紅たん……右腕……」
「大丈夫。主、早く逃げて」
……いや、俺には何が大丈夫なのかわからない。
出血も酷いし、腕一本失くして可哀想とか、そういうレベルの話じゃなくなってきたぞ。
このままじゃ俺達、アイツに殺されちまうんじゃないか?
「不味い血ね。こんな腕いらないわ」
来夢が深紅たんの地面に転がっていた片腕を拾って、血をぺろっと一舐め。不味いと言って投げ捨てた。
「その体じゃ抵抗することも難しいでしょ。諦めて死になさい」
「そうでもない。深紅はまだ諦めてない」
「痛いんでしょ。あたし達アンドロイドにだってちゃんと人間と同じく痛覚がある。意識を保っていられるだけすごいわ」
瀕死の状態の弱っている深紅たんに容赦無く向けられる銃口。
止めろ。これ以上ダメージを負ったら本当に死んじまう。
「主?」
「今度は俺が深紅たんを守る番だよな。俺のせいで大怪我させちまって……本当にごめん」
敵アンドロイドの向ける銃口から深紅たんの体を自分の体で隠すように抱きしめる。
「撃つなら俺を撃て。深紅たんはこれ以上傷付けさせない」
「そう。ソイツを庇うと言うならあたしはマスターでも容赦しない。痛みを味わう覚悟はあるのかしら?」
「主退いて。このままじゃ二人共殺られる」
「でも、その体でどうするって言うんだ」
「大丈夫。主が時間を作ってくれたおかげで再生の準備が完了した。見てて」
いつの間にか深紅たんの転がっていた片腕が何処かに消失していて見当たらない。
気付けば完全に遮断された筈の腕が元の状態へ戻っていた。
「アンタを殺すには完全にその不死身の身体を消滅させない限り無理っぽいわね。そう簡単に再生されちゃいくらダメージを与えても切りが無いもの」
「なら、どうするつもり?」
「そうねぇ。棺桶にでも閉じ込めて焼却炉で焼いてあげるわよ。生きたまま死体みたいにね。泣いても出してあげないわ」
「何か来夢姉じゃないみたい。深紅の知っている来夢姉はいつも優しく接してくれた。そんな意地悪なこと言ったりしない」
そうなのか。俺にはまったく解らない情報だが、妹の深紅たんが言うのだからそうなのだろう。
「嫌いになったのよ。理由何かそれで十分でしょ。アンタはあたし達アンドロイドをこの世から消そうと考えているのよね。そんな奴を野放しにはしておけないでしょ」
「主を救うには他に方法がない」
「なら、あたし達はどうなっても良いと言うのね。わかった。やっぱりアンタは殺す。これ以上マスターの勉強の邪魔はさせないから」
来夢が銃をしまって次に出現させたのは日本刀だ。またまた物騒な物を取り出しやがる。
「主、離れてて」
「一人で大丈夫か。また怪我負わされたりしないだろうな」
「さっき負傷したのは主がいきなり飛び出して来たせい。いくら深紅でも対応出来ない場面もある。体を盾にしていなければ確実に撃ち殺されていた」
「つまり、俺が役立たずだった。ということだな」
「そう」
はっきりと言ってくれるな。俺だって深紅たんの身を案じて飛び出して来てやったんだぞ。
少しは褒めてくれ。
「死ぬ覚悟は出来た?行くわよ」
「深紅はそう簡単に殺されたりしない」
はっきりと言っておこう。
それからの二人の戦闘風景は凡人である俺にはまるで早送りでもしているかの如く速く、全くと言って良い程視認することが出来なかった。
風を切る音が何度も聞こえて来るということは深紅たんはきっと無事で、あの物騒な日本刀を簡単に回避しているんだろうなぁ。
俺の作ったアンドロイドすげぇ。
「ちょこまかと躱すばかりじゃ、いつか殺されるだけよ」
「ただ回避している訳ではない。現在来夢姉を傷付けずにこの戦闘に勝利する方法を検索している真っ最中」
「残念だけど、その検索結果に該当する答えはないわ」
二人のアンドロイドが特撮物や少年漫画のバトル物に勝るとも劣らない戦闘を繰り広げている間、俺は何をして良いのかわからず屋上で一人呆然と立ち尽くしていた。
手を貸そうにも、役に立たない自分の非力さを呪っていたら、敵に吹っ飛ばされたのか、深紅たんが俺の後方にある屋上の入り口へ激しい音を立ててぶつかったのだった。
「深紅たん!」
「……平気」
慌てて駆け寄って行ったら驚いたことに今度は深紅たんの両手首がスパッと綺麗に斬り落とされていた。
きっとあの日本刀でばっさりとやられたのだろうな。何とも痛々しい。
「いや、全然平気じゃないだろ!手首がねぇ!」
「大丈夫。これくらいの軽傷なら三十秒もあれば元通り。ほら」
すげぇ。切断された筈なのに爪とか髪と同じで新しい手が生えるみたいに元通りじゃねぇか。
「軽傷ならそのぶん回復も早い。反対にさっきの腕一本は重症と言えるレベル。破損が激しいぶん少しだけ時間が掛かった」
アンドロイドには軽傷と言えても人間だったら手首無くしただけで死んじまうくらいの重傷になるだろうな。
深紅たんだって痛みを感じている筈なのにいつもの無表情を全くと言って崩していない。
いいや、それか必死に痛みを堪えているのかもしれないな。俺を心配させないようにと、この子なら平気でやりそうだ。
「随分と余裕ねぇ。いつまでそんなところに転がっているの?」
何とグロテスクな奴だ。
深紅たんと同じように高速世界から戻って来た来夢の日本刀には血がびっしりとついている。片手にはさっき斬り裂いたばかりの深紅たんの手首が握られていた。
奴はそれを口に運び、美味そうにかじり始める。
「やっぱり何度口にしても不味いわ。今思うと殺したての人間の肉が一番美味ね」
何か、過去に人間を殺したことがあるような言い方だな。
つうか不味いならかじるな。気持ちが悪い。そんな光景を見せられているこっちが不快だわ。
来夢はゲームのデータのように跡形もなく消失した手首を確認した後、またしても懲りずに深紅たんへ日本刀を向ける。
奴の殺気を感じた俺は咄嗟に、屋上に置いてあった鉄パイプを投げ渡したのだった。
「深紅たん、これ使え!」
それをキャッチした深紅たんは鉄パイプで日本刀による一撃を防ぐことに成功。
何か、今日始めて役に立てた気がするよ。ほんと、大した助けにはなってないかもしれないけど。
「ふふ。さて、次は何処を斬り裂いてあげようかしら?深紅、何処が良いの?自分でちゃんとお姉ちゃんに言いなさい。首?お腹?胸?それとも目?目をくり抜いてやったらその無表情も少しは崩れるのかしら?」
そんな普通の人ならそれだけで恐怖してしまいそうな言葉を掛けられても俺の深紅たんは少しも怖気付く様子は無く、真剣にじっと姉の瞳を見つめていた。
「深紅痛いの嫌い。だから、何処もやだ」
「あたしはアンタの泣き叫ぶ姿がみたいのよ。教えてくれない?いつも無口で無表情のアンタは何をすれば命乞いをするのかしら?」
「おい!もうそこら辺で止めておけよ!これ以上の言葉攻めは深紅たんが可哀想だ。俺にはお前の姿が妹を苛める嫌な姉にしか見えねぇぞ!」
我慢の限界だと俺は深紅たん救出の為、意を決してもう一本の鉄パイプを握って来夢に襲い掛かった。
死を覚悟して挑んで行ったのはいいが、戦闘経験皆無の俺が深紅たんでも苦戦するような相手に一撃入れられる筈もなく、やたらと長い刀でグサっと脇腹あたりを刺され、今日一番の勇気ある行動は無駄に終わったのだった。
「あ、主……」
深紅たんの心配する声(多分)が聞こえてきたが、俺にはそれを気にする余裕などすでになく、気を抜いたら仏の世界にすぐにでも逝ってしまいそうだった。
洒落にならねぇくらい痛い。慣れないことはするもんじゃなかったと若干の後悔を抱きながら、体を倒した。
「余計なことするからよ。そこでじっとしていなさい。あたしが貴方の大好きな深紅を殺すまで生と死の世を彷徨うのね」
俺から視線をそらしてまた深紅たんのところへ行こうとする来夢の足首をそうはさせるかと、朦朧する意識の中がしっと掴んだ。
どうせ死んじまうのなら、もう少しだけ抗ってみよう。あの子の役に立ちたい。そう思っての行動だった。
熱意が伝わったのか、来夢は倒れている俺にまた一度振り向いて、
「そう。そんなに早く死にたいの?わかった。望み通りにしてあげる。もしかしたら貴方が死ぬようなことになればあの子の泣き顔が見れるかもしれないしね。試させてもらうわ」
そんなことを言って俺の握っていた鉄パイプを奪い取る。きっとそれで、頭でも殴って殺すつもりだろう。
死を覚悟して目を瞑った。大体皆こういう場面に陥った時はそうする筈だ。
どうしてだろうな。目を閉じても与えられる痛みなど開いていたって同じで痛みが和らぐとかそんなことは絶対にないのに……。
きっと気持ちの問題とか、そのくらいのしょうもない理由に違いない。
(俺がどうにか二~三発は殴打されても耐えてみせる。だから深紅たん、今のうちに逃げろ。姉を殺せないというのならお前に残された道はその一つしかない)
さよなら世界。それと日向、最後まで迷惑かけて悪かった。次この世界に誕生する機会が与えられるのなら、その時は真っ当な人間になれるよう努力するわ。
俺がいくつかの遺言のような言葉を頭の中で思い浮かべていると、誰かが重傷で死に損ないの体をぎゅっと抱きしめてくれた。
人に抱きしめられるとか初めての経験かもな……いつ魂が抜けてもおかしくない肉体だが、その時が来るまでこの何ともいえない温もりを最後まで感じていたい。
「……主。死んじゃ駄目。すぐに傷を負った体を治癒させる。だからもう少しだけ持ち堪えて」
意識がはっきりとしていないせいか、俺の体を小さめな体で抱きしめて一生懸命に話しかけてくれているのが深紅たんだと気付いたのはその声を聞いてから少し後のことだった。
何かを強めに叩くような鈍い音が何度も聞こえる。
誰かが深紅たんの体を何かで叩いているのか?視界がぼやけていてよく見えない。
(……あれ、何か痛みが和らいできたような……)
「もう大丈夫。傷口は塞いだ」
どうやら深紅たんが俺の傷付いた体を完全に治してくれたようで、すっかりと状態が回復した。
おかげさまで、さっきまでほとんど見えていなかった視界もよく見える。
「深紅たん……お前」
元気を取り戻してさっそく目にした光景は深紅たんが頭から血を垂れ流し、大怪我を負わされながらも俺の体を必死で守る健気な姿だった。
「主、ごめん……深紅もう無理……」
そう言って俺のすぐ隣に力なくバタンと倒れた。
「お前、深紅たんに何をした?」
「何って、ずっとアンタを庇ってたのよ。その子はあたしに背中や頭を何度もパイプで殴られようが瀕死の状態だったアンタの治癒を止めようとしなかった。馬鹿よね。あたし達アンドロイドだって無敵って訳じゃない。そりゃ、頭をこんなんで何発も殴られたら正常ではいられないわ」
「深紅たん起きろ!死ぬんじゃねぇ!お前が死んだら俺は明日から猛勉強を始めるぞ!絶対に天才になってやる!それでも良いのか!」
目を瞑って横たわる深紅たんへ必死に声をかけた。
「それは困る」
思いが通じたのか体をすくっと起こして俺を安心させる。酷い怪我を負っているにも関わらず、何でもなさそうに立ち上がる。深紅たんの体は不死身に近いのかもしれない。
普通の人間は鉄パイプで頭を殴られたら高い確率で死ぬからな。
「主に勉強はさせない」
「ああ。俺もやる気何かねぇよ」
「ほんとタフな子ね。目障りだわ」
復活を喜んでもいられずに敵の次なる仕掛けが迫る。
深紅たんの立つ真下からたくさんの鎖が飛び出して、それが体を拘束し完全に動きを封じた。
「おい、それで深紅たんをどうするつもりだ?」
「どうするって、さっきから言ってるでしょ。殺すのよ。ねぇ、どうして抵抗しないの?アンタならこんな鎖何かに簡単に縛られたりしない筈でしょ」
「来夢姉をどう正気に戻すか考えていたら、反応に遅れた」
「チェックメイトね。呆気なかったわ。やっぱり姉の姿を利用して正解だった。鍵中深紅が家族思いなアンドロイドだという情報はどうやらガセではなかったらしい」
「……やっぱりそうだった。深紅の予想は当たっていた」
目の前にいる来夢が自分は偽物だとはっきりと解る言葉を口にした。
それじゃ、本当のコイツの正体は?
「お前は簗嶋掴が作り出した最高傑作だ。ズルでもせねば私は一分、いや、一秒も持たずに存在を消されていただろうな」
確かにそうだ。
深紅たんは今まで豊富な能力を使って、俺をその度に驚かせてきた。
正直、こんなに苦戦している方が可笑しい。
「でも、どうして?来夢姉は確かに心を支配されていた筈」
「彼女なら自力で洗脳を解いて逃げ出したよ。四季内来夢によって我々の味方アンドロイドが何万体も破壊された。こちら側としてはお前一体を破壊しても足りないくらいだ。
さて、お喋りはここら辺で仕舞いとしよう。
これからお前の体を斬り裂いて棺桶に詰める。跡形もなく焼殺してやるよ」
「止めろ!俺が科学者になれば済む話何だろ!なってやるから深紅たんを解放しろ!」
「口約束では我々は納得しない。鍵中深紅がそれに了承するとも思えない。どうせ貴様が未来で製作するアンドロイドだ。此処で私に殺されようが未来で会えるであろう」
敵アンドロイドが深紅たんの腕を切断しようと日本刀を振り下げようとしたその時、奴は自分の肩を叩く何者かの存在に気付いて後ろを振り向いた。
そこに立っていたのはもう一人の四季内来夢。多分だが本物の方だ。
「ねぇアンタ。あたしの深紅に何しようとしてるの?」
「き、貴様っ!どうしー」
返した言葉の途中で彼女が握る日本刀によって逆に体を斬り殺された。しかも腕、足、頭、胴体と全てをバラバラにされて。
敵アンドロイドが戦闘不能になって、深紅たんを縛っていた鎖は跡形も無く消え去り体が拘束から解放された。
「深紅ぅ~っ!!」
がばっと飛びついてきた来夢(本物)にそのまま押し倒される深紅たんは何も抵抗することなくされるがままになっていた。
「来夢姉、本物?」
「本物よ、アイツは偽物。深紅可哀想。こんなに酷い怪我負わされて。治療してあげるから目を閉じて」
そう言われて深紅たんは素直に目を閉じる。
来夢がどう治療行為をするのかと気になって見ていたら、姉妹で唇と唇をくっつけあってキスをしていた。
これがアイツの治療方なのか?羨ましい。俺も深紅たんとキスがしてみたい。
「はい。これで完全に治ったわ」
「来夢姉、助かった」
「良いのよ。姉として当然のことをしただけだから。それにしても許せないわね。あたしの姿を使う何て」
「ほんとだよな。本物のお前が深紅たんに優しくて安心したよ」
「あら、貴方もしかしてマスター?若いわね。四十代のマスターと比べ物にならないくらい若いわ」
そんなに連呼されなくても自分が若いことくらいわかってるさ。
まだ十七歳の高校生何だからな。若くて当たり前だ。
でもまあ、コイツ等アンドロイドからしたら十代の若い俺よりある程度歳を取った俺の方が親しみやすいのかもしれないが。
「マスター、あんた深紅が可愛いからって我慢出来ずに襲ったりしてないでしょうね?大切な妹に手を出したらあたし許さないわよ」
「大丈夫だ。深紅たんが可愛いことは知ってる。だが、現時点では襲ってはいない。本当だ」
「あら、わかってるじゃない。まさか若いマスターとも話が合う何て思わなかったわ。ほんと若ってマスターと趣味が同じなのね」
深紅たんに手を出していないのは本当だ。
それに最近は日向のことをイジリ過ぎて毛嫌いされている感もあるし、最初に会った時よりもお願いを素直に聞いてくれなくなった気がする。
一緒のベッドで毎日眠っていることは言わないでおこう。何かそんなこと言ったらマジで殺されそうな気がする。
というか、その「若」ってのはもしかしなくても俺のことかな?
「だってマスターって感じしないし」
だそうだ。
来夢の奴、ご主人様に対する敬いの心が無さ過ぎだろ。
少しは深紅たんを見習ったらどうだ。一緒に眠ってくれるとか、とりあえず俺にご奉仕的な何かをだな……まあ良いや。
俺には深紅たんがいれば十分、それだけで幸せだから。
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