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第四話(未来で深紅は未知可に何をされたのか)

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深紅たんの体調がすっかりと回復した次の日の話だ。
元々今日は簗嶋高校の創立記念日がどうたらこうたらで、平日ではあったが俺と深紅たんは二人で自宅に居た。
いつもは日向が朝食や昼飯、晩飯を作りに此処へ来てくれているのだが、急にバイトをヘルプで頼まれたらしく、そんな訳で登場したのがアンドロイド三姉妹の次女、花見シュナだ。
話を聞いてみれば、日向に一日限定で俺のお世話を頼まれたようで眠りから覚めたらテーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。仕事が早いもんだ。
「ご主人様、お口に合いますでしょうか?宜しければご感想をお聞かせ下さい」
シュナちゃんが作ってくれたのはメイド喫茶でよく出されそうなケチャップで文字や絵の描かれたオムライスだ。
赤髪ツインテールに着ているメイド服がよく似合っている。これはもしかしてバイト先の制服か何かかな。
「美味しいよ。玉子が半熟で口どけが良いし、チキンライスの味付けも俺好みだし。おまけにその格好でもてなしてくれているからメイド喫茶に来て食べているみたいだ。日向が作ってくれるオムライスに負けてないと思うよ」
「ありがとうございます。久しぶりにご主人様からお褒めの言葉を頂きました。何だか嬉しいですね。気を抜いたら泣いてしまいそうです」
「シュナちゃんも深紅たんと同じで俺のこと心配してくれるんだ」
「はい。もちろんです。なぜそんなことを聞かれるのですか?」
「あ、いや、知っているとは思うけど、来夢はあまり俺のことどうとも思ってないみたいだからさ」
来夢だけはこの時代の俺のこと「若」とか呼ぶしな。未来の俺のことは「マスター」って呼んでるのに。この差は歴然だぞ。
「お姉様は実力主義者ですから。現在のご主人様のステータスでは認められない箇所が幾つかあるのでしょう。大丈夫です。未来のご主人様には忠実でしたし、大好きだったと思いますよ」
そうなのかねぇ。あの俺に対する毒舌っぷりは相当のもんだぞ。
共通するのは深紅たん好きなところくらいでアイツとはそこしか馬が合わないように感じる。深紅たんとシュナちゃんの二人は俺を慕ってくれているというのに……。
いきなり話は変わるが、全然起きないな、深紅たん。
一度は起きたものの、眠かったのかすぐに再び重そうな瞼を閉じて二度目の夢の世界へ入った。二匹のパンタヌぬいぐるみの真ん中で幸せそうに眠っている姿は何とも可愛らしく、抱きしめたくなるくらいキュートなのだが、そろそろ起きないとせっかく作ってくれたシュナちゃんのオムライスが冷めてしまうだろう。いや、もう冷めてるか。
「深紅たん起こそうか?せっかく作って貰ったのにごめんね」
「いいえ。深紅さんがお寝坊さんなのはよく知っていますから、お気になさらないで下さい。そんなところも妹の可愛らしい部分だと日々思っています」
「三人は仲が良いよね。見ているだけでわかるよ」
「はい。頼れる姉と可愛い妹がいて、私は幸せ者です」
良い子だな。そんなことは心で思っていても恥ずかしくて中々言葉に出せないものだが。
「一つ、聞いても良いかな」
「はい。私がお答え出来ることは全てお話します」
昨日来夢に聞いた話がどうも気掛かりで仕方がなかった。
俺の息子である簗嶋未知可(本当かよ?)が深紅たんを苛める理由がムシャクシャしてたからとかさ、重要なところを聞いていない気がして。
ソイツは何で深紅たんに当たるくらい怒っていたんだ?どうして人間を、アンドロイドを使って殺し始めた?
「そうですね。一度見てみますか?」
「見てみるって……何を?」
「私がご主人様にだらだらと説明するよりも未来でどんなことが起こっていたのか、実際に自分の目で確認した方が納得いくと思うんです。深紅さんが眠っているうちがチャンスですね。少し彼女の記憶の中を覗いてみましょうか」
「シュナちゃんって、そんなこと出来るの?」
「はい。ご主人様が私に施してくださった能力の一つです。対象の記憶の中に侵入し探索することが出来ます」
未来のアンドロイド達は本当に何でも出来るんだな。すげーや。
深紅たんの記憶の中の世界に入れば俺の息子(本当かどうか確かめてやる)がどんな顔してんのかもわかるだろうし、未来が今とどう変わっているのかも少しだけだが、興味がある。行ってみる価値はありそうだ。
「それでは行きましょうか。深紅さんの記憶の中の世界へ」
能力をどのタイミングで発動させたかはわからなかったが、さっきまで自分の部屋だった場所がいきなり知らない場所へと変わった時は自分の目を疑ったね。
……此処が未来の世界なのか?
「ご主人様の自宅ですね」
「やけに広いな。TVで観たような芸能人の自宅何か比べものにならないくらいに広いんじゃないか?豪邸だよ、豪邸」
「そうでしょうね。未来のご主人様は世界一のお金持ちですし使えるお金が有り余っていますので。私も深紅さんもたくさんのお小遣いを頂きました」
それは知ってる。一億円くらいの莫大なお金を深紅たんが両手一杯に出現させた時は驚かされたものよ。
しかし、この家すげー。滅茶苦茶高そうなシャンデリアとか、映画館にあるのより大きそうなスクリーン。螺旋階段。ゴルフ場並みのアホみたいに広い庭にプールとか温泉まであるんですけど。天井も高いし窓の数も半端ねぇ~。
他にもすごいところ盛りだくさんな家だがアンドロイドとタイムマシンの発明で此処までの大金持ちになれるんだな。
勝ち組人生を送る未来の俺が羨ましいぜ。
「深紅さんがいました。お庭で愛犬達と戯れています」
「あ、深紅たん。いつ見ても可愛い奴だな」
広過ぎる庭にはたくさんの小型犬が居て、深紅たんが顔をぺろぺろされたり、犬を抱っこしたりして遊んでいた。定番の円盤投げは見ているだけで楽しそうなのが伝わって来る。
深紅たん×子犬=萌え。
そんな計算式が俺の頭の中に浮かんでいた。
「未来の俺はどこに居るんだろうな」
「きっと発明室です。ご主人様は暇さえあればそこに篭りっきりですから」
この家の中にはそんな特別な部屋まであるのか。すごいな。
迷わないよう広すぎる豪邸の中をシュナちゃんと一緒に歩いていると、さっき深紅たんのいた庭の方から「きゃん!」という犬の悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんだろうな。はしゃぎ過ぎて深紅たんが犬のしっぽでも踏んだか?」
「向かってみますか?」
「行ってみよう」
現場に向かってみればそこには登場人物が一人加わっていて、簗嶋高校の制服を着た見知らぬ男が深紅たんと遊んでいた犬を何匹か蹴り飛ばしていた。しかも思いっきり、手加減も無しに。
誰だよ、コイツ。信じられねぇ、動物虐待だ。高校生になってもそれが正しいことじゃないんだって区別もつかないのか。
「アイツ、誰かわかる?」
「あの方が未知可様。正真正銘ご主人様と日向様の間に産まれた息子さんです」
そう言われて見れば少し自分と似ているような似ていないような……何とも微妙なところである。
しかし何だ、あの茶髪は。反抗期まっしぐらか。
「若、蹴っちゃ駄目。可哀想」
深紅たんが蹴られた子犬をしゃがんで抱き上げ庇うような姿勢を見せると、茶髪の反抗期少年は深紅たんの髪の毛を乱暴に引っ張り、無理矢理に自分の方へと引き寄せた。
「それならお前が俺のサンドバックになるかぁ!ああ!」
「若、痛い。髪の毛抜けちゃう」
「うるせーっ!こっちはつまんねぇ学校生活の繰り返しでムシャクシャしてんだ!一発殴らせろ深紅!良いよな、親父に言いつけたらぶっ壊すからよ!」
「良い。でも、子犬さんを蹴るのは駄目」
「良いわけあるかよ!てめぇ深紅たんに何しようとしてんだ!」
無我夢中で深紅たんを助けようと走り出す。
が、俺のこの行動は無駄に終わる。
何だよこれ、ただの映像じゃねぇか。深紅たんを逃がそうにも俺の手が幽霊みたいにすり抜けて触れない。
俺があれこれ考えている内に反抗期少年の握り拳が深紅たんの可愛らしいおでこをストレートに手加減無しに殴打。
深紅たんは痛みを我慢してはいたが涙目になっていた。
「お前、女の子泣かせるなって親に教わらなかったのか!」
その台詞を口にして気付く。そういやコイツの親は俺なのだと。
くそ、怒りが収まらん。
俺の叫びも聞こえて無いみたいだし、コイツに深紅たんと同じ痛みを味あわせてやろうと思っても殴れないし。
「ご主人様。これは深紅さんの記憶の中、夢みたいなもの何です。触るのは不可能です」
「でも、深紅たんがアイツにっ!」
「私の妹を心配して頂けるのは嬉しいのですが、いくら叫ぼうと無駄です。ただの映像に思いが通じることはありません」
未来の映像を観れてやっとわかったよ。
コイツがどんなに酷い男で、どんなに性格が悪い奴なのか。
「しんちゃん、どうしたの?おでこ痣になってるよ。大丈夫?」
「転んだ」
「来て。シップ貼ってあげる」
あれ、深紅たんって自分で怪我とか治せるんじゃなかったっけ?
どうしてそんなことする必要があるんだ?
「ご主人様は怪我ばかりする深紅さんを心配して治癒能力を授けたんです。この時はまだ備わっていない頃でした」
「ありがとう、奥方」
「ううん、良いよ。何かあったらまた言ってね」
日向に治療をして貰っている深紅たんが可哀想で仕方が無い。何で言わないんだよ。アイツに殴られたんだって。
……ああ、そうか。深紅たん言ってたもんな。
俺と日向を悲しませたくなかったって。

「深紅、俺に付いて来い!」
今度はまた舞台が変わったみたいだな。
無理矢理にあの少年が深紅たんの手を引っ張って何処かに連れて行こうとしているが、一体何処へ?
「おそらく学校でしょう。未知可様が学校でクラスメイト達に苛められていると知ったご主人様は深紅さんに護衛を頼んだのです。苛めっ子を追い払って欲しいと。ですが……」
「若、待って。何処に?」
「学校だよ。お前の力を使って殺したい奴等が居るんだ。力を貸せ」
「人を殺すことには協力出来ない。深紅が主に頼まれているのは若をサポートすることだけ。深紅を近くに置いてくれたら苛めっ子達は追い払う」
「馬鹿か!お前みたいなちびを近くに何て置いておけるか!俺がロリコンだと思われて奴等の苛めが余計にエスカレートするだろうがよぉ!」
……また深紅たんに手を出すのか。今度はびんたかよ。
シュナちゃん。一つ聞くが、深紅たんがコイツに何か怒られるようなことをしたか?
「いいえ。何もしていません」
深紅たんは平手打ちされたほっぺを手でおさえている。
可哀想なことをしやがって。
「若、痛い」
「馬鹿が。お前が俺の言うことを聞かないのが悪いんだ。ほら、さっさと行くぞ!」
「嫌。行かない」
「お前っ!」
コイツはキレたらよく深紅たんの髪を引っ張るのか?
「私にはわかりませんが、多分そうなのでしょう」
この後深紅たんは脇腹の辺りを容赦無く蹴られて暫くの間蹲っていた。
可哀想でこれ以上見ていられない。もう帰ろうと言い出そうとしたその時、苛められている深紅たんを助けてくれそうな救世主、未来の俺が姿を現した。
「お~い、深紅たん。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが……未知可、お前そこで何やってる!」
「お、親父……父さん……」
「そうか。やっぱりお前だったんだな。深紅たんに怪我させてたのは」
未来の俺が息子である未知可を睨みつける。
怒って当然だ。深紅たんに痛みを負わせた罪は重い。
「俺は悪いことをした息子を殴って叱る訳だ」
「そうしようとはしていましたが、深紅さんがそれを阻止します」
「主、駄目……若のこと殴らないで。深紅はただ転んだだけだから」
未来の俺が作った握り拳を放てないように小さな手がそれを止めた。
どうしてソイツを庇うんだよ。何処まで良い子何だ、深紅たんは。
「……あれ、ご主人様?どうして泣いているんです?」
痛みを必死に堪えながらも馬鹿息子を庇う深紅たんの一生懸命なところを見ていたら、急に悲しくなって涙を我慢出来なくなった。
何でこんな思い出したくも無いような辛い記憶ばかりが再生されるんだ。訳がわからん。
楽しい思い出を一つも観ていないぞ。
「父さんは息子の俺より深紅の方が大事なんだな」
「……そう、だな。俺は深紅たんにお前の護衛を頼んだ。なのに、どうしてお前が深紅たんに暴力を振るう必要がある?お前は弱い者にしか手を出せない臆病者だな。これじゃ深紅たんが可哀想だ」
正論だ。深紅たんを近くに置いておけばコイツを苛めている連中もその内手を出してこなくなるだろうさ。何て言ったって深紅たんは無敵だからな。
一家に一台深紅たん。これ常識っしょ。
「常識かはわかりませんが、そうですね。深紅さんはハイスペックですし」
「でしょ。深紅たん可愛いし、何でも出来るし、もう最高の一言だね」
「ご主人様は本当に深紅さんのことが大好きですよね。その気持ちは未来のご主人様と何一つ変わりません」
当たり前よ。俺のこの気持ちは過去も未来も変わらないさ。
「そろそろ帰らない?もう深紅たんが痛がってるとこ観たくないんだけど」
「もう宜しいのですか?」
「うん。大体アイツがこの世界を滅ぼそうと考えている理由はわかった。それと同じで俺を恨んでいる理由も」
深紅たんが目覚めた時、俺が近くに居ないと知って悲しがる光景が目に浮かんで来るようだ。
早く戻ろう。天使が夢から覚めるその前に。
「主……好き……」
帰ってみれば深紅たんはまだ夢の中。
寝言を呟いているところを見られるとは何とタイミングが良いんだ、俺は。
写真に撮って永久保存したくなる百点満点の寝顔を見て俺は改めて決心した。
やはり日向との間に子供は作るべきではない。あんな鬼畜男をこの世に生み出してはならないと。
「可愛い寝言ですね」
「シュナちゃん、俺考えたんだけどさ、やっぱり解決方法は一つしかないと思うんだ。未知可の存在を消すことが俺や深紅たん、未来に生きる人達を救う唯一の方法なんじゃないかな」
「そうですね。私はご主人様の意見に賛成しますが、深紅さんはどう思うでしょうね」
「深紅たん言ってたよ。未来の日向は俺との間に子供を欲しがっていたって。人のことばっか気にして、本当に良い子だよな」
もうお昼の時間だし、そろそろ深紅たんを起こしてやらないと。お腹も空かせているだろうしな。
「お~い、深紅たん。もう昼の時間だぞ。起きて一緒にご飯食べようぜ」
そう声をかけると、深紅たんはむくっと体を起こして眠たい目を擦りながら俺の顔を見た。
まだ寝足りなそうだな。無理に起こすのは可哀想だったか?
「……主、深紅まだ眠い。一緒に二度寝しよ」
「おい、ちょっと待て深紅たん。お前のこれからしようとしている行為は二度寝じゃなく三度寝だ」
このまま眠ったら次に起きるのは夕方だな。
良いのか、俺。こんなに甘やかしてしまって。
「私は一旦戻りますね。夕飯の時間にまたお邪魔させて頂きます」
シュナちゃんは俺が深紅たんと一緒にお昼寝をするもんだと勝手に思い込んで帰ってしまった。
あまり眠たくはなかったが、あんな悲惨な光景を覗いてしまった後だと可哀想で断わり辛い。
……仕方が無いか。
「良いよ。深紅たんは好きなだけ惰眠を貪りたまえ。俺も付き合おう」
「主って優しいから好き~」
「俺も好きだ。ほら、ちゃんと布団を被らないと今度は本当の風邪を引くぞ」
ああ、可愛いなぁ、もう。
しかし思い出すだけで腹が立ってくるな。こんな小さい子を苛めてアイツ(息子)は何とも思わないのか?
「うん。俺も何か眠くなってきたかも……おやすみ~」
バタンと体をベッドに倒した。つられて眠くなったのはこれが初めての経験かもな。
隣には可愛らしい少女の寝顔。こりゃ最高のお昼寝タイムだ。
窓の外から光が差し込んで深紅たんの寝顔がよく見える。手を重ねて寝たら深紅たんの夢が見れるかな……。
「あ、あれ……此処って確か……」
まだ深紅たんの記憶の中に居るのだろうか。
俺が立っていた場所は少し前に見たばかりの高級そうな絨毯が敷かれたすげぇ広い廊下で、アホみたいに高い天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。まさしくそこは未来の俺の家。豪邸の中である。
「そうか。これは多分深紅たんの夢の中だ」
手を繋いで眠ったから深紅たんの見ている夢が俺の頭の中にも入り込んできたんだな。
お……あそこに居るのは深紅たんじゃないか。
高そうなソファーの上で気持ち良さそうにパンタヌを抱いて眠る深紅たんの姿をみつけた。
まさか、夢の中でも眠っているとは驚きだ。
「おーい!深紅た~ん!」
未来の俺が広い豪邸の中を駆け回り深紅たん探しをしていたが、中々ソファーで眠っている姿に気付けない。
広過ぎるからこそ不便なこともあるよな。
「主、深紅なら此処にいる」
大声に反応して夢から目を覚ましたのか、深紅たんが体を起こし、未来の俺に姿を見せてくれた。
パンタヌを抱いて眠そうにしている少女の姿をみつけた俺は急に顔がニヤけ面へと変貌した。
「も~、深紅たんは人が悪いな~。かくれんぼするなら何時でも付き合うのに」
「隠れていたつもりはない。此処で寝てただけ。主の声が大きいから夢から覚めた」
「すまんな。ところで話は変わるんだけどさ、今日は久しぶりに休みが取れたんだ。だから二人で何処かに遊びに行かないか?」
「今から?」
「そう。今から」
「奥方と一緒に行かないの?」
「今日は平日。日向は仕事だし、未知可は学校。来夢とシュナちゃんは何処かに出掛けてるんだ」
「わかった」
「よっしゃ!深紅たんとデートだ!」
「主、はしゃぎ過ぎ」
羨ましい限りだぜ。深紅たんとデートっぽいことは最近したけど、可能ならもっとしたい。
未来の俺は深紅たんと何処に遊びに行くつもり何だろう。
「カラオケ行こうぜ。カラオケ。深紅たんの歌久しぶりに聴きたいな」
「主も歌わなきゃ嫌」
「ちゃんと歌うさ」
「不安」
この流れはきっと、俺はほとんど歌わないだろうな。
深紅たんが「主は深紅にばかり歌わせる」と言っていたことを思い出した。
「えっと~、此処にある料理全部で」
カラオケ店の個室に入ってすぐ受話器を手に取って未来の俺が豪快な注文をしていた。
「主、そんなに頼んで食べきれるの」
「もちろん。フリータイムにしておいたからね。食べる時間は無限にあるよ」
「無限には無いと思われる」
「俺食べるのに集中するからさ。深紅たんは好きに歌っといてよ」
「え~……」
「あ、言い忘れてたけどね、此処のカラオケ店、歌って高得点出す毎に一つずつパンタヌグッズが貰えるらしいよ。コラボしてるみたい」
「歌う!」
未来の俺がパンタヌを餌に歌う気の無かった深紅たんをその気にさせる。
やる気満々だ。深紅たんは本当に「パンタヌ」好きだよね。
高得点を何回叩き出すのやら。
「主見て。パンタヌの耳付きカチューシャ貰った」
一発で最高記録100点の歌声を披露し見事GETに成功した深紅たん。
頭にはすでにパンタヌの耳をつけている。とってもキュートだ。
深紅たんファン(ロリコン共)には堪らない仕上がりよ。
はしゃぐ深紅たんの姿を未来の俺がパシャっと携帯のカメラで写真に撮っていた。
「これ、深紅たんファンクラブのサイトにアップしとくわ」
「ファン何かどうせ主しかいない癖に」
「お馬鹿だな、深紅たんは。知らないかもしれんが、君はすでに美少女アンドロイドとして世界に名を馳せているんだよ。会員数は現在十万人だ。そこらのアイドルよりも有名だよ。CDを出してみないかとオファーも来てるんだ」
深紅たんすげぇ!
未来じゃ世の中のロリコン共を虜にしちまってるんだな。
流石は俺の天使。いつかはそんな日が来ると思っていたぜ。
「ほら、深紅たん。いっぱい歌わないと時間勿体無いよ。パンタヌの景品もっと欲しいよね」
「欲しい」
注文したカレー、オムライス、たこ焼きやらを頬張りながら、未来の俺は深紅たんの綺麗な歌声に耳を傾けていた。
続いて焼きおにぎり、ポテトチップを食べ終わると、携帯を取り出し画面を操作し始めた。
「携帯弄るなら主にも歌って欲しい。深紅歌い疲れた」
「だーめ。今から深紅たんファンクラブのサイト更新するから。毎日一枚は新しい写真載せないとさ、ファンが楽しみにしてるからね」
「むぅ。そんなことしなくて良いのに」
深紅たんが未来の俺の弄る携帯画面を覗き見る。そこには何時撮られたのかわからない感じの深紅たん画像の数々。
これもまた未来の俺の大切なコレクション何だろうな。
「主、とーさつ。こんな写真何時撮ったの?全然気付かなかった」
深紅たんが庭を走る子犬を嬉しそうに追いかける画像、深紅たんが庭の池を泳ぐ錦鯉をぼーっと見つめている画像などとたくさんのお宝画像が。
他にもパンタヌを抱いたもの。寝起きの深紅たんと、品揃えが豊富だった。
「深紅たんは俺の物だから盗撮にはならないよ。親が子供の写真撮るのと一緒さ」
「それを言われたらもう何も言い返せない」
「ほら、マイクかして。次は俺が歌うから深紅たんはパフェとかパンケーキとか食べながら休憩してて良いよ」
深紅たんからマイクを受け取る未来の俺。どうせ歌うのはアニソンと決まっていると思いきや流れたBGMは深紅たんの大好きなパンタヌの歌う曲のものだった。
大人になって俺も少しは成長したんだな。深紅たんが喜びそうな曲をチョイスする何て中々粋なことしやがる。
「主、百点出して」
「おうよ。任せときな、マイエンジェル」
「深紅天使じゃない。アンドロイド」
しかし、そんな期待に応えることは出来なかったようで、未来の俺が叩き出した得点は、
「……二十五点」
「主、へたくそ。これじゃパンタヌ貰えない」
「くぅ~、一生懸命歌ったのに、ひでーぜ」
「深紅が歌う」
俺が敗北した敵討ちをしようと(違うと思うが)深紅たんが俺からマイクを奪うとさっきと同じパンタヌの曲で採点機に勝負を挑んだ。
結果はお見事な百点。
次に深紅たんが貰ってきたのはマグカップのセットとストラップの二つだった。
「あれ、どうして二つ景品持ってるの?」
「受付のおにーさんがくれた。深紅がパンタヌ好きなの知ってるみたい」
「ほう。こんなところにも同志がいたとは。良かったな、深紅たん」
「うん」
景品のサービスとか普通はしてくれないぞ。
深紅たんファンサイトの影響力すげー。
「そろそろ飽きてきたな。深紅たん次行こうぜ~」
「主、まだ料理残ってる。全部食べなきゃ駄目」
「え~。もう腹いっぱいで食えんよ、俺」
「お腹いっぱい食べたくても食べられない人達が世界にはたくさんいる。ご飯を残すのはよろしくない」
未来の深紅たんも今と同じでしっかりしてるなぁ。
俺は富豪になって金の使い方が荒くなったよな。前からだったっけ?
「わかったよ。深紅たんは偉いなぁ」
その後、俺は少ししか食べ物を口にすることはなく、ほとんどを深紅たんが食べて消化してくれていた。
ちなみにお支払い合計金額は五万円。すげぇ使ったな。
カラオケ店の全ての料理は大体そのくらい出せば食べられるのかと知ることが出来たよ。
「次何処行きたい?深紅たんのリクエストに応えるよ」
「映画観たい」
「お、深紅たんもしかしてご主人様とラブストーリーが観たいのかな。はは。仕方ないな。良いよ」
「違う。パンタヌの映画が公開中。ずっと観たいと思ってた」
「あっ、そうですか……」
未来の俺はそれを聞いてガッカリしているが、大体予想はついてたけどね。
てか、パンタヌの映画何てやってたのか。
「主の運転怖い。自動運転にして欲しい」
「嫌だね。俺から言わせてもらえば自動運転の方が安心出来んよ。考えた奴誰だよ」
映画館までは車で移動か。高級車で深紅たんとドライブとか未来の俺がすげぇ羨ましいぜ。
未来ではもう自動運転が当たり前になってるんだな。
俺は自分でハンドル握っているが、そんなに運転に自信があるのか?
「主がこの車にテレポーテーション機能つけてたの深紅知ってる。わざわざ運転して向かう必要ない」
「それはそう何だけどさ、深紅たん助手席に乗せて車運転するのがずっと俺の夢だったんだ」
「主の夢は小さ過ぎる。もっと大きな夢を持った方が良い」









































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