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第六話(ラスクと名付けました)
しおりを挟む雨がザーザーと降り注ぐ悪天の夕方、タルトが珍客を連れて店の中に入ってきた。
「お兄ちゃん、お外でお腹を空かせているトラの女の子を保護しました」
「くぅーん……」
「は、トラの女の子?」
みたところ6~7歳くらいのその子は、頭からトラの耳を生やした亜人だ。
肩くらいまでの長さの金色の髪はふわふわで、黄色と黒の縞々尻尾は実に愛らしい。
タルトが手を引いてオーガニックに招き入れたみたいだが、単純に腹が減っているだけのようで怯えている様子はない。
親とはぐれたのだろうか。
よく見ると体と服がびしょびしょであちこち汚れている。
まさかこの雨の中、ずっと外にいたわけではあるまいな。
「何かただで食べさせてあげられるものはないですか?無いなら仕方ないですが、その場合お兄ちゃんのお小遣いをきりつめてどうにか用意してください」
「ちょっと待て。決断がはやすぎるだろ。俺の小遣いはただでさえ微量なんだ。今晩の俺らのぶんを分けてやれば万事解決だろうが」
「じゃあそれでいいです。私はこの子とお風呂に入ってくるので、3人分の食事の用意をお願いします」
「しゃーねーな……やっといてやるからさっさと行ってこい」
あいつはあの亜人の子を家に連れ込んでどうするつもりなのだろうか。
もしかすると、明日仕事をサボって親探しでもしようと考えているのかもしれない。
「ラスク、ですか。らっちゃんですね」
「かすてらの方がよかったか?」
「いえ、そっちの名前はセンスがないと思います。とは言っても、ラスクという名前にセンスがあるとも言い切れませんが」
オーガニックの二階は俺達兄妹の生活スペースとなっている
一階の厨房で調理した料理を二階に運んで、風呂からあがった二人と共に食卓を囲む。
今日の晩飯は無難にハンバーグにしてみた。小さな子供が好きそうなメニューを急遽俺のスキルの一つで生成してな。
タルトがこの子に名前を聞いてみたところ自分の名前がわからないと言葉を返したらしい。
そんなわけでどう呼んでいいのか分からず、一時的に仮の名前を考えて『ラスク』と呼ぶことにした。
「どら、あられ、ぷりん、やつはし、ぽてち、あんにん、こんぺいってのも捨てがたかったな」
最終的にはラスクに決めたが、次から次へと案が浮かんで少々悩んだ。
「お兄ちゃんは本当にお菓子の名前ばかりつけたがりますね。そういう特殊な病気にでもかかっているんじゃないですか?タルトとかキラキラネームと大差ない恥ずい名前をつける変人には何を意見しても無意味だとは思いますが、一応忠告しておきます」
「ああ、お前の名前ってそういや、最終的には俺が決めたんだったよな」
「今まで忘れてたような言い方ですね。酷い人です」
「懐いわー。あのときは確か……バウムとの二択で迷ってたんだよな」
懐かしき頃の記憶がだんだんと蘇ってくる。
個人的にタルトって響きが可愛らしいと思ってつけたんだ。女の子にはお菓子っぽい名前似合うと思ってたし。
決して適当に命名はしてないぞ。
「へ……バウム?初耳です。バウムってなんですか?」
「察しの悪いやつだな。バウムクーヘンを略してバウムだろうが!」
(タルトでよかった。タルトでよかった。タルトでよかった……)
タルトは心からそう思い、そして安堵した。
「……それ聞いたあとだと、タルトがマシな名前に思えてくるから不思議です。バウムクーヘンから名前をつけようなんて発想の変人、後にも先にもお兄ちゃんしかいないんじゃないですか?」
こいつ、さっきから変人変人連呼し過ぎだろ……?
俺が温厚な人間でよかったな。
「よーしよーし、ライオン君。お前の名前はラスクだ。いい名前だろー」
桃之介にわしゃわしゃと髪を撫でられたラスクは嬉しそうに縞々の尻尾を左右にぶんぶん振っている。
「お兄ちゃん、らっちゃんはライオンの男の子じゃありません。トラの女の子です。さっき言ったじゃないですか」
「あれ、そうだったか。わりぃわりぃ。つーか、なんだろーなー……このもやもやした感じはよぉ」
実のところ、そんなこと忘れてなんかいやしなかった。ラスクが女の子でトラの亜人だってことも。
ちょっとふざけて現実逃避したかっただけだ。
「なんですか?煮え切りませんね」
「昨日トラの絵描いたろ。お絵描きスキルを使ってさ。トラの絵を描いた翌日にトラの女の子に出会う確率ってどんなもんよ……?こんな偶然ありえるか?もしかしたらラスクってーー」
「実は私も同じことを考えていました。消えてるんですよ、あの絵。いつのまにかに忽然とです。……お兄ちゃん、一応お聞きしますが、お部屋に持っていったりしてませんよね?」
タルトが突然ぞっとするような言い回しをしてきやがった。
まさか、名前の仕返しに俺を怖がらせようって魂胆か。
「……持ってってねぇよ。てっきりお前がどっかに移動させたもんだと思ってたんだが違ったのか?」
「違いますね。昨日お仕事が終了した頃には、もう元の場所に無かったので」
「こわ……じゃあなにか、画用紙がひとりでに出歩いたってか?」
「さあ、どうでしょうね……さっきらっちゃんに色々と尋ねてみたんですが、名前はおろかお家のこと、自分がどこから来たのかさえわからないみたいでしたので……お絵描きスキルによって誕生したトラさんである可能性も無くはないかと。おそらくはただの記憶喪失だと思いますが、この問題を解決するには鬼子さんに聞いてみるのが一番はやいんじゃないですかね」
まあ、そうだよな……あいつに聞くのが一番手っ取り早いか。
なんてったって、この鬼ヶ島を管理してる一番偉いやつなんだもんな。
ラスクは俺達二人の会話なんかまったく気にすることなく美味しそうにハンバーグを食している。よっぽど腹が減っていたのか、口についたソースさえ拭わずにぱくぱくと。
「桃之介、あんた、とんでもないことをしてくれたわね」
次の日、俺は鬼子をオーガニックに呼び出して、お絵描きスキルとラスクについて率直な質問をぶつけてみた。
鬼子が言うにはやはり、
「てことはやっぱりラスクはーー」
「そう。あの子はお絵描きスキルの行使によって命が授けられた存在よ。ユキミが誕生する瞬間をばっちり目撃したって話だから間違いないわ」
鬼子は窓際でひなたぼっこをしているラスクの方へ顔を向ける。
ユキミとは誰だか知らんが、今の俺にはどうでもよかった。多分ヒスイと一緒で地獄を管理する仲間の一人か何かだろう。
こいつが断言するんだからほんとうに違いない。
「でもよ、俺の描いたトラの絵は描きあげてもすぐに実体化しなかったぞ。なんでだ?」
「そうです。お兄ちゃんのキャラクターチックな絵はうんともすんとも言いませんでしたよ」
「そりゃそうでしょ。よりリアルに描いて完成させることがあのスキルの発動条件なんだから。桃之介の絵じゃ単に技量足らずと判断されただけ」
「随分はっきりと言ってくれるな。ちょっとはオブラートに包めねぇのか」
「まさか美術科卒業のあんたより、美術の心得もない妹の方に絵の才能があったなんてね」
鬼子の話によれば、あのあとタルトが俺の絵を描きなおしたことがスキルの発動した原因になったらしい。
まったく、俺が出かけたあとに好き勝手やってくれやがって。
「ほっとけ。俺の通ってたあそこは絵だけを学べる場所じゃなかったんだよ。あんまり深く確認しないで入学したから後で気付いて盛大に後悔したわ。製図とか石膏とか粘土とかやりたくもないことばっかやらされて、しかもどれもこれもが少しずつしか時間取らないせいか身につく技量も中途半端なんだよなぁ……あんな色んなことやったって全部なんかマスターしきれねぇって。ほんと、三年間が苦痛で仕方なかったわ。作品提出しても教師が納得する出来じゃなかったらやり直しくらうしよ」
「タルトの手直しがトリガーになったとなると、あの子はあんた達兄妹が共同作業で生んだ存在ってことになるわね」
俺が高校時代の苦い思い出を饒舌に語ったってのに、華麗にスルーかよ。
「え……、なんかその例え方はすっごくいやです。拒否反応が半端ないんですが……その言い方じゃまるで、私とお兄ちゃんが夫婦でらっちゃんが私達の子供みたいに聞こえますよ?」
「そう、それじゃまるで俺達がえっちなことをしてーー」
「お兄ちゃん、それ以上言ったらわかってますね」
いや、はっきり言ってわからない。
わからないが、鬼子と同じように金棒で殴ってきたりするのだろうか?
「実際そうみたいなもんじゃない。二人で描いて完成した絵からあのトラちゃんが生まれたのは紛れも無い事実なんだし」
二人で描いたというよりは、勝手に描き直されて改変されただけなんだが?
俺の絵をこいつは二次元風から三次元風に変えたわけだろ?
「らっちゃんは可愛いですが、お兄ちゃんと夫婦になるのだけはマジ勘弁です。第一、私達は兄妹ですし」
「あたりめーだ。俺だってお前とは願い下げだよ」
「あんたら、しょうもないことで争ってる場合じゃないでしょ。放っておくわけにもいかないし、あの子が一生を全うするまでは誰かが面倒みなきゃならないのよ。そこんところわかってる?」
「まだ生まれたばっかだってのに、もう終焉の話か?縁起でもねぇ」
「何が縁起でもないの?あたしは至極あたりまえのことを言っただけなんだけれど?」
「わかってます。ウチで育てましょう。お兄ちゃん、もちろん異論なんか無いですよね。そもそもの話、お兄ちゃんがペットをお絵描きスキルで作り出そうとしたのが発端なんですから」
それを言われると何も言い返せないが、お前が俺の絵を完全なる別物に変えさえしなければこんな重大な事態にはならなかったんじゃないのか?
まあ、俺がこのスキルを行使して何かやらかすのも時間の問題だったかもしれないが。
「ああ……確かに、今回は俺の軽率な行動が何もかもいけなかった。異論なんて宣える立場にねぇよ。今日からラスクは俺達の家族だ」
「話はまとまったみたいね。とにかく、地獄に生き物を誕生させるなんて前代未聞だから。今回のことはあたしの説明不足も遠因になったと思うし、もうやっちゃったことは何言ったところでしょうがないから不問に伏すけど、次やったら承知しないわよ」
今後は生き物を誕生させないように。
お絵描きスキルで実体化させるのは物に限定すること。
怒り出す一歩手前のような表情と第一声の口ぶりからして、今日はとことんまで金棒で殴打されるのだと覚悟していたのだが、この日鬼子は俺とタルトにそう念を押しただけで済ました。
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