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第七話(生成スキル)
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俺には鬼ヶ島に来て目覚めた変わった 能力がいくつか存在する。
今回紹介するのはその一つである『生成』というスキルだ。この地獄では殺傷が堅く禁じられていて肉や魚を食うことはできない。よって食卓に並ぶのは貧乏金持ち関係なく野菜料理やキノコ料理だったりする。
だが、そういった植物性食品ばかりではいずれ飽きがくると、地獄の番人である鬼子に協議した結果『だったらスキルを行使して食べたい物を自由に具現化したらいいじゃない』とこんなことを言い出した。
つまり、スキルを使って生成した肉や魚を使用するぶんには文句はないそうだ。
俺のスキルは頭に欲しい物を思い浮かべるだけでその力を発揮し、お目当てのものをどんどん具現化させる。
これが制限なく無限に使えるのだからかなり有能なスキルだと思う。
このスキルの効果か一時期、肉や魚に飢えている鬼ヶ島の住人達が挙ってオーガニックに殺到。
地獄内で唯一肉料理や魚料理が食べられるレストランがあると噂を聞きつけたようだ。
「お兄ちゃんのスキルが有能なのは重々わかりましたが、それでも冷凍食品や出来合いのものばかり生成するのはどうかと思います。そのまま提供する気満々じゃないですか」
今日はオーガニックの定休日だ。
兄妹二人して厨房の掃除を敢行中、タルトと駄弁ってたら生成スキルの話になった。
どうやらタルトは、オーガニックのメニューに平気で冷凍食品や出来合いの食べ物が並んでいることに文句があるようで……、
「ちっちっち。わかってないねー。これだからタルト君はおこちゃまなのだよ」
「突然ですね。何ですか、その喋り方。非常に気持ち悪いのでやめてください」
「君は何もわかってない。わかってないのだよ。いいかな?レストランってところはだね、全部が全部商品を調理して提供しなきゃならないとは決まってないんだ。俺が以前バイトしてた百円寿司なんかいい例よ。からあげ、ポテト、たこ焼き、これ全部冷凍ね」
「高校生の頃のバイトでしたね。懐かしいです。おみやげに買って来てくれたプリンが美味しかったのでよく覚えています」
「ああ、あれな。あれめちゃくちゃ美味かったよな。トータルで30個は食ったね」
寿司屋のプリン、カラメルが底じゃなくて真上に乗ってるタイプのやつだ。
あれはかなり美味い。
「あの時の私は、お兄ちゃんがバイト終わりに持って帰ってくるおみやげが何よりの楽しみでした。あの頃のお兄ちゃんは今とは大違いでほんとうに優しかったです。お願いします、あの頃の理想のお兄ちゃんを返してください」
「いいかた!?物言いに気をつけたまえよ、タルト氏!それではまるで現在の拙者には優しさがかけらも無いように聞こえるでござるぞ!」
今の俺は昔の俺に取り憑いている悪霊かなんかかよ!?
「そういうところが嫌いです。変な喋り方してごまかそうったってそうはいきません。それに全然面白くないです。ぴくりとも笑えないです」
面白くなくて悪かったな。所詮俺にはお笑いのセンスなんざねぇよ。
そんな才能があったら芸人にでもなってたかもな。
「おいおい、そこまで言うか。さすがの俺も実の妹に嫌い嫌い連呼されたら落ち込むぞ。俺はただむすっとしていて可愛げのないお前を笑顔にしてやろうとだな……」
「私を笑顔にしたいなら、もっときびきび働いてください。仕事をサボって遊びに出かけないでください。へんてこな食べ物を量産しないでください。楽しようとしないで手の込んだ食べ物を作ってください。嫌いな食べ物をむりやり食べさせようとしないでください」
「要望の多いやつだな。……俺ってそんなにお前に嫌われてんの?」
世知辛いったらありゃしねぇな。
「嫌われてます。調理師の癖にきちんとした料理を作らないところとか特に。ところで、今日のお昼御飯は何を食べさせてくれるんですか。まさかとは思いますが、いつも生成してるコンビニ弁当じゃないですよね?」
「昼飯ね……もうそんな時間か」
コンビニ弁当を嫌がるとは贅沢なやつめ。
下手げに俺が作るより、よっぽど品数豊富で美味いと思うのだが。
あれか、カップ麺は体に悪いから極力食わないようにしてる的な。
「掃除はここらにしといて昼にするか」
「はい。お掃除はまた午後にでもやりましょう」
はあ……、まだやんのかよ。休みの日まで汗水流して働くの嫌なんだがな。
「……んで、コンビニ弁当は嫌だって?」
「コンビニのお弁当も美味しいですが、たまにはお兄ちゃんが一から料理をして作ってください。調理師学校で磨いた包丁さばきを私に見せてほしいです」
「磨いたって、そんなご大層な技なんか教えてもらってないんだけどな。俺は魚すら碌に捌けるようにならないまま卒業したんだぜ」
あそこは口や文章では説明しても、一人一人が十分に理解するまでは付き合わないスタイルだったからな。魚が満足に捌けるレベルになるまで次のステップへは進めないってやりかたではなかった。
仮に後述したスタイルだった場合、俺の方から投げ出していた可能性は否めないが。
「別に魚を捌けとは言ってません。何かしら包丁を使った品を作ってほしいって意味です」
「何かしらねぇ……ならこれにしよう。今日の昼飯はバターロールを土台にしたサンドイッチでいいか?」
「バターロールサンドですか。少し簡単過ぎる気もしますが、最初から難しいのを求めてもあれですし、今日はそれで許してあげます」
おいおい、せっかく作ってやるってのに随分と偉そうな態度じゃないか?
……まあいい、今は何も言うまい。
「よし。じゃあそれで決まりだな。必要な食材はとりあえずバターロールだろ。それとアボガド、生ハム……スライスチーズもか」
ほしいものを全て頭に思い描く。
そうするだけで俺の願いを叶えるかのように食材達が数秒とかからず調理台の上に姿を現した。
「ほんと、便利なスキルですね」
「だろ。調理人にはもってこいのスキルだよな」
「お兄ちゃん、久しぶりにプリンが食べたいです」
「唐突だな。あの百円寿司のやつが食べたいのか?」
いや、唐突でもなかったな。
さっき懐かしの思い出話に思いを馳せたから急に食べたくなったってところか。
「はい。あれが食べたいです」
「……しゃあねぇな。ほらよ」
「うわ……本当にはやいですね。ありがとうございます」
タルトが食べるならついでにヒスイやラスクのぶんも生成しとくか。
あいつらにもあとで振舞ってやろう。
ようし、タルトがプリンを食っているうちに昼飯の準備に取り掛かるとしようか。
さてさて、バターロールサンドだが、作り方は至って簡単だ。
まずバターロールの真ん中に具材をサンドする切れ目を入れる。
そんで、その切れ目の中にマヨネーズとマスタードをスプーンで適量塗りたくる。
次に野菜、主にトマトやレタスをちょうどいい大きさに切ってチーズや生ハムと一緒にパンにはさめば完成だ。
ちなみに言うと、チーズはレンジで温めるととろけていい感じに仕上がるが、生ハムはただのハムに様変わりするから注意が必要だ。
「見事にトマトだけ避けてんな。そんなに毛嫌いしちゃトマトが可愛そうだろ」
「毛嫌いじゃないです。きつい言い方になりますが、心から嫌ってます。私は生ハムとアボガドのサンドをいただきますので、トマトさん達はお兄ちゃん担当でお願いします」
「お前の好き嫌いを無くしてやろうという兄貴のさりげない気遣いは通じなかったか。……まあいい、ラスクならなんでも食べるし、あいつが昼寝から起きてきたらそんときに食わせよう」
「そうしてください。らっちゃんならトマトいける口ですし、普通に食べられる人からしたらご馳走だと思います。なんだか私の嫌いなものを押しつけるみたいであれですから、らっちゃんにはソーセージと玉子とシーチキンのサンドも用意してあげてください」
「どのみちあいつはたくさん食うしな。それくらいの数作らんと物足りなそうだよなぁ……」
「育ち盛りですからね。何よりらっちゃんにとってはお兄ちゃんの料理が美味しいと感じているのでなおさらだと思います」
『~にとって』は余計だ。
タルトは俺を褒めているのか貶しているのかいまいちわからない時がある。
ーー今晩はヒスイを招いての四人での夕食タイムとなった。
鬼子も誘ってみたがどうやら用事があって来られないっぽい。
みんなでわいわいと騒がしく、食事の時間を楽しむ
いつもは三人だが、一人増えただけでこんなにも食卓風景があかるくなるんだな。
「らっちゃん、お顔とおててがベタベタです。拭いてあげますね」
タルトはラスクに対して、まるで我が子に接するように甲斐甲斐しく世話を焼いている。
ラスクはまだまだ子供だし、誰かが見ていてやらないと危なっかしい。
そのへんはタルトが進んで引き受けてくれているから安心だ。
俺みたいないいかげんなやつより面倒見のいいタルトに一任するほうが適切だろう。
「ごしゅじん、もっと、もっとほしい」
「あひっ……!?」
「変な声出さないでください。不快です。気持ち悪いです」
「そんなこと言ったっておまえ……急に顔ぺろっとされたら流石に驚くだろ」
たしかに気持ち悪い声出したかもしれないが、そこまではっきりと罵倒される謂れはない。
「ああ、お兄ちゃんのほっぺにマヨネーズがついてたんですね。らっちゃんもう全部食べちゃったみたいです」
「あたしのぶん残ってるからあげるよ。ももちゃんが作る食べ物美味しいもんね」
「うん。おいしー」
「つい食べ過ぎちゃう気持ちわかるなー」
ラスクも順調に俺の料理の虜になりつつあるな。
ヒスイに続いて二番目になるのか。俺の腕を認めてくれたよき理解者は。
「こいつの場合は「つい」じゃなくて後先考えずに食いまくってる感じだけどな」
「お兄ちゃん、今のうちに料理のほう追加で。おあずけは可愛そうなので満足するまで食べさせてあげてください。作ってくれても出来合いのものを生成する形でも構いませんから」
「おまえ、ほんとーにラスクには甘いよな。俺にもそんくらい優しく接してくれよ」
「お兄ちゃんに優しく……?絶対に無理です」
「なんでだよっ!?」
言い切りやがったな、こいつ。
「らっちゃんは可愛いですから特別です。お兄ちゃんは……そうですね。まあ、察してください」
「察せねーよ。何を察しろって言うんだよ」
「あはは。ももちゃんも十二分に可愛いから気にしなくて大丈夫だよ」
タルトに対する燃えるような怒りは、ヒスイの思いやりのあるフォローによって瞬く間に鎮火した。
「ヒスイ、おまえだけだぜ。俺の味方してくれんのは」
「うん!任せて!ももちゃんのことなら二十四時間だって賞賛できる自信があるから!」
「え……ヒスイさん、このお兄ちゃんが可愛いとか、正気ですか?どの辺に可愛い要素があるのか私には理解出来ませんが。お世辞も度を過ぎると本人にとって辛いだけかと」
「正気だしお世辞じゃないよ。本心から言ってるんだよ」
「うんうん、さすがはヒスイ。俺という男をよく理解していらっしゃる」
「おかわりまだ?」
「よしよし、いい子にして待ってろ。いま追加で作ってきてやるからな」
本日ラスクが食べたバターロールサンドの数は3桁に届きそうだった。
きっとそれだけの数を作ったせいだろう。
俺の体は久しぶりにへとへとになった。
今回紹介するのはその一つである『生成』というスキルだ。この地獄では殺傷が堅く禁じられていて肉や魚を食うことはできない。よって食卓に並ぶのは貧乏金持ち関係なく野菜料理やキノコ料理だったりする。
だが、そういった植物性食品ばかりではいずれ飽きがくると、地獄の番人である鬼子に協議した結果『だったらスキルを行使して食べたい物を自由に具現化したらいいじゃない』とこんなことを言い出した。
つまり、スキルを使って生成した肉や魚を使用するぶんには文句はないそうだ。
俺のスキルは頭に欲しい物を思い浮かべるだけでその力を発揮し、お目当てのものをどんどん具現化させる。
これが制限なく無限に使えるのだからかなり有能なスキルだと思う。
このスキルの効果か一時期、肉や魚に飢えている鬼ヶ島の住人達が挙ってオーガニックに殺到。
地獄内で唯一肉料理や魚料理が食べられるレストランがあると噂を聞きつけたようだ。
「お兄ちゃんのスキルが有能なのは重々わかりましたが、それでも冷凍食品や出来合いのものばかり生成するのはどうかと思います。そのまま提供する気満々じゃないですか」
今日はオーガニックの定休日だ。
兄妹二人して厨房の掃除を敢行中、タルトと駄弁ってたら生成スキルの話になった。
どうやらタルトは、オーガニックのメニューに平気で冷凍食品や出来合いの食べ物が並んでいることに文句があるようで……、
「ちっちっち。わかってないねー。これだからタルト君はおこちゃまなのだよ」
「突然ですね。何ですか、その喋り方。非常に気持ち悪いのでやめてください」
「君は何もわかってない。わかってないのだよ。いいかな?レストランってところはだね、全部が全部商品を調理して提供しなきゃならないとは決まってないんだ。俺が以前バイトしてた百円寿司なんかいい例よ。からあげ、ポテト、たこ焼き、これ全部冷凍ね」
「高校生の頃のバイトでしたね。懐かしいです。おみやげに買って来てくれたプリンが美味しかったのでよく覚えています」
「ああ、あれな。あれめちゃくちゃ美味かったよな。トータルで30個は食ったね」
寿司屋のプリン、カラメルが底じゃなくて真上に乗ってるタイプのやつだ。
あれはかなり美味い。
「あの時の私は、お兄ちゃんがバイト終わりに持って帰ってくるおみやげが何よりの楽しみでした。あの頃のお兄ちゃんは今とは大違いでほんとうに優しかったです。お願いします、あの頃の理想のお兄ちゃんを返してください」
「いいかた!?物言いに気をつけたまえよ、タルト氏!それではまるで現在の拙者には優しさがかけらも無いように聞こえるでござるぞ!」
今の俺は昔の俺に取り憑いている悪霊かなんかかよ!?
「そういうところが嫌いです。変な喋り方してごまかそうったってそうはいきません。それに全然面白くないです。ぴくりとも笑えないです」
面白くなくて悪かったな。所詮俺にはお笑いのセンスなんざねぇよ。
そんな才能があったら芸人にでもなってたかもな。
「おいおい、そこまで言うか。さすがの俺も実の妹に嫌い嫌い連呼されたら落ち込むぞ。俺はただむすっとしていて可愛げのないお前を笑顔にしてやろうとだな……」
「私を笑顔にしたいなら、もっときびきび働いてください。仕事をサボって遊びに出かけないでください。へんてこな食べ物を量産しないでください。楽しようとしないで手の込んだ食べ物を作ってください。嫌いな食べ物をむりやり食べさせようとしないでください」
「要望の多いやつだな。……俺ってそんなにお前に嫌われてんの?」
世知辛いったらありゃしねぇな。
「嫌われてます。調理師の癖にきちんとした料理を作らないところとか特に。ところで、今日のお昼御飯は何を食べさせてくれるんですか。まさかとは思いますが、いつも生成してるコンビニ弁当じゃないですよね?」
「昼飯ね……もうそんな時間か」
コンビニ弁当を嫌がるとは贅沢なやつめ。
下手げに俺が作るより、よっぽど品数豊富で美味いと思うのだが。
あれか、カップ麺は体に悪いから極力食わないようにしてる的な。
「掃除はここらにしといて昼にするか」
「はい。お掃除はまた午後にでもやりましょう」
はあ……、まだやんのかよ。休みの日まで汗水流して働くの嫌なんだがな。
「……んで、コンビニ弁当は嫌だって?」
「コンビニのお弁当も美味しいですが、たまにはお兄ちゃんが一から料理をして作ってください。調理師学校で磨いた包丁さばきを私に見せてほしいです」
「磨いたって、そんなご大層な技なんか教えてもらってないんだけどな。俺は魚すら碌に捌けるようにならないまま卒業したんだぜ」
あそこは口や文章では説明しても、一人一人が十分に理解するまでは付き合わないスタイルだったからな。魚が満足に捌けるレベルになるまで次のステップへは進めないってやりかたではなかった。
仮に後述したスタイルだった場合、俺の方から投げ出していた可能性は否めないが。
「別に魚を捌けとは言ってません。何かしら包丁を使った品を作ってほしいって意味です」
「何かしらねぇ……ならこれにしよう。今日の昼飯はバターロールを土台にしたサンドイッチでいいか?」
「バターロールサンドですか。少し簡単過ぎる気もしますが、最初から難しいのを求めてもあれですし、今日はそれで許してあげます」
おいおい、せっかく作ってやるってのに随分と偉そうな態度じゃないか?
……まあいい、今は何も言うまい。
「よし。じゃあそれで決まりだな。必要な食材はとりあえずバターロールだろ。それとアボガド、生ハム……スライスチーズもか」
ほしいものを全て頭に思い描く。
そうするだけで俺の願いを叶えるかのように食材達が数秒とかからず調理台の上に姿を現した。
「ほんと、便利なスキルですね」
「だろ。調理人にはもってこいのスキルだよな」
「お兄ちゃん、久しぶりにプリンが食べたいです」
「唐突だな。あの百円寿司のやつが食べたいのか?」
いや、唐突でもなかったな。
さっき懐かしの思い出話に思いを馳せたから急に食べたくなったってところか。
「はい。あれが食べたいです」
「……しゃあねぇな。ほらよ」
「うわ……本当にはやいですね。ありがとうございます」
タルトが食べるならついでにヒスイやラスクのぶんも生成しとくか。
あいつらにもあとで振舞ってやろう。
ようし、タルトがプリンを食っているうちに昼飯の準備に取り掛かるとしようか。
さてさて、バターロールサンドだが、作り方は至って簡単だ。
まずバターロールの真ん中に具材をサンドする切れ目を入れる。
そんで、その切れ目の中にマヨネーズとマスタードをスプーンで適量塗りたくる。
次に野菜、主にトマトやレタスをちょうどいい大きさに切ってチーズや生ハムと一緒にパンにはさめば完成だ。
ちなみに言うと、チーズはレンジで温めるととろけていい感じに仕上がるが、生ハムはただのハムに様変わりするから注意が必要だ。
「見事にトマトだけ避けてんな。そんなに毛嫌いしちゃトマトが可愛そうだろ」
「毛嫌いじゃないです。きつい言い方になりますが、心から嫌ってます。私は生ハムとアボガドのサンドをいただきますので、トマトさん達はお兄ちゃん担当でお願いします」
「お前の好き嫌いを無くしてやろうという兄貴のさりげない気遣いは通じなかったか。……まあいい、ラスクならなんでも食べるし、あいつが昼寝から起きてきたらそんときに食わせよう」
「そうしてください。らっちゃんならトマトいける口ですし、普通に食べられる人からしたらご馳走だと思います。なんだか私の嫌いなものを押しつけるみたいであれですから、らっちゃんにはソーセージと玉子とシーチキンのサンドも用意してあげてください」
「どのみちあいつはたくさん食うしな。それくらいの数作らんと物足りなそうだよなぁ……」
「育ち盛りですからね。何よりらっちゃんにとってはお兄ちゃんの料理が美味しいと感じているのでなおさらだと思います」
『~にとって』は余計だ。
タルトは俺を褒めているのか貶しているのかいまいちわからない時がある。
ーー今晩はヒスイを招いての四人での夕食タイムとなった。
鬼子も誘ってみたがどうやら用事があって来られないっぽい。
みんなでわいわいと騒がしく、食事の時間を楽しむ
いつもは三人だが、一人増えただけでこんなにも食卓風景があかるくなるんだな。
「らっちゃん、お顔とおててがベタベタです。拭いてあげますね」
タルトはラスクに対して、まるで我が子に接するように甲斐甲斐しく世話を焼いている。
ラスクはまだまだ子供だし、誰かが見ていてやらないと危なっかしい。
そのへんはタルトが進んで引き受けてくれているから安心だ。
俺みたいないいかげんなやつより面倒見のいいタルトに一任するほうが適切だろう。
「ごしゅじん、もっと、もっとほしい」
「あひっ……!?」
「変な声出さないでください。不快です。気持ち悪いです」
「そんなこと言ったっておまえ……急に顔ぺろっとされたら流石に驚くだろ」
たしかに気持ち悪い声出したかもしれないが、そこまではっきりと罵倒される謂れはない。
「ああ、お兄ちゃんのほっぺにマヨネーズがついてたんですね。らっちゃんもう全部食べちゃったみたいです」
「あたしのぶん残ってるからあげるよ。ももちゃんが作る食べ物美味しいもんね」
「うん。おいしー」
「つい食べ過ぎちゃう気持ちわかるなー」
ラスクも順調に俺の料理の虜になりつつあるな。
ヒスイに続いて二番目になるのか。俺の腕を認めてくれたよき理解者は。
「こいつの場合は「つい」じゃなくて後先考えずに食いまくってる感じだけどな」
「お兄ちゃん、今のうちに料理のほう追加で。おあずけは可愛そうなので満足するまで食べさせてあげてください。作ってくれても出来合いのものを生成する形でも構いませんから」
「おまえ、ほんとーにラスクには甘いよな。俺にもそんくらい優しく接してくれよ」
「お兄ちゃんに優しく……?絶対に無理です」
「なんでだよっ!?」
言い切りやがったな、こいつ。
「らっちゃんは可愛いですから特別です。お兄ちゃんは……そうですね。まあ、察してください」
「察せねーよ。何を察しろって言うんだよ」
「あはは。ももちゃんも十二分に可愛いから気にしなくて大丈夫だよ」
タルトに対する燃えるような怒りは、ヒスイの思いやりのあるフォローによって瞬く間に鎮火した。
「ヒスイ、おまえだけだぜ。俺の味方してくれんのは」
「うん!任せて!ももちゃんのことなら二十四時間だって賞賛できる自信があるから!」
「え……ヒスイさん、このお兄ちゃんが可愛いとか、正気ですか?どの辺に可愛い要素があるのか私には理解出来ませんが。お世辞も度を過ぎると本人にとって辛いだけかと」
「正気だしお世辞じゃないよ。本心から言ってるんだよ」
「うんうん、さすがはヒスイ。俺という男をよく理解していらっしゃる」
「おかわりまだ?」
「よしよし、いい子にして待ってろ。いま追加で作ってきてやるからな」
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きっとそれだけの数を作ったせいだろう。
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