なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

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第八話(地獄にもいるわよ)

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夕方、仕事終わりに厨房で溜めに溜め込んだ大量の食器をタルトと二人して洗っていたときだ。
オーガニックの厨房には俺が生成スキルで作ったTVが備え付けてあるんだが、鬼子がある番組を釘付けになって視聴している。ちなみに心霊番組だ。
鬼子は次々と画面に映る恐ろしい存在を微動だにしないで眺めながら、唐突にこんなことを呟いた。

「地獄にもいるわよ。幽霊」

「さらっと恐ろしいことを言うな。……しかもなんだよ『にも』って。その口ぶりだと下界にもいたみたいに聞こえるぞ」

「ゆ、ゆゆ、幽霊さんが地獄にいるなんて冗談ですよね……?」


いんや、鬼や人魚が当たり前にいるところだぞ。
幽霊がいたって今更驚かない。

「見ろ。タルトのやつがわかりやすく震えてるじゃねぇか」


こいつ、ゴキには耐性あるのに幽霊はダメなんだな。やっぱ変わってるわー。
我が妹ながら、好き嫌いの基準がよくわかんねぇ。

「お兄ちゃんが厨房にTV置くからですよ!知りたくなかった情報聞いちゃったじゃないですか!」

「しらねーよ。お前が勝手に聞いちまったってだけだろ。俺のせいにすんな」

悪いのはTVじゃなくて、こんなとこでいきなり心霊番組見始める鬼子だと思うんだが。

「夜中トイレに一人で行けなくなりました。どう責任取ってくれるんです?怖くて眠れなくなったらお兄ちゃんが一緒に寝てくれるんですか?」

「は、やだよ。うっとーしい。狭い寝辛い暑苦しいの三拍子でいいこと一つもねぇじゃねーか」

「うっとうしいって何ですか!その物言いは女の子に対してしつれーです!」

こんなことを言ってはいるが、内心じゃタルトと一緒に寝てた頃とか何年前だっけと昔を思い出し懐かしんでいた。
小さな子供相手なら断って泣かれても嫌だしやむなしだが、タルトはそこまで幼くないからな。

「まあいいです。らっちゃんと一緒に寝ます。お兄ちゃんと一緒に寝るなんてこっちからお断りですし、それに加齢臭が移ったら元も子もありませんからね」

「まだ加齢臭かますほど老いてねぇわ!?自分から誘っておいてなんて言い草だよ。それを言ったら鬼子なんかっーー」

「なんか……?なによ。それ以上言ったら怒るから」

「すでに怒ってるじゃねぇか!金棒片手ににこやかな笑顔を向けるのはやめろ!?」

なるほど。
冗談でも「ロリババアさいこー」などと叫ぼうものなら一瞬で殴殺されそうだ。
今後、鬼子に年齢の話題はタブーだな。

ーーその日の夜のこと。

俺が一日の終わりに優雅なバスタイムに勤しんでいた時だった。

「タルトのやつ、ほんとしつこかったわー」

何を血迷ったのか、十三にもなる年頃の娘がとっくに成人している兄と風呂に入りたいなどと抜かしやがったのだ。
あいつは幽霊がからむとトイレだけじゃなくて風呂まで一人で入れなくなるんだな。
さっき加齢臭がどうのとか言ってなかったか?
しかしまあ、よく恥ずかしくもなくそんな大胆な台詞が口にできたもんだよな。

「ふぅ~。ごくらくごくらくっと」

いつも思うが、銭湯並みに広いオーガニックの風呂は最高だ。
暖かな湯船に浸かってふと考える。
幽霊に恐れを抱いた状態のあいつなら、知らないおっさんとでも喜んで混浴するんじゃないか?
……さすがにそれはないか。
無いと信じたい。
結局あいつはラスクと一緒に入った。
いくら怖いからといって自分より年下の子に頼りきりになるのはどうなんだ?藁にもすがる的な感じだろうか。

「あ、れ……おかしいな」

シャワーが出ねぇ。蛇口をひねってもうんともすんともいわない。
まさかの故障か?
タルトがなんとも言ってこなかったってことは、ついさっきまでは使えていたはずだよな。
ついてねぇ。確認こそしてないが、今日の俺の運勢は最悪に違いない。

「うお、だ、だれだっ!?」

「クスクスクス……」

シャワーの不具合に続いて、突然風呂場の明かりが明滅を始めた。
いや、誰だっつってもオーガニックに住んでるのは三人だけだし、いたずらするやつなんて限られてくるけどね。
つまりはタルトかラスクの二択なわけだが、きっと夕方怖がらせられた仕返しにタルトがスイッチを点けたり消したりしてんだろ。
クスクス笑う声が脱衣所の方から聞こえるぞ。
わざわざ俺のお風呂タイムを妨害しに来るとは、許すまじ。
こりゃおしりぺんぺんの刑決定だな。

「おいタルト、ふざけるのもそのくらいに……!て、あれ……?」

いない……だと?そんなバカな。
一応脱衣所から廊下の方も覗き込んでみるが、やはり誰もいない。
捕まらないよう走って逃げた可能性もあるが、これといってそれらしい音もしなかったしな。
忍び足で踵を返したって逃走は間に合いそうもないし、シーンと静まり返っているのが何故だか不気味に感じた。

「くそ、なんだったんだ。すっかり体が冷えちまったじゃねぇか……」

無駄に広い脱衣所から風呂場へと駆け足で戻る。
不思議なことに、故障したと勝手に思い込んでいたシャワーヘッドから水が大量に噴き出していた。
明滅していた明かりも本来の機能を取り戻しており、なんらおかしなところは見当たらなかった。

「はあ……マジでなんだったんだ。さっきのはよ~」

体を洗い終わったあと、湯船に浸かりなおし原因を考えてみる。
タルトいたずら説が有力だったのだが、その可能性はほぼなくなった。
そもそもの話、あいつは歳の割に大人びていて俺なんかより全然しっかりしている。今思えばこんな子供っぽい仕返しをわざわざしに来るようなやつじゃない。
しばらくの間黙考に夢中になっていると、段々と瞼が重くなってきた。
一日まじめに働いた……というほどでもなかったが、温かい風呂に浸かっていると自然と眠くもなるよな。

「…………」

風呂の中で眠るのは危険な行為だと重々理解していた俺だったが、なんという不覚。
いつのまにか一時間ほど、夢の中に意識を持っていかれていたようだ。

『クスクス』

……おい、誰だ?
さっきから俺の頰を何度も突いたり引っ張って笑っている失礼なやつは。

……やめろ。しつこいな。
人の顔をいじくっていたずらする無礼で雪のように真っ白な手をバッと横に払いのける。
そして、起き抜けの視界が定まらない状態で前方に手を伸ばした。

「柔らかい……なんだこりゃ……?」

これまでに経験のない感触だ。

『クスクス……触り心地はどう?』

「…………へ?」

特段大きくも小さくもない。そんな女の子の胸に俺の左手が触れていた。
驚いてすぐに放したが、その女の子は俺の手を掴んで再度自分の胸に押し当てる。

『むね、触るの始めて?』

気付いたら見知らぬ全裸の女の子が目の前にいて一緒に混浴をしていた。恥ずかしげもなく自分から男に胸を触らせて『クスクス』と笑う。まるで無垢なオレをからかうように。実に楽しそうに。

「ひっ!?うわあああああああっ!!」

少しずつ意識がはっきりとしてきて、大の男が情けない悲鳴をあげていた。
というか、こいつ誰だよ……俺が眠っているあいだに一体なにが。
やべぇ……逃げようにも腰が抜けて足に力が入らねぇ。

「………………?」

それなりにでかい悲鳴をあげたってのに女の子は全く動じてない。
何をするでもなく俺の隣へ腰掛け、温かい湯に浸かって気持ちよさそうに目を閉じている。
頭につけてる三角型の白い髪飾り?みたいなやつがどことなく幽霊っぽいな。
まさかこの子、鬼子が言ってた幽霊なんじゃなかろうか。いや、触れるってことは違うのか? 
ものは試しと、おそるおそる隣で平然とバスタイムを楽しむ幽霊(仮)の肩に手を置いてみる。
うん。やっぱりすり抜けないな。
見た目はだいたい、タルトよりもちょっと上くらいか?
髪は海のように青くすらっと長い。
……あれ、よく見るとこいつめちゃくちゃ可愛くないか?不法侵入者のくせに。
なんだろうな。ただ可愛いってだけで恐怖感が薄れてしまう。

「あ~、マジで昨日のあれはなんだったんだよ~」

俺が目を少し離した途端、混浴を敢行していた幽霊っぽい女の子は跡形もなく消失した。
昨日、そんな不思議な体験をしたんだと鬼子に打ち明けてみると、返ってきた返答は予想していたものとはかなり違った。
てっきりいつものように馬鹿にされ一笑に伏されると思っていたんだが、

「ああ、ごめんごめん……それ絶対ユキミだわ。まだあんた達にあの子のこと話してなかったわね」

「ユキミ……なんか美味そうな名前だな」

いいセンスしてるぜ。俺といい勝負だ。
なんだろうな。最近その名前、どこかで聞いた覚えがあるんだが。

「つか、なんだよ。お前は俺とタルトに何を話しそびれてたって?」

「心して聞いてね」

「お、おう……」

「実はーー」

鬼子の口から語られた嘘偽りのない事実に、俺は多少ぞっとした。
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