なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

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第十一話(人魚の浸かったお湯で……)

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きょうは休日だが、昨日仕事の途中で閃いたある実験を試してみようと思う。

「ほら、よく魚を使ってダシを取ったりするだろ」

「はい。そんなの極あたりまえに誰でも知ってることですよね。いきなりどうしたんです。新メニュー開発の話なら相談に乗りますよ」

「じゃなくてさ、魚でダシを取れるなら、人魚でダシだって取れるんじゃないかって閃いたわけ。俺ってあったまいぃいー!」

「へー。頭いいんですか。そりゃよかったですね」

俺が本気の手前味噌で最高の案を出しているというのに、我が妹タルトの反応はかなり冷めていた。

「なんじゃその反応はっ!?少しは興味持てよ!人魚でダシを取ってスープとか作ったら美味いのか気になるだろ?」

「いやいや、そもそも検証のしようがないですよ。人魚さんを鍋に投入してグツグツ煮ようって言うんですか?」

「そこなんだよな~。そんなでかい鍋なんてないしなー。鍋に無理矢理押し込むわけにもいかんし……いっそ尾ひれだけ熱湯に浸からせたらどうだろう」

俺の考えを聞いたタルトは心底呆れている。でかい鍋があればいいという問題ではないと言いたげな表情だ。

「まるで新手の拷問ですね。どっちにしても苦痛を伴うような検証に好き好んで付き合ってくれる人魚さんはいないでしょう。残念かもしれないですが、その検証は潔く諦めたほうが賢明ーー」

「いんや、魚介スープ人魚バージョンの実験台ならもう決まってるぞ。手近なところにヒスイがいるじゃないか。あいつを利用しない手はない。あいつなら大抵のことは「うん」と頷く」

「うっわぁ……またヒスイさんですか。きっとそうじゃないかなって思いましたけど。実験台と決めつけてるあたり、ほんと最低ですね」

俺のヒスイへの扱いにタルトはドン引き。兄に対する悪者扱いが酷く目立った。
俺には最低な行為をしようとしている自覚なんざないんだがな。

「あ、そうだ。今から超特急で風呂沸かして、そん中にヒスイをぶち込めば……」

「聞いてませんね。ぶち込むって表現からしてもう、完璧に物扱いじゃないですか……」


ーーそれから一時間後。
桃之介に呼び出されたヒスイは、まんまとその身を実験台として捧げる選択を迫られることとなった。


「うん。いいよー」

「即答ですか!?少しは迷ったほうがいいと思いますよ。なんか食材扱いみたいで嫌じゃないんですか?サイコパスなお兄ちゃんのことです……そのうち「人魚って刺身にしたら美味しいのかな?」とか言い出しかねませんし」

「人魚のお刺身かぁ~。食べたことないなぁ。美味しいのかは食べてみないとわからないもんね」

「食べたことあったら恐いですよ!?ヒスイさんが人魚さんを食べたら共食いになっちゃうじゃないですか」

「刺身か。やべぇ、その発想はなかったな」

何かタルトのやつが凄まじく失礼なことを口にしていたが、刺身にしたらどうとか考え付くお前も相当だと思うぞ。


「あたし、ももちゃんになら食べられてもいいかも」

「だめだここ。変人しかいない……」

「さすがは俺の妹、末恐ろしいわ」

「なんか失礼なこと呟いてますね……私の将来に変な期待はしないでほしいです」

何度も言うが、死んでる身で将来もクソもあるかよ。
まさか生まれ変わってからの話でもしてんのか、こいつは。

「ヒスイ、さっそくで悪いんだが」

「うん。お風呂に入ればいいんだよね。ももちゃんのためなら一肌でも二肌でも脱ぐよ」

「なんかえっちっぽい言い回しですが、ただダシを取るだけですよね」

ーーヒスイが風呂に入ってから三十分が経過した。
そろそろ体を洗い終わって湯船に浸かっている頃合いかと、俺は風呂場へと向かう。

「ヒスイ、湯加減はどうだ?」

そう声をかけて風呂場へ足を踏み入れると、浴槽の中で人魚姿のヒスイが俺の登場を今か今かと待ちわびていた。

「うん。あったかくてちょうどいいよ。このお風呂、ももちゃんがあたしのために準備してくれたんだよね」

「そうだぞー。念入りに磨いて綺麗にしてお湯を汲んだんだ。俺に抜かりはない」

これならじかに魚介スープが飲めるからな。
銭湯みたいに広い風呂だから、多少時間がかかって骨が折れたが。

「偉そうに言ってますが、要するに欲望に忠実なだけですね」

「そんじゃさっそく、味見を始めるとするか!」

そう口にする桃之介に躊躇いはない。
他人の入った風呂の湯を持参したおたまで適量すくい取り平然と飲み下す。
そんな兄を間近で見て、タルトは言葉を失った。

「げっ……」

「わわ、ももちゃん本当に飲むんだね……しかもそんなにごくごくと躊躇いもなしに……進んで協力しておいてこんなこと言うのも変だけど、お腹壊さない?大丈夫?」

「まあ大丈夫だろ。そんときはそんときで便所に籠もるさ。それよりタルト」

「……はい。なんでしょう」

タルトは「こいつ、こんなことして大丈夫か?頭おかしいんじゃねぇの?」とでも言いたそうな目で俺を見ていた。

「げっ、とか言うなよ。まるで俺が変なことしてるみたいだろ」

「変なことしてる自覚が無いのって恐ろしいですね……汗顔の至りです」

腹痛くらいへっちゃらだ。鬼子の金棒で何度も殴られてきたせいか、多少の痛みには動じなくなっている自分が恐ろしい。

「で、味の方はどうなんですか?」

「うん。海水の味か人魚特有の味かはわからんが、とりあえず美味いな。ほら、なんつうのかな……このまえ湯豆腐の残り湯を試しに飲んでみたら美味かったんだよ。ただのお湯のはずなのに、微かに味がついててさ」

「あれをただのお湯と断言するあたり、本当にお兄ちゃんはなんちゃって調理師ですね。ほんと、汗顔の至りです」

汗顔の至りね。意味はわからないが、こいつはこの言葉をよく使うな。
それも、まるで口癖のように。
俺に対してしか使わないところからして、どうせ碌なもんじゃないんだろうが。

「なんか美味しそうなにおいがする」

「おう、ラスク。やっと起きたか」

「あ、とらちゃんだ。おっはよー!」

「らっちゃん、おはようございます」

朝寝坊を敢行していたラスクが寝惚け眼で風呂場へとやってきた。
ちぃとばかし騒がしかったから起こしちまったかな。

「おはよ……ごしゅじん、なにしてる?」

「お前も飲むか。美味いぞ~」

手招きして俺が腰を下ろしている浴槽付近にラスクを呼び寄せる。
味見要員が増えるのはちょうどいい。

「おいしー?なら飲む」

「ちゃっかりらっちゃんを実験台にしてないですか?」

「してねーよ。ただ……俺一人だけ味見してもなと思っただけだ」

別の人の感想もほしいと思っていたところだったからな。
タルトはどうせ頼んだって断ってくるだろうし。

「さっきお腹壊す可能性の話してて、そんときはそんときとか言ってましたよね。らっちゃんをお兄ちゃんの奇妙な検証に付き合わせるのはやめてください」

「わーったよ。ラスクには後で安全が保証されたらやるからな。それまで待ってろ」

「わかった。まつ」

「いや、でもこれほんとーに美味いぞ。やべぇ、どうしよう……ゴクゴク飲める。さっきからおたまが止まらねぇんだが」

すくっては飲みすくっては飲みを、暫く何度も繰り返した。
中毒性が半端ないな、これ……。
この味を楽しめないなんて勿体無いなと思うほどに。

「自分が浸かったお湯を夢中で飲まれるのって、何だか恥ずかしいね……」

「はい。そりゃもう、誰でも恥ずかしいと思いますよ……」

こりゃ料理に使えるな。
そう判断を下すのに何分もかからなかった。


「出来たぞ。ヒスイから取ったダシを使って作った味噌汁だ。飲んでみろ」

あのあと鍋に浴槽のダシを汲んで、厨房でうきうきと作った味噌汁だ。
さっそくと、人数分を器に入れてそれぞれ三人に差し出してみる。
タルト以外の二人の反応は良好だ。

「お兄ちゃん、お腹の調子はあれからどうですか?」

「特に問題なし。至って正常そのものだ。なあなあ、そんなことどうでもいいからさっさと飲み下せよぉ。せっかく作った味噌汁が冷めちまうだろうがよぉ」

「……どうでもよくありません。変なテンションで絡んでこないでください。うっとーしいです」

「わあー、自分の浸かったお湯で作った味噌汁なんて初めて飲むよ。一体どんな味がするのかな?」

「飲んだことあったらドン引きですよ」

「おいしそー。いただきまーす」

ヒスイとラスクがほぼ同時に味噌汁に手をつける中、タルトだけは目の前に差し出された味噌汁を嫌そうに見つめていた。

「なにこれ……ももちゃんの言ってた通りだ……感動、あたしの体ってこんなにも美味しかったんだね!」

ヒスイさん、自分から取れたダシの破壊力に絶賛である。
やはり俺の味覚に間違いはなかった。
見ろ、タルト。もう二度となんちゃって調理師なんて言わせねぇからな。

「ごしゅじん、このスープにごはん入れてねこまんまにして食べたい」

「もちろん構わないさ。れんげはいるかい?」

「いる!」

ねこまんまって美味いもんな。
キムチ鍋の残りに飯とかチーズ入れて食べるみたいなもんだろう。あれと大差ない。ラスクはよくわかってるな。

「タルト、お前だけだぜ。イヤイヤ言って頑ななのは。協力してくれたヒスイに失礼だぞ」

「いや、だって……例えばお兄ちゃんは自分が浸かったお湯で作った味噌汁なんて飲みたいと思いますか?」

一体何を聞いているんだこいつは?
こんなこと自分で言いたかねぇけどな、俺の浸かったお湯なんざ泥水以下の価値しかねぇよ!汚水そのものだよ!

「飲みたいわけねぇだろ。口に含んだ瞬間勢いよく吐き出すわ。ヒスイと俺を一緒にすんなよ。赤身と大トロくらいの歴然とした違いがあるぞ」

「よくわからない例え方をしますね。お兄ちゃんの浸かったお湯は赤身に匹敵するって意味であってますか?それでヒスイさんの浸かったお湯は大トロクラスの価値があると?」

「ある!だってこれだけ美味いんだぜ!店に出せるレベルだよ!三つ星クラスだよ!」

勝手に興奮してすまんな。
でも、これぐらい熱くなれるほどこの味噌汁は美味いんだ。

「もうなくなっちゃった。おかわり」

「らっちゃん、そんなに飲んで大丈夫ですか?」

「大丈夫だって。タルト、騙されたと思って一口飲んでみろよ。本人が絶賛してるんだから間違いないだろ」

「そうだよ、たーちゃん。あたし公認の美味しさだよ。それに、そんなに否定されたら傷付くな」

「ただの自画自賛な気もしますが……わかりました。ちょこっとだけ飲んでみます」

ヒスイ本人の後押しもあってか、ついにタルトは味噌汁を味わってみようと決めたようだ。
おそるおそるとお椀を持ち上げて口元へ近付けていく。

そしてーー

「どうだ、美味いよな?」

「うっ……美味しい。認めたくはないですけど、まるで高級な味噌汁を飲んでいるみたいです」

「ふっ。だろ」

「やったー!たーちゃんにほめられたー!わーい!わーい!」

タルトに自分のダシの美味しさを認めてもらえたヒスイが俺以上に喜んでいる。
あれだけ拒否られたあとでこの手のひら返しじゃ喜びたくもなるわな。

「さっそく明日あたりにでも、これを使った新メニューを追加するか」

「一度美味しいと言ってしまった手前反対はしませんが、ちゃんと食べられるものを作ってくださいね」

さて、何を作ったものかな。
とりあえずこの味噌汁を提供してお客の反応を見るとしますか。






















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