なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

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第十三話(動く包丁)

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「もも様、ステキ……」

うっとりした眼差しで桃之介を見つめるご婦人達が店内に集中していた。

「料理も独特で素敵」

「何よ……この集客率は……」

「まるで韓流スターみたいな呼ばれ方してます。とにかく素敵で素晴らしいみたいです」

「これ全部、桃之介を求めて来店した客だって言うの?」

普段はがらがらのオーガニック内は満席状態。
鬼子やヒスイが店を手伝っている時以上のお客が来店している。
目を疑ってしまうのも無理はなかった。

「ですです。信じられない気持ちはわかりますが、これが現実です。お兄ちゃんに接客をお願いした途端にこれですよ。たちまち噂が広まったんでしょうね」

おそらくだが、オーガニックでイケメンの店員が働いているという噂が鬼ヶ島に伝播した。

「奥さん、そんなに褒められても何もでないぜ。これ、うちからのサービスな」

「何もでないって前置きしておきながら結局サービスするんですね。奥さん口説いてないで仕事してください。あと、独特は褒め言葉じゃないですよ」

「ごめんよタルトくん。今いくよ」

いつもの不真面目な桃之介からは考えられない俊敏で華麗な接客だった。
突然まじめに仕事をする気になった理由はなんなのか、鬼子には全く見当もつかない。
いったい彼に何があったのか。

「普段こんなにもウチに客が来たことが今まであったかしら……?」

「うちのお兄ちゃんってムダにかっこいいんですよね。いえ、褒めているつもりはないです。いくら顔がよくてもそれだけじゃ生きていけないってことです。顔がよければお客さんお店に来てくれますか?来てくれませんよね」

「……いや、あたしにはだいぶ来店してるように見えるわよ。認めたくはないけど、あいつって結構モテたのね」

「はい。褒めるとすぐ調子に乗るので普段は口が裂けても言わないですが、割と……いえ、かなりモテます」

タルトは小さい頃、桃之介がバレンタインの日に持ち帰って来る大量のチョコレートを食べるのが楽しみだった。
食べ尽くすのに毎年一ヶ月はかかるほどの数で、異常なモテっぷりを知っている。それなのに生涯誰とも付き合った経験が無いのを不思議に思っていた。

「あいつに惚れてるヒスイが異常なだけかと思ってたけど、実際は違ってたわけね。でも……」

「はい。なんでしょう?」

「どうして調理担当のあいつがホールで注文取ってるのよ」

「ああ、それはですね……」


時は二時間ほど前に遡る。
厨房で桃之介とタルトの二人は、仲良く肩を並べて野菜を切っていた。

「うあぁあぁあぁあー!いてぇ!」

「うるさいです、お兄ちゃん。耳元で叫ばないでください。一体誰に会いたいんですか?」

「指切っただけで、別に誰とも会いたくねーよ!?」

やべぇ。手元が狂った。
久々に指を切って感じるこの痛み、あんまし好きじゃない痛みだ。
ほとんど包丁なんざ握らねーから腕が錆付いちまったのかもしれねぇな……。

「まずいな。これじゃ包丁は握れねぇ……タルト、手当てしてくれ」

頭に絆創膏と傷薬を思い浮かべただけで、それらが瞬時に姿を現した。
生成スキルって楽だし便利でいいわ。

「それは別に構いませんけど、怪我をしたお兄ちゃんが余計に使い物にならなくなったいま、誰が包丁を握るんです?」

俺から受け取った絆創膏と傷薬を使い、タルトが丁寧に傷の手当を開始する。
所構わず謗ってくるのはいつものことでもう慣れた。

「使い物にならないは余計だ。そうだな……じゃあこういうのはどうだろう」

「こういうの、とは……?」

「ふと閃いちまったんだよ。やっぱり俺って天才なのかな」

「自画自賛はいいですから、とっとと何を閃いたのか教えやがれです」

「まあ、そう急かすな。毎回毎回疑問に思っていたとこだったんだ。何も、俺が野菜やら肉やらをカットする必要はねぇんじゃないかって」

俺は今、調理師にあるまじき言葉を羅列していないか?
まあいい。そんなこと気にするなんて甘菓子桃之介じゃねぇ。ニセモンだ。

「それもほぼ私がやってるんですけどね」

「俺は少しでも切りたくないんだよ。だって包丁って怪我するし危ないだろ。意思を持った包丁が勝手に食材を切ってくれたら楽だよな?俺が閃いたのはそういうことだ」

「レストランのメニューをほぼレトルトや出来合いのもので済ませているお兄ちゃんが包丁すら持たなくなる……ということですか。それはもはや調理師とは呼べません。ただの魔法使いですよ」

「ふっ、魔法使いか。確かに俺は魔法使いなのかもしれないな」

生成スキルやお絵描きスキルを使って様々なものを生み出す様は、我が妹の目にはそう映っていたのかもしれんな。実に気分がいい。

「あ、別に褒めてるつもり全くないので、誇らしく思わなくていいですよ」

「ということで俺は作るぜ。俺やお前の代わりに野菜やら肉やらをカットしてくれる包丁という名の手駒……いや、アルバイトをな」


タルトと鬼子の両名が無人の厨房の中を訝しげに覗いている。
視線は縦横無尽に働く包丁達に釘付けだ。

「回想は以上です」

「いかにもあいつが思いつきそうなことだわ。それにしても異様な光景ね。まるで包丁に魂が宿ったみたいに上下左右に動いて野菜を切ってるなんて」

つまりは、包丁を握らなくなったことで桃之介が厨房からホールへ出向ける余裕が生まれた。

「同感です。私のたくさんあるうちの仕事も一つ減って安堵していたところですが、別の心配事が増えました。あれって暴走して襲い掛かったりはして来ないんでしょうか……?」

「ちょっと不気味だけど、あいつがうまく使役できてるなら何の問題も無いでしょ」

「スキルを使うたびお兄ちゃんがどんどん怠惰になっていきます。そのうち、すべてをスキルに頼りきって自分ではなにもしなくなるんじゃないでしょうか。あのスキルって結構万能ですからね」

桃之介は指の痛みを根性で我慢し、お絵描きスキルを使って動く包丁を見事に生み出した。
ラスクを誕生させたスキルは結構どころか、かなり万能に思える。

「あれ……?ユキミがレジ打ちやってるじゃない!?なんで?」

タルトと立ち話をしていた鬼子が、レジにて浮遊している幽霊少女の存在に気付く。

「お兄ちゃん、最近ユキミさんにレジ打ち教えてました。暇な時は手伝ってくれって。ホールの方もちょくちょくお願いしてます」

「ユキミには別の仕事があるんだから休みの日まで手伝わせたら可哀想でしょ。とことん働きたくないみたいね」

ユキミはホールとレジを行ったり来たり行ったり来たり。
注文を取りに来た姿の見えない店員に、お客等は驚愕していた。

『ご注文は?』

「それにしても……」

「それにしても?」

「ユキミったら無愛想過ぎ。まるでラーメン屋の店主みたいなオーダーの取り方して。あの子に接客は無理があるんじゃないの?」

「でも、なにもメモを取らずに注文を取りにいけるのはすごいと思います。一品や二品なら平気ですけど、一度にばばばばっと言われたら流石に覚えられませんから」

タルトはユキミの卓越した記憶力を羨望している。
自分もあれくらい記憶力が優れていたら仕事に役立てることができるのにと。

「確かにね。物覚えが早い点を考慮すれば、案外向いているのかもしれないわ」

「はい。ユキミさんは即戦力ですからとても助かってます」

「ユキミが大好きなゲームほっぽり出してまで手伝う気があるならそれでいいか。桃之介の少しでも楽をしようって魂胆は気に入らないけれど、結果的にタルトの負担を減らす一助になってるみたいだし。今回は大目に見ましょう。珍しく店が繁盛してれば人手も必要だもんね」

『クスクス。鬼子も手伝う?レジって案外楽しいよ』

ユキミがパフェを中空に浮かせながら、鬼子のところへやってきた。
どうやら自分の仕事ぶりを観察されていたことに気付いたようだ。

「あたしは頻繁に手伝ってるし、今日は遠慮しとくわ。あんたもいるんだし、人手は十分に足りてるでしょ」

ユキミは物を中空に浮かして容易に動かせる。
出来上がった料理をお客の元へ運ぶのも、空いたテーブルから食器を厨房に運ぶのもお茶の子さいさいだ。

「まあまあ、そんな釣れないこと言わずに。これ、あそこのテーブルのお客さんのところだから」

「わかったわ。あたしに任せなさーーって、なにちゃっかり手伝わせようとしてんのよ!?」

「クスクス。早く持っていかないとパフェのアイスが溶けちゃうぞ」

「ユキミ、あんたって子は……いぃい?これっきりだからね!」

「おお。ユキミやるな。あの獰猛な鬼子を下っ端のように使うとは」

「ぶい。任せておいて。これくらい造作もないことよ。クスクス」

鬼子を上手いこと働かせているユキミを見て、桃之介は賞賛の言葉を送った。

「あんた達、くっちゃべってないで仕事しなさいよ」

「イタ……何をする。暴力反対」

「ふん。あたしをいいように使った報いなんだから」

おぼんでガシッと叩かれたユキミが頭を押さえている。
どうやらさっきの会話内容が筒抜けだったらしい。

「桃之介、誰が獰猛で下っ端だって?あんたはおぼんより金棒の方がお好み?」

「はは!俺そんなこと一言も言ってないぜ!あ!マダムが俺を呼んでいる!はやく行かなくちゃ!そんじゃあな!」

身の危険を感じた桃之介はその場を適当に誤魔化して、金棒で殴られる結末を見事に回避したのだった。
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