なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

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第二十九話(もう一人の料理人。瀬戸貴浩)

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「タカヒロが店を構えてからあからさまに客足が遠のいてるわね」

「それを言ってくれるな。何故だか悲しくなってくるだろ」

開店前のオーガニックで、最近の集客率を話題に出して鬼子が嘆いた。
タカヒロとは最近鬼ヶ島にやってきた新たな住人で、俺の親友でもある男だ。

「当然の結果じゃないですか。そもそもお兄ちゃんとタカヒロさんでは調理に携わってきた年月が違うんです。経験と技量ともに遥かに凌駕されていると言っても過言じゃないですし、タカヒロさんの作る食べ物はどれもこれもが本格的でお兄ちゃんの作る食べ物とは比べ物になりませんから」

「これに関しては何も言い返せねぇから辛いわ。だから、ほんとうにムカついたときはタルトにむりやりトマトでも食わせていじめることでしかイライラを解消できる自信がねぇ。一ヶ月くらいトマト料理ばっかにして泣かせるか」

「どうして私が泣かされたりいじめられたりされなくちゃならないんですか。八つ当たりはやめてください」

「うーわ……タルトかわいそう。口で言うだけなら見逃すけど、実行に移す気ならあたしが黙ってないからね」

「おめぇらには冗談も通じねぇのか。そもそも、俺が最愛の妹をいじめたことが一度でもあったかよ」

「ありますね」「あったじゃない」

こいつらは声を合わせて言って来やがるが、俺には全く身に覚えがない。
めちゃくちゃ大事にしてると思うんだがな。

「それに最愛の妹なんて台詞初めて聞きました。ほんとうにそう思ってくれてるなら嬉しいですが、これも冗談ってやつですか?」

「十中八九そうなんじゃない?いっつもこき使ってばっかで、桃之介がタルトを大切にしているようには見えないし」

「そういえば鬼ヶ島には料理人が少ないですよね。何か特別な理由でもあるんですか?」

俺もそれは気になってた。
タカヒロが来る前は俺を入れても数えるくらいしかいなかったからな。訳を聞こうじゃないか。

「ほら、料理人って命を扱う職業でしょ。だから彼等はここよりも厳しいランクの地獄に飛ばされちゃって、あたしが担当してるここに来ることはほぼ無いの。桃之介は調理師免許持ってる癖に食材と関わった年数と経験がやたら少なかったからここにこれたってだけ」

俺に対しての失礼な物言いはさておき、世の中のプロフェッショナルな調理師の方々はそんな理由でハードな地獄に送られるって言うのか。めっちゃ不憫じゃね?

「それじゃあタカヒロさんはどうして鬼ヶ島に来れたんです?明らかにお兄ちゃんとは比べ物にならないくらいレベルの高い料理人だと思いますが」

事実……紛れもない事実だがここは堪えておこう。
確かに、料理大好き人間だったあいつが鬼ヶ島に来られたのは奇跡だよな。
俺と違って就職先も立派なところだったわけだし。

「タカヒロが調理師として包丁を握っていたのは7年間と案外短かったのよ。詳しくは言えないけれど、それが理由の一つでもあるわ」

「7年か。確かにそこまで長くはないかもな。料理好きなあいつに限って、別の職を探すとも考えられんが」

「いや、調理の仕事に碌に携わったことのないお兄ちゃんと比べたらかなり長いと思いますが。少なくともお兄ちゃんとタカヒロさんの調理師としてのレベルには7年間もの差があるということですよね」

タルトがいつも通り俺をけちょんけちょんに貶し終えたところで、オーガニックの出入り口が開かれる音がした。
コックコートを見に纏った爽やかイケメンの登場である。

「桃之介、約束通り来たよ。僕は何をすればいいのかな?」

「あれ、タカヒロ?どうしてここに……」

突然のタカヒロの来訪に鬼子は目を丸くした。ついさっきまで話題にしていた桃之介と同期の調理師だ。

「お兄ちゃんがタカヒロさんを呼んでました。オーガニックを手伝え。アルバイトに来いって」

タルトの話を聞いて、どこまでも図々しい男だと鬼子は呆れ顔だ。

「桃之介、あんたまた勝手なことをーーって、あれ……いない……」

さっきまで自分の近くにいた桃之介の姿が今はどこにもない。
鬼子はホール内をあちこち見回すが、やはり見つからない。

「お兄ちゃんならついさっきトイレの方に行きましたよ。用を済ませたらすぐに戻って来るんじゃないですかね」

「そう、ならいいんだけど……戻って来たらちゃんと言って聞かせなきゃね。タカヒロには自分の店があるんだからオーガニックを手伝わせるのはダメだって」

「と思ったら鬼子さん……こんなところに置き手紙がありました」

「は?置き手紙?あいついつの間にそんなん書いたのよ」

タルトが客席の上で発見した手紙らしきものには、こんな文章が綴られていた。
それは実に身勝手で、鬼子を憤らせるには十分だった。

「『そんじゃタカヒロ。あとは頼んだ。俺は遊びに行って来るから一日オーガニックをよろしく』だそうです」

「あいつ、懲りずにまたサボりに行ったの?そろそろ開店の時間だってのに……こりゃ追いかけて捕まえてくるしかないか」

「平気だよ、オニオノールさん。調理なら僕一人でやるから。普段は桃之介だって一人で回してるんでしょ」

桃之介を連れ戻しに行こうとしていた鬼子を、声をかけてタカヒロが止めた。
頼もしい言葉に鬼子はどうするべきか躊躇してしまう。

「でも、ここはあいつの職場なんだし……タカヒロに全て押し付けるわけには」

「大丈夫大丈夫。昔からこうなんだ。あいつのサボり癖には慣れてるよ。これは調理師専門学校時代の話なんだけどさ、あいつは僕と実習でペアになると決まって静観を貫いてた。何も手を出すことなくただ課題が出来上がるのをじっと待ってるんだ。担当とか関係なく全てを僕に任せてね。今思えば、あいつは食べる係みたいなものだったな」

タカヒロが生前の当時の、桃之介との思い出を語る。
それを黙って聞いていたタルトと鬼子は、桃之介のあんまりの所業に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「それはそれは酷い話ね。タカヒロが不憫だわ……」

「返す言葉もないです……うちのお兄ちゃんが本当にすいません」

「いや、別にいいよ。僕は調理がしたくてあの学校に通ってたんだし、一人で好き勝手できる方が楽しいしさ。それに、二人で分担するより一人で一通りやれば技量も身につくしね」

「タカヒロさんが優しい人でよかったです。私はお兄ちゃんが調理師専門学校で落ちぶれずにやっていけたのは全てタカヒロさんのおかげだと思ってます。本当にありがとうございました。あんなお兄ちゃんのお友達でいてくれて」

タルトは彼が途方もなく優しい人物なのを知っている。
生前タカヒロは甘菓子家に何度か訪れたことがあり、その度に幼いタルトとよく遊んでやっていたのだ。

「僕は特に何もしてないよ。一年間あいつの友達として隣にいただけさ。そりゃ、ほんの少しは調理のやり方を教えはしたけどね。話は尽きないけど、そろそろ仕事に取り掛かろうか。お客様をまたせるわけにもいかないからね」

「はい。今日一日よろしくお願いします」

「悪いけどよろしくね、タカヒロ。桃之介のバカには後であたしがキツくお灸を据えとくから」

「あはは。ほどほどにしてあげてほしいかな。ここでの経験も糧になるだろうし、僕は全然気にしてないからさ」

「それでタカヒロさん、今日は限定メニューの日なんですが、何を作ろうとかは決まってたりしますか?」

鬼子はこれから別の仕事に向かわなくてはいけないためオーガニックを手伝えない。
桃之介がいないため、実質タカヒロとタルトの二人だけで仕事をしなくてはならなくなった。

「そうだね。考えてきたんだけど、フェットチーネとラタトゥイユあたりでどうかな。この二つが気に入らなかったらタルトちゃんが食べたい物でも全然いいんだけど……」

「フェットチーネ……ラタトゥイユ……とてもお兄ちゃんの口からは出て来なそうなおしゃれな料理名です」

「確かにね。流石はタカヒロ。桃之介とは一味も二味も違うわ」

二人は桃之介とタカヒロの腕前の違いをよーく理解しているようで、桃之介に対する評価が異常に辛辣だ。

「私もまかないで食べてみたいです。そのフェットチーネとラタトゥイユ」

「決まりだね。それじゃその二つにしようか」

「はい!」

鬼子が店を後にしてすぐ、タカヒロとタルトは準備に取り掛かる。
タカヒロの作った料理はどれもこれもが本格的で、お客を虜にするのにそう時間はかからなかった。
口コミで広がったのだろうか、入れ替わり立ち替わりでお客が訪れ、閉店時間まで二人は動きづくめ。
オーガニックはだいたいが暇で、休憩を取れない日は非常に珍しい。

「珍しくしっかり働いたって感じがします。疲れました……」

「タルトちゃん、おつかれさま。休憩取らせてあげられなくてごめんね。ちょっと遅いけど食事にしようか」

「はい。いただきます」

「どうぞどうぞ」

タカヒロは約束通り、まかない用のフェットチーネをタルトに振る舞う。
ラタトゥイユの方はトマトが入っている為、タルトが遠慮した。

「フェットチーネってパスタのことだったんですね。お兄ちゃんの作るスパゲッティとは比べものにならないくらい段違いで美味しいです!」

久しぶりに心から美味しいと思える料理を食べたタルトは、瞳をキラキラと輝かせ感嘆の声をあげる。
そして、桃之介のいない中でも兄を謗るのを忘れない。今頃桃之介はくしゃみの一つでもしているかもしれない。

「そっか。そりゃよかった。今度僕の店においでよ。とびっきり美味しい食べ物をごちそうするからさ」

「ほんとうですか!?ぜひ行きたいです!」

休日といっても特にやることがなくて退屈なタルトだったが、タカヒロに招待されて一つ楽しみが増えた。










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