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第三十九話(昔話)
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お母さんとお父さんが亡くなったのは私が小学校低学年の頃です。
当時おばあちゃんやおじいちゃんはすでに他界していて、親戚や知り合いに頼れそうな人は誰もいませんでした。
それから幼い私のことを育ててくれたのは成人したばかりのお兄ちゃんで、毎日毎日一生懸命働きに行ったりお母さんに負けないくらいの美味しいごはんを作ってくれたことをよく覚えています。
私はこの頃のお兄ちゃんが大好きで頻繁に甘えてはひどく困らせていたでしょう。年が離れている兄妹だけあって甘えやすかったのかもしれませんね。
お仕事で疲れている筈なのに、お休みの日は色々な場所に遊びに連れて行ってくれました。運動会にも授業参観にも必ず来てくれました。ほんとうに妹思いで優しかったし、お父さんと面影が重なって見えた瞬間もあったくらいなんですよ。
……ほんとうに、今のお兄ちゃんとは正反対で面倒見のいい人でした。
「お兄ちゃん、それなに作ってるの?」
「これか?厚焼き玉子だよ。お前好きだろ。とびっきり甘いやつ作ってやるからな」
とうの昔に過ぎ去った思い出話になりますが、お兄ちゃんが晩御飯を作っているときは決まってキッチンへ行って調理するところを眺めていたんです。
まだ小さかった私は、何を作っているのか気になって気になって。
「そのくるくる回すのわたしもやりたい!やらせて!やらせて!」
「ああ、いいぞ。タルトには料理の勉強でもして将来兄ちゃんにうまいもんでも食わしてもらわねーとな」
「うん!」
この時のお兄ちゃんの野望はすでに成就したのではないでしょうか。
美味しいかどうかはともかくとして、今では私が朝ごはん昼ごはん晩ごはんを作るのも珍しくありませんから。
「まずはフライパンに卵を流し込んで……そう。そのくらいだな」
「そしたら?」
「卵が半熟くらいまで固まってきたら箸を使って周りの引っ付いてる部分を剥がしてやるんだ。あとはゆっくりと後ろから手前に丸めてって巻いていく。ボールから流し入れる溶き卵が無くなるまでそれを繰り返してきゃ、そのうち肥大した玉子焼きが完成するよ」
私がお兄ちゃんから初めて教わったのは、奇しくもお兄ちゃんが初めて調理師専門学校で習った厚焼き玉子でした。
お兄ちゃんはこの頃『タルトの為になるなら専門学校で習ったことは無駄じゃなかったな』とよく言ってくれていて、胸が一杯になるくらい嬉しかったのを鮮明に覚えています。
料理が上手いのに調理関係の職場で働かないのはもったいないなと、常々思っていましたね。清掃会社できびきび働いているお兄ちゃんはかっこよかったので深くは詮索しませんでしたが、調理師免許はどうして取ったんだろうと不思議でしかたなかったです。
「こうでいいの……?うぅ……うまくできない……」
「慣れが大切だな。上手く作れるようになりたいなら兄ちゃんができるようになるまで毎日でも練習に付き合ってやるよ」
「いいの!?ありがとう!」
あの頃の私は素直ないい子だったんだと思います。
それに比べて今の私はお兄ちゃんの作る食べ物を否定ばかりしている可愛げのない悪い子。
口調が他人行儀っぽくなってしまったのはお兄ちゃんのせいだと思ってますが、今更口調を元に戻すのも正直言って恥ずいので、今後戻すかどうかについてはとりあえず未定です。
「できたー!」
「マジか……!?俺の妹すげぇ!」
三日間続けて練習に付き合ってもらったら厚焼き玉子を物にすることができました。
私が料理に興味を持つようになったのはそれ以来だと思います。綺麗に作れた時は本当に嬉しかったな。
「こんだけできりゃ上出来だろ。タルト料理の才能あるんじゃないか?」
「お兄ちゃん、次はチャーハンの作り方教えて!」
「おう。いいぞ。タルトには最強の料理人になってもらうのもいいかもな」
この時の私は多分『さいきょうの料理人ってなに?』と首を傾げていたでしょうね。
お兄ちゃん、たまに意味のわからないこと言うところは昔から変わらないですから。
「俺から言わせてもらえばチャーハンは厚焼き玉子より簡単だぞ。料理の才能があるタルトなら最短で二日もあれば余裕かもな」
「ほんとー?早く作ってみたい!」
「明日材料買ってくるからな。仕事から帰ってきたら教えてやるよ」
「明日が楽しみだなー。はやく明日にならないかなー」
「はは。おまえ、すっかり料理にハマっちまったみたいだな」
お兄ちゃんは私を褒めるときいつも頭を撫でてくれるんです。
まだ小さかった私にはそれが何故だか心地よくて尊くて……またして欲しいって思いました。
子供ってやっぱり、大人の人に褒められると嬉しくなるものなんでしょうか?
らっちゃんを見てると、あの時の自分の気持ちが手に取るようにわかります。
「違うよ。わたしはねー、お兄ちゃんといっしょにお料理するのが楽しいみたいなんだー!」
「そっか……嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか。兄ちゃん泣きそうだぜ。俺もタルトと一緒が一番楽しいぞ。仕事からへとへとになって帰ってきてもタルトの「おかえりなさい」を聞いたら不思議と疲れなんざ吹っ飛んじまうからな」
仲のいい兄妹だったんだなってしみじみ思います。現在と比べたら雲泥の差ですね。今じゃお互いを褒め合うなんて毛ほども考えられませんから。
「……聞いてみたいですね」
お兄ちゃんは覚えているのでしょうか?
二人になって間もない頃、二人で肩を並べて作った思い出の料理の数々を。
そして、まだ可愛かった時代の私を。
「どうしたタルト。いまなにか言ったか?俺のこと見つめたりして……兄ちゃんの顔になんかついてるか?」
いま私は、お兄ちゃんが作っている厚焼き玉子が出来上がるのを静かに待っています。
今日は厚焼き玉子の注文が立て続けに入って大盛況です。
やっぱりお兄ちゃんの厚焼き玉子は美味しいので、お客さんに好評だと嬉しくなってしまいますね。
「……いえ、別に。ただ」
「ただ?」
「たまにならお兄ちゃんのワガママを大人しく聞いてあげてもいいかなって、そう考えていただけです」
お互いに命を落としてから、死後の世界でも巡り会えたのは奇跡だと思いました。
昔と比べると非常に頼りなくて、たまに別人なんじゃないかと錯覚してしまうほどダメダメなお兄ちゃんですが、私は今の鬼ヶ島での生活が割と気に入っています。
此処が地獄だと知ったときはひどく落ち込んだものですが、天国に初めから行ける人など滅多にいないという鬼子さんの説明を聞いてほっとしました。
私達兄妹を引き合わせてくださった鬼子さんには感謝してもしたりないくらいです。
「どういう風の吹き回しだっ……!?タルトが俺のサボりを容認したってことか!それじゃ遠慮なく、今から海にでもーー」
「そこまでは容認してないです。厚焼き玉子なら私でも作れますからね、ホールと厨房のお仕事、少しの間なら代わってあげてもいいですよ」
「なんだよ。期待して損したわ……ワガママってそんな些細なことかよ。いいよいいよ。厚焼き玉子だけはさ、俺って割と作るの好きなんだよな」
「お兄ちゃんのその気持ち、わたしにもすごくわかります」
厚焼き玉子を作っている姿は昔と同じで何ら変わりなく、それだけで間違いなく本人だと確信できます。
私は期待してるんでしょうね。
このまま鬼ヶ島にいれば、いつかはきっとあの頃のお兄ちゃんにもう一度会えるんじゃないかって……。
当時おばあちゃんやおじいちゃんはすでに他界していて、親戚や知り合いに頼れそうな人は誰もいませんでした。
それから幼い私のことを育ててくれたのは成人したばかりのお兄ちゃんで、毎日毎日一生懸命働きに行ったりお母さんに負けないくらいの美味しいごはんを作ってくれたことをよく覚えています。
私はこの頃のお兄ちゃんが大好きで頻繁に甘えてはひどく困らせていたでしょう。年が離れている兄妹だけあって甘えやすかったのかもしれませんね。
お仕事で疲れている筈なのに、お休みの日は色々な場所に遊びに連れて行ってくれました。運動会にも授業参観にも必ず来てくれました。ほんとうに妹思いで優しかったし、お父さんと面影が重なって見えた瞬間もあったくらいなんですよ。
……ほんとうに、今のお兄ちゃんとは正反対で面倒見のいい人でした。
「お兄ちゃん、それなに作ってるの?」
「これか?厚焼き玉子だよ。お前好きだろ。とびっきり甘いやつ作ってやるからな」
とうの昔に過ぎ去った思い出話になりますが、お兄ちゃんが晩御飯を作っているときは決まってキッチンへ行って調理するところを眺めていたんです。
まだ小さかった私は、何を作っているのか気になって気になって。
「そのくるくる回すのわたしもやりたい!やらせて!やらせて!」
「ああ、いいぞ。タルトには料理の勉強でもして将来兄ちゃんにうまいもんでも食わしてもらわねーとな」
「うん!」
この時のお兄ちゃんの野望はすでに成就したのではないでしょうか。
美味しいかどうかはともかくとして、今では私が朝ごはん昼ごはん晩ごはんを作るのも珍しくありませんから。
「まずはフライパンに卵を流し込んで……そう。そのくらいだな」
「そしたら?」
「卵が半熟くらいまで固まってきたら箸を使って周りの引っ付いてる部分を剥がしてやるんだ。あとはゆっくりと後ろから手前に丸めてって巻いていく。ボールから流し入れる溶き卵が無くなるまでそれを繰り返してきゃ、そのうち肥大した玉子焼きが完成するよ」
私がお兄ちゃんから初めて教わったのは、奇しくもお兄ちゃんが初めて調理師専門学校で習った厚焼き玉子でした。
お兄ちゃんはこの頃『タルトの為になるなら専門学校で習ったことは無駄じゃなかったな』とよく言ってくれていて、胸が一杯になるくらい嬉しかったのを鮮明に覚えています。
料理が上手いのに調理関係の職場で働かないのはもったいないなと、常々思っていましたね。清掃会社できびきび働いているお兄ちゃんはかっこよかったので深くは詮索しませんでしたが、調理師免許はどうして取ったんだろうと不思議でしかたなかったです。
「こうでいいの……?うぅ……うまくできない……」
「慣れが大切だな。上手く作れるようになりたいなら兄ちゃんができるようになるまで毎日でも練習に付き合ってやるよ」
「いいの!?ありがとう!」
あの頃の私は素直ないい子だったんだと思います。
それに比べて今の私はお兄ちゃんの作る食べ物を否定ばかりしている可愛げのない悪い子。
口調が他人行儀っぽくなってしまったのはお兄ちゃんのせいだと思ってますが、今更口調を元に戻すのも正直言って恥ずいので、今後戻すかどうかについてはとりあえず未定です。
「できたー!」
「マジか……!?俺の妹すげぇ!」
三日間続けて練習に付き合ってもらったら厚焼き玉子を物にすることができました。
私が料理に興味を持つようになったのはそれ以来だと思います。綺麗に作れた時は本当に嬉しかったな。
「こんだけできりゃ上出来だろ。タルト料理の才能あるんじゃないか?」
「お兄ちゃん、次はチャーハンの作り方教えて!」
「おう。いいぞ。タルトには最強の料理人になってもらうのもいいかもな」
この時の私は多分『さいきょうの料理人ってなに?』と首を傾げていたでしょうね。
お兄ちゃん、たまに意味のわからないこと言うところは昔から変わらないですから。
「俺から言わせてもらえばチャーハンは厚焼き玉子より簡単だぞ。料理の才能があるタルトなら最短で二日もあれば余裕かもな」
「ほんとー?早く作ってみたい!」
「明日材料買ってくるからな。仕事から帰ってきたら教えてやるよ」
「明日が楽しみだなー。はやく明日にならないかなー」
「はは。おまえ、すっかり料理にハマっちまったみたいだな」
お兄ちゃんは私を褒めるときいつも頭を撫でてくれるんです。
まだ小さかった私にはそれが何故だか心地よくて尊くて……またして欲しいって思いました。
子供ってやっぱり、大人の人に褒められると嬉しくなるものなんでしょうか?
らっちゃんを見てると、あの時の自分の気持ちが手に取るようにわかります。
「違うよ。わたしはねー、お兄ちゃんといっしょにお料理するのが楽しいみたいなんだー!」
「そっか……嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか。兄ちゃん泣きそうだぜ。俺もタルトと一緒が一番楽しいぞ。仕事からへとへとになって帰ってきてもタルトの「おかえりなさい」を聞いたら不思議と疲れなんざ吹っ飛んじまうからな」
仲のいい兄妹だったんだなってしみじみ思います。現在と比べたら雲泥の差ですね。今じゃお互いを褒め合うなんて毛ほども考えられませんから。
「……聞いてみたいですね」
お兄ちゃんは覚えているのでしょうか?
二人になって間もない頃、二人で肩を並べて作った思い出の料理の数々を。
そして、まだ可愛かった時代の私を。
「どうしたタルト。いまなにか言ったか?俺のこと見つめたりして……兄ちゃんの顔になんかついてるか?」
いま私は、お兄ちゃんが作っている厚焼き玉子が出来上がるのを静かに待っています。
今日は厚焼き玉子の注文が立て続けに入って大盛況です。
やっぱりお兄ちゃんの厚焼き玉子は美味しいので、お客さんに好評だと嬉しくなってしまいますね。
「……いえ、別に。ただ」
「ただ?」
「たまにならお兄ちゃんのワガママを大人しく聞いてあげてもいいかなって、そう考えていただけです」
お互いに命を落としてから、死後の世界でも巡り会えたのは奇跡だと思いました。
昔と比べると非常に頼りなくて、たまに別人なんじゃないかと錯覚してしまうほどダメダメなお兄ちゃんですが、私は今の鬼ヶ島での生活が割と気に入っています。
此処が地獄だと知ったときはひどく落ち込んだものですが、天国に初めから行ける人など滅多にいないという鬼子さんの説明を聞いてほっとしました。
私達兄妹を引き合わせてくださった鬼子さんには感謝してもしたりないくらいです。
「どういう風の吹き回しだっ……!?タルトが俺のサボりを容認したってことか!それじゃ遠慮なく、今から海にでもーー」
「そこまでは容認してないです。厚焼き玉子なら私でも作れますからね、ホールと厨房のお仕事、少しの間なら代わってあげてもいいですよ」
「なんだよ。期待して損したわ……ワガママってそんな些細なことかよ。いいよいいよ。厚焼き玉子だけはさ、俺って割と作るの好きなんだよな」
「お兄ちゃんのその気持ち、わたしにもすごくわかります」
厚焼き玉子を作っている姿は昔と同じで何ら変わりなく、それだけで間違いなく本人だと確信できます。
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