未成年囚人達のソーシャルサービス

SAKAHAKU

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第二十八話(頼りになる妹)

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「随分と綺麗な字を書きますねぇ……。まるで女の子が書いたような綺麗な字です」

「は、ははっ……、何を仰いますか。それは正真正銘私の書いた履歴書ですが……」

就職活動開始一日目。とりあえずと、最初に面接へ向かった先は自宅から歩いて通える程の近場。小洒落たレストランだ。
履歴書を面接官に手渡したところ、即刻疑いの眼差しを受けた。
続いて日影の目の前に腰をおろしているコック風の男は最終学歴に注目する。

「中卒?高校はどうしました?」

「通ってはいたんですが、退学にされましたね」

「ほうほう。そう、ですか……」

面接官が暫くの間言葉を詰まらせる。雲行きが怪しくなった気がした。

「はあ……、ありゃおそらく落ちたな」

「面接お疲れ様です。どうしてそう思うんですか?」

面接終了後に小学校まで歩いて慈愛ちゃんを迎えに行った。
五分掛かる帰り道を小さな手を握りながら、妹の歩幅に合わせてゆったりと足を進める。
大切な妹が世の中のロリコン共に攫われないよう防犯の対策だ。

「まるで「中卒のお前には土木がお似合いだ」とでも言いたげな視線を浴びせられてな。高校を卒業していないと知った途端に態度を露骨に変えやがったのさ。あんな店こっちから願い下げだぜ」

「土木がお似合いだと思っていたかは分からないですが、今のご時世、高校を卒業していないと就職は難しいのかもしれませんね」

俺みたいな中卒者には社員は無理。パートやアルバイトがお似合いだってか?
けっ。随分と気に入らない世の中になったもんだ。

「日影お兄ちゃん。携帯鳴ってます」

「おっ。これはまさか……」

二人して立ち止まって画面に表示された番号を確認する。何だか知らんが物凄く早い報告に驚きを隠せない。ちょっとばかし、ほんの十分程前に面接に行ったレストランからではありませんか。
固唾を呑み込みながら通話をタップした。

「はい。木ノ下です……。はい。はい……、はい。わかりやした。おつかれっす」

「ど……どう、でした?」

「慈愛ちゃん。信じられない結果が起きたよ」

「もしかして受かったんですか?おめでとうございます」

「見事に落ちたわ」

「……へ?」

「俺を落とすとか見る目ねぇな!信じらんねぇぜ!」

慈愛は驚いて目を丸くしている。
絶望のあまり落ちた落ちたと連呼している日影は受験生からしたら一番関わり合いになりたくない存在だろう。

「落ちたんですね。紛らわしいこと言うので受かったのかと思っちゃいました」

「ああ。紛らわしいこと言ったわ。悪いな」

「つ、次があります。今度こそ受かりますよ。大丈夫です」

見るからに落ち込んでいる様子の兄へ、妹からの優しく思いやりの籠った言葉が掛けられる。
日影がこれを切っ掛けに就職活動をストップさせてしまうのではないかと心配していた。

「だ、だよなぁ。まだ一回落ちただけだ。諦めるのはまだ早い……」

自宅に帰ってきた日影は一度自分の部屋に戻り、求人広告と求人雑誌二つを持って慈愛の専用部屋である離れへとお邪魔しに向かった。
畳の床に掘りコタツ。それとTVだけが置いてある殺風景なこの離れ家は、日影と歌が子供時代に好き勝手使っていた部屋でもある。

「失礼するぜ」

「どうぞ、どうぞ。お兄ちゃんなら大歓迎です」

慈愛ちゃんが用意してくれたであろう座布団に腰を下ろし、コタツの上に求人広告と雑誌を置いた。

「おっと、気が利かなくて悪いな。何か飲む?そこの自販機で買ってくるぞ」

「買ってくださるんですか。オレンジジュースの炭酸が飲みたいです」

木ノ下家の庭には何年か前から数台の自販機が鎮座していて、態々外へ赴く必要なく自由に飲み物が買える。
これらは皆アイドルとして貯金を蓄えすぎた歌が金を持て余して購入した。
飲料だけではなく菓子パンやおでん缶。なんならアイスやカップ麺。カレーやうどんが買える自販機まである。
品揃えが豊富なのは嬉しいが、庭の中にあるもんだから家族以外がこれらを使っている姿を見たことがない。ちなみに全てワンコイン。百円だ。
日影は自分と慈愛の希望通りの飲み物を購入し離れ家へと戻る。

「ありがとうございます。ちょうど喉がカラカラでしたので嬉しいです」

「そっか。そりゃ良かった。菓子パンも二つ買っておいたから、こっちは小腹が空いたときにでも食べてくれ」

「パンまで買ってくれたんですか。お兄ちゃんが太っ腹です」

「昨日は遊んでやるって約束したのに結局ゲームしないでずっとTV観てたろ。履歴書手伝ってくれたお礼だ」

「お兄ちゃんは義理堅いです。そんなこと一々気にしませんよ。今度は何処に面接に行こうと考えてますか?」

日影が求人広告とにらめっこして面接先に悩んでいる中、慈愛が尋ねる。
正直に言ってしまえば自分に一番似合っている仕事が何なのか分からない。
今回の面接で、中卒じゃ就職先が限られると悟ったあとだし尚更だ。

「慈愛ちゃん、俺何処に行ったら良いと思う?」

「そう、ですねぇ…………此処はどうですか?月給が二十五万と異様に高いです」

慈愛ちゃんが指差してみせたのは求人雑誌に載っていた清掃会社だ。
住所を確認してみれば此処からだと車で三十分以上はかかると思われる。

「良い条件だけど……ちょっと遠いかな」

「ですか……ですよね……」

「済まないな。できれば近場で十分から十五分で通える職場で頼む」

「わ、わかりました」

兄からの場所が限られてくるであろう無理矢理な注文に、文句一つ吐くことなく求人雑誌を眺めては捲り眺めては捲りを繰り返す。真剣な表情で一社ごとに待遇や場所を確認している慈愛の姿は小さいながらも社会人にすら見えた。

「お兄ちゃん!良い所があります!見てください!」

そこの会社の条件にビックリしたのか、慈愛が興奮したような声を上げる。
日影は求人雑誌を受け取って自らの目で内容を確認した。

……え、何これ?

やる気次第で月給九十万以上可能なティッシュ配りだとっ!?

明らかに怪しすぎる内容に雑誌を握る手がわなわなと震えていた。
そんな良い話が簡単に転がっている筈がない。
期待外れにも程があるが、これが本当の話だとしたら最高でしかない。だって、ティッシュ配り何か通行人にポケットティッシュ渡すだけの簡単な仕事じゃん。

「どうでしょう。九十万。まるで夢のようなお話です」

「いや……ごめん、慈愛ちゃん。そこ以外で頼む」

裏で違法なことに手を出していそうな会社に入社して、気付かずに違法行為に手を染めていたというケースは珍しくない。そんなことで逮捕されるのは絶対に御免だ。世間から悪い奴らの仲間だと思われるのは心外だしな。

「そうですか。お兄ちゃんが嫌なら無理にお勧めは出来ませんね」

「ごめんな。一生懸命探してくれてるのに我が儘ばっか言って」

「いえ、焦って決める必要はないですから。私でよければとことん付き合います」

それから三十分程職探しをしていた。
あと少しで夕飯の時間だが、歌姉は特番の収録。ばあちゃんは会議で遅くなるらしいから、今日は慈愛ちゃんと二人で食べることになりそうだ。

「慈愛ちゃん、そろそろご飯にするか。お腹空いただろ」

「お腹空きました。今日はお姉ちゃんもおばあちゃんも遅くなるって言ってましたよね」

「うん。だから今日は慈愛ちゃんの部屋で二人で食べようか。何か食べたい物とかある?」

「オムライスが食べたいです」

「分かった。じゃ、一緒に作ろっか」

少なからず慈愛は奉仕作業として調理の経験がある。
日影は自分がチキンライスを炒めている間に慈愛に卵を解いて貰うなどのサポートを任せることにした。

「お兄ちゃんとお料理するの久しぶりです」

「だな。奉仕作業でカレー店に行ったとき以来か?」

「ですね。あの日は玉ねぎが目に染みて痛かったです」

懐かしさに囚人時代の生活を頭に思い浮かべる。今でもあそこから抜け出せたのが嘘みたいだ。
俺のペアだったルナはまだ刑務所の中。この時間だと、奉仕作業から帰ってきて晩御飯を食べている頃だろうか。

「いただきます」

完成したオムライスやサラダを離れ家に運んで、二人で食卓につく。
さっそく一口食べた慈愛ちゃんから感想が飛び出した。

「お兄ちゃんって、色々な仕事を経験しただけあって何でもそつなくこなしますよね。このオムライスすごく美味しいです」

溺愛する妹からお褒めの言葉を頂いた日影は、満更でもなさそうでにやけ面を晒している。
俺は案外料理人に向いているのかもしれない。

「……実は今日の面接でな」

「はい」

よっぽどお腹が空いていたのか自分より先にぺろりと食べ終えてしまった妹へ、日影が口を開く。

「面接官に指摘されたよ。履歴書の字について」

「…………ああ」

慈愛は暫し考えた後で思い出したように声を上げた。
まるで自分が履歴書の作成に関わったことなどすっかりと忘れていたかのように「あれですか」と続ける。

そう。あれ、です。

「女の子が書いたような丁寧な字とかいきなり言われてさ。つい動揺しちまったよ」

「もしかしたらですが、入社を断られた理由はそっちにあったのかもしれませんね。中卒だからって訳じゃないと思います」

「そうか?……まあ、そのどっちかであるのは確かだと思うが」

慈愛は日影の為を思ってか、読みかけの求人雑誌を開いて職探しを再開してくれていた。
何分か経過して、まだ食事中の兄へ此処はどうかと提案する。
ページに目を通してみれば、そこは聞き覚えのある有名なホテルだった。

「此処って、確か……」

不快感を露わにして日影は眉を吊り上げた。

「あれっ……?もしかして、知っている場所でしたか?」

慈愛ちゃんの問いかけに頷いて、この「ホテル卑我志日本」に奉仕作業で行ったことがあると正直に話した。
確か、つるぎとペアの頃だ。場違いのように社員のマナーや態度が最悪だったと俺の脳が記憶している。
調理場で平気でタバコを吸う社員が居たり、ガムをくちゃくちゃと噛みながら調理をしている社員が居たな。手を洗わずに食材に触れる者が普通に何人もいた。金髪、長髪、髭面。調理に携わる者の身だしなみまで最悪だった。
これらは全て調理人にあるまじき行為だと誰が見ても口を揃えるだろう。
ちなみに言えば、そこに記載されている給料は嘘っぱちだ。
元社員から聞いた話じゃ本来二十四万貰える筈が十万も少ない十四万しか振り込まれていなかったという衝撃な事実まである。
残業代出ないらしいよ。一日のサービス残業四時間は当たり前だってさ。新人虐めも激しいらしく、それが原因で辞めていく人が後を絶たないようだ。

日影の説明を聞いて慈愛は口をぽかんと開けて呆然としている。

「どうだ。酷い職場だろ?」

「…………そ、そうですね。そんな常識のない職場はこっちからお断りしたいです」

「だな。新入社員は決まって虐められるらしいぞ。実は奉仕作業中に若い社員が先輩に平手打ちされる場面を偶然に見ちまったんだ」

その実話を耳にして、雑誌に触れている慈愛ちゃんの手がぷるぷると震えていた。

可哀想に。少し怯えさせてしまったようだ。

「こ、怖い話ですね……。平手打ちとか、そんなことが許されるんですか?」

「全部がそうって訳じゃないけど、調理関係は多いらしい」

「ですか。……なら介護はどうでしょう。保育士も最近は給料が五万円程UPしたらしいですが」

そういえば介護士と保育士は最近人手不足の関係で資格無しでも社員として雇ってくれる所もあると噂に聞いた。どっちも俺には向かない仕事だが。

「そうだな……明日はとりあえず、此処へ電話を掛けてみようと思う」

隣から日影の見ていた求人広告を慈愛が覗き見た。

「運送会社。月給十八万ですか。良いかもしれないですね。頑張ってください。お兄ちゃんが採用されるよう目一杯応援します」

「おう。ありがとな。慈愛ちゃん」







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