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SAKAHAKU

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第三十話(算数が苦手)

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「…………家庭教師を雇う?おいおい何言ってんだよ、歌姉。今更俺に勉強する気はねぇぞ。いくら金持ちだからって金を捨てるようなことしなくったって」

「はぁ?あんた何言ってんの?家庭教師は慈愛ちゃんの為に雇おうって決めたの!日影の為にあたしがそんな気遣いする筈ないでしょ。勘違いしないでよね」

ばあちゃんが仕事で帰って来れないのは残念だったが、久方ぶりに歌姉が早めに帰って来て三人での晩御飯。
此処何日かは二人っきりの晩御飯で慈愛ちゃんも寂しそうにしていたが、おかげですっかりと笑顔が戻った。
歌姉は近頃更に芸能活動が忙しくなったのか、朝の五時頃家を出て行く日が多くなった。だから一緒に住んでいてもほとんど、というか全く顔を合わせない。
俺に対し容赦無く浴びせられる罵声も何だか懐かしく感じる。

「あんたも知ってるとは思うけど、慈愛ちゃん算数が苦手でしょ。本当はあたしかおばあちゃんが教えてあげられたら一番良いんだけど、二人とも仕事が忙しくてね。それで家庭教師いいかな~って。不肖の弟は使い物にならない頭してるし」

ーー最近の話だ。

慈愛ちゃんが俺の部屋に教科書、ノート、筆箱の三つを抱えてかけ算と割り算を教えて欲しいと訪ねてきた。
そのくらいならとはりきって教えてやったものの、教え方が悪く少しも妹の助けとなってやれずにその日の勉強会は終了した。
いくら姉に毒を吐かれようが返す言葉もない。

「ま、俺は馬鹿だからなぁ……。中卒だし」

「あれ、今日はやけに素直ね」

「事実、俺は慈愛ちゃんの役に立てなかった。お兄ちゃん失格だぜ」

「いえ、お兄ちゃんのせいではないです。私の憶えが悪いだけです」

「じ、慈愛ちゃん……、好き!」

日影は姉に虐げられている自分を庇ってくれた妹が愛おしく、隣の席に座る小さな体を大袈裟に抱きしめた。

「むぎゅ……お兄ちゃん、苦しい……」

「慈愛ちゃんから離れなさい。このロリコン男」

「ロリコンじゃねぇよ。シスコンだ」

歌姉の話じゃ家庭教師は明日の午後から家に来て慈愛ちゃんに勉強を教えてくれるらしい。小学校で勉強、帰ってきても勉強か。大変だな。


************************


「よっ。慈愛ちゃん、お待たせ」

「あ、お兄ちゃん」

日影はいつものように慈愛を小学校の校門前まで迎えに行く。最近はこれがニートである兄の日課となっていた。
自宅から五分程度と距離は短いのだが、最近は卑劣な輩が女児を誘拐する事件が頻繁に起きている。妹の身を心配しての行動だった。

「面接はどうでした?手応えはありましたか?」

妹の無邪気で悪意のない問いに日影は包み隠さず正直に答える。

「面接中に断られたよ。うちでは採用出来ませんってさ」

結果を聞いた慈愛は不味い話を振ってしまったと、何となくバツが悪そうな表情をした。兄の方へ向けていた視線をちらっと逸らしてしまう。

「ごめんなさい。……いちいちこんなことを聞く妹は嫌ですよね。お兄ちゃんに不快な思いをさせてしまいました」

「嫌じゃねぇよ。慈愛ちゃんは俺を心配して聞いてくれてるんだろ。兄想いの妹何て最高じゃねぇか」

「そ、それじゃ……、お兄ちゃんは怒ってないんですか?」

「怒るかよ。全然怒ってないからそんなしょんぼりした顔すんな」

そう言って頭を撫でてやったら、慈愛ちゃんの表情は見る見るうちに明るくなって、元の可愛らしい笑顔をこっちに向けてくれた。

それに対抗して日影も満面の笑みを慈愛に返す。

二人で会話しながら歩いていたら自宅は目と鼻の先。というか、もう此処からでも普通に姿が確認できる。

「……あれ?」

「どうしました?」

日影が呟いた声に慈愛が反応を返す。
驚いたことに木ノ下家の目の前の道路に護送車がハザードランプを炊いて止まっていた。
囚人を奉仕作業先に送る際に使用していた車が何故にそこへ停車しているのか日影には分からないし分かりたくもない。訝しげな表情でただ只管に正面へ視線を集中させていた。

「護送車、だよな……。家に何の用だ?」

「分かりません。ですが……」

二人して道の真ん中に立ち止まって護送車を眺める。
脳裏に浮かんでくるのは最悪な状況ばかりだ。

日影が足りない頭をフル回転させて、考えられるありとあらゆる可能性を探っている途中でバスのような形をした護送車のドアが自動で開いた。
どうやら車内から誰か降りてくるみたいだ。

「お兄ちゃん、あれ……ルナさんじゃないですか?」

慈愛ちゃんが言うようにあの囚人はルナ・ティアーズだ。あの金髪のツインテールは他と見間違えようがない圧倒的な存在感を放っている。

それに、ずっと同じ牢で生活していた日影が彼女を認識できない筈がない。

車内からは続けてあと一人、桜葉つるぎが姿を見せる。
護送車が走り去って行った後、木ノ下家の庭へ足を踏み入れる二人。
ルナが表札を眺めて呟いた。

「木ノ下さん、か……小学生って聞いたけど、どんな子何だろう?」

日影は慈愛の脇の下に手を入れ抱えながら、背後から静かに音を立てないように近付いていく。

気付かれていない。脅かし甲斐がありそうだ。

「こんな子だ」

「うひゃぁあああっ!?」

突然後ろから聞こえてきた日影の声にビックリして悲鳴を上げるルナ。
反対につるぎは一瞬ぴくりと肩を震わせただけで、表情は平然を保っていた。

「えっ、ええっ?……うそ、ひっ、ひーくんに慈愛たんっ!?どうして此処に居るの?」

怪訝そうな顔でそんなことを聞いてくる元相棒に日影は悠々と当然のように返答する。

「此処、俺の自宅。マイホーム」

「えっ……。此処って、ひーくんのお家だった、の?」

「お前、もしかして俺の苗字知らなかった?」

「う、うん。……ひーくんって木ノ下さんだったんだ」

「それじゃもしかして、勉強教えて欲しい小学生って日影のこと?」

つるぎが当然のように哀れむような表情を日影に向ける。

それはもちろん冗談で言ってるんだよな?
俺がかけ算や割り算さえできない子供のような頭脳を抱えた中卒者だと馬鹿にしての台詞か?

「違げぇよ。お前には俺が小学生の子供に見えるってのか?」

「見える。見える。見えるからとりあえずその可愛いのこっちに寄こしなさい。このロリコン」

つるぎは日影へナチュラルに罵声を浴びせ、彼が抱っこしている慈愛の体をその手から無理矢理に奪い取った。

「何すんだよ。それ俺の妹だぞ。返せ」

「お兄ちゃんにまた「それ」呼ばわりされました。酷いです」

「鬼畜ねぇ。慈愛ちゃんが正式に妹になったからって調子乗り過ぎ」

「別に良いだろ。念願の妹が出来て嬉しいんだよ」

「ひ、ひーくんが真正のロリコンになってる!?自分でロリコンじゃないって言ってたよね!あれは嘘だったの!」

「すまんな、ルナ。慈愛ちゃんが妹になった時点で俺を今まで制御していたリミッターは解除されたんだ」

つるぎとルナが奉仕作業で家庭教師としてやって来たと知った日影は、慈愛の専用部屋である離れ家へ二人を案内した。





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