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第三十一話(家庭教師ルナと教え子慈愛)
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「ひーくん会いたかった~!!」
慈愛に勉強を教えにやって来てくれた二人にお茶とお菓子でもと、離れ家から本宅の方へと移動する日影の後ろを付いてきたルナ。
二度目の偶然の再会に溢れる感情を我慢出来ずに正面から日影に抱きついた。
「うわっ、止めろ、ルナ。お前はいつも大袈裟過ぎ何だよ……」
「別にいいじゃん。抱きつくくらい。ひーくんだって慈愛たん抱っこする癖に」
「あれは良いんだよ。子供だし。小っこいし。軽いし。持ちやすいし。無邪気だし。妹だし」
日影の素っ気ない態度にルナが拗ねて眉をしかめる。
ルナは先程彼が抱えていた妹に焼き餅を焼いているように見えた。あれくらいのじゃれ合いは歳の離れた兄妹の間にはごく普通にありふれた微笑ましい光景のように思えるが。
「ふーんだ。妹だからって、変なことしちゃ駄目何だからね」
「変なことって何だよ。妹可愛がる兄何て珍しくないだろ」
「いくら妹でも、その……、えっちなことはしちゃ駄目だよ」
「くだらないこと言ってないでそろそろ離れに戻ろうぜ」
日影はルナの小言にテキトーに呼応しながら、用意したお茶とお菓子を載せたお盆を持って本宅から離れ家へと続く庭を歩く。
その途中でルナが庭にずら~っと並ぶ自動販売機に目を奪われていた。
「何これっ!?すごっ!…………販売機があるお家初めて見たかも。しかも種類豊富過ぎ。飲み物にパン。駄菓子。食品。おでん。アイスとケーキまである……文房具まで買えるんだ」
文房具の自販機は最近歌姉が慈愛ちゃんの為にと用意したものだ。いちいち店に出向く手間を省いてやったのだろう。
ラインナップは鉛筆、消しゴム、ノート、色鉛筆、定規、コンパス、分度器、電卓、ホチキスの九種類だ。
ちなみに言えば食品の自販機もそうで、慈愛ちゃんが家に誰も居ない時お腹が空いたら可哀想だと新たに設置した。
こちらも焼きそば、ラーメン、うどん、カレー、チャーハン、ハンバーガー、などなどと種類豊富だ。
妹の為とは言っていたが、うちの姉は何気に自販機が大好きなのかもしれない。
「いいなー。ケーキ、おいしそー……」
自販機の前で棒立ちになっているルナを見兼ねて、日影は千円札を投入した。
「え、ひーくん買ってくれるの?」
「勉強の合間に食べるのに丁度良いだろ。皆の分買ってこうぜ」
「ひーくん、ありがとう」
またしても抱きつかれながら、日影は自販機のボタンを次々と押していく。
ルナはモンブランが食べたいようだが、つるぎと慈愛ちゃんにはどれを選べば良いだろうか?
悩んだ末に購入したのはチーズケーキとチョコレートケーキ。この二つなら大体外れはない。
「ま、また負けました……」
「慈愛ちゃん、ゲームへたっぴね。これであたしの三連勝目よ」
離れに戻ってみれば勉強を教える筈のつるぎが慈愛と二人で日影の貸したTVゲームで遊んでいた。
まるで仲の良い姉妹のようにつるぎの膝の上に慈愛が座っている。
プレイしているのは「おでぶカート」のようだ。
「ちょっと、つるぎ!あたし達は遊びに来たんじゃないんだからね!奉仕作業なの!慈愛たんにかけ算割り算教えに来たの!」
「別にいいじゃない。ルナだって日影に会えて嬉しい癖に」
「そそそ、それは……そう、だけど……」
「まあまあ。勉強ならこれ食ってからでも遅くないだろ。とりあえずおやつにしようぜ」
掘りコタツの上に購入したばかりのケーキ三箱を置いた。ちなみに一箱はルナが大事そうにキープしているモンブランだ。
それらを買って食べたことのある慈愛が一番に反応する。
「お兄ちゃん、それ自販機のケーキですよね。買ってきてくれたんですか」
「おう。慈愛ちゃんこれ好きだろ。ルナが食べたそうにしてたから丁度良いと思ってな」
自分でチーズケーキを選び、つるぎにチョコレートケーキを手渡した。
慈愛ちゃんには残りの、
「お兄ちゃん、これ「キャロットケーキ」じゃないですか。酷いです……まさか虐めですか?泣きますよ?」
そう。俺が愛しの妹へ手渡したのは、非情にも苦手と聞いていた人参がベースとなっているキャロットケーキだ。好き嫌いの克服に丁度良いと踏んだのだが、見るからにご不満のようだ。
「あら、慈愛ちゃんって人参が嫌いだったのね。子供らしくて可愛い子」
「虐めです。お兄ちゃんが妹を虐めます」
「いや、違うぞ。慈愛ちゃんこれは兄からの愛のムチだ。好き嫌いはいかん」
日影は慈愛に渡した箱を開封し、キャロットケーキを取り出す。フォークで一口分を掬って妹の口元へ近付ける。
「一口でもいいから食ってみ。案外好きになれるかもだぞ」
「お兄ちゃんの笑顔が怖いです。妹に対するパワハラです。パワーハラスメントです」
「ほれほれ。一口、一口」
「ううっ……」
嫌そうに口を開ける妹を見て心が痛んだ。
慈愛ちゃんは差し出されたケーキをぱくっと食べる。そして、恐る恐る口を動かした。
「味の方はどうだ?」
「……やっぱり、人参は人参です。人参にクリームをつけて食べている感じです」
「そっか。よく頑張ったな。偉いぞぉ~。それじゃ残りは俺が食べるから、慈愛ちゃんはこっちを食べな」
日影が未だ未開封のチーズケーキを渡してやると慈愛は先程とは打って変わって喜んだ。目をキラキラさせる無垢な顔は何とも子供らしく可愛らしい。
妹の銀髪をデレデレとニヤつかせた表情で撫でる兄の姿はまさしく犯罪者だ。
「ひーくんのロリ!」
「顔のにやけ方が異常ね」
「だからさっきから言ってるだろ。これ俺の妹だって」
そう言って日影は、チーズケーキを美味しそうに食べている慈愛の体を引き寄せて膝の上に乗せた。
「「これ」呼ばわりされるのは納得がいきませんが、お兄ちゃんが優しくしてくれるので許してあげます」
「お兄ちゃんが妹に優しくするのは当然だろ。俺は慈愛ちゃんのことが大好きだからな」
「気付いたんだけど、ひーくん、慈愛たんのこと慈愛ちゃんって呼んでるんだね。前は呼び捨てだったのに」
ルナに指摘されて日影は正直に答える。
彼は自分にもし妹が出来たら「ちゃん付け」で呼ぼうと心に決めていたのだ。
その返答を耳にした金髪ツインテの少女は「なら……」と声を発し、更に続ける。
「あたしがひーくんの妹になったら慈愛たんと同じように呼んでくれるの?」
頬を赤く染めそんなことを尋ねてくるルナに、日影は何と言ったら良いか分からずに暫くの間フリーズする。
言葉を詰まらせた彼の代わりに口を開いたのは、現在兄の膝の上に座っている小さな妹君だった。
「ルナさん、お兄ちゃん取っちゃ駄目です。横取りされたら泣く自信があります」
「な、何よ、慈愛たん……、珍しく積極的じゃない」
「はい。積極的です。親が亡くなってから数年間私は此処まで溺愛されることはありませんでしたから正直に嬉しいんです。お兄ちゃんのしつこいくらいのべたべたが丁度良いんです。最近は不思議と孤独を感じなくなりました」
「日影ってそんなにべたべた引っ付いてくるの?」
「一日に五回……、いえ、六回は抱きつかれてます」
「彼女もしつこさを嫌がって逃げ出すような回数ね。イカレてるわ~」
「イカレてて悪かったな」
そんなに抱きついてたっけ……?
と、日影は自分の異常なまでの妹への愛を自戒(再確認)することとなった。
「慈愛たん、手が止まってるよ。はい次、7×8は?」
「うう……ルナさんが鬼です。計算のし過ぎで頭がパンクしそうです。お兄ちゃん助けてください」
ケーキを食べ終えてから本格的に勉強を教え始めたルナ先生。
彼女はスパルタのようにかけ算問題を解かせまくっていた。
慈愛は指折り数えて唸っている。
かけ算九九は声に出して憶えるのが簡単な方法だったかな?
「だーめ。ひーくんお兄ちゃんのヘルプは禁止します。お仕事探しの邪魔しちゃ駄目でしょ」
日影は部屋の隅っこで求人雑誌に目を通している。ルナは兄に助けを求めた慈愛に勉強を再開させる。
「悪いな、慈愛ちゃん。もうちょっとだけ頑張れ」
「お兄ちゃんに見捨てられました」
日影なら絶対に助けてくれると期待していた慈愛は、捨てられた子犬のように落ち込んだ様子で兄から教科書とノートに視線を戻した。
「7×7は49でしょ。7×8の答えは49に7を足すの。わかった?」
「えっと、えっと……50、51、52、53」
「はい時間切れ~。正解は56だよ」
「酷いです。時間制限がある何て聞いてないです」
「いつまでも指折り数えてたら駄目だよ。これくらいの計算は頭の中だけで解けるんだから」
「無理です。私には解けません」
頭を使い過ぎて疲れたのか慈愛は掘りコタツに突っ伏した。
「こら、慈愛たん。まだまだ終わりじゃないよ。寝ちゃ駄目!」
ルナが力尽きてだらんとしている慈愛を起こそうと体を揺らすも反応無し。
だったらと、今度は脇の下へ手を侵入させてみる。
「ひぅっ……や、やめてください、ルナさ……あっ、ふぁ……」
「ほらほら~。先生の言うこと聞かない悪い子はもっとこちょこちょしちゃうよぉ~」
激しいくすぐりを受けた慈愛は更にぐったりして、勉強する気は完全に失せていた。
ちなみにつるぎはと言えば、勉強を教える気など少しもなく、隣で漫画の世界に読み耽っている。
「ルナせんせ。慈愛ちゃんが可哀想だから、お手柔らかにな」
無理矢理に勉強させられているように見える妹を心配しての日影からのお願いに、ルナは納得がいかない感じに返答する。
「……え~。これでも十分優しく教えてるつもりだよ?」
「全然優しくないです。ルナさんは虐めっこです」
「ルナさんじゃなくてルナ先生とお呼びなさい」
そう注意してからルナはいつまでも漫画に夢中になっているつるぎへ話しかける。
「つるぎ。あなたもそろそろ勉強教えるの手伝ってよ」
「後少しで全巻読み終わるの。それまでは無理ね。最初に言っておくけど、読書の邪魔したらキレるわ」
その漫画は日影が慈愛に貸した五十巻で完結する人気のタイトルだ。見たところ読んでいるのは八巻だし、とてもあと少しで読み終わりそうには思えない。
「どうしてそんなに偉そうなの!?残り四十巻くらいあるじゃない!あと少しって何分よ?」
「もちろん刑務所に帰るまでに決まってるじゃない」
自信のある表情で少しも悪びれずに言い放った。
そんな彼女にルナは両手をわきわきさせながら宣言する。
「さっさと手伝わないと慈愛たんと同じ目に合わせるけど、それでも良いのかなぁ?」
擽られることを恐れたのか、つるぎは漫画本をぱたっと閉じてすくっと立ち上がった。
そして、慈愛の隣に移動しそこへ腰を下ろす。
「慈愛ちゃん。ルナに擽られたくなかったら勉強再開しないとね」
「嫌です。もう眠いです。お腹も空きました。力が出ないです」
「言うことが聞けないなら、キャロットケーキの刑しかないかしら?」
つるぎの言葉を聞いて慈愛の体がびくんと震える。人は無慈悲な拷問には耐えられない。
「それ良いアイディアかも。慈愛たん、勉強するのとキャロットケーキ無理矢理食べさせられるのどっちを選ぶ?究極の二択だよ~」
人参嫌いな慈愛はその脅迫に抵抗するのを恐れて素直に勉強を再開した。
二人に両側から挟まれる形で逃げ場をなくし、渋々とかけ算割り算を解いている妹が少しだけ可哀想に思った。
慈愛に勉強を教えにやって来てくれた二人にお茶とお菓子でもと、離れ家から本宅の方へと移動する日影の後ろを付いてきたルナ。
二度目の偶然の再会に溢れる感情を我慢出来ずに正面から日影に抱きついた。
「うわっ、止めろ、ルナ。お前はいつも大袈裟過ぎ何だよ……」
「別にいいじゃん。抱きつくくらい。ひーくんだって慈愛たん抱っこする癖に」
「あれは良いんだよ。子供だし。小っこいし。軽いし。持ちやすいし。無邪気だし。妹だし」
日影の素っ気ない態度にルナが拗ねて眉をしかめる。
ルナは先程彼が抱えていた妹に焼き餅を焼いているように見えた。あれくらいのじゃれ合いは歳の離れた兄妹の間にはごく普通にありふれた微笑ましい光景のように思えるが。
「ふーんだ。妹だからって、変なことしちゃ駄目何だからね」
「変なことって何だよ。妹可愛がる兄何て珍しくないだろ」
「いくら妹でも、その……、えっちなことはしちゃ駄目だよ」
「くだらないこと言ってないでそろそろ離れに戻ろうぜ」
日影はルナの小言にテキトーに呼応しながら、用意したお茶とお菓子を載せたお盆を持って本宅から離れ家へと続く庭を歩く。
その途中でルナが庭にずら~っと並ぶ自動販売機に目を奪われていた。
「何これっ!?すごっ!…………販売機があるお家初めて見たかも。しかも種類豊富過ぎ。飲み物にパン。駄菓子。食品。おでん。アイスとケーキまである……文房具まで買えるんだ」
文房具の自販機は最近歌姉が慈愛ちゃんの為にと用意したものだ。いちいち店に出向く手間を省いてやったのだろう。
ラインナップは鉛筆、消しゴム、ノート、色鉛筆、定規、コンパス、分度器、電卓、ホチキスの九種類だ。
ちなみに言えば食品の自販機もそうで、慈愛ちゃんが家に誰も居ない時お腹が空いたら可哀想だと新たに設置した。
こちらも焼きそば、ラーメン、うどん、カレー、チャーハン、ハンバーガー、などなどと種類豊富だ。
妹の為とは言っていたが、うちの姉は何気に自販機が大好きなのかもしれない。
「いいなー。ケーキ、おいしそー……」
自販機の前で棒立ちになっているルナを見兼ねて、日影は千円札を投入した。
「え、ひーくん買ってくれるの?」
「勉強の合間に食べるのに丁度良いだろ。皆の分買ってこうぜ」
「ひーくん、ありがとう」
またしても抱きつかれながら、日影は自販機のボタンを次々と押していく。
ルナはモンブランが食べたいようだが、つるぎと慈愛ちゃんにはどれを選べば良いだろうか?
悩んだ末に購入したのはチーズケーキとチョコレートケーキ。この二つなら大体外れはない。
「ま、また負けました……」
「慈愛ちゃん、ゲームへたっぴね。これであたしの三連勝目よ」
離れに戻ってみれば勉強を教える筈のつるぎが慈愛と二人で日影の貸したTVゲームで遊んでいた。
まるで仲の良い姉妹のようにつるぎの膝の上に慈愛が座っている。
プレイしているのは「おでぶカート」のようだ。
「ちょっと、つるぎ!あたし達は遊びに来たんじゃないんだからね!奉仕作業なの!慈愛たんにかけ算割り算教えに来たの!」
「別にいいじゃない。ルナだって日影に会えて嬉しい癖に」
「そそそ、それは……そう、だけど……」
「まあまあ。勉強ならこれ食ってからでも遅くないだろ。とりあえずおやつにしようぜ」
掘りコタツの上に購入したばかりのケーキ三箱を置いた。ちなみに一箱はルナが大事そうにキープしているモンブランだ。
それらを買って食べたことのある慈愛が一番に反応する。
「お兄ちゃん、それ自販機のケーキですよね。買ってきてくれたんですか」
「おう。慈愛ちゃんこれ好きだろ。ルナが食べたそうにしてたから丁度良いと思ってな」
自分でチーズケーキを選び、つるぎにチョコレートケーキを手渡した。
慈愛ちゃんには残りの、
「お兄ちゃん、これ「キャロットケーキ」じゃないですか。酷いです……まさか虐めですか?泣きますよ?」
そう。俺が愛しの妹へ手渡したのは、非情にも苦手と聞いていた人参がベースとなっているキャロットケーキだ。好き嫌いの克服に丁度良いと踏んだのだが、見るからにご不満のようだ。
「あら、慈愛ちゃんって人参が嫌いだったのね。子供らしくて可愛い子」
「虐めです。お兄ちゃんが妹を虐めます」
「いや、違うぞ。慈愛ちゃんこれは兄からの愛のムチだ。好き嫌いはいかん」
日影は慈愛に渡した箱を開封し、キャロットケーキを取り出す。フォークで一口分を掬って妹の口元へ近付ける。
「一口でもいいから食ってみ。案外好きになれるかもだぞ」
「お兄ちゃんの笑顔が怖いです。妹に対するパワハラです。パワーハラスメントです」
「ほれほれ。一口、一口」
「ううっ……」
嫌そうに口を開ける妹を見て心が痛んだ。
慈愛ちゃんは差し出されたケーキをぱくっと食べる。そして、恐る恐る口を動かした。
「味の方はどうだ?」
「……やっぱり、人参は人参です。人参にクリームをつけて食べている感じです」
「そっか。よく頑張ったな。偉いぞぉ~。それじゃ残りは俺が食べるから、慈愛ちゃんはこっちを食べな」
日影が未だ未開封のチーズケーキを渡してやると慈愛は先程とは打って変わって喜んだ。目をキラキラさせる無垢な顔は何とも子供らしく可愛らしい。
妹の銀髪をデレデレとニヤつかせた表情で撫でる兄の姿はまさしく犯罪者だ。
「ひーくんのロリ!」
「顔のにやけ方が異常ね」
「だからさっきから言ってるだろ。これ俺の妹だって」
そう言って日影は、チーズケーキを美味しそうに食べている慈愛の体を引き寄せて膝の上に乗せた。
「「これ」呼ばわりされるのは納得がいきませんが、お兄ちゃんが優しくしてくれるので許してあげます」
「お兄ちゃんが妹に優しくするのは当然だろ。俺は慈愛ちゃんのことが大好きだからな」
「気付いたんだけど、ひーくん、慈愛たんのこと慈愛ちゃんって呼んでるんだね。前は呼び捨てだったのに」
ルナに指摘されて日影は正直に答える。
彼は自分にもし妹が出来たら「ちゃん付け」で呼ぼうと心に決めていたのだ。
その返答を耳にした金髪ツインテの少女は「なら……」と声を発し、更に続ける。
「あたしがひーくんの妹になったら慈愛たんと同じように呼んでくれるの?」
頬を赤く染めそんなことを尋ねてくるルナに、日影は何と言ったら良いか分からずに暫くの間フリーズする。
言葉を詰まらせた彼の代わりに口を開いたのは、現在兄の膝の上に座っている小さな妹君だった。
「ルナさん、お兄ちゃん取っちゃ駄目です。横取りされたら泣く自信があります」
「な、何よ、慈愛たん……、珍しく積極的じゃない」
「はい。積極的です。親が亡くなってから数年間私は此処まで溺愛されることはありませんでしたから正直に嬉しいんです。お兄ちゃんのしつこいくらいのべたべたが丁度良いんです。最近は不思議と孤独を感じなくなりました」
「日影ってそんなにべたべた引っ付いてくるの?」
「一日に五回……、いえ、六回は抱きつかれてます」
「彼女もしつこさを嫌がって逃げ出すような回数ね。イカレてるわ~」
「イカレてて悪かったな」
そんなに抱きついてたっけ……?
と、日影は自分の異常なまでの妹への愛を自戒(再確認)することとなった。
「慈愛たん、手が止まってるよ。はい次、7×8は?」
「うう……ルナさんが鬼です。計算のし過ぎで頭がパンクしそうです。お兄ちゃん助けてください」
ケーキを食べ終えてから本格的に勉強を教え始めたルナ先生。
彼女はスパルタのようにかけ算問題を解かせまくっていた。
慈愛は指折り数えて唸っている。
かけ算九九は声に出して憶えるのが簡単な方法だったかな?
「だーめ。ひーくんお兄ちゃんのヘルプは禁止します。お仕事探しの邪魔しちゃ駄目でしょ」
日影は部屋の隅っこで求人雑誌に目を通している。ルナは兄に助けを求めた慈愛に勉強を再開させる。
「悪いな、慈愛ちゃん。もうちょっとだけ頑張れ」
「お兄ちゃんに見捨てられました」
日影なら絶対に助けてくれると期待していた慈愛は、捨てられた子犬のように落ち込んだ様子で兄から教科書とノートに視線を戻した。
「7×7は49でしょ。7×8の答えは49に7を足すの。わかった?」
「えっと、えっと……50、51、52、53」
「はい時間切れ~。正解は56だよ」
「酷いです。時間制限がある何て聞いてないです」
「いつまでも指折り数えてたら駄目だよ。これくらいの計算は頭の中だけで解けるんだから」
「無理です。私には解けません」
頭を使い過ぎて疲れたのか慈愛は掘りコタツに突っ伏した。
「こら、慈愛たん。まだまだ終わりじゃないよ。寝ちゃ駄目!」
ルナが力尽きてだらんとしている慈愛を起こそうと体を揺らすも反応無し。
だったらと、今度は脇の下へ手を侵入させてみる。
「ひぅっ……や、やめてください、ルナさ……あっ、ふぁ……」
「ほらほら~。先生の言うこと聞かない悪い子はもっとこちょこちょしちゃうよぉ~」
激しいくすぐりを受けた慈愛は更にぐったりして、勉強する気は完全に失せていた。
ちなみにつるぎはと言えば、勉強を教える気など少しもなく、隣で漫画の世界に読み耽っている。
「ルナせんせ。慈愛ちゃんが可哀想だから、お手柔らかにな」
無理矢理に勉強させられているように見える妹を心配しての日影からのお願いに、ルナは納得がいかない感じに返答する。
「……え~。これでも十分優しく教えてるつもりだよ?」
「全然優しくないです。ルナさんは虐めっこです」
「ルナさんじゃなくてルナ先生とお呼びなさい」
そう注意してからルナはいつまでも漫画に夢中になっているつるぎへ話しかける。
「つるぎ。あなたもそろそろ勉強教えるの手伝ってよ」
「後少しで全巻読み終わるの。それまでは無理ね。最初に言っておくけど、読書の邪魔したらキレるわ」
その漫画は日影が慈愛に貸した五十巻で完結する人気のタイトルだ。見たところ読んでいるのは八巻だし、とてもあと少しで読み終わりそうには思えない。
「どうしてそんなに偉そうなの!?残り四十巻くらいあるじゃない!あと少しって何分よ?」
「もちろん刑務所に帰るまでに決まってるじゃない」
自信のある表情で少しも悪びれずに言い放った。
そんな彼女にルナは両手をわきわきさせながら宣言する。
「さっさと手伝わないと慈愛たんと同じ目に合わせるけど、それでも良いのかなぁ?」
擽られることを恐れたのか、つるぎは漫画本をぱたっと閉じてすくっと立ち上がった。
そして、慈愛の隣に移動しそこへ腰を下ろす。
「慈愛ちゃん。ルナに擽られたくなかったら勉強再開しないとね」
「嫌です。もう眠いです。お腹も空きました。力が出ないです」
「言うことが聞けないなら、キャロットケーキの刑しかないかしら?」
つるぎの言葉を聞いて慈愛の体がびくんと震える。人は無慈悲な拷問には耐えられない。
「それ良いアイディアかも。慈愛たん、勉強するのとキャロットケーキ無理矢理食べさせられるのどっちを選ぶ?究極の二択だよ~」
人参嫌いな慈愛はその脅迫に抵抗するのを恐れて素直に勉強を再開した。
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